『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』から約14年。2021年3月8日、ついに完結編『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開されました。当初の予定より大幅に遅れたものの、ファンを唸らせる完全決着が国内外で話題になりました。 本作は感動&興奮必至の内容ですが、謎めいた設定や用語が頻出。熟知したエヴァファンでなければ面食らうほどです。そこでこの記事では『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のあらすじをご紹介するとともに、見所や魅力、難解な設定をネタバレありで解説・考察していきます。(2021/07月追記 舞台挨拶の内容を追加しました)
南極が消滅し、海を真っ赤に染めた未曾有の大災害「セカンドインパクト」。地球全土を襲ったその天変地異から10数年の月日が流れ、人類は「使徒」と呼ばれる新たな脅威に直面していました。国連直属の特務機関NERV(ネルフ)はヒト型決戦兵器エヴァンゲリオンで使徒に対抗しますが、そこにはNERV上層部による隠れた計画がありました……。
2021年3月8日に公開された『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下、「シンエヴァ」)は、2007年より始まったTVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』(以下、「旧エヴァ」)のリブート企画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』(以下、「新劇場版」)の完結編です。
「新劇場版」の当初はTVシリーズを再編する内容でスタートしましたが、「新劇場版」第3作「Q」でストーリー展開が大きく変わり、「シンエヴァ」で結末がどうなるのか旧来ファンを含めて世界的に注目が集まっていました。
「新劇場版」第1作から数えても、10年以上経過してついに完結した「シンエヴァ」。「旧エヴァ」からの伝統ではありますが、「シンエヴァ」でも意味深な展開や難解な用語が頻出するため、1度観賞しただけでは半分も作品を理解できないかもしれません。
そこでこの記事では「シンエヴァ」の見所や魅力を、物語上の伏線および用語の解説を交えて、考察しつつご紹介したいと思います。再度映画館で観る際、またはBDなどメディア化された際にぜひ注目してみてください。
またこれ以降の記事では本編のネタバレを含みます。未見の方は注意が必要です。「これからシンエヴァンゲリオンを観る!」という方には、これまでの物語をまとめた以下の記事を読んでからシンエヴァを観ると、より楽しめると思います。
「シンエヴァンゲリオン」劇場版を見る前に!重要なポイントをまとめて考察!
2021年3月8日の公開の『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』。世界的人気アニメ「エヴァンゲリオン」を再構成するこの新劇場版シリーズは、従来の物語と未知の展開が混在する極上のエンターテインメントとなりました。 前作「Q」の公開から約8年が経過していることもあるため、これまでの新劇場版を振り返りつつ、完結編を見る前に押さえておくべき重要な設定について考察していきたいと思います。
「シンエヴァ」の魅力はずばり、シリーズを総括する怒濤の展開です。「旧エヴァ」の劇場版まで含む勢いで伏線を回収するため、かつてない爽快感を味わえます。
完結編としてシリーズの総括を強く意識しているところは、実は「シンエヴァ」の英語版タイトル『EVANGELION:3.0+1.0 THRICE UPON A TIME』にも現れています。この「THRICE UPON A TIME」とはジェイムズ・P・ホーガンのSF小説『未来からのホットライン』の原題で、日本語訳すると「3度目の時」といった意味。「三度目の正直」と意訳してもいいかもしれません。
