読解力がない【小塚舞子】

更新:2021.12.8

本を読むのは好きなのだが、読解力はあまりない方だと思う。それは興味のあるなしで大きく違ってくる。自分で読みたいと思って買ってきた小説は読めるけど、そうでないものは読めない。そんなものなのかもしれないけど。しかし、たとえ興味がなくても読まなくてはいけないものがある。むしろ興味がない物の方が読む機会が多いような気がしている。仕事で使う資料や台本、行政のうんたらかんたら(これが一番読めない)そして、取扱い説明書だ。

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買い換えどき

一昔前に比べると、例えば携帯電話の説明書なんかはとてもコンパクトになった。iPhoneにいたっては、はじめからついてさえいない。使い方がわからなければインターネットで調べればいいだけのことで、あの辞書のような異常に分厚い紙の説明書は必要ない。(今思えば、いったい何が説明されていたのか気になるが)ちょっと前に両親の携帯をAndroidにしたときには説明書がついていたけれど、それも最低限の情報が載っているだけだ。私はAndroidを触るのは初めて、両親はスマホ自体が初めてだったので、それなりに苦戦したが、やはりわからないことはネットで調べれば解決した。何もかもを親切丁寧に教えてくれる代わりに、本当に知りたいことにたどり着けなかったあの時代はいつのまにか遠い昔になっていた。

時代が進めば、時間が進む。しかし、同じような毎日を過ごしていれば、時間が経つことに鈍感になる。最近いくつかの家電を買い換えることになった。気がつけば、冷蔵庫や洗濯機、電子レンジなどの家電は購入してから随分時間が経っていた。洗濯機は三人で使うには小さすぎたし、電子レンジはくるくる回って温めるタイプのもので、オーブン機能がついてはいるがほとんど使えない。冷蔵庫も小さくて、自粛期間中に多めの食料を蓄えるということができず不便だなとは思っていたのだが、実家に帰った時に飲んだ麦茶の、目が覚めるように冷たさに、冷蔵庫の最も重要な最低限の機能“冷える”という役割さえ果たしてないことを知った。(誰も食中毒とかにならなくてよかった)

不便な生活を送ることに慣れて、麻痺していた。こうなったら買い換える家電はどんなものを選んでも確実にスペックは上がるだろう。型落ちでもうちの家電からすれば最新式だ。それならもう何でもいいなと思い、ネットで探すことにした。その方が安上がりでもあるだろうし、家電量販店に行くのもそこで店員さんと話すのも煩わしかった。しかし、いざ調べてみると種類がありすぎてどれを買えばいいのかさっぱりわからない。サイズ感もよくわからないし、野菜室と冷凍室、結局どちらが真ん中にあるのが良いのかもわからない。何でもいいとは言え、やはりちょっとでもいい買い物をしたいという欲が芽生えてしまい諦めて家電量販店に行くことにした。

最新家電と選択力

売り場についてみると、さらに戸惑うことになった。ずらりと並ぶ冷蔵庫にペタペタといろんな貼り紙がされている。情報、情報、情報。目がチカチカしてくる。価格はもちろんのこと、どれくらいエコなのかとか、どんなオススメ機能がついているかとか、配送日はいつ頃になるのかとか、とにかく情報量が多い。読解力を試されているような気がしてくる。パッと見てわかるのは値段と配送日くらいのことで、それも価格のところにバツがしてあって「店員にお尋ねください」などと書いてある。話すのは苦手だがお尋ねするしかなかった。

ちょうど、こちらに話しかけるタイミングを狙っているような動きの店員さんがいたので冷蔵庫の機能について訊いてみた。値段があがると、スペックがあがる。スペックがあがると野菜の持ちが違っていたり、AIがついていたりするとのこと。

…AI。えーあい。人工知能のこと?「あなた冷蔵庫のきゅうりをそろそろ使わないとしなしなになりますよ」とか言われたら便利だけど鬱陶しいなと思っていたら、そうではなく(そんな機能もあるのかもしれないが)中身を見てどれくらい冷やすかを決めてくれるそうだ。正直それはよくわからなかったが、野菜が新鮮に保てることや冷凍したお肉がサクッと切れることなどはとても魅力的だなと思った。

