名作と称され文庫化されたミステリー小説は数多く存在しています。驚きのトリックが用意されていたり、独特な文章技法が使われていたり、何度も読み返しても面白い作品ばかりです。その中でも中毒性を持つオススメのミステリー小説をご紹介します。
物語は、1973年に大阪の廃ビルで起きた殺人事件から始まります。数人の容疑者たちの名前が上がってはアリバイが証明されていく状況の中、事件を捜査していた刑事の笹垣潤三は印象的な2人の子供に出会ったのです。1人は容疑者の娘・西本雪穂、もう1人は被害者の息子・桐原亮司。
対照的な印象を抱かせる2人に何かを感じた笹垣でしたが、結局、事件は迷宮入りになってしまいます。数年後、雪穂は輝かしい表社会、亮司は影を潜める裏社会へと2人は全く別の人生を歩んで行くのです。しかし、2人の周りでは次々と様々な事件が起き……。
- 著者
- 東野 圭吾
- 出版日
- 2002-05-17
2002年に文庫化された東野圭吾の『白夜行』は本編854ページにも及ぶ長編ミステリー小説です。ドラマ化や映画化までされた事で有名になり、東野圭吾作品の中でも最高傑作と言われるほど異彩を放った内容になっています。
というのも本作では、主人公である西本雪穂と桐原亮司の2人の心理描写がまったく描かれておらず、2人に関わった別の登場人物を通した視点でのみ描かれているのです。それでも、読みやすい文章とストーリーがテンポよく進行するので、ページをめくる手を止められなくなってしまいます。
本作品は途中までほとんど正体を得ない事件の真実と、それに対して生々しいまでの登場人物たちの心情が際立った作品です。幼少期の2人に起きたある出来事によって2人が何を思って生きてきたのか……すべての真実は謎に包まれています。主人公の心理のみ隠された中で、事件の陰に見え隠れする彼らの存在が不気味に映り、巻き込まれていく周囲の人間たちの恐怖心や好奇心が直に伝わってきます。読み手自身が事件に巻き込まれているように感じることでしょう。
読み進めて2人の過去が起きらかになっていくと、これまでに感じた異様な事件に対する恐怖心や怒りといった感情が、事件の真相とともに何とも言えない悲しみや苦しさとなって心になだれ込んできます。過去に1度読んだ方も再読すると別の感想を抱くであろう、何度読んでも楽しめる作品です。
舞台はインターネットやPCについての知識がほぼ広まっていない1994年。愛媛県にある妃真加島(ひまかじま)には、最先端のハイテク研究所があり「天才工学博士」としてしられた真賀田四季が下界から隔離されたような生活を送っていました。そんな妃真加島で、N大学工学部建築学科助教授・犀川創平の研究メンバーが「ゼミ旅行」と称した合宿を行うことになります。
N大学工学部の1年生でもあり、更に名門としられる西之園家のお嬢様・西之園萌絵の突然の提案で、犀川は萌絵と一緒に真賀田博士の研究施設を訪れるます。そこでロックされていた真賀田女史の部屋から両腕両足を切断されたウェディングドレス姿の真賀田女史が発見され……。
- 著者
- 森 博嗣
- 出版日
- 1998-12-11
1998年に文庫化された『すべてがFになる』は、工学博士であり推理作家でもある森博嗣が手掛けた理系ミステリー小説です。森博嗣は本作『すべてがFになる』でデビューし、メフィスト賞を受賞しました。
理系ミステリーという一見難しそうな印象を受ける作品ですが、本作品の魅力はその所感の軽やかさ。読んでみると個性的な天才キャラクターの掛け合いに思わずクスッと笑ってしまいます。犀川は人間に興味を持たず無口なのに時々、おかしなジョークをいう変わり者。いつも執事を連れているお嬢様の萌絵は眉目秀麗なのにかなりのおてんばで、冒険やミステリー好きな猪突猛進型の性格をしています。
さらに事件が起きてからのテンポの良さや天才ならではの常識外れな思考や行動が気になってドンドン目が離せなくなっていきます。一般人とは一味違った天才たちの思考に戸惑いますが、それがクセになってくるはず。
一般人にありがちな思い込みや常識を利用したトリックやタイトルにもある「F」に仕組まれたトリックには理系人間の方でなくても思わず声を上げてしまうかもしれません。とても読みやすい文体で難しく考えなくてもサクサクと読みし進める事ができる作品です。
物語は1985年に起きた四重殺人事件発生した角島(つのじま)に大学の推理小説研究会メンバー7人が訪れます。目的は四重殺人事件の現場になった通称・青屋敷の跡地と離れとして現在も残っていた十角館でした。
一夜明けるとホールにあるテーブルの上に殺人予告とも受け取れる白いプレートが並んでいたのです。そして同じ頃、本土ではかつて推理小説研究会メンバーだった江南孝明に怪文書が送り付けられ……。
- 著者
- 綾辻 行人
- 出版日
- 2007-10-16
推理作家・綾辻行人のデビュー作『十角館の殺人』は俗に『館シリーズ』と呼ばれる作品の第1作目になります。1987年に出版され2007年に新装改訂版が出版され、本作『十角館の殺人』の登場は「綾辻以降」という言葉が誕生したほど日本のミステリー界に衝撃を与えました。
