今すぐ青空文庫でも楽しめる久生十蘭おすすめ作品6選!

更新:2021.12.15

久生十蘭は直木賞作家であり、海外の小説コンクールでも評価された実力の持ち主で、短編から長編、日本の時代物から外国を舞台にしたロマンス小説まで様々なジャンルの作品を生み出しました。

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小説の魔術師とよばれた男、久生十蘭

久生十蘭(ひさおじゅうらん)は1902年北海道に生まれ、1957年に食道癌で亡くなるまで旺盛な創作意欲でたくさんの作品を生み出しました。その巧妙な構成、博識を背景にした多彩な作品群、シリアスからパロディまで書き分ける技巧から、「小説の魔術師」の異名をとった作家です。

20代でフランスに留学し、シャルル・デュラン(演劇の演出家)に学んだことからでしょうか。パリを舞台にした小説も多くみられます。また筆名である久生十蘭という響きもどこかフランスっぽいですよね。

十蘭は『鈴木主水』で第26回直木賞を受賞し、また第2回世界短編コンクールで「母子像」が主席に選ばれているという、国内外で評価された作家でもあります。確かな実力に裏打ちされた名作の数々は青空文庫にて無料で読むことができます。

少年独特の純粋で危うい愛が描かれた傑作短編

「母子像」はニューヨークで開かれた第2回世界短編コンクールで1位を獲得した一編。久生十蘭の代表作の一つです。

 

著者
久生十蘭
出版日
2016-07-31


舞台は戦後間もない日本。ある少年、太郎が放火の罪で捕まります。何もしゃべらない太郎に困り果てた警察は、太郎の学校の教師を呼び、話を聞いてくれと頼みます。教師によると太郎は学業の成績も優秀なまじめすぎるところのある少年。しかし最近では花売りの少女の恰好をして歩き回ったり、泥酔しての徘徊をとがめられたり、と素行不良が目立ちます。

この太郎の変わりようの陰には、彼の母がいたのです。大変な美人で才女の母ですが、戦中はサイパンで兵隊を相手取った慰安所の経営をしていました。太郎に対して無関心な母に対し、太郎の母への愛情は強く、戦場サイパンでの危険な水汲み作業も母に銘じられれば嬉々として従事するのでした。

サイパンでの戦況が悪化し、親子が抱き合って自害していく中、母と一緒なら死をも恐ろしくないと感じる太郎。しかし母親にその愛は届かず……。

男の子は基本的に母への執着に似た愛情を持っているものですが、その感情に答えてもらえなければ思いはねじ曲がってしまうのです。母への愛に飢えた少年の心境を描きだした哀しい話です。

ギャンブル必勝法を研究し続けた独身四十男の哀しい初恋の顛末は?

「黒いモロッコ皮の表紙をつけた一冊の手帳が薄命なようすで机の上に載っている。一輪しの水仙がその上に影を落している。一見、変哲へんてつもないこの古手帳の中には、ある男の不敵な研究の全過程が書きつけられてある。それはほとんど象徴的ともいえるほどの富を彼にもたらすはずであったが、その男は一昨日舗石を血に染めて窮迫と孤独のうちに一生を終えた。」
(『黒い手帳』より引用)

『黒い手帳』はこのような印象的な文章から始まります。「不敵な研究」とはすなわちルーレットの必勝法です。

 

著者
久生十蘭
出版日
2015-12-31


舞台はパリ。語り手である「自分」の粗末な下宿先にはこの黒い手帳の持ち主の四十代独身男(画家になるためにパリに出てきたものの、才能がないのでルーレット必勝法をあみだだすため数十年苦心している変人)、パトロンから援助金を受けて音楽の勉強をしている夫婦がいました。

ある日夫婦の援助者が破産し、二人は食べるものにも窮する貧困状態に陥ります。そんな中、夫が考えたのはルーレットで勝つという無茶な金策。「自分」はその愚かな考えを改めさせるため、ルーレットの研究をしている男を呼びます。あんなに長年研究している彼でも必勝法がわからないのだから、とたしなめるつもりで。

