1941年、スイスの発明家ジョルジュ・デ・メストラルが愛犬と登山をしている時、自分の服や犬の体毛に植物(オナモミ・ヤマゴボウ)の種子がガッチリとくっついているのを発見した。これがマジックテープが開発される元となった。 これと同じように「生物の特徴から技術を発展させた」例は現代でも無数にある。人類は、模倣によって発展してきた。
衣服や文房具などに欠かせないマジックテープ、北京オリンピックで話題になった水着「レーザー・レーサー」、猫の舌の構造を元に開発されたサイクロン掃除機、カワセミのくちばしの構造を元に形が作られた新幹線。これらの技術は「生物模倣技術」と呼ばれている。あるいはバイオミミクリーだとか、バイオミメティクスなどの呼び方をされることもある。
生物の進化、そしてその特徴が人類にどんな恩恵をもたらしてきたか。それを語っているのが『生物に学ぶイノベーション 進化38億年の超技術』だ。内容的には幅広く浅く、生物の特徴とそれを応用した技術を、事例を中心に解説している。広く浅くなので、知識が全くない人でも楽しめる。新書なのでさくっと読めるのもいい点だと思う。
- 著者
- 赤池 学
- 出版日
『生物に学ぶイノベーション 進化38億年の超技術』では、模倣が3種類に分けられて紹介される。
生物の身体的特徴を模倣しようという内容。
魚類で強い生物といったら、そう、サメ。映画もたくさんあるので、魚類代表だ(ということにしておきましょう)。サメははやく泳ぐために体表を細かい突起で覆うように進化した。その構造を応用させて開発されたのが、「レーザー・レーサー」だ。2008年の北京オリンピックで登場し、競泳種目に出た選手の半分以上が着用。メダル151個分の100個のメダルは、レーザー・レーサー着用選手が獲得したものだった。世界的に話題になったあの水着の裏には、バイオミミクリーが潜んでいた。僕たちは、その名前を知らないうちに、テレビを通してバイオミミクリーに触れていたらしい。
サメ以外にも、たとえばハコフグの構造を応用させた車が紹介されたりと、水中に住む生物の身体的特徴は応用されることが多いことがわかる。読んだ感じ、形態の模倣はわりかし取り入れやすいのかも、と感じる。
ちなみにおすすめのサメ映画は『海棲獣』。原作者はかの有名な『ジョーズ』と同じ、ピーター・ベンチリーだ。出てくるのはサメをベースとしたクリーチャーなので、サメ映画といっていいのか微妙なところではあるけれど、とにかく面白いのでみてほしい。手足が生えたりするので。
体の機能を模倣しよう、という内容。
無敵の虫といえばクマムシがまずあがると思うけれど、この本では別の生物「ネムリユスリカ」が紹介されている。ネムリユスリカは乾季にカラカラに干からびて仮死状態ですごし、雨季に水分を吸収して蘇る。宇宙でも同じように蘇生できるかの実験とか、20年近く仮死状態にさせても生き返るかの実験とか、聞いただけでワクワクする内容が書いてある。
彼らの「無水保存」の技術を人間が使えたら、医療や食品分野の技術が大きく変わる。もし無水保存ができるようになれば、冷凍保存とは違って災害時に電気が止まってしまってもそれとは関係なく保存が続けられる。臓器の保存にも役に立つし、食品の保存状態だって大きく変わる。
また、ちょっと話はズレるけど、ビアガーデンにもバイオミミクリーが潜んでいる。夏といえばビアガーデン。「暑いのにわざわざ外で飲むの?」という声が聞こえてくる気はするし、実際僕も思ったことはあるけれど、実際に行ってみるとなかなか涼しい。人間は汗を出す際の気化熱で体温の調節を行なっているのに加え、ビールの利尿作用によって体の内側から暖かいあの液体を出すことによって体を冷やすことができる。
これはどうも「ミヤマカラスアゲハ」をはじめとする蝶の仲間たちの身体機能と似ているらしい。彼らは水場に集まり、水を吸いながらお尻から水を出すことで、体の中の水分を循環させて体温を下げている。水冷のクーラーみたいな構造である。能動的に模倣してできたというわけではないが、これもバイオミミクリーと言っていい。ビアガーデンはバイオミミクリー。バイオビアガーデンですね。
生物が種や群れで営んでいる働きそのものを模倣しよう、という内容。これがもっともこの本が伝えたかったことかな、と思う。
クマの行動が森の保存に役に立っている事例が紹介されている。クマといえば鮭だが、実は彼らは獲った鮭をほとんど食べないらしい。ではどうしているかというと、森に捨てるのである。捨てられた鮭は鳥や昆虫が食べ、また植物も死骸から栄養を得る。森の中にある川は、森に溢れている資源や栄養を海へと流す。海へ流れた栄養はたとえば鮭の糧となって、川に戻ってくる。それをクマが森へと還元し、こうして栄養は一巡する、という流れである。
