山口貴由のおすすめ漫画5作品!ヒーローの条件とは!?

更新:2021.12.15

鋼我一体!覚悟完了!思わず使いたくなる名フレーズと独特の美意識に裏打ちされた面白さを量産し続ける異彩の漫画家、山口貴由。今回は山口漫画に見られるヒーロー像に焦点をあてながら、作品を紹介してゆきます。

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生涯をかけて大きな世界を作り出す漫画家・山口貴由

山口貴由は1966年に東京都に生まれました。高校を卒業してから小池一夫の劇画村塾に在籍したのち、1986年の『NO TOUCH』でデビューを果たし、その後も同誌上で発表を続けてゆきます。

その後、『平成武装正義団』、『悪鬼御用ガラン』で勧善懲悪のヒーロー物語を描き、後の作風を固めてゆきます。『平成武装正義団』は後述する代表作『覚悟のススメ』のひな型の作品であり、いじめられっ子だった主人公がいじめっ子のならず者に復讐する物語です。

山口貴由は活躍の初期からヒーローものを数多く描き続けています。山口の漫画に描かれているヒーロー像は強く頼もしくも、どこか人間臭くて愛すべきキャラクターばかり。今回は作品を紹介しながら、山口貴由の漫画にこめられた理想のヒーローの条件を見てゆきたいと思います。

山口貴由の代表キャラクター・葉隠覚悟の初登場作品!『覚悟のススメ』

山口貴由の名を世に知らしめたのが、本作です。この作品は1996年にアニメ化され、1997年にはゲームにもなりました。

この作品は近未来の東京を舞台にしており、主人公である葉隠覚悟が悪の道に走ってしまった実兄の葉隠散と決着をつけるまでを描いています。物語は覚悟が東京都内の学園に転校してくるところから始まります。

著者
山口 貴由
出版日
2007-03-20

クラスのアイドル的女生徒とのロマンスがあったり、番長格の男子生徒にケンカを売られたりと、ここまでなら普通の学園ものですが、山口漫画はそれだけでは終わりません。学園の外は核戦争と環境破壊で荒野と化しているのです。一見普通の生活を送っているような生徒たちも、実は明日をも知れない恐怖を戦う毎日を送っています。

覚悟の目的は、散を倒し人類を守ることです。散はもともと覚悟にとって頼もしい兄。覚悟にとって兄は尊敬の念を抱くような存在でしたが、一転して憎むべき敵となりました。それは散が父親をその手で殺したためであり、人類を滅ぼすと宣言したからでした。

何より覚悟が許せなかったのは、父親から習った格闘術を散に悪用されること。その力は弱き人々を守るために使うものであり、よこしまな目的に使うものではありません。

散は居城をかまえ、怪人をつかって人類滅亡の企みを進めています。覚悟は散の企みを食い止めるべく居城に単身乗り込むのでした。

作品の見どころは、孤独な戦いを強いられつつも決してひるまない覚悟の姿勢です。彼は散に対抗できる武装、強化外骨格「零」を持っている唯一の人物。一人きりで戦う重荷を背負っているのです。

手下の怪人たちとの戦いに傷つきつつ、散のもとを目指してゆきます。学園の仲間たちとの絆、何より思いを寄せるヒロインとの絆があるから覚悟は孤独な戦いに耐えられるのです。「人も通わぬ山奥に咲いた紅葉の心意気」とは覚悟の父親が自らの一族を評した言葉で、覚悟の孤独な魂に通じるものでもあります。

孤高であれ。これが山口漫画におけるヒーローの第一条件です。

愛を貫くヒーローのまっすぐな姿に感動!『悟空道』

この作品はタイトルのとおり、「西遊記」がモデルとなっており、孫悟空、猪八戒、沙悟浄といったおなじみの面々が山口貴由流のアレンジを加えられて出てきます。作中では三蔵法師玄奘は女性とされており、それも傾国の美人という設定です。