しかし、別にえーあいとかはいらないし、デザインと大きささえ気に入れば、あとは安いものでいい。奥にある「在庫限り!」みたいな貼り紙がされてある冷蔵庫でいいと伝えると、いやいやお客さん・・・と電卓を取り出し、あれこれ値引きをしてくれて、型落ちの冷蔵庫と同じくらいの値段でAIがついていて、野菜が新鮮に保てて、お肉がサクッと切れたりする最新の日本製(店員さんはここがおススメポイントだそう)の冷蔵庫を売ってくれることになった。

冷蔵庫が決まれば次は洗濯機だ。やはりAIがついていた。また、えーあい。機械と一部の人間が賢くなるにつれ、残りの人間は堕落してしまいそうだ。賢い洗濯機は自動で洗剤の量を調節してくれるらしいが、賢くない私でも別にそれくらい自分でできるし、堕落するタイプ代表のような性格をしているので、AIは頼らないことにした。(本当は洗剤を入れてくれるだけで数万円高くなるのは割に合わないなと思ったからだ。同じ値段なら絶対堕落する方を選ぶ)AIがついていない洗濯機から、乾燥の時間が他の物に比べてうんと短いと言われたものに決めた。冷蔵庫選びで疲れていたので、他の機能を聞くのもしんどかった。

電子レンジこそ、冷凍ごはんを温められて簡単なお菓子が焼ければ何でもよかったのだが「これはお料理の機能に優れていて・・・」とお肉と野菜が同時に焼けることなどを説明されると、じゃあそれでとなってしまった。同じような機能の電子レンジがいくつかあって迷いそうになったが、取手の材質が気に入ったものにした。何かをちゃんと選ぶ脳はもう動いていなかった。決め手が取手。でもまぁ毎日触るからいいか。

試される読解力

そして悩みに悩んで決めた家電や、たいして悩まずに決めてしまった家電が我が家に届いた。ピカピカに輝いている。どれもほとんど毎日使うものだが最も早く慣れるべきなのは冷蔵庫だろう。前の冷蔵庫に少しだけ残っていた食材を新しい冷蔵庫に入れる。まだまだたっぷりと余裕がある。嬉しい。お肉を入れるのはここで、ウインナーやチーズを入れるのはここ。冷凍庫はここで・・・と確認していると、食材をサクッと切れる程度に冷凍する一番気になっていた機能を使ってみたくなった。ちょうど買ったばかりの鶏もも肉がある。

早速、説明書を出した。今まで使っていた冷蔵庫にも説明書はついていたが、特に変わった機能はなく読むことはなかった。一度だけ、庫内の温度設定を変えても変えても野菜が凍るのはなぜだろうと読んでみたことはあったが(私が野菜室だと思っていたところがチルド室だからだった)それ以降は一度も読んでいない。しかし、今度の冷蔵庫には何やらいろいろと細かい設定があるらしい。鶏肉片手に説明書のページをめくる。目に飛び込んでくるのは、でました“AI”の文字。きたきた、えーあい。しかし難しいことは置いといて、まずはこの鶏肉をいい感じに冷やすとしよう。

しかしじっくり読んでも内容が入ってこない。あまり詳しく書くとメーカーがわかってしまいそうなのでやめておくが、機能そのものの意味がわからないのである。○○機能に設定するには、こういう風にボタンを押せば良いんですよという説明はわかるのだが、じゃあその○○機能に設定すると何がどういう風に冷えるのかがわからない。今この原稿を書くためにもう一度説明書を引っ張り出してきて読んでいるのだが、やはりわからない。つまり私はわからないまま、とりあえず冷凍できそうなところに鶏肉を入れてそっと扉を閉めたのだった。

数日後、冷凍しておいた鶏肉を使って炒めものでも作ろうと、扉を開けた。一気にたくさん冷凍したが、サクッと切れれば余った分はまた冷凍しておくことにしよう。鶏肉を取り出す。

…カチカチだ。冷凍したんだからそんなもんなのかなと思ってパックから取り出し、包丁を当ててみる。うん。カッチカチ。それはもう思い切りいけば包丁が折れるかこちらが怪我をするかという想像が安易にできるカチカチさだ。重なっているところを剥がそうとするが、もちろん剥がれない。カチカチだもの。どうしよう。

ふと、冷凍したものをちょうどいい具合に解凍する機能を思い出した。説明書のページをめくる。ざっと読んでみる。できるにはできるが、約90分かかるそうだ。いまから待っていては晩御飯に間に合わない。あきらめて説明書を冷蔵庫用から電子レンジ用に持ち変える。解凍のページを探す。何十種類とあるメニューの中から解凍の機能を選択して温め始める。最後の望みを託して、半解凍的なメニューを選んでみる。なんとかうまいこと解凍できて半分くらいは残しておけないものかと願いながら待つ。出来上がった大量の鶏肉はまだ冷え冷えのカチカチだった。再びレンジに入れ、全解凍のボタンを押す。所々白くなっている。温め過ぎてしまった。薄々気づいてはいたが、大量の鶏肉すべてを料理に使うしかないようだ。

最初に作ろうとしていた炒めものだと、肉が多すぎるしフライパン二台で作らなければ入らない。だったら唐揚げにしてしまおうと思ったら揚げ油がない。しかし我が家の家電は最新式だ。電子レンジのグリル機能を使ってみることにした。それなら油を使わずに一気にたくさんの唐揚げができる。また説明書を読んでみると、からあげ粉につけた鶏肉を云々カンヌン…とあった。からあげ粉がない。しかしいつも通りに作っても別に構わないだろうと、鶏肉をタレにつけて粉をまぶし、レンジに入れ、唐揚げボタンを押した。

ブザーが鳴る。見た目は唐揚げではない、食感も唐揚げではない、しかし味はまぁ唐揚げですねって感じの料理が出来上がった。やはりからあげ粉が必要だったのかなと思ったが、ちゃんと揚げてもいつもこんな感じの仕上がりになっているので、そもそも唐揚げ作りが下手なのだ。タレをよく落とさずに粉をつけるからこうなるのはわかっているのに、どうしても適当にやってしまう。

読解力もなければ、集中力も忍耐力もない。いつも途中でめんどくさくなってしまう。家電選びだってそうだ。何も一気に決めなくても良いのに、何度も行くのはめんどくさいから一気に決めようとして、しかも決めてる途中にめんどくさくなってガス欠。思えば、なんちゃら力というものはほとんどない気がする。体力もないし。どんな力でもいいから、手っ取り早く力を身につける方法はないだろうか。できれば、めんどくさくないやり方で。一番必要なのは、めんどくさくならない力。誰かおしえてください。

「読む」のがめんどくさい人へ、読まない本

著者
吉本 ばなな
出版日

本を読むなんて、めんどくさいと思っている方に。易しく、優しい文章はスルッと脳内に入り込んできて「読んでいる」なんて感覚がなくなるのが、吉本ばななさんの小説です。だた美しい景色が頭の中に流れてきます。それはとても心地よく、旅をしているような穏やかな気持ちになれるのです。

山本屋という海辺の町の旅館の娘である“つぐみ”。幼い頃には短命宣言をされたほど病弱で、すぐに熱を出して寝込んでしまうのですが、特別に美しく、賢く、しかし口が悪くて生意気なとても魅力的な女の子です。その旅館で一緒に暮らしていたまりあは、少々複雑な家庭環境であるつぐみのいとこ。大学生になって東京に出ますが、夏休みにつぐみの町へ帰省することになります。そこで出会う一人の少年と、彼女たちのちいさな物語。少女から大人になっていく曖昧な時間と瑞々しい描写は、読む年代によって大きく捉え方が違うものになると思います。30代の私からすると、ちょっぴり色あせたような淡い色。登場人物の年から少し離れているからかもしれません。海の近くで、四季を感じてみたくなりました。

著者
本谷 有希子
出版日

SNSのために海外旅行に行き、SNSの中で生きる人。ネットショッピング依存の人。世間から外れていくことをあるもののせいにする人。このSNS三部作が面白くって、こわくって、やはり本を読んでいるという感覚がなくなりました。リアルにいる人の生活を覗き見しているような気分。リアルじゃないのにとってもリアルで、他人事なのに自分のことのようで。そのうち自分も悪いような気までしてきちゃいます。映画を観るのともちがう、誰かの話を聞くのともちがう、自分なりの物語が自分の中に流れていくような体験ができます。

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