ミステリー界では使い古された脱出不可能な孤島、殺人事件があった場所で合宿など設定は至ってシンプルです。孤島とは別に本土で進行される事件が加わり、2つの視点で物語が進行していきます。しかし構成は読みやすく、2つの視点が繋がりを見せるタイミングも絶妙で、物語にグッと引込まれてしまいます。
物語全体に不気味な雰囲気が漂っていて、ミステリー好きにはたまらない世界観に入り込む事ができ、さらにトリックが明かされていく時には意図的に仕掛けられていたミスリードにまんまと騙されていたことに気付いて感動してしまうのです。
本作の謳い文句にもなっている「たった一行が世界を変える」という言葉は技が光ったもの。その問題の一行によってすべての辻褄が合い、今まで感じていた違和感を拭い去ってくれます。そして、思わず確認のために冒頭から読み返してしまうことでしょう。
どんでん返しが得意な綾辻行人らしい小説だと思いました。アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』のオマージュでもあるので、『そして誰もいなくなった』を知っていればさらに楽しめる作品です。
「ある人文科学的実験の被験者」のアルバイトに応募した12人の男女。それは1週間24時間監視付きの隔離生活を送るだけで時給11万2千円という破格の仕事でした。しかし、実験中に起きたことについて法的な責任は一切ないという危険も伴っていたのです。実はこれは参加者同士による報酬を巡ったデス・ゲームで、身の危険が生じるようなボーナス制度によってゲームは加速していきます……。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2010-06-10
2010年に文庫化された『インシテミル』は、同年に映画化された小説として一般的には知られています。「本格ミステリ・ベスト10」では4位、「このミステリーがすごい!」では10位を獲得し、本格ミステリー大賞の最終候補まで残った作品です。
この作品の魅力は息を持つかせぬスピード感。閉鎖空間というミステリー作品では多く使われてきた舞台ですが、残酷で人を試すようなゲームの展開にドンドンと引き込まれてしまいます。さらに、名だたる先人たちが描いてきた名作ミステリーのオマージュが至るところに散りばめられていて、ミステリーファンをニヤリとさせてくれることでしょう。
登場人物たちの立場や考えの変化も面白味があり、古典的な閉鎖空間の連続殺人と侮っていると意外な展開に驚かされます。文体もとても読みやすいだけでなく、殺される心配がない読み手さえも疑心暗鬼に苛まれ、犯人は誰だ?次の犠牲者は?と気になってページをめくってしまうのです。
登場人物に重点を置かず、あえて状況の変化にだけ集中させていく展開は、この異常な閉鎖空間の世界観にどっぷり浸る事ができ、他人同士という程よい緊張感とその中で流れる微妙な空気を生々しく感じる作品に仕上がっています。
15年前、4人の女の子と仲良くなった転校生のエミリは楽しい夏休みを向かえます。そんなある日、レイプされ絞殺さてしまったエミリ……。直前までエミリと遊んでいた4人は犯人と思われる男と会話をしているにも関わらず、どうしても顔を思い出すことが出来ません。
犯人の目星もつかず、事件はそのまま迷宮入りになってしまいます。しかし、最愛の娘を失ってしまった母親・麻子の怒りの矛先は犯人の顔を思い出せない4人の女の子たちに向けられてしまったのです。そして、償いを迫られた女の子たちの抱き続けた罪の意識がさらなる悲劇を起こす事になるのです……。
- 著者
- 湊かなえ
- 出版日
- 2012-06-06
湊かなえの3作目『贖罪』は2012年に文庫化し、日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門にノミネートされた作品です。各章ごとに事件に関わった1人1人の独白スタイルになっていて、それぞれの思いが手紙のように綴られています。
この作品には独白という文章のスタイルが効いていることによって、他人の心に忍び込んでいるような緊張感が漂っています。重たく暗い事件がテーマになっていますが、大人になった登場人物たちの事情やこれまで抱いてきた感情などがそのまま描かれ、他人の秘密に踏み込んでいく感じはどこか後ろめたさと甘美さがあります。読み進める中で、タイミングよく続きが気になる言葉が使用され、次々とページめくってしまうのです。
そこで明かされるのは女性ならではの赤裸々な心境。女性が感じる他人への劣等感であったり、優越感だったりといった内面にある深くてドス黒い部分を見事に表現しています。巻き込まれた女の子たちが「償い」という気持ちに捕らわれ、自分自身の幸せを棒に振り、連鎖する負の鎖に繋がれたまま自身を不幸に落としていく様子胸が苦しくなります。そして、衝撃的な結末には驚きだけでなく、様々な感情が湧き出てくる作品です。
9歳の夏休み、花火大会も近づくとある田舎に住んでいたクラスメイトの五月と弥生。そして、弥生の兄・健は家族のように仲が良く、いつも一緒に遊んでいました。ある日、裏山で五月と弥生が2人で遊んでいた時、弥生が五月の言った「ある言葉」をキッカケに彼女を殺してしまったのです。