舞台は唐代の中国であり、三蔵法師の生きた時代がもとになっています。三蔵法師が天竺までお経を取りに旅に出るのは原作の『西遊記』と同じです。『悟空道』では、三蔵法師はお経を取りに行く旅の途中で封印されていた孫悟空に出会います。

著者
山口 貴由
出版日
2007-09-20

悟空はかつて大暴れしたことで如来から罰を受け、五百年間も封印されていました。昔の行いを悔い、孫悟空は仏門に入ることを許されて三蔵法師の弟子となります。そんな三蔵法師の弟子となった悟空を仲間に加え、一行は天竺を目指すのでした。

この作品は、愛の物語だといえるのではないでしょうか。異性に対しての愛だけでなく、より広い意味での人類愛のようなものが描かれています。

三蔵法師はどこまでも慈悲深く、妖魔に命を奪われそうになっても悪に走るしかなかった妖魔の境遇をあわれみ、救おうとします。その献身的な人柄には、妖魔を含めてすべての存在への愛情が息づいているように思えます。お人よしで世間知らず、だけど明るく茶目っ気たっぷりの三蔵法師に妖魔たちが救済されてゆきます。

悟空も三蔵法師の愛情にうたれた一人です。彼の性格はがさつな向こう見ずとして描かれていますが、物語後半では仏弟子としての自覚を持つようになります。

物語の最初では殺生を何とも思っていませんが、徐々にそれに疑問を持ち始めます。こらしめた妖魔に対しても命を奪わないようになるのです。三蔵法師と共に旅をするなかで悟空にも人間らしい心が育っていく様子は美しいもの。時には厳しく、しかしあくまでも優しさで包む三蔵法師の愛情が悟空を変えたと言えるでしょう。

そして三蔵法師は悟空にとって特別な存在となります。悟空は太ももに三蔵法師の名を彫り込むほどにほれ込んでいます。三蔵法師から破門を言い渡されたときには何十日も破門された場所から動けず、その後名前を呼ばれた時には何ヶ月もかかる距離を経て駆けつけます。

愛のために動け。ヒーロー第二の条件です。

山口貴由が武士道を描いた名作『シグルイ』

2007年にアニメ化され、同時期にインターネット上でカルト的な人気を博した山口貴由のもうひとつの代表作です。南條範夫の小説『駿河城御前試合』の一エピソードをアレンジした内容です。タイトルは田代陣基の『葉隠』中の「武士道は死狂ひなり」という一節からとられており、悲しいまでに剣一本に己をかける青年剣士の物語です。

ある日、剣術道場で師範代をつとめる主人公の藤木源之助のもとに、伊良子清玄という剣士が道場破りにやってきます。後に伊良子は道場に入門を許されますが、やがて野望を露わにし、源之助たちに牙をむくのでした。しかし、源之助は辛くも伊良子の計略から逃れて、伊良子を討ち果たすべく再起をはかります。源之助は自らの師匠の娘を守り、師匠の血筋を絶やさないために戦うのです。

著者
山口 貴由
出版日
2004-01-22

この作品は現代から見れば多少きゅうくつな、血筋や家柄といった文化に縛られた時代が描かれています。封建主義の理不尽さが第一巻でいきなり示されており、徹底した階級社会のもとに人の命も簡単に奪われる時代であったことが繰り返し描かれていきます。

源之助も社会の上流階級にはなれずに、身分差別に苦しむ一人です。封建主義の枠組みの中で踊らされた一人だったともいえるかもしれません。血筋や家柄が力を持っていた時代だからこそ、流派やお家に傾ける源之助の執念が迫力たっぷりに描かれています。

源之助の戦う理由は師匠から受けた恩を返すためとも、伊良子への復讐のためとも言えるかもしれません。しかし、最大の理由は道場再興のために戦い、師範の娘のために戦うというもの。個人的な都合を一切いれずに剣に打ち込まなければ、源之助は剣の実力も手に入れられなかったでしょう。自己犠牲的な姿はまさに武士の精神を表したものです。

