『薬屋のひとりごと』2種類のコミック版の違いとそれぞれが持つ魅力を解説します

更新:2022.1.27

 日向夏によるライトノベル『薬屋のひとりごと』(イラスト:しのとうこ)は、毒物大好きな少女が、薬の知識を生かして後宮で起きる不審な事件の数々を解決する小説です。魅力的なキャラクターと、緻密に計算されたミステリ要素、そしてラブコメ的なやり取りが楽しい作品で、男女を問わず人気を集めています。  シリーズの累計発行部数は、1300万部を突破。そんな大人気作『薬屋のひとりごと』ですが、ヒットを後押しした要因の一つとして、コミカライズの成功が挙げられるでしょう。  小説をコミカライズ化することで、より間口を広げ、多くの人に読んでもらう。コミカライズは今や定番のメディアミックスとして、さまざまな作品でも行われています。ですが『薬屋のひとりごと』のように、2種類のコミカライズがほぼ同じ時期から展開中という作品は、他に類を見ません。  今回の記事では、それぞれ持ち味が異なる『薬屋のひとりごと』のコミカライズを取り上げ、作風の違いやおすすめシーンを紹介します。

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『薬屋のひとりごと』原作とあらすじの紹介

 『薬屋のひとりごと』の原作は、日向夏による小説です。2011年よりオンライン小説投稿サイト「小説家になろう」で連載が始まり、2012年に主婦の友社から単行本が発売されました。その後、主婦の友社は「ヒーロー文庫」というライトノベルレーベルを立ち上げ、『薬屋のひとりごと』も2014年からこちらで発行されています。2021年11月現時点での小説の最新刊は11巻。怒涛のクライマックスを迎えているところです。

著者
日向 夏
出版日
2014-08-29

 続いて、『薬屋のひとりごと』のあらすじを紹介します。

 花街で暮らす17歳の猫猫(マオマオ)は、育ての親とともに薬師として働いている少女でした。ところがある日、薬草を採りに入った山の中で人買いにかどわかされ、後宮に売り飛ばされてしまいます。−−不本意な境遇だが、2年下女として勤めあげれば、ここから開放される。−−そう考えた猫猫は字が読めることを隠し、無知なふりをしてひっそりと後宮で働いていました。

 ですが猫猫は、帝の寵妃である玉葉(ギョクヨウ)妃と梨花(リファ)妃、そしてそれぞれの子どもが衰弱しているという噂を聞きつけ、好奇心から妃の様子をうかがいに行きました。一目見て、この事件は呪いなどではなく、人体に有毒な鉛を含んだ白粉が原因だと見抜きます。

猫猫は、ほんの少しの正義感から、そのことを伝える文を匿名で送りました。結果、助言を受け入れた玉葉妃の娘は命拾いをし、おしろいを使い続けた梨花の息子は亡くなりました。

 後宮で働く美形の宦官(かんがん)・壬氏(ジンシ)は、事件の真相に気づいて匿名で忠告を送った人物を探し、猫猫だと突き止めます。そして毒物や薬に詳しい猫猫を使えると見込み、彼女を玉葉妃の侍女に抜擢して、毒見役を任せました。以後、猫猫の元には、後宮で起きるさまざまな難事件が持ち込まれるのでした。

 

『薬屋のひとりごと』の中心を担う2人のキャラクター

『薬屋のひとりごと』の主人公猫猫は、どこか達観してクールな性格の持ち主です。ですが、毒物や薬が絡むと途端に人格が豹変。知的欲求が薬と毒物に傾きすぎた猫猫は、自らの体で毒の人体実験を繰り返す、狂科学者(マッドサイエンティスト)でもあります。普段の性格と毒物を前にした時のギャップが、なんともチャーミングなキャラクターです。

本作のもう一人の主役である、謎の宦官壬氏。人間離れした美貌をもち、己の魅力を知り尽くす壬氏は、蠱惑的な笑みを使って人をうまく利用してきました。ですが猫猫には全く効力はなく、むしろ彼女は嫌悪の表情をあらわに、ひたすら彼を邪険に扱います。

猫猫は壬氏をなめくじでも見るような目で見つめますが、そんな視線を壬氏は嫌がるどころか、むしろ喜び面白がります。壬氏にとって、猫猫は都合のよい駒だったはずが、物語が進むにつれでどんどん執着をみせるようになります。ツンデレな猫猫と、やや変態じみた壬氏がみせるやり取りは、なんともユーモラスです。猫猫と壬氏の独特のやり取りや、少しずつ花開くラブコメ的な要素は、本作の読みどころの一つとなっています。

 この2人を中心に、『薬屋のひとりごと』には魅力的なキャラクターがたくさん登場します。帝の寵愛を受け、ライバル関係にある妃たち。ほかにも宦官や侍女、下女などさまざまな後宮関係者や、猫猫の実家がある花街の人々が、物語を彩ります。