これは作品としてのエヴァが「旧エヴァ」、TVのやり直しとしての旧劇場版、そして「新劇場版」で3度目の終わりを迎えることを意味しています。
またメタ的な視点で言うと、「シンエヴァ」の庵野秀明監督や彼がかつて所属していた製作会社GAINAXでは、伝統的に作品最終回のサブタイトルに名作SF小説の題名を引用していました。そこから考えても、「シンエヴァ」に『未来からのホットライン』の原題が冠されていることには、作品の締めくくりを強く意識させる意図を感じます。
主要キャラはもちろん、脇役に至るまできっちり行われる各キャラの救済。物語の根幹にあった、シンジとゲンドウの確執の解消。数々のエヴァ研究でシンジのエディプス・コンプレックス(母親を巡る父親への対抗心)が引き合いに出されてきましたが、「シンエヴァ」でゲンドウの逆エディプス・コンプレックスともいえる内面が描かれるのが劇中でも屈指の見所となっています。
またそれらと並行して描かれる、宇宙スケールの激闘は圧巻としかいえません。
「シンエヴァ」の緻密な映像と大迫力の演出は、映画館のスクリーンだからこそできる体験。気になっている方は「BDやレンタルでいい」などと思わず、ぜひ劇場に足を運んでください。
すでに鑑賞済みの方は、今回の記事で「シンエヴァ」をじっくり噛み砕いて、その上で再度観に行くことをオススメします。
親元から離れて暮らしていた碇シンジは、エヴァ初号機に搭乗して使徒と戦うべく、父親であるNERV司令官ゲンドウの指示で第3新東京市に呼び出されます。当初拒否するシンジでしたが、葛城ミサトとの同居生活や鈴原トウジ、相田ケンスケといった友人との出会い、何より零号機パイロット綾波レイとの交流で戦うことを決意しました。
3人目のパイロット敷波・アスカ・ラングレーとエヴァ2号機が合流。パイロット同士が徐々に打ち解けていく最中、水面下で不気味な事態が動いていました。北極基地で起きた第3使徒の覚醒とそれを止めるためのエヴァ仮設5号機の犠牲、北米で実験中だった4号機の事故。相次ぐごたごたで3号機が日本に持ち込まれ、アスカが起動テストすることになりますが……。3号機に使徒が潜入しており、ゲンドウはシンジの意思を無視して初号機の手で3号機を破壊させます。
シンジは一時戦意喪失しますが、アスカに代わって2号機に搭乗した真希波・マリ・イラストリアスの叱咤で再起。NERV本部を壊滅させ、零号機ごとレイを吸収した第10使徒に対し、シンジの初号機が真の力を解放して使徒を圧倒します。レイは取り戻せたものの、光の巨人と化した初号機が「サードインパクト」の引き金となって、世界崩壊が始まりました。
劇中で一気に14年が経過。使徒はすでに姿を消し、「人類補完計画」を巡る人類対人類の様相に変化しました。初号機とともに衛星軌道上で封印されていたシンジは、突然NERVと反NERV組織「ヴィレ」の争いの渦中に放り込まれてしまいます。わけがわからず翻弄されるシンジでしたが、渚カヲルの説得によってエヴァ13号機の活動に希望を見出します。
カヲルと2人で13号機に搭乗し、第2使徒リリスとエヴァMark.06に刺さっている2本の槍「カシウスの槍」と「ロンギヌスの槍」を引き抜く。そうすれば荒廃した世界を元通りにできると思い込み、シンジは実行しますが……それは罠でした。Mark.06の内側には第12使徒が潜んでおり、接触した13号機は初号機と同様に覚醒。同時に第13使徒となってしまったカヲルがきっかけとなり、「フォースインパクト」が起きてしまいます。
カヲルの死亡と、マリが操縦するヴィレのエヴァ8号機によって「フォースインパクト」は未然に防がれますが、シンジとアスカそしてアヤナミレイ(レイのクローン)は廃墟化した街に取り残されました。
ここから先の記述では、「シンエヴァ」本編の重大なネタバレが含まれています。未視聴の方はご注意ください。
フォースインパクトは防がれたものの、かつてのサードインパクトで地球の大半は壊滅状態。海と同じく、大地も赤く変貌していました。ヴィレは量産型エヴァをはじめとする、NERVの戦力とギリギリ対抗しつつ、旧NERVユーロ支部などを「封印柱」で解放し、補給や物資の確保に奔走。またそのかたわらで、先の戦闘で消息不明となったエヴァパイロットの捜索を行います。
