【第一回】斜線堂有紀の『××にハマる徹夜本10選』【純文学編】

更新:2021.4.23

本を読むのは深夜に限る。何故なら夜はページの滑りをなめらかにするからである。 というわけで「××にハマる徹夜本100選」では、本当に面白い100冊をさまざまなジャンルに渡って紹介していこうと思います。第一回のテーマは「純文学」。よく、大衆文学と純文学は何が違うの?(類似質問:芥川賞と直木賞は何が違うの?)と尋ねられることが多いのですが、個人的には純文学は人間や世界について重点的に書かれてあって、かつ、それを読み手が解釈する物語なのではないかと思います。対して大衆文学は、読者を楽しませる為にある程度書き手が読み手の反応を予想・規定して書き上げるものなのではないでしょうか。という個人的な定義を掲げつつ、それでは早速ご紹介していきます。

小説家。大学在学中の2016年に、『キネマ探偵カレイドミステリー』で 第23回電撃大賞「メディアワークス賞」を受賞しデビュー。 2020年に刊行された『楽園とは探偵の不在なり』も、 ”このミス”をはじめとした多くの賞レースでランクインしている。 読者が最初に触れる彼女の魅力は「設定・作品の世界観」。 「2人以上殺すと地獄に引きずり込まれる世界での連続殺人」を描いた『楽園とは探偵の不在なり』や、 「枯れてしまった才能をAIで蘇らせる国家計画」を描いた『ゴールデンタイムの消費期限』にも、 一度設定を知ってしまえば一晩で読み切らざるを得なくなるほどの強烈な力がある。 また、小説以外でも、漫画『魔法少女には向かない職業』 の原作や、 朗読劇『池袋シャーロック、最初で最後の事件』など 書くことに関してその幅の広さはとどまるところを知らない。 Twitter(https://twitter.com/syasendou) note:(https://note.com/syasendou)
ブックカルテ リンク

「コンビニ人間」/村田沙耶香

 「皆が不思議がる部分を、自分の人生から消去していく。それが治るということなのかもしれない。」

著者
村田 沙耶香
出版日
2018-09-04

 芥川賞を獲り、ベストセラーとなった村田沙耶香先生の代表作です。この小説こそ、自分が思う純文学らしさのそのものです。

 主人公はコンビニバイト歴十八年の三十六歳・古川恵子。彼女は普通とは少し変わった感性を持っています。端的に言うと、友達の喧嘩を止めてほしいとお願いしたら、スコップで殴りかかることで「止まった」というタイプのズレを抱えている人物です。でも、そんな彼女もコンビニの中で働くと完璧に最適化されます。何故ならコンビニには最適な動きがあるからです。

 少し奇妙な人間を描いた物語でありながら、ある意味でとても普遍的な小説でもあります。何故なら、人間は今居る場所で最適な動きをしているだけの魑魅魍魎でしかないからです。社会というものが「何となくみんなちゃんと秩序っぽいものを守ろうとしている」という前提を信じることで成り立っている夢であることを思うと、真人間になることとは自分のコンビニを見つけることに他ならないのかもしれません。

『猫を抱いて象と泳ぐ』/小川洋子

「大きくなることは悲劇である」

著者
小川 洋子
出版日
2011-07-08

 チェステーブルの下に潜り、猫を抱いたままチェスを打つ天才<リトル・アリョーヒン>の生涯を追っていく物語。リトル・アリョーヒンは唇同士がくっついている状態で生まれた寡黙な少年です。だが、彼は言葉によってではなくチェスによって他人とコミュニケーションを取っていく。小説の良さの一つに地の文の存在がありますが、地の文の持つ雄弁さが遺憾なく発揮されたのがこの作品です。リトル・アリョーヒンの打つチェスが、何にも勝る言葉であることが、チェス描写、そして周辺描写からじっくりと伝わってくるのです。

 チェスと共に生きる天才の物語と芳醇な地の文を両軸で楽しめるこの作品は、まさしく夜との相性が抜群の徹夜本です。チェスの駒に触れる度にこれを言葉にしていた彼のことを思い出さずにはいられません。

『神の子供たちはみな踊る』/村上春樹

その最後の数ヶ月、はたで見ているのもつらいほどの激しい苦痛の中にあって、彼は一度たりとも神を試さなかったのだろうか? この苦しみを少しでも軽減して下さいと神に祈らなかったのだろうか?