ところが男は次々とルーレットに勝ってしまうのです。それを目の当たりにした夫婦に芽生えたのは殺意。一方で男に芽生えたのはなんと妻に対する初恋の感情。そして「自分」の中には、この殺人の過程を見守りたいという好奇心がわいてくるのでした。

この物語は冒頭の文からすると、ルーレットの必勝法を編み出した男がその秘密のために殺されるという単純な話に思われます。しかしその結末は意外にも……。

金銭欲、愛情、罪悪感、絶望、哀れみ……人々の感情の変化が見事に書き出された物語です。

喫茶店を訪れる穏やかな夫婦の背景には国家を巻き込んだ大恋愛が!

タイトルの『墓地展望亭』というのはパリにある喫茶店の名前です(実際には≪Belle-vue de Tombeauベル・ビュウ・ド・トンボウ≫というフランス語)。墓地を臨む形で立っているこの喫茶店の常連客に、目を引く一組の夫婦がいました。

夫の方は三十代半ばの日本人。妻の方は二十歳そこそこのスラブ人と思える実に美しい女性です。二人は毎月八日に墓地に墓参りをし、喫茶店のテラスで休んでいくことを通例としていました。語り手の青年はある日この二人がいつも花束を置く墓に興味をそそられ、その墓碑銘をのぞいてみます。

「リストリア国の女王たるべかりしエレアーナ皇女殿下の墓。――一九三四年三月八日、巴里市外サント・ドミニック修道院に於て逝去あらせらる。

神よ、皇女殿下の魂の上に特別の御恩寵を給わらんことを、切に願いまつる。」
(『墓地展望亭』より引用)

実はこの二人の背景にはロマンティックな大冒険が隠れていたのです。

 

著者
久生 十蘭
出版日
2016-01-16


ラストでこの『墓地展望亭』というタイトルがしっくりおさまる構造になっていることがわかります。さすが、小説の魔術師。ちゃんとこの不思議な響きには意味があるのです。

久生十蘭はいろいろな小説を書いていますが、このような一風変わった恋愛小説にも傑作が多いです。十蘭の恋愛物がお気に召した方は代表作の『湖畔』の方にもぜひ目を通していただきたいです。

極寒の島で起った火災事故の真相……衝撃の結末は必見

『海豹島』はグロテスクな犯罪小説であり、一方で歪んだ恋愛小説であり、北方の島を舞台にした冒険小説でもあります。

「海豹島(かいひょうとう)」というのはオホーツク海に浮かぶ孤島で実際に存在するそうです。ここはオットセイの繁殖場であり、発情期の際にはメスを取り合ってオス同士が血みどろの争いを繰り広げるのでした。

 

著者
久生十蘭
出版日
2015-12-31


主人公にして語り手の「私」は樺太庁農林部水産課の技師で、オットセイ獲事業の主任。オットセイ狩猟所の完成を見届けるため、海豹島に渡ります。しかしそこで「私」を待っていたのは火災によってほとんどの技師が焼死したという事実でした。、警察に事件のことを知らせるべく部下を送り返し、火災の生き残りである狭山良吉という剥皮夫と二人で島に残る「私」。

しかし藁沓(わらぐつ)の数と死体の数が合わないことから「私」の中にある疑問が生まれます。この島には、記録されていないもう一人の人間がいたのではないか?しかし、その一人はどこへ消えたのでしょう。この疑問はやがて火災事故そのものの信憑性さえ揺るがしていきます。本当に技師達は火災で死んだのでしょうか。

極寒の島という「密室」でじわじわと恐ろしい方へ展開するストーリーがたまりません。真相に主人公が近づくたびにホラー小説の様相さえ示してきます。また、いろいろなところに伏線がはってあるので、何気ない部分が「ここはラストへの伏線だったのか」と驚かされることになります。最大のキーポイントは「記録に残らないもう一人」の行方です。この一人の行方が分かる結末は衝撃的です。

平安時代、最低のDV父がいた!彼に巻き込まれた家族の悲劇

『無月物語』は酷い小説です。駄作という意味ではありません。ここに書かれている藤原泰文という男の所業があまりに酷すぎるという意味です。

 