一方シンジら3人は成長したケンスケに発見され、ヴィレの支援で暮らす小集落「第3村」へと身を寄せます。2度も世界を滅ぼしかけて絶望しきったシンジ、クローンゆえに空っぽのアヤナミレイは、そこで人間らしさを回復・獲得していきました。
アヤナミレイはNERV外で生きられないため死亡しますが、満足げな様子を見たシンジは奮起し、アスカとヴィレ旗艦・空中戦艦AAAヴンダーへ乗船します。
同じ頃、NERV本部は巨大遺物「黒き月」とともにセカンドインパクト始まりの地、南極へと移動していました。ゲンドウが13号機で画策するフォースインパクト再開を防ぐため、ミサトはヴンダーで最後の決戦に乗り出します。
しかし、ミサトの動きをゲンドウは読み切っていました。アスカが2号機で13号機を停止させようとした時、彼女が切り札として隠していた使徒の力を逆に利用し、フォースインパクトを起こしてしまうのです。
さらにゲンドウは単身ヴンダーに乗り込み、人間離れした超常的な力でヴンダーのエンジンとなっていた初号機を奪うと、13号機で世界の外側「マイナス宇宙」へと去って行きました。
シンジは「アダムスの器」を吸収したマリの改8号機の協力でマイナス宇宙に向かい、初号機に残っていたレイの魂を介してコントロールを取り戻し、13号機との最後の直接対決に挑みます。
そこでついに明かされるゲンドウの真の目的、現実と虚構の境界線をなくす「アディショナルインパクト」。シンジはゲンドウとの対話の末に、ミサトの犠牲で送り込まれた3本目の槍「ガイウスの槍」を手にし、ゲンドウの凶行を止めることに成功しました。
そしてシンジはアディショナルインパクトの代わりに、使徒やエヴァンゲリオンの存在しない新たな世界の創世、「ネオンジェネシス」を実行。
あらゆるしがらみが清算された現実の世界で、シンジたちは平和な時を過ごしていきます。
「シンエヴァ」のストーリーは綺麗に終了し、ちりばめられていた伏線も見事に回収されました。しかしながら、用語の詳しい説明は本編中でほとんどされず、伏線についてもそれとなくしか描写されません。「シンエヴァ」を本当に楽しむには、視聴者それぞれで提示された内容を考察する必要があります。
そこでここからは「シンエヴァ」の理解を深められるように、用語や伏線の説明・解説を行っていきます。最後までほのめかされるだけだった要素については考察していきますが、公式ではない独自解釈なのでご了承ください。また引き続き「シンエヴァ」ラストに関わる重大なネタバレを含むのでご注意ください。
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第3作「Q」で初登場した用語「アダムスの器」。「シンエヴァ」でもラストに関わる重要な要素でしたが、結局なんのことだったのかはっきりしません。
そもそもアダムスとは、セカンドインパクトを引き起こした4体の光の巨人のことです。「旧エヴァ」における第1使徒アダムと似た存在で、4体いたことから複数形でアダムス。
アダムスの器はゲンドウやゼーレが、自分達に都合のよいサードインパクトないしフォースインパクトを起こすべく、特別に用意したエヴァです。要はアダムスそのものではないものの、現象としてアダムスと同じことができるようになるのがアダムスの器です。
「シンエヴァ」に登場したエヴァMark.09~12がアダムスの器に該当し、劇中では「エヴァ・オップファータイプ」とも呼ばれていました(オップファーとはドイツ語で「犠牲」を意味する単語)。特別な量産型と言っていいでしょう。オップファータイプは使い潰すのが前提であり、パイロットにはクローンのアドバンスド・アヤナミシリーズが使われているようです。
ちなみに「Q」から敵として出てくる、ネーメズィスシリーズも量産型エヴァです。エヴァMark.04をベースにした無人機で、こちらはオップファータイプと違って純粋に戦闘用。ネーメズィスの名称は、神罰を与えるギリシャ神話の女神・ネメシスから来ていると思われます。
