竹本健治のおすすめ小説8選!奇書をも生み出すミステリー作家

更新:2021.12.15

日本のミステリー界には「四大奇書」という奇抜で、幻惑的なミステリーがあります。そのうちのひとつ『匣の中の失楽』の著者が竹本健治です。今回は、奇才・竹本健治のおすすめ小説をご紹介します。

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奇想のミステリーを描く竹本健治

竹本健治は1977年、探偵小説雑誌『幻影城』にて『匣の中の失楽』の連載でデビューしました。無名の新人がいきなり連載を持つという異例の待遇でした。竹本健治はSF、ファンタジーなど様々なジャンルを手掛けていますが、現在に至っても推理小説は書き続けています。

竹本健治の魅力は、アイディアの特殊性です。探偵小説でありながら探偵小説を否定するアンチ・ミステリを描いたり、趣味の囲碁を活かした作品では、作中に世界で一番長い詰碁を登場させたりするなど、他の作家には真似のできないアイディアで、独特なミステリーの世界観を作り上げています。

幻惑感を味わえる四大奇書の一つ『匣の中の失楽』

推理小説愛好家の大学生の曳間が密室で殺されます。実は、そのことは仲間が書いた小説に予言されていました。仲間たちは誰が曳間を殺したのか推理合戦を繰り広げるのですが、突然停電となり、第二の殺人が起きます。

『匣の中の失楽』は1977年に探偵小説雑誌の『幻影城』で連載された作品です。小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』、夢野久作の『ドグラ・マグラ』、中井秀英夫の『虚無への供物』に続く、四大奇書のうちの一つと呼ばれています。

著者
竹本 健治
出版日
2015-12-15

中国の九星術や、心理学のカタストロフィー理論、量子力学や化学物質の構造式など様々な講義やうんちくを繰り広げながら、数多くの推理が矢継ぎ早に披露されます。

本作の魅力は幻惑感です。章が変わる度に、実は前章の内容は登場人物が書いた小説であったことが明かされます。読み進めるほどに、何が現実で、何が小説世界なのかわからなくなり、混乱をきたします。足元が揺らぐような感覚を味わうことができる、竹本健治のミステリーです。

実在のミステリー作家が登場する『ウロボロスの偽書』

竹本健治が連載しているミステリーに、ひそかに殺人鬼の手記が紛れ込んでいました。連載が進むにつれて、創作のはずの登場人物が現実に登場するなど、現実と虚構の境界線が曖昧になります。そして竹本の周りで事件が起き、事態は混迷を極めていく……。

著者
竹本 健治
出版日

『ウロボロスの偽書』は1991年に発表された作品です。竹本健治を中心とした出来事、殺人鬼の手記、作中作の三つの物語が絡み合いながら、やがて融合していくという複雑な構造をしています。そのため、理解するのが難しく、『匣の中の失楽』に並ぶ幻惑感があります。

本作の魅力は、実名で自分自身や他のミステリー作家、評論家が出演していることです。そのため、ミステリー界隈の裏話や意外な交友関係を知ることができます。それだけでなく、最初の和気あいあいとした雰囲気が徐々に変化していく様が、より幻惑感を助長させています。

囲碁をテーマにしたミステリー『囲碁殺人事件』

囲碁のタイトル棋幽戦の第二局、碁の鬼と呼ばれる槙野九段の妙手で一日目が終わりました。二日目、対局時間になっても、槙野九段が現れません。関係者が探したところ、近くの滝の岩棚で首なし死体となって発見されます。まだ12歳ながら知能指数208の天才少年牧場智久と姉の恋人である大脳生理学者の素人探偵が不可解な謎に挑みます。
 

著者
竹本 健治
出版日

『囲碁殺人事件』は1980年に発表された作品で、ゲーム三部作の第一作目です。奇想のミステリーを多く書いていた竹本健治が、ストレートな本格ミステリーを書いたとして驚かれました。軽快なテンポと比較的抑えた専門知識のおかげで、読みやすい作品となっています。

本書の魅力は、タイトルにもある通り、囲碁を題材としていることです。趣味である囲碁をテーマにしたからこその世界観や、知識を活かしたトリックは他の作家にはなかなか書けません。囲碁についての丁寧な説明には、竹本健治の囲碁への愛が感じられます。

黒岩涙香が残した驚異の暗号に挑む『涙香迷宮』

囲碁棋士の智久は対局を終えて近くの旅館に行くと、碁盤に覆い被さった遺体に遭遇します。さらに数日後、黒岩涙香の隠れ家の発掘調査に出かけるとまたも殺人事件に巻き込まれます。殺人事件にはどうやら黒岩涙香が遺した暗号がカギを握るとわかった智久は、暗号解読に挑みます。

『涙香迷宮』は2016年に発表された竹本健治の作品で、「このミステリーがすごい!2017年版」の国内編第1位を獲得しました。黒岩涙香は実在の人物で、明治時代に翻案小説や新聞社の経営などで活躍した人物です。

著者
竹本 健治
出版日
2016-03-10

その一方で、競技かるたや囲碁、花札、ビリヤードなど多種多様な娯楽にのめり込み、どれも達人級の腕前を誇っていました。そんな黒岩涙香が仕掛けた暗号は一筋縄でいくはずもなく、天才と呼ばれる智久でも苦心します。

本作の魅力は、暗号の一部であるいろは歌です。いろは歌とは、いろは48文字を1度ずつ使って作る伝統的な歌です。オーソドックスなのは「いろはにほへと、ちりぬるを……」ですが、竹本健治はこれを48通りも作ってしまいます。それをミステリーにしっかりと組み込んでしまうのですから、作家の力量のすさまじさを感じずにはいられません。

ジュブナイルだけど大人も十分楽しめるミステリー『闇のなかの赤い馬』

ミッション系の男子校の神父が校庭の真ん中で落雷に遭い亡くなりました。さらに、別の神父が火の気のない密室で、焼死体となって発見されます。二つの事件は、学園内で「神の怒り」だと噂が立ちます。それを信じない汎虚学研究会の四人は、二人の神父の死の真相を探り始めます。

著者
竹本 健治
出版日
2004-01-31

『闇のなかの赤い馬』は2004年、ジュブナイル小説のレーベル・講談社ミステリーランドにて発表された竹本健治作品です。ミッションスクールを舞台として、オカルトチックな事件が展開されます。子供向けレーベルなのに、陰惨な場面は出てくるし、同性愛のような耽美なものを感じさせますので、大人のミステリー好きも唸らせる内容です。

本作の魅力は、突飛な真相にあります。「そんなバカな!!」と感嘆する、いわゆるバカミスと言える真相です。冷静だとバカミスだと思えるのですが、物語に引き込まれていると至極納得いくものに感じさせられます。竹本健治の力量あってこその突飛な真相です。

「真の恐怖」とは何か『閉じ箱』

1993年に発表された第1短編集。プロデビュー後、15年間に及ぶ執筆活動の間に描かれた短編を網羅した初の短編集です。作品の内容はホラーありSFありと、ミステリー小説にとどまらない根源的な恐怖やオカルト的要素を取り入れたものが多く収録されています。

作品の発表時期にばらつきがありデビュー前に同人誌に発表された作品も収録されています。そのため、質の違いはありますが、竹本健治の一筋縄ではいかないソリッドかつナンセンスな感性が光る作品集です。 

著者
竹本 健治
出版日

この短編集の特徴は、人間が持ちえる恐怖の根源を描き出そうとしているところです。

ミステリー小説の定義が、事件を論理的に解決しようとすることで快感を味わせる物語と見るとすれば、ホラー小説とは、論理的思考によって暴き出される真実に恐れおののく人間の姿を見ることで、快感を味わう意地悪な物語です。

竹本健治はミステリー小説自体にホラーを取り入れることにより、ミステリー小説をホラーからの目線でとらえています。つまり、物語における恐怖の捉え方が一定の視点にとどまっていません。登場人物を個人の心理と群衆心理を分けて描き出しているのです。

そこには、群衆心理と個人の妄想は、個人的体験だけでは収まりきらない恐ろしさが表現されています。読みやすく、恐怖に魅了されることを受けあい。ぜひお読み下さい。 

「孤独」を描いたい短編集『フォア・フォーズの素数』

本書は、第1短編集の『閉じ箱』から約8年後に発表されました。作品の内容は第1短編集と同じく、ホラーやSFといったミステリーだけではない多岐にわたる作品が収められた短篇集です。

特に、この短編集に収録されている「チェス殺人事件」は『囲碁殺人事件』からなる「ゲーム三部作」に登場した天才少年探偵が再登場しており、エドガー・アラン・ポーの推理小説『モルグ街の殺人』を題材に、推理小説における名探偵とはどういうものかについて、一つの回答を提示しています。 ホラーからアンチ・ミステリーまで、一筋縄ではいかない竹本健治の多彩な世界を楽しめる一冊です。

著者
竹本 健治
出版日
2005-10-25

この短編集の特徴は、感性のリリカルさに重点が置かれているところです。何もないところに何かある、と考えることの不毛さが、この短編集においては、肯定的に描かれています。数理における真実を追求し続ける少年の姿を描いた表題作「フォア・フォーズの素数」は最後まで孤独なままの少年の姿を描きながら、結末にはさわやかさを提示しています。

人間の持つ妄想と孤独な心理状態を描きながらも、そこに生まれる内面の豊饒さを描き出せるのが竹本健治の真骨頂です。ぜひとも読んでみて下さい。

ちなみに「フォア・フォーズ」とは4つの「4」と数学記号を使い、様々な数を作ることを目指す数学パズルを指します。

「極限状態」をテーマにした、竹本健治のホラー小説『腐蝕の惑星』

宇宙航空士をしているティナの恐怖と逃走を描いたSFホラー小説です。

個人にはどうしようもない現象がどのように作られたものか、宇宙空間といった密室空間が恐怖を増幅させて、不穏な雰囲気を作り上げています。著者によると『匣の中の失楽』や『ウロボロスの偽書』以上に個人的に気に入っている作品だそうです。

著者
竹本 健治
出版日
2018-01-25

「もし人間が、本当に逃げ場のないところで恐怖を感じるならば」という人間の心理の極限状態をテーマにした物語です。題材は近代文学のテーマの一つである「個人の喪失」と近いものがあるのですが、それよりもスピード感があり、より行動的な人間が、自分自身に理解できないことに関わっていく姿が描かれています。

恐怖が概念化している時代に、いかに悪夢を顕現させられるか。その部分を「個人の喪失」と「記憶の喪失」のつながりから問いかけています。過ぎてしまった時間は取り戻せません。人間の持ちえる思考の絶対値は、喪失をいかに認識するか、そして認識をいかに喪失するか、の違いによって生まれます。

SFホラーを超えて、ポスト・モダン文学のテーマの一つのコミュニケーションの断絶をより明確にした作品です。 恐怖を体験したい人も、そうでない人にもおすすめです。 

以上、竹本健治のおすすめ小説をご紹介しました。奇才の発想ゆえに必ずしも読みやすいとは言えませんが、他の作家にはない驚きや幻惑感を味わうことができます。ぜひ、竹本健治の奇想を体験してみてください。

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