そこにやって来た健に弥生は五月の死体を隠すようにお願いします。幼い兄妹による完全犯罪遂行の後の、恐ろしく悪夢のような日々が始まるのですが……。
- 著者
- 乙一
- 出版日
現在、様々なジャンルの作家として知られる乙一のデビュー作『夏と花火と私の死体』は、乙一が16歳の時に書いたことでも知られた作品です。時代背景や人物の書き分けなどがしっかりとされている事が評価に繋がり、ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を受賞しています。
本作品は幼さゆえのまっすぐさ、そして危うさがまるで目の前でみているかのように描かれます。五月の死体を大人たちに見つからないように奮闘する幼い兄妹や村の大人たちの行動が、殺害された五月の視点という画期的な文章で綴られていきます。さらに語り部が死体というだけでなく、語り部が子供ならではの分かりやすく読みやすい文章になっているので、夢中になって読み進める事が出来ます。
人物や田舎の村といった情景描写が本当に美しく、物語の核になっている「死体を隠す」という行動さえも美しく感じてしまう様な文章です。至る所に些細な伏線が張り巡らされている事を忘れてしまうほどの眼に浮かぶ情景は映画を見ているかのようです。そんな美しい夏の風景がある種の残酷さをもって描かれた作品です。
マスコミに付けられた連続殺人の名前は「ハサミ男」。キレイに研いだハサミを絞殺した少女の喉に突き立てるという独特で残忍な手法の犠牲になったのは2人の美少女でしたが、犯人を特定出来ない警察は血眼になって捜査を進めています。しかし、そんな必死の操作の背後で「ハサミ男」は次のターゲット・樽宮由紀子の行動調査を開始します。
殺害を決行しようとした夜、獲物を待ち伏せするために訪れた公園で「ハサミ男」に殺されたとしか思えない姿で死んでいる由紀子を発見。事件はすぐに「ハサミ男」の犯行としてマスコミが騒ぎ始め、本物の「ハサミ男」である主人公が模倣犯を突き止めるため、調査を始めるのですが…。
- 著者
- 殊能 将之
- 出版日
- 2002-08-09
2002年に文庫化した『ハサミ男』は殊能将之のデビュー作であり、メフィスト賞を受賞した作品です。2005年には、豊川悦司・麻生久美子の主演で映画化もされました。
主人公が自分の模倣犯を見つけ出そうというストーリーの設定だけでも面白そうだと思ってしまいますが、さらに主人公である「ハサミ男」が、いわゆる二重人格の持ち主であり週末には自殺行為を繰り返すという、どこか憎めない人物なのです。もう一つの人格である「医師」の性格も魅力的で別人格であるにも関わらず、2人の掛け合いには思わずクスッとしてしまいます。
本作品は殺人犯である「ハサミ男」の手から事件が離れ、一人歩きしていく不気味な様子に引き込まれます。個性的な登場人物たちと読み進める中で「ハサミ男」に対する疑問や事件の謎はどんどん深まっていきます。
かなり早い段階で始まっているミスリードに注意していても、騙されてしまう巧みな文章技術。そしてハサミを突き立てるという残忍性を持つ事件を描きながらも、ユーモアを含んだ文体。そのふたつが重くなく、暗くもなく、読みやすい文章で読者を不気味な世界へと引きずり込みます。
物語の発端は1936年2月26日、かの有名な2・26事件が起きた同じ日に起こります。密室状態になっていたアトリエで遺体となった画家・梅沢平吉と奇妙な内容の遺書らしきものが発見されたのです。その一か月後、平吉の遺書の内容通りに殺害された梅沢家の姉妹6人の遺体が発見されますが、事件はまもなく迷宮入りすることになってしまいます。
- 著者
- 島田 荘司
- 出版日
- 2013-08-09
それから40年後、飯田美沙子という女性が占星学教室を開いていた御手洗潔の元に相談にやって来たのです。その内容は、自分の亡くなった父親が40年前の事件に関わったという手記を見つけてしまったというものでした。珍しく興味を持った御手洗が調査を始めるのですが……。
1981年に出版された『占星術殺人事件』は島田荘司のデビュー作であり、“御手洗潔シリーズ”の記念すべき第1作目となる作品です。2014年にはイギリスの大手新聞・ガーディアンで「世界の密室ミステリーベスト10」の第2位に選ばれました。
こちらはミステリーファンには馴染み深い作品でしょう。島田荘司の「御手洗潔シリーズ」は、御手洗潔という「結婚するなら犬の方がいい」と発言するほどの変人気質で個性的な主人公と彼の唯一の友人・石岡和己の掛け合いの中の、鮮烈なトリックが1度読むとハマって抜け出せません。
その「御手洗潔シリーズ」の中でも秀逸と称される本作は、40年間誰も解けなかった謎を御手洗潔と石岡の日系シャーロック・ホームズコンビの見事な推理と重たくなり過ぎない内容のおかげで時間を忘れて物語にのめり込むことが出来ます。物語は石岡の視点で書かれ、事件の真相が平易な文章で仕上げられています。
そして、序盤から巧みに張り巡らされた伏線を回収に入るