五感を駆使する秋におすすめ!「感覚(センス)」力を養う本3冊

更新:2021.12.12

みなさんが「秋」を感じるときはいったいどんなときでしょう。青空が高く見えたら?金木犀(キンモクセイ)の香りが漂ってきたら?無性に身体を動かしたくなったら?柿や栗、サンマといった旬の食材を口にしたら?よく考えると、どれも「五感」や「感覚(センス)」を頼りにしていることに気が付きますね。人間は日常生活においても無意識に「五感」や「感覚(センス)」を使っているわけですが、秋になるとよりそれらが研ぎ澄まされるように感じられます。そこで今回は、「五感」や「感覚(センス)」をテーマに3冊選んでみました。

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面白くて、美しくて、不思議であること。これが、僕が作品をつくるうえで大切にしていることです。

コントグループ「ラーメンズ」で知られるようになった小林賢太郎さん。現在は劇作家・パフォーミングアーティスト・漫画家等々、彼にしか出来ない「職業・小林賢太郎」をなさっているお方です。

昔から「面白くて、美しくて、不思議であること」、それが作品を作る上で大切にしていることとおっしゃっていました。それにまんまと啓発された約10年前の私は、同様に文章を書く上でそれを大切にしています。

 

著者
小林 賢太郎
出版日
2014-09-10

この本は、タイトルがすべてを物語っているとおり、彼がコントや演劇をつくるさいに考えている99の思考を文章化したものです。

例えば、
「アイデアは思いつくというよりたどりつくもの」(24ページ)
「自分は何が好きなのかを知り、なぜ好きなのかまで考える」(30ページ)
「うちはうち、よそはよそ」(48ページ)
「自分の『なんとなく』を信用しない」(84ページ)
「表現力とは、ほぼコミュニケーション能力」(106ページ)
「緊張はするべき」(109ページ)
など、魅力的なタイトルと文章が添えられており、すべて1ページないしは2ページにまとめられています。「コントや演劇」以外にももっとひろく「ものづくり」をしている人にはぜひ一読していただきたい一冊です。当たり前なことほど実はできていなかったり、見過ごしてしまっていることに気付かされます。

ちなみに賢太郎さんの言葉で私が最も好きな言葉は、「0から1をつくるということは、とても難しいことです。けれど、必死にもがき苦しめば、0.1くらいは生み出せるものです。あとは、それを10回繰り返せばいい。」(27ページ)です。

大昔、私達が裸で暮らしていた頃、私達は幸せだった。

「なぜ私達人間は服を着るのだろう。」(3ページ)という大きな問いから始まるこの本は、2012年に原美術館で開催されていた「杉本博司 ハダカから被服へ」で販売されていたものです。

 

洒落本 秘すれば花

2012年03月31日
杉本博司
原美術館

こちらは、写真家の杉本博司さんが人類の始まりから20世紀までの人間と衣服の関係を、20世紀を代表するファッションブランドの衣服を彫刻的にとらえた「スタイアライズド スカルプチャー」シリーズや、「ジオラマ」、「肖像写真」といった紙芝居を想起させるようなシリーズといった独特な視点から、人間が「装う」意味を問うている展覧会でした。

「他人はあなたの装いを見て、あなたを認知する。それがあるにしろ、ないにしろ、私は私の知性を装い、私の資産を装い、私の嗜好を装う。装いは服だけではない。私の表情、私の仕草、私の眼の翳り、それらは自動的にあなたの着るものと連動している。あなたの意志とは係わりなく、あなたの着るものが、あなたの表情を決める。」(3ページ)

被服は人間が生み出した文明のなかで、もっとも特徴的な現象です。ただ身に纏うというだけでなく、権威や個性を主張するアイテムとして人間の欲望を過剰なまでに刺激するようになった衣服を鳥瞰し、冷静に捉え直すということをしています。

その時代の身体感や衣服の特徴などを洒脱な言葉で説明しており、それが妙にクセになります。ただ漫然に写真を「見る」だけでなく、「読み込む」という体験ができるのみならず、この本の問題提起として挙げられている「私達はなぜ衣服を着るのか」について、自発的に自分の感覚で考えることを刺激される一冊です。

口というのは、わたしの身体のなかでもとりわけ、幸福が集中して現れるところだ。

ほころび、ふるえ、まどろみ、やつし…。普段はあまり使用しない言葉を使いながら、人間の身体の感覚についてまとめられた哲学者の鷲田清一さんの本です。

 

著者
鷲田 清一
出版日
2011-04-23

今回は身体にある器官のなかでも「口」ないしは「食」について紹介したいと思います。最初の章「ほころび」のなかで(少し長い引用になりますが)とても興味深いことが書かれています。

「口は不思議な器官である。からだの他の部位にはそれほど機能が重層しているわけではないのに、口にはわたしたちのさまざまないとなみが密集している。食べる、舐める、飲む、息をするだけではない。話す、笑う、泣く、唸る、歌う、そして愛玩する。つまり、食事、語らい、感情の表出、歌唱、そして性の交わり。どれをひとつ欠いても、人生が成り立たないくらいに生きるうえで大事なことを引き受けている。だから幸福はここに集中する。おいしいものを食べ、酒を嗜み、喉を潤し、笑い声をあげ、心ゆくまで歌い、そして接吻する。あるいは他者の身体に吸いつく。不幸も、だから、ここに集中する。何かを食べても不味く、言葉を吐き捨て、あるいは失い、歌を忘れ、身を合わすことを怖がる。」(27ページ)

人がものを食べるという行為はもちろん生きるためですが、それを主にする「口」は、それ以上の意味を持っていることに気付かされます。ただ器官の物理的機能だけに着目するだけではなく、それらがどのような意味を持っているのか、秘めているのかが鷲田氏の独特な視点から明らかにされていきます。感覚というものは人間の身体の中で生まれるものですが、私たちは自分たちの身体がいったいどのようなものなのか、ということに無頓着であることにも改めて気付かされます。

「西欧語のセンスが『感覚』と『意味』という意味をあわせもっていることには、深い意味があるようにおもう。フランス語のsensはさらに『方向』という意味もあわせもつ。見ること、聴くことだけでなく、対象との密着である触れることも、まさぐりという、何かに向かう志向性を欠けばなりたたなかった」(21ページ)とあるように、感覚とは人間の身体が受動的にではなく能動的に「こちらから受け取りに行くもの」なのだということにハッとさせられます。

なかなかに独特な文体なので最初は読むのが大変かもしれませんが、じっくり文章と向き合うという意味ではちょうど良いスピードで読むことができるかと思います。

いかがでしたか? 
今年の秋はぜひこの3冊のなかで気になる本を読んでから、散歩に出掛けてみましょう。五感をフル活用しながら街中を歩いてみて、「これはこう感じた・考えたけれど、どうしてそう思ったのだろう?」といった「感覚(センス)遊び=観察ごっこ」をしてみてはいかがでしょう。自分の「五感」や「感覚(センス)」にちょっとだけ疑いを持つと、面白い発見ができますよ!

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