ネーメズィスは用途や形状で4A、4Bと分類されていましたが、「シンエヴァ」では発展系の44A(フォーツーエー)などが登場しました。この名称はMark4を2体組み合わせた形状から来ています。2体どころか4体合成した陽電子砲特化のエヴァ4444C(フォーフォーシー)も出てきており、既存のエヴァの枠組みを超えた無茶な運用をしている様子が窺えます。
「シンエヴァ」終盤で、ゲンドウは自身の真の目的のためにマイナス宇宙へと突入します。この辺りは矢継ぎ早に展開するため、しっかり観ていた方でもなかなか理解するのが難しいはずです。順番に説明していきましょう。
地球には最初、生命の種である白き月=アダムがありました。これによって使徒が生み出されていましたが、あとから飛来した黒き月=リリスによって使徒の繁栄は一時途絶えて、リリス由来のリリン=ヒトが誕生します。
ゼーレはこのヒトの進化を、地球にとって間違ったものと考えました。そこで段階的に海と地上、ヒトの魂を浄化し(エヴァ・インフィニティ)、生命誕生をやり直そうとしました。それが人類補完計画であり、セカンドフォースインパクトの真相です。
エヴァの世界には魂が生まれ、還る場所として「ガフの部屋」があります。人類補完計画の目的は「ガフの部屋」へ全人類の魂を還元することですが、そのためには「ガフの扉」(劇中では「地獄の門」とも)を通る必要がありました。フォースインパクトの発生と、扉を渡す役目を担ったのが、アダムスの器たるオップファータイプを取り込んだヴンダー同型機です。
このガフの部屋こそが、すなわちマイナス宇宙です。マイナス宇宙は現実と繋がりのない虚構世界で、最深部には神の領域「ゴルゴダオブジェクト」があり、「エヴァンゲリオン・イマジナリー」(見る者の認識によって変化する神の力そのもの)が封印されています。
ゼーレはフォースインパクトで人類をリセットしようとしましたが、ゲンドウは人類補完計画を大幅に変更して、最愛の妻ユイが生きている理想世界を意図的に創造しようとしました。これがアディショナル(追加)インパクトです。ミサト達はフォースインパクトと区別して「アナザーインパクト」と呼んでいたので、似た用語が一度に2つも出てきて混乱した方も多いでしょう。
ちなみにゲンドウが人間ではなくなっているショッキングなシーンが出てきますが、第2作「破」で仄めかされていた「ネブカドネザルの鍵」と融合した姿です。
「新劇場版」を通して視聴した方には周知の事実ですが、「破」と「Q」の間には14年もの時間経過があります。断片的な情報は出ているものの、その間に何があったのかはっきりしません。唯一の手がかりは、「破」の最後にあった予告編映像のみです。
前述した「新劇場版」のあらすじでは、ざっくり「破」でサードインパクトが起きたと記載していますが、正確にはサードインパクトに限りなく近いニアサードインパクト(ニアサーとも)でした。ニアサードインパクトはカヲルの乗るエヴァMark.06の介入で中断され、シンジとレイの魂は初号機とともに封印されました。
この段階では世界規模の破滅、大地の浄化は起きていません。ところがこの数ヶ月程度経った後、ゲンドウの独断でサードインパクトが実際に起こってしまったようです。
おそらくゲンドウはMark.09と同様にアダムス由来のMark.06を自律型に改造し、セントラルドグマ地下に幽閉した第2使徒リリスと接触させました。詳しい時系列は不明ですが、この時にリリスの首を切り落として、一時的にヒトのインフィニティ化を防いだようです(「Q」以降何度か出てくる首なし巨人や頭蓋骨が名残)。
そしてサードインパクトが発生しますが、ニアサードインパクトで初号機を止めたカシウスの槍を何者かが回収し、あらためてMark.06とリリスを貫いて阻止。「Q」でMark.06がリリスとともに槍で串刺しにされていたのは、この経緯があったからだと考えられます。