著者
村上 春樹
出版日
2002-02-28

  最初に読む村上春樹作品を尋ねられた時に『パン屋再襲撃』『スプートニクの恋人』と並んで薦めたくなる一冊です。

 表題作は、新興宗教に傾倒している美しい母親と、半ば共依存的に生活をしている善也という青年の物語。シングルマザーの母親は、自分のハマっている宗教の神を善也の父親だと言っていたが、ある日善也は自分の生物学上の父親を電車の中で見つけてしまう。

 これはとある家族の物語であり、ままならない三角関係の話です。

 『神の子供たちはみな踊る』に収録されている短篇は、どれも入り込みやすく余韻に浸れる物語ばかりなので、これから村上春樹世界に入っていくのが一番しっくりくるかもしれません。

 また、名作『輪るピングドラム』に登場していた『かえるくん、東京を救う』もこの短篇集に入っています。

『無銭優雅』/山田詠美

生涯、もうこの人以外の男はいらないな、と思った。ここまでくるのにずい分と無駄足を踏んだものだ。

著者
山田 詠美
出版日

 「心中する前の心持ちで、つき合っていかないか?」という言葉を元に付き合い始めた四十五歳の斉藤慈雨と北村栄。二人で暮らす古い日本家屋は、世にも簡素な天国だった。

 人生後半戦の二人を描いた、優雅な恋の物語です。劇的なことは何も起こらないのに、二人の生活はどこかこの世のものでないような特別感があるのです。

 恋愛小説の新たな金字塔とも称されたこの作品を、敢えて純文学の回で紹介するのは、慈雨と栄の二人の取り決めが奇妙でかつ本質的だからです。二人がした「心中する前の心持ちで付き合っていく」という取り決めのお陰で、二人の恋はいつまでも古びず瑞々しく、絶頂で在り続けます。だって、自分達は心中するから。心中する二人にとっては色々なものが些事になってしまう、というのは想像に難くない心理でしょう。だって、自分達の前には死があるから。よくよく考えれば、いつか死ぬ私達はずっと心中前の無敵モードのままで生きられるはずなのですが、人は死を忘れがち。死ぬ前のピークを保とうとし続けた慈雨と栄の緩やかだけれど確かな変化が、いつか死ぬ人間は死ぬ間際まで変化している……というのをひしひしと感じさせます。

 「好きな詩人は、いつだってその人の知り合いだと思うよ」など、心の中にすとんと落ちるような会話も魅力的。こういう会話が出来る人生は楽しいだろう、と思います。

『ブエノスアイレス午前零時』/藤沢周

自分の右半身に密着したミツコの痩せた身体に、優しい気持ちがせり上がってきそうな、不快だが体の何処かで微熱を孕みそうな感じを覚えた。

著者
藤沢 周
出版日

 とある温泉宿で燻っているカザマという男の前に現れたのは、痴呆の始まった盲目の老女ミツコ。ミツコはもう既に時間も場所も把握出来なくなっているが、タンゴを躍っている時だけ、彼女はブエノスアイレスに思い出を持つキャバレーの天使に戻る──。

 話の筋を説明すればこうなるのですが、『ブエノスアイレス午後零時』は終わりと共に始まった恋の話でもある。七十過ぎで耄碌したミツコは、自分が誰に何を言ったかも覚えていられず、自分の世話をしてくれるカザマに繰り返し同じ話をします。ですが、カザマは彼女から同じ話を繰り返し聞く度に、何故か彼女のことが気になっていく。そうして踊るつもりのなかったダンスを盲目の彼女と踊った時、カザマの中に芽吹いていた感情が疼き出すのでした。

