六本木ヒルズで開催されている、「サンリオ展 ニッポンのカワイイ文化60年」に行ってきました。ライターは、シナモロールの展示の前で涙が止まらなくなりました。シナモンくんは、「私のために生まれたんだ!」と思ったから。 「ヒットの理由」なんて薄っぺらい言葉では言い尽くせない、「私のためにいる!」と納得できる理由を語ります。
サンリオの歴史や知らなかったキャラクターの一面と出会える展覧会に行ってきました。正式タイトルは「サンリオ展 ニッポンのカワイイ文化60年」。六本木ヒルズ森タワー52階の東京シティビューにて、2022年1月10日まで開催されています。
サンリオという会社がどのように始まったのか、どのようにオリジナルのキャラクターを作ってきたのかなど、展示冒頭からサンリオのブランドごと好きな我々にはたまらない内容。日曜の昼間、客層はファミリー層よりも20~30代の友人連れの女性やカップルが多い印象でした。
「懐かしい!」という声がひときわ聞こえてきたのが、キャラクターひとりひとりの歴史や制作背景をたどるブース。ペンギンのシンプルなデザインとまるまるとしたフォルムの愛らしいタキシードサムや、ピンク地に小さい花柄のグッズに馴染みのあるマロンクリーム。キャラクターそれぞれダイカットのボードとともに、各キャラに合う配色で屋台のように並ぶブースは今回メインといってもいいほど見所が満載でした。
ライターの推しはシナモロール。2001年に生まれたシナモンフレンズ、発表当初10歳だったライターは当然身の回りのグッズを買い集めていたドンピシャ世代です。シナモンくんのブースで立ち止まり、キャラクター誕生当時のことが書かれた展示の文字を読んでいくと、運命を感じずにはいられませんでした。
「シナモンくんは、わたしのために生み出されたキャラクターだったんだ……」、そう感じた理由を4つ挙げていきます。
シナモロールのグッズを思い起こしてほしいのですが、発売当初から今に至るまで一貫して「ブルー」を使っているイメージがあるでしょう。今でこそパステルカラーやペールカラーの小物を街中でよく見かけますが、ことサンリオのグッズにおいては挑戦だったそう。これがシナモロールの差別化につながりました。
当時、「女の子然」としてる服装をすることが苦手だったライター。「どれにする?」と選択肢を与えられた時、「ピンク!」とは言えない子供でした。そんな私にとって恵みのような配色のシナモロールのグッズ。夢中になっていったのも自然なことだったのだと思います。
上はシナモロールブースに展示されていたグッズの一部。奥の四角いショルダーバッグに注目していただきたい。シナモロールが生まれる前の2000年頃、デニム生地のポーチタイプのペンケースが流行っていなかっただろうか。展示で説明されていた「大流行していたジュニアファッション」がこういったデニム生地のグッズのことを指しているのかは明確ではありません。
ただ、当時小学生だった私の周りで流行っていた文房具やカバン類を思い返してみると、デニム生地×ピンクの配色、反射素材といったテイストがたしかに使われていました。というか私は持っていた。まさしくシナモロールの商品展開のターゲット層とされていたことがわかります。
ちなみに中央手前の貯金箱、「おなじの持ってた!」と感慨深く思いました。
シナモロールのグッズは最初から、シナモンくんのほか、みるくくん、エスプレッソくん、カプチーノくん、シフォンちゃんにモカちゃんの計6匹のシナモンフレンズとして展開されています。この「それぞれ個性が異なる子たちが集まっている粒ぞろい感」が大好きだったライターは、見事6匹のぬいぐるみをコレクション。揃えば揃うほどコレクター欲も刺激されますよね。
これもサンリオのチャレンジングな策略のうちでした。1999年に『LOVEマシーン』を大ヒットさせたモーニング娘。から着想し、個性のひしめき合う「ユニット」として売り出されていたのですから。グループで売り出されると、「選ぶか選ばないか」の2択から「(選ぶことを前提として)この中の誰にしようかな」というふうに思考を誘導できるのです。
シナモロールヒットの理由であるのはもちろん、モー娘。直撃世代である私が違和感なくシナモンフレンズの団体戦に喜んだのも納得です。
最後に。これは「やられた!」と思いましたが、シナモンくんのプロトデザインはウサギだったのだそう。大変個人的な話になりますが、ライターは猫派か犬派か問われても「ウサギ派!」と即答するほどのウサギ好き。ウサギと朝から夜まで触れ合い放題の、とあるパークで小学生時代を過ごしてきたからかもしれません。
シナモンくんと言われればそうだけどまるで違う、天使のようないでたちの耳の垂れた白いウサギのキャラクターのイラスト。かわいいような、ちょっと奇妙な印象もある原案、見たい方はぜひ実際に訪れてみてはいかがでしょうか。
このようにシナモンくんは、まさに自分をターゲットにして作られていたのです。これほど好きになるには、カラクリがありました。サンリオお見事。そしてありがとう。シナモンくんがいるおかげで私は頑張れています。
ちなみに、シナモンくんの一歩手前にはポチャッコのブースがありました。実はポチャッコの、耳が大きく動くというスタイルはのちのシナモンくんのデザインにも影響を与えているんだとか。なんだかとっても感激してしまいました。ポチャッコくん、生まれてきてくれてありがとう……。
サンリオの前身会社である山梨シルクセンターは、雑誌「リリカ」など出版事業も手掛けていたことをご存知でしょうか。「リリカ」には、大島弓子などサンリオのイメージにピッタリの日本を代表する少女漫画家のほか、石ノ森章太郎や手塚治虫といった巨匠も漫画を掲載していました。
出版事業を始めるきっかけとなったのは、やなせたかしの詩集『愛する歌』。当時デザインの依頼を請け負っていたやなせたかしの詩を見た方の、
「その詩、素敵だから本にしちゃおうよ!」(意訳)
という一声で本を出すことになったのだとか。やなせたかしの詩としては、文部省唱歌にもなっている『手のひらを太陽に』も有名ですね。
「今売れているモノ」よりも「かわいいモノ」「ときめくモノ」を。そんな精神を商品開発、ひいてはキャラクター制作の核に置いているサンリオらしいエピソードだと思いました。
- 著者
- やなせ たかし
- 出版日
こんな知らなかったサンリオの一面、ギフトゲート(サンリオのグッズショップ)のこだわり、いちご新聞の歴史も知ることができるサンリオ展。あのキャラクターに夢中になったことがある方、あのキャラクターのグッズを使っていたという方はぜひ一度訪れてみてください。
<「サンリオ展 ニッポンのカワイイ文化60年」公式サイト>で詳細をご覧いただけます。