加持リョウジはカシウスの槍をMark.06に突き刺す際、重大な役目を負って落命したようです。セントラルドグマに場違いなVTOL攻撃機が墜落している描写があったので、加持はこれに乗っていた可能性があります。
加持の犠牲でサードインパクトは不完全になったものの、地球上はほぼ壊滅。この一件でミサト達はNERVを離反し、ヴィレの活動に繋がったのでしょう。
なおゲンドウは人類補完計画を逸脱して独断専行していますが、「Q」でゼーレを切り捨てたことから考えると、サードインパクト前後にゼーレを実質的に掌握していたのかもしれません。
渚カヲルは主に「Q」で活躍するエヴァパイロットであり、同時に使徒でもある少年です。プロフィールとしては明確ですが、彼の立ち位置や振る舞いについては謎が多く、ファンの間でも諸説あるのが現状です。
「新劇場版」はエヴァの世界を何度かやり直しているループ世界だと考えられていますが、その証拠となるのがカヲルの存在。劇中では彼だけが唯一、歴史のループを認識して、破滅に向かうシンジの運命を変えようと動いています。
カヲルが特異なキャラなのは単に第1使徒の化身だからかもしれませんが、作品外のメタ的視点に立つと、彼のポジションが父性だということが見えてきます。
常にシンジを見守り、自身の犠牲すら厭わず幸せを願う無償の愛。作品としては「旧エヴァ」から常に母親の愛にスポットを当てていましたが、ゲンドウは息子より亡き妻の影を追っているため、実質的に父親が不在のままでした。
カヲルがゲンドウから欠落した父性の体現者と考えると、諸々の辻褄が合います。
たとえば、孤独に生きてきたゲンドウのピアノ趣味。「Q」で見せたように、カヲルは連弾を難なくこなすくらいピアノが上手いのです。破損したシンジの古い音楽プレイヤーをカヲルが簡単に直していましたが、これは元々ゲンドウの私物。
「シンエヴァ」のラストで、ユイのクローンといえるレイとカヲルが連れ立っていたのも、おそらく意図的な描写でしょう。
カヲルについてはまだ考察すべき点があります。
終盤のマイナス宇宙の最中にカヲルと加持の謎の会話シーンが挿入されるのですが、そこで加持はカヲルを「渚司令」と呼ぶのです。しかも背景はどう見ても、ゲンドウがいつもいたNERV司令室。カヲルと加持が上司と部下の関係にあること以外まったく不明ですが、これにはすでにいくつか仮説が立てられています。
1つは空白の14年の間に、カヲルがヴィレを創設して加持やミサトを導いていたという説。カヲルはループを認識していたため、自分がトップであることを加持以外に伏せて、NERV内部で密かにNERVとゼーレに対抗していたのはあり得るかもしれません。
カヲルも加持もゼーレの関係者なので、実働部隊としてのゼーレ司令だった可能性もあります。
しかしどちらの説も、ゲンドウに隠れてNERV司令室で密談するのが不自然だったり、司令や幹部クラスが自ら前線やスパイに出ているというおかしな体制に違和感を覚えます。
マイナス宇宙は現実と虚構が入り乱れる場所なので、カヲルと加持のシーンも、あり得たかもしれない架空の会話だったのではないでしょうか。
カヲルはゲンドウの父性としての立場、加持はサードインパクトを防いだ立場から、現実に即した内容のやりとりをNERV司令室での上司と部下の対談という形で演じたのです。重要なのは話者と会話そのものであり、背景自体に意味はない。虚構のマイナス宇宙ならではの演出です。
カヲルがゲンドウの父性説の補強にもなりますし、なかなか有力な説かと思います。
(2021/07 追記:この説に関しては舞台挨拶で語られた内容を含め記事終盤で新たに解説を加えました)
「シンエヴァ」では式波アスカにまつわる衝撃的事実が2つ明かされました。眼帯の下に第9使徒(「破」で3号機を乗っ取った使徒)を封印して共生状態だったこと、式波アスカもレイと同じく「シキナミシリーズ」と呼ばれるクローンだったことです。
眼帯が単なるお洒落でないのは明白でしたが、ユーロ支部を解放した封印柱の超小型版で使徒を抑えていたのは驚きでした。彼女は「破」の事件以降、希少なサンプルとしてNERVの管理下に置かれたようですが、ゲンドウはいずれフォースインパクト発動に必要となる使徒として利用する算段だったようです。式波アスカ自身は使徒をフォースインパクト阻止の切り札にするつもりだったので、皮肉な結果としか言えませんね。