著者
久生十蘭
出版日
2015-12-31


物語は平安を舞台にしています。後白河法王の院政時代におきた尊属殺人について扱っています。殺されたのは中納言藤原泰文。殺人を行ったのは妻の公子と泰文の末娘の花世。どちらも非常に美しい女性です。

二人の処刑の場面からストーリーは始まります。そして情状酌量の余地が多分にあったこの事件の詳細が語られるのです。そこには殺された藤原泰文の人でなしっぷりが容赦なく書かれています。

持参金目的で妻を娶った泰文。金は全部自分のものにしてしまうこの男にとって、子供はただただ金がかかるだけの無用の長物。彼の鬼畜さを表すセリフの一つにこんなものがあります。

「あれはうちの墓地だが、童めらが一人残らずあそこへ入ったら、おれはここに坐ってゆっくり見物してやるのだ。そのための堂よ」
(『無月物語』より引用)

彼は自分の子が死ぬのを心待ちにして寺を建てる男なのです。

延々と繰り返される理不尽な虐待とネグレクトに耐え切れなくなった妻と娘の殺人には多くの読者が同情するでしょう。しかしこの物語のすごいところはこういった暗い話でありながら、さらっとよめてしまう飄々とした語り口。泰文の常軌を逸した行動も、あまりにあっけらかんと書かれているため逆に笑えてしまうのが恐ろしいのです。

そして、ラスト。泰文の殺害シーンですがあまりに彼の今までのエピソードがひどすぎるため、すかっとしたカタルシスが読者に生まれてしまう不思議。実に恐るべき小説です。

昭和初期の魔都―東京を舞台に起こる怪事件の数々。複雑怪奇なミステリー長編

『魔都』は久生十蘭が昭和初期の混沌とした東京を舞台に書き上げたエネルギーに満ちた長編です。同じく東京を舞台にした怪奇冒険小説である荒俣宏の『帝都物語』に影響を与えたともいわれています。

 

著者
久生 十蘭
出版日


舞台は1934年(昭和9年)の東京。日比谷公園にある鶴の噴水が美しい声で歌を歌うという奇妙なうわさが広がっていました。その年の大晦日、古市加十という夕陽新聞の雑誌記者は、バーで奇妙な人物に、この歌う鶴のことを尋ねられます。

実はこの奇妙な人物は親日家の安南国(ベトナム)皇帝。皇帝とともにバーを飲み歩き、誘われるがまま彼の愛人松谷鶴子宅に同行する古市。明け方に松谷宅を出た古市ですが、彼の前にさっきまで楽しく過ごしていた鶴子の転落死体が現れます。彼女は飛び降り自殺したらしいのです。

慌てて松谷宅に死体を運び入れ、警察がやってきての大騒ぎ。そんなさなかに今度は今までいたはずの皇帝が煙のように消えてしまいます。そして彼の所持していたダイヤモンドも行方不明に。この事件はやがて国をまたぐ大犯罪の真相につながっていくのですが……。

殺人事件や盗難事件が起こるので探偵小説、ミステリー小説というカテゴリに分類されていますが、純粋に推理を楽しむ小説ではありません。というのも次から次に起こる怪事件、入り乱れる登場人物、現代ではおよそ想像もつかないような複雑怪奇な昭和という時代背景が読者に推理する余裕を与えてはくれないからです。

この本は、魔都と呼ばれるにふさわしい昭和初期の東京の怪しい雰囲気を堪能し、あれよあれよとおそってくる怒涛の展開にもてあそばれるのを楽しむという趣向の小説なのだと思います。

久生十蘭の小説は彼独特の持ち味によって、一度読んだら止まらない面白さを発揮しています。青空文庫で十蘭を知ったなら、ぜひ書籍版の他の作品にも目を通してみてほしいと思います。特に『湖畔』や『ハムレット』(残念ながらこの二作品、青空文庫では2017年現在作業中の状態で読むことはできません)などは必読ですよ!

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