 描写で魅せてくるのも純文学の醍醐味でしょうが、このダンスシーンの美しさは何度読んでも目を見張ってしまいます。美しいだけじゃなく、凄みがある。人が墜落するように恋に落ちていく様をまじまじと見せつけられているような気分になります。一行ごとに、カザマはかつてのミツコを愛していく。このかつてのミツコというのがこの物語の肝で、踊っている間、カザマは天使だった頃のミツコに出会い続けているのです。カザマが恋に落ちたのはもう失われてしまった女性でしかない。なのに、踊っている間だけは、彼らのいるところはブエノスアイレスなのだし、カザマの腕の中にいるのは最愛の人なのです。そして迎える最後の一行は、憎らしいくらいに決まっています。タイトルも相まって、本当に思い出深い一篇です。

 藤沢周先生の小説はどれも文体が心地よく、なおかつ人間同士の関わりの一瞬のきらめきを切り取ったものが多いので、この作品が好きな方はどれを読んでも楽しめるのではないかと思います。河出文庫版『ブエノスアイレス午前零時』に併録されている『屋上』も、屋上遊園地を舞台としたどことなく切ない短篇です。この短篇を読むと『素晴らしき日々』の橘希実香を思い出します。

『されど私の可愛い檸檬』/舞城王太郎

「棚ちゃんが、相手の理想の中の≪棚ちゃん≫を演じてること私、知ってるよ。そんで……そういうふうに人の気持ちとつながることで、相手の気持ちを操作までできるんだね。」

著者
舞城 王太郎
出版日

 ゼロ年代講談社ノベルスの鬼才にして、ジャンルを縦断しながら傑作を生み出し続けている舞城王太郎先生の短篇集。三篇収録されているのですが、そのどれもが家族の話。身近でありながら概念的な密室でもある家族というものを、この本は少し変わった切り口で語ります。

 その心をざわつかせる奇妙さが最も如実に出ているのが、巻頭に掲載されている『トロフィーワイフ』です。

 完璧で何でも出来る姉の棚子は、結婚して夫と順風満帆な生活をしています。そんな棚子を眩しく思いつつ、一線を引いて認めていた妹の扉子。しかし、ある日突然棚子は家を飛び出してしまう。彼女を追う扉子ですが、見つけた棚子は他人の家に入り込み、そこの家族を乗っ取っていた──。まるでサイコサスペンスのような展開です。

 ですが、表面上この家には何の問題もありません。棚子は家事を完璧にこなし、子供の面倒を代わりに見てくれます。ですが、棚子は家族ではない他人です。それを目の当たりにした扉子は戦慄。完璧な棚子は他人の家庭の中にユートピアを作って住まうことが出来る人間だったわけです。一体何故棚子は家を出たのか、というところに焦点を当てれば、これは優れたミステリとも呼べるかもしれません。ミステリとは何より人間心理に肉薄するものだからです。

 この一冊の読み味が好きな方は、恋愛をテーマにした姉妹短篇集『私はあなたの瞳の林檎』もきっと大切な一冊になると思います。

『あひる』/今村夏子

「のりたまはね、さっきおとうさんが、病院に連れていったのよ」

著者
今村 夏子
出版日
2019-01-24

 文字通りあひるの話。リタイアした父親が気まぐれに飼い始めたあひる・のりたまが近所の人気者になっていく……という、一見すると和やかな小説。ですが、人気者のあひるが突然死んでしまってから、雲行きは怪しくなっていくのです。

 日常の隣に潜む不穏さを描くことにかけて今村夏子先生の右に出る方はいないではないでしょうか。あひるがかわいい。自分の飼っているあひるが人気になって、子供達が遊びに来てくれるのは嬉しい。その要素の一つ一つには覚えがあるのに、読みやすく美しい文体で綴られていく日常は読者を置き去りにして静かにエスカレートしていく。その唯一無二の読み味はこの作品でしか味わえません。

 この作品で象徴的に取り上げられている「あひる」が、一体何を表しているのか。それを考えるのも楽しいのではないでしょうか。色々な意味で、この作品のあひるは他のものでもいいものとして扱われているので……。