それ以上にショッキングだったのがクローンの件。カヲルの肉体だけで動いていると思われたエヴァ13号機に、式波アスカのオリジナルの魂がデュアルエントリーで乗っていたことで判明しました。
しかしこのオリジナルのアスカは、カヲル同様わからないことだらけです。単にシキナミシリーズのオリジナルなのか、あるいは式波ではない「旧エヴァ」の惣流・アスカ・ラングレーなのか。アスカ担当声優の宮村優子がオリジナルを「元アスカ」と述べているため、惣流アスカと考える人がやや多いようです。
ところがオリジナルが惣流アスカだとすると、素直にゲンドウの思惑通りに動いていたのが妙です。「旧エヴァ」劇場版でシンジを「気持ち悪い」と切って捨てた惣流アスカと同一人物には思えません。
ループを認識するカヲルが特別扱いされていることもあり、もしオリジナルアスカが惣流アスカであれば、はっきりわかる形で明言されるのではないでしょうか。また惣流アスカを客演させたにしては、あまりにも扱いが軽すぎるのも気になります。
「シンエヴァ」に出てきたオリジナルアスカは、あくまでもシキナミシリーズのオリジナルだろうと考察できます。
惣流アスカが母親のトラウマなどで精神的に停滞していたのに対し、式波アスカは肉体的にはともかく14年間の経験で精神的に成熟しているため、ある意味でオリジナルを超えて「シンエヴァ」の劇的変化を象徴するキャラとなっています。
マリは「新劇場版」シリーズで、もっとも謎の多いキャラと言っても過言ではないでしょう。「旧エヴァ」にいない完全新キャラ。「破」で登場後、2号機といきなりシンクロした上に裏コードを知っていたり、明らかにNERVやゼーレとは異なる行動や意味深な発言を連発しました。
「Q」ではまったく深掘りされませんでしたが、「シンエヴァ」でようやく正体が判明。エヴァ漫画版の最終巻描き下ろしで示唆されていた通り、マリは大学生時代のゲンドウおよびユイの友人でした。「シンエヴァ」では仄めかされただけでしたが、マリの設定が変更されていないのであれば、飛び級で大学に入った天才少女でユイに対して同性愛的感情を抱いています。
エヴァの裏事情に精通していたのは、ゲンドウやユイとともにエヴァを研究していたからです。そしてマリの謎の行動はすべて、初号機に取り込まれてしまったユイの代わりに、シンジを救いたいというユイの願いを叶えるためでした。
これは肉親の無償の愛とは明らかに異なる、利他的行動であり他者愛の比喩表現でしょう。
マリはシンジの母親たるユイの意志を引き継ぎつつ、他人として母性愛を持って彼に寄り添う異性、つまり伴侶としてエンディングを迎えました。「旧エヴァ」の終盤で他者を否定してヒト種の同一化を計ったり、逆に自己を確立するために他者を求めたのとは対称的です。
ちなみに冬月がマリと対峙した際、「イスカリオテのマリア」と発言していましたが、これはキリスト教由来の当てこすりでしょう。ユイを取り戻す立場として、ゲンドウの側に立つと思われたマリが裏切ったことを、キリストを売った「イスカリオテのユダ」になぞらえたわけです。
またマリアと呼んだのは、おそらくキリストと結婚していたともされる聖女「マグダラのマリア」から来ています。シンジがネオンジェネシスで創世をおこなう救世主、すなわちキリストだとするなら、伴侶のマリがマリアと呼ばれるのは妥当です。
なお飛び級とはいえ、マリはシンジ達より年上。シンジとアスカは「エヴァの呪縛」によって外見年齢が止まっていますが、エヴァが開発されたのはゲンドウの大学時代より10年以上後です。それにも関わらず、なぜマリの外見年齢が14歳程度になっているのかは謎のままです。
「シンエヴァ」は2021年7月21日をもって、大半の映画館で上映が終了しました。この上映終了でエヴァの長い物語に終止符が打たれた……かと思いきや、公開終了前の入場者特典冊子「EVA-EXTRA-EXTRA」やフィナーレの舞台挨拶にて、本編で未登場の情報がいくつか出てきました。
ここからは「EVA-EXTRA-EXTRA」とフィナーレ舞台挨拶について、簡単な内容の紹介と解説・考察を行っていきます。
「シンエヴァ」は上映期間中、合計5回入場者特典を配布していました。そのうち入場者特典第4弾として配布されたのが、「シンエヴァの薄い本」(公式名称)こと小冊子「EVA-EXTRA-EXTRA」です。全36ページのA4版で、一般的な映画パンフレットと同じ作りでした。
「シンエヴァ」公式は小冊子の配布に先立って、「Q」前日譚の短編漫画『EVANGELION:3.0(-120min.)』を含むイラスト数点が掲載されると告知しため、世界観がガラッと変わった「破」と「Q」のミッシングリンクを補完する内容なのではと大変な話題を呼びました。
結論から言うと、『EVANGELION:3.0(-120min.)』では本編の核心に関わる重要な話などは明かされていません。アスカのキャラ付けがやや深掘りされただけに留まっています。
作品の時間軸は「Q」冒頭のUS作戦の2時間前。封印された初号機の奪取を目指し、ヴィレの人員によって改2号機と8号機の衛星軌道上への打ち上げ準備が進むなか、出撃前のアスカとマリのやりとりが描かれます。
作戦までの時間を過ごす2人ですが、今回の任務にかける想いには微妙な差がありました。シンジの健在を信じるマリは一度しか直接対面していないのを気にして、彼の印象に残っているであろう「破」時点の制服姿で待機する一方、赤木リツコの推測を元にシンジの生存に懐疑的なアスカ。
マリは一連の会話から、口ぶりとは裏腹なアスカの気持ちを察し、改2号機援護による8号機主導の奪取計画を変更し、エヴァ2機合同で回収しようと提案しました。初めは乗り気ではなかったものの、アスカはシンジとの思い出を振り返って決意を新たにします。最終的にアスカは補修跡だらけの旧式プラグスーツに袖を通して、回収作戦がスタートするのでした。
『EVANGELION:3.0(-120min.)』に設定上で重要な点はありませんが、16ページという短い中でアスカの本音がほのめかされたのは注目すべきでしょう。
ポイントになるのは、「Q」でもアスカが着用していた旧式プラグスーツです。短編漫画冒頭では新品のスーツを着ていたにもかかわらず、マリとのやりとりのあと、わざわざ旧式スーツに着替えたところに彼女の本音が垣間見えています。
作中で詳しく説明されていませんが、シンジと会うために昔の格好をしているマリに影響されて、アスカも昔の格好をしたのは間違いありません。
このことは暗に、アスカの中にあるシンジへの気持ち……恋心、あるいはそれに近い親愛の感情があることを示しています。
肉体が成長しない「エヴァの呪縛」について、会話中にマリが独自の解釈を行ったのがその裏付けになるでしょう。他人とは違う速度で生きることに対して、アスカはかなりネガティブに捉えていました。ところがマリは一歩退いた立場から、人間(リリン)とは違う長い青春を送っているのではないか、とポジティブな考えを披露しました。
おそらくこのマリとのやりとりや、シンジとの記憶が14年間の体験と「エヴァの呪縛」で無理矢理押し殺していたアスカのほのかな感情を呼び起こしたのでしょう。そして旧式スーツを着る=「作戦を変更して2人でシンジを迎えに行く」という「Q」冒頭の行動に繋がったと思われます。
とはいえ「シンエヴァ」の内容を踏まえると、時系列的にすでにアスカの心はケンスケに傾いているはずなので、『EVANGELION:3.0(-120min.)』の描写は若干ちぐはぐです。
のちほど詳しくご紹介しますが、フィナーレ舞台挨拶によると短編漫画については庵野秀明監督はあくまで監修の立場であり、主に執筆したのは鶴巻和哉氏とのこと。空白の14年間の設定の中から、鶴巻和哉氏が独自に膨らませて描いたようなので、本編未使用(もしくはボツ)の設定を流用した可能性があります。
一応『EVANGELION:3.0(-120min.)』のアスカの気持ちは恋心ではなく、シンジへのわずかな未練と考えると辻褄は合いますが、限りなく公式に近いif設定の作品とした方がよいかもしれません。