 

『薬屋のひとりごと』には2種類コミカライズがある

 『薬屋のひとりごと』のコミカライズは、2017年から2種類の雑誌で展開中です。

 最初に始まったのは、『月刊ビッグガンガン』の『薬屋のひとりごと』(構成:七緒一綺 作画:ねこクラゲ スクウェア・エニックス)でした。

著者
日向夏
出版日
2017-09-25

 続いて、同じ年に『月刊サンデーGX』でもコミカライズがスタートします。こちらは『薬屋のひとりごと〜猫猫の後宮謎解き手帳〜』(作画:倉田三ノ路 小学館)と、サブタイトルがついています。

著者
出版日
2018-02-19

 以下、それぞれビッグガンガン版とサンデーGX版と呼びます。ビッグガンガン版『薬屋のひとりごと』の現時点での最新刊は8巻。サンデーGX版『薬屋のひとりごと〜猫猫の後宮謎解き手帳〜』は、11巻まで刊行されています。

 

ビッグガンガン版とサンデーGX版『薬屋のひとりごと』の違いは?

 同じ原作をコミカライズしていますが、ビッグガンガン版とサンデーGX版の『薬屋のひとりごと』では、作風がかなり異なります

 まずはビッグガンガン版。この漫画の最大の特長は、キャッチーなキャラデザと、キャラクターそれぞれの性格や関係性を魅力的に引き出したストーリー展開です。原作にあるラブコメ要素をより前面に打ち出し、デフォルメなども多用した作画には、華やかかつコミカルなテイストが漂います

ビッグガンガン版『薬屋のひとりごと』

 猫猫と壬氏の関係性も、早い段階からラブコメ的な描写がなされています。猫猫が仕える玉葉妃の侍女たちのキャラもより深められ、わちゃわちゃとした掛け合いが展開されるのも特長です。原作の魅力である謎解きと後宮の人間模様のうち、人間ドラマをより重視した作品といえるでしょう。

 それに対してサンデーGX版は、原作の物語の展開や、謎解き要素を重視したコミカライズに仕上がっています。キャラデザもビッグガンガン版よりリアル寄りで、猫猫の姿も可愛すぎない造形です。原作の猫猫は華やかな外見をしているわけではないので、そのニュアンスを汲み取ったルックス描写がなされています。

サンデーGX版『薬屋のひとりごと』

内容に目を向けると、原作のストーリーが丁寧に拾われており、ビッグガンガン版では削られた謎解きエピソードも登場します。また、ときには原作の描写を補完するように、独自要素で物語を掘り下げているのも特長です。

そして、ビッグガンガン版との大きな違いは、原作小説を消化するスピードです。サンデーGX版は、原作をテンポよくコミカライズしているので、原作の展開を漫画で追いたい人にはこちらがおすすめです。

 

ビッグガンガン版『薬屋のひとりごと』おすすめのシーン

ビッグガンガン版『薬屋のひとりごと』おすすめシーン1

 それぞれに異なる魅力をもつ、『薬屋のひとりごと』のコミカライズ。ビッグガンガン版とサンデーGX版の持ち味が発揮されたおすすめシーンを、3つご紹介します。

 まずはビッグガンガン版。おすすめシーンその1は、1巻収録の第3話「宮中の天女」です。このエピソードでは、壬氏からの依頼で猫猫は媚薬を作ることになり、彼女の薬に関する深い見識とともに、その媚薬が引き起こす騒動も描かます。

 注目したいのは、最後の場面です。壬氏は猫猫の働きをねぎらい、彼女の首筋に口づけします。この場面は原作では、「猫猫の髪がすく上げられ、首になにか冷たいものが当たった」と記されています。

 サンデーGX版では指で触れるという解釈ですが、ビッグガンガン版では口づけと、より積極的な行為になっています。原作で明確に描写されているわけではないので、どちらも間違いではありません。ですがビッグガンガンはより大胆な解釈で、第3話という早い段階から、二人の距離を近づけています。こうした描写は、この漫画ならではの色付けです。

 

ビッグガンガン版『薬屋のひとりごと』おすすめシーン2

 おすすめシーンその2は、2巻収録の第7話「園遊会その3」です。宮廷の庭園にお偉方が集う園遊会には、帝の4人の妃も勢揃いし、猫猫は毒見役として出席することになりました。さまざまな人間ドラマが展開される園遊会で、猫猫の観察眼の鋭さと、毒物に対する知識が遺憾なく発揮されます。

 このエピソードの見どころは、猫猫が毒味役としてスープを飲む場面。スープを口に含んだ猫猫は、うっとりとした表情を浮かべ、どこか淫靡さが漂うその恍惚とした顔は、強いインパクトを残します。ですが彼女がうっとりしたのは、スープが美味しかったからではなく、毒入りだったから。スープを吐き出し、毒入りだと告げる表情とのコントラストが鮮やかです。