自分以外のために戦え。ヒーロー第三の条件です。

荒廃した世界で葉隠覚悟が再び戦う!『エクゾスカル零』

『覚悟のススメ』ではコミカルなシーンが随所にありましたが、本作は作中に広がる不毛の大地のように乾いたシリアスな作風が特徴的です。ちなみに、続編とはいっても単体で読んでも楽しめる作品となっています。

この作品は実験的な作品だったのか、娯楽性には乏しいかもしれません。しかし、作者の苦悩が色濃く表れ、独特の重厚感を感じられます。作者自身、単行本のあとがきで自身の心を荒野になぞらえたコメントを残しており、絶望的な状況の中であがく主人公達に希望を託しながら筆を進めていたそうです。

著者
山口 貴由
出版日
2011-08-19

この作品は『覚悟のススメ』の続編ですが、時代設定は『覚悟のススメ』よりはるか未来。詳しい時間はわからず、場所も東京であるかどうかもわかりません。主人公である葉隠覚悟は普段は冷凍睡眠状態でありながらも、人類の危機には目を覚まして戦う役目を持つエクゾスカル(外骨格)戦士でした。覚悟がある時目を覚ますと、そこは人類の大半が死に絶えた不毛の荒野でした……。

物語の中では、人類を助ける方法が何度も論じられます。それはすべての人類がやがて滅びゆくことがわかっているからなのです。エクゾスカル戦士たちはそれぞれの考えで、滅びに対策を試みます。

ある戦士は怪物に進化した人類を保護し、またある戦士は人類の魂だけを半永久的に保存しようとしました。しかし、覚悟はそれらの試みに反対し、実力でくいとめようとします。人としての尊厳を捨ててまで生きながらえさせることは覚悟の求める正義ではないからです。覚悟は人類に対し「明日は無い、今日を生きろ」と説きます。

この作品は「人間は限られた生命を生きるから尊い」という大きなテーマを描いています。手段を選ばなければ守るべき人類を延命させることはできます。しかし、覚悟が守ろうとしているものは、人間そのものではなく人間の尊厳です。

人々に明日が無いと説くことは一見冷酷かもしれませんが、偽りの希望を与えることと、しっかりと現実を伝えることはどちらが人々を救うことになるのか。今日限りの命を悟らせ、今という瞬間を鮮やかに燃え上がらせることこそ絶望からの救いになるのではないでしょうか。

ヒーロー第四の条件は、今を生きろ、です。

山口貴由の新たなるヒーローの物語!『衛府の七忍』

『エクゾスカル 零』から作風がガラリと変わって、再びコミカルなシーンが増えた本作品。これまで紹介した過去の作品と共通の登場人物も多いので、あわせて読むとより楽しめるものになっています。

舞台は江戸時代初期の日本がモデルで、大阪の陣が終わり徳川幕府の治世が始まった頃という設定です。作中では、豊臣の残党狩りの名目で、暴虐が許されています。主人公のカクゴが所属する忍びの里も、豊臣方のヒロインをかくまったことから残党狩りを受け壊滅してしまいます。

著者
山口貴由
出版日
2015-10-20

カクゴもその戦いの中で命を落としますが、死にゆくカクゴの目に映ったのは輝く龍神の姿でした。龍神の力を借り、カクゴは怨みの力でよみがえり、徳川の世をくつがえすために戦うのです。

この作品のキーワードは「怨み」です。権力者の横暴におぼえた怨みを一気にやり返す痛快な復讐シーンに物語のカタルシスがあります。

切断した首を他人の胴体につないで殺す、生きたままさいの目状に切り刻む、生きたまま上半身の皮をはぐ、心臓を抜き出した相手に命乞いをさせるも結局殺す、生ける骸骨にしたまま死なせない、など工夫あふれる生々しい復讐が多く、単純に殺す以上に復讐心の強さを感じさせられるシーンばかりです。

山口貴由漫画のヒーロー最大にして最後の条件は、復讐を果たすこと、です。

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