「シンエヴァ」公開終了にあわせて、2021年7月11日に庵野秀明監督を含む主要キャストによるフィナーレ舞台挨拶が行われました。この舞台挨拶は全国映画館だけでなく、エヴァ公式アプリ「EVA-EXTRA」からのネット中継でも視聴できました(現在閲覧不能)。
その中で庵野秀明監督自ら、「空白の14年間」について新情報が明かされたのです。「空白の14年間」でゲンドウと冬月がそれぞれNERV司令・副司令から失脚し、その空席になんとカヲルと加持が着いていたことが語られました。
この記事でも「渚カヲルは何者だったのか?その2【ネタバレ注意】」のセクションで「渚司令」の謎について、ヴィレまたはゼーレの司令ではないかと考察を行いましたが、実際はNERV司令が正解だったようです。おそらくゲンドウおよび冬月の失脚は、加持の裏工作でしょう。
とは言っても、「シンエヴァ」の渚司令のシーンは、実際にカヲルがNERV司令に着任していた「空白の14年間」時期の一場面かどうかはあやしいです。マイナス宇宙で挿入されたシーンなので、カヲルと加持が司令と副司令を務めていたことを踏まえたイメージ映像と考えた方がよさそうです。
カヲルが司令となった事情、ゲンドウ復権の経緯は依然として不明ですが、「Q」予告編でちらりと映ったゲンドウと冬月がどこかの山に登っている描写がキーポイントとなりそうです。
考察材料がないのでほぼ妄想に近い予想ですが、失脚したゲンドウは秘匿されていたゼーレの遺産(裏死海文書?)を冬月とともに回収。そののちに遺産を利用してカヲルや加持をNERVから追放したか、あるいは加持が命を落としたというサードインパクトを引き起こして、間接的にNERVを機能不全に追い込んだのかも知れません。
もしも後者だった場合、ミサト達がNERVを離反するきっかけとしては充分ですし、主要メンバーの抜けたNERVをゲンドウが再度掌握するのは簡単でしょう。
ただし、いずれにしても一時的にNERV司令としてゲンドウと対立したであろうカヲルが、「Q」の時点でNERVのエヴァパイロットになっているのは不自然です。「Q」以降、NERV側は徹底して非人間的で、職員や作業員が一切出て来ないのも謎。職員不在に関しては、人間的活動を支援するヴィレとの対比を強調する意図的な演出かもしれませんが……。
ちなみにフィナーレ舞台挨拶の他のインタビューによれば、「空白の14年間」には映画1本分程度のストーリーがあるとのこと。なんと、シンジ不在のまま進む「空白の14年間」が本来「Q」として作られる予定だったようです。
NERV司令交代劇から考えるに、策略や政治的要素が色濃くなりそう(それこそ庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』のように)ですが、どんな話になるのか非常に気になります。庵野秀明監督の口ぶりからすると映像化はなさそうですが、ファンとしてはいずれなんらかの形で見てみたいですね。
「シンエヴァ」は現在Amazon Prime Primeでのみ”視聴し放題”形式で配信されています。Amazon Prime Videoであれば30日間無料で楽しめるので、まだ登録したことがない方はこれを機会に登録してみるのも良いかもしれません。
また、いままでのシリーズを復習するならU-NEXTがおすすめです。初月無料でエヴァンゲリオンシリーズを楽しむことができます。無料期間中に有料ポイントも配られるので、その分で漫画シリーズを楽しむのもいいかもしれません。
「シンエヴァ」でシリーズの物語は綺麗に完結したものの、いまだに多くの謎は残されたままです。庵野秀明監督の手で映像化された「空白の14年間」を観られれば理想的ですが、それまでは新劇場版シリーズやTVシリーズを見返して、自分なりの考察を楽しみましょう。この記事がそのための手助けになれば幸いです。
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