 スープを飲むという行為に、数ページをかけて丁寧に描写した、贅沢なシーンに仕上がっています。

 

ビッグガンガン版『薬屋のひとりごと』おすすめシーン3

 おすすめシーンその3は、3巻収録の第12話「麦稈」です。実家がある花街へ里帰りの最中、とある妓楼で遊女と客の心中事件が起き、猫猫が事件の真相を解き明かします。

 ビッグガンガン版のコミカライズは、小説のエピソードをうまく取捨選択しながらさばいています。なので、基本的にはサンデーGX版の方がより細かく小説のエピソードを拾っているのですが、この場面に関しては、ビッグガンガン版の方が原作に忠実です。心中事件を通じて垣間見える、花街における人間関係のやるせなさが削られることはなく、しっかりと描かれています。

 

サンデーGX版『薬屋のひとりごと』おすすめのシーン

サンデーGX版『薬屋のひとりごと』おすすめシーン1

 続いて、サンデーGX版のおすすめシーンを紹介します。

 まずは、1巻に収録された第2話「媚薬」。ここの見どころはなんといっても、冒頭の蛞蝓を見るような目つきの猫猫と、それを喜ぶ壬氏のやりとりです。

作風の違いで説明したように、サンデーGX版の作画では、可愛らしすぎないキャラクター造形がなされています。リアルかつ、美化されていない猫猫の心底嫌そうな表情と、「あんな蛞蝓(なめくじ)を見るような目で見られたのは初めてだ……」と悦に入る壬氏の対比が面白く、笑いを誘わずにはいられません。

 原作小説では、「毛虫を見るような目」「なめくじでも見るような目」「地面を這いずり回る虫を見るような目」「干からびた蚯蚓を見るほうがましだという冷めた目」「ひっくり返った甲虫でも見るような目」「どぶ鼠を見るような目」「汚泥でも見るような目」など、ありとあらゆる表現を使って、猫猫が壬氏を嫌がる表情が描写されています。そんな原作のテイストが、サンデーGX版ではふんだんに味わえます。

 

サンデーGX版『薬屋のひとりごと』おすすめシーン2

 おすすめシーンその2は、同じく第1巻収録の第4話「勅命(ちょくめい)」です。このエピソードでは、ビッグガンガン版では削られた、木簡にまつわる謎解きが展開されています。

 とある宦官がごみとして捨てられていた木簡を焼き捨てようとしたところ、見たことのない色の炎がふき上がり、その後手がかぶれてしまいました。猫猫は薬物に関する知識でこの現象の理由を説明しますが、この小さな事件が、より巨大な陰謀と繋がっていくのです。

 木簡にまつわる陰謀は、とある妃への毒殺未遂という、より大きな話への伏線でした。『薬屋のひとりごと』の読みどころの一つである、ミステリ要素を端折らない構成は、サンデーGX版ならではの魅力となっています。

 

サンデーGX版『薬屋のひとりごと』おすすめシーン3

そしておすすめシーン3は、6巻収録の第23話「中祀」です。このエピソードは、これまで猫猫が解決してきた小さな事件が一気に結び付き、より大きな陰謀の存在が明かされる重要なエピソードです。

猫猫は事故が起きるよう仕組まれた祭事を止めるために会場に乱入し、自らの足に怪我を負いながら壬氏の命を救います。サンデーGXを版では、原作にはない場面が追加され、怪我をした猫猫をお姫様抱きして走る壬氏と、意識朦朧とした猫猫のモノローグが描かれました。

原作にはない描写も時には付け加えることで、より物語を魅力的にみせていく。そんな原作の補完は、第12話「阿多妃」でも行われています。水死した下女にまつわるやりとりも、原作には直接登場しません。描写されなかった行為の背景を漫画で補完することで、ストーリーの深みが増しています。

 

2種類のコミカライズで広がる『薬屋のひとりごと』の世界

 『薬屋のひとりごと』は、原作小説だけでなく、2種類のコミカライズが展開中です。それぞれの良さがあり、あわせて読むことで、より一層深く物語の世界を楽しむことができます。

 物語の細部まで味わいたいのであれば、やはり原作小説がおすすめです。コミカライズについては、キュートな絵柄やキャラクターの掛け合い、ラブコメ的な要素を楽しみたいならビッグガンガン版を。原作により忠実な展開や、謎解き要素を楽しみたいのであれば、サンデーDX版がよいでしょう。

2つのコミカライズを通じて広がる、『薬屋のひとりごと』の世界。ぜひコミカライズを手に取り、それぞれのカラーを読み比べてみてください。

著者
日向夏
出版日
2017-09-25
著者
出版日
2018-02-19

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