これの循環の仕組みを利用し、カナダでは川の再生プロジェクトにおいて、クマの働きを人間たちが行うことで、自然を循環させている。このような「自然を循環させる」はたらきは、街中においても「エコロジカル(生態学的な)」という考えのもとで活用されている。
たとえば住宅業界が大きく変わっている。これまで住宅商品の中に庭が含まれることは多いわけではなく、家と庭が切り離されていた。だが「循環」の考えのもと、家はなるべく大きな庭とセットにする方が望ましい、という考えに変わってきているらしい。
食事で出た生ゴミを肥料にして野菜を育てたり、家庭から排出される二酸化炭素をそのまま庭の植物が減らしてくれたり(低炭素住宅と呼ばれる)。自然界にある「循環」のシステムを人間界にも取り込むことで、他の生物と自然が共生しているように、人間も自然と共生していくことができるように、社会のあちこちで変革が行われている。
全世界で自然環境の保護について議論が交わされるようになって久しいが、バイオミミクリーは昨今のSDGs (持続可能な開発目標)を実現させるためには当然欠かせない技術になっている。一応説明しておくと、SDGsとは2030年までに以下の17項目を達成しようね、というものだ。
1.貧困をなくそう
2.飢餓をゼロに
3.すべての人に健康と福祉を
4.質の高い教育をみんなに
5.ジェンダー平等を実現しよう
6.安全な水とトイレを世界中に
7.エネルギーをみんなに。そしてクリーンに
8.働きがいも経済成長も
9.産業と技術革新の基盤を作ろう
10.人や国の不平等をなくそう
11.住み続けられるまちづくりを
12.つくる責任、つかう責任
13.気候変動に具体的な対策を
14.海の豊かさを守ろう
15.陸の豊かさも守ろう
16.平和と公正をすべての人に
17.パートナーシップで目標を達成しよう
上記を解決し、持続可能な社会を作るためには、少なからず生活や環境を変える必要がある。しかし僕たちは一度得た便利な生活をなかなか手放すことができない。家庭内の消費電力はエアコンが一番多いらしいけれど、夏場はエアコンがないと乗り切れない。それにお風呂に入る時には大量の水を使う必要がある。僕は引きこもっているせいでびっくりするくらい体力がないので、エアコンを常につけていないと即死してしまう。
寄生獣で広川さんが
生物全体のバランスを保つ役割を担う我々から比べれば
人間どもこそ地球を蝕む寄生虫!!
いや……寄生獣か!
と言っていたけれど、耳が痛い。
技術の発展によって生活が快適になった代わりに、その技術が自然を壊してしまうことは多い。でも、それを解決するのもまた技術によってできるかもしれない。
バイオミミクリー。他の生物に学ぶ。自然に適応し、そして共存している人間以外の生物たちの特徴を取り入れれば、便利な生活を手放す必要はないのではないか。
たとえば、夏場のエアコン問題はシロアリの巣を元に解決されようとしている。サバンナ地帯に住んでいるシロアリは、昼間が50度、夜は0度という冗談みたいな気温の中でも、巣の中は常に30度に保てるようにしているらしい。これは巣の材料に鍵がある。巣を構成する土に本当に本当に小さな隙間があって、その隙間が外気温に応じて湿度を調整することで、常に温度が保たれるようになっている。
これを利用して、消費電力が極端に少ないエアコンの開発がすすめられていて、将来的には「無電化エアコン」も実現できる可能性があるらしい。
また、お風呂の消費水量問題に関しても、「アワフキムシ」という虫の生態を参考に、「泡」を利用することで極少量の水分で体を洗える風呂が研究されていたりする。消費水量問題の解決にもなるし、介護の場にも多いに活用できそう。この情報は特に「へぇ〜〜」と思った。いずれ家族を介護する可能性はあるし、その時にこういう技術が普及していたらみんな幸せになれる。
「循環」とか「共生」という視点でまわりをみてみると、今までとは違ったものが目に映るから、良い読書体験だった。もしかしたらこれは循環のピースになるんじゃないか、とか、一見無意味に思えたものが循環の一部を担っているなあ、とか。
あとは単純に面白い事例が多い。僕が特にすきなのは終盤近くにのっている「ブチギレるコオロギ」の部分。インターネットコオロギというワードの字面が強すぎて笑ってしまいました。単純に事例を見ているだけで楽しめると思うので、読んでみてほしいです。
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- 赤池 学
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