『黒冷水』/羽田圭介

替え刃にこびりついた血の量を見ても、ボックスの凶暴性は正気の予想以上だった。あそこまで修作の右手を切り刻むとは思っていなかった。

著者
羽田 圭介
出版日

 兄・修作と弟・正気の果てしない憎悪の連鎖の物語です。一つ屋根の下に暮らしているのにも関わらず、お互いに監視し合い、罠を仕掛け合っていくというヒリヒリとしたサスペンス。罠に使われるものがカッターの刃という時点で、その容赦の無さは伝わるかと思います。

 ここで行われているのはただの兄弟喧嘩ではなく、これは矜持を懸けた魂の殺し合いなのです。相手がいくら傷つこうとも思い知らせてやる、という苛烈な闘争が家庭という小さな密室で行われているという所に、この物語の面白みがあるのでしょう。というより、逃げられない家庭の中に不倶戴天の敵がいるという条件はミステリ的にも熱いのです。身近にいる人間が自分に悪意を以て襲いかかってくるが、それに対して自分の力で立ち向かうしかないというこの孤軍奮闘感。このシチュエーションは痺れる、と思わずにはいられません。

 同じ血を分けた兄弟なのにもかかわらず、文字通り血で血を洗う戦いに身を投じていく二人を見ていると「一体どこまで行ってしまうのか」とページを捲る手が止まらなくなります。その果てしない戦いの源流が、分かちがたい血の中にあるというのが「人間」を感じさせるのです。

『死にたくなったら電話して』/李龍徳

「死にたくなったら電話してください。いつでも。」

著者
李龍徳
出版日
2014-11-20

 この作品は何よりもまず、タイトルが素晴らしい。私はこの小説を初めて知った時、このタイトルを全く違った方向で解釈していました。即ち「死にたくなったら電話して」を、私が助けてあげる/どうにかしてあげる/死の方向から人生を逸らしてあげる、の意味だと思っていたのです。ですが、これはそういった意味の言葉ではない。この物語の「死にたくなったら電話して」に続くのは、そうしたら一緒に死のう、という奇妙に明るく、かつ破滅的な誘惑の言葉なのです。

 空っぽの日々を過ごす徳山は、気まぐれに連れられていったキャバクラで初美という女と出会います。語りが上手く魅力的で、かつ博識な初美に惹かれていく徳山は、彼女に促されるまま外部との関係を次々に遮断していきます。この周囲とのつながりを絶つことで、徐々に死へと向かわせていく初美の遣り口は官能的で、ある意味で死の擬人化こそが彼女なのだと思わせる一冊。そう見ると、初美に促されるまま死へと転落していく徳山の物語は、現代の怪異譚のようにも思えます。魅入られてしまったから、あとは堕ちていくしかないのです。

『冬至草』/石黒達昌

生き物は腐敗がプログラムされている身体を元に戻そうとしてやっと生き続けている。

著者
石黒 達昌
出版日

 SFの名作短篇集ですが、この中に収録されている『目をとじるまでの短かい間』が芥川賞候補作となっているので、今回でご紹介しようと思います。さて、件の『目をとじるまでの短かい間』は、父親から田舎の小さな病院と併設されたバラ園を受け継いだ医師が主人公。確固たる正解がわからないまま末期の患者を手を尽くして診るシーンと、懸命に薔薇を世話していくシーンが交互に描き続けることで、生死と延命を徹底的に突きつけてきます。その間隔はまるでフリッカーのように狭まっていき、読んでいる者の心を震わせるのです。

 この小説の中の「生き物は腐敗がプログラムされている身体を元に戻そうとしてやっと生き続けている。」という一文を、食事をしている時によく思い出します。

 表題作である『冬至草』も大変面白い一作で、人間の血液を吸って育つ奇妙な植物「冬至草」と、それに魅せられ狂気に陥っていく科学者を描いたルポルタージュ風の物語。『日本SFの臨界点(怪奇編)』に収録され大きな話題を呼んだ『雪女』が好きな方は、きっとこちらも好きなはず。

おわりに

というわけで、今回は純文学編でした。この調子で、誰かの本棚を自分のおすすめで埋めていけるよう、徹夜本を探していこうと思います。それでは、今日も夜のうちに積み本を崩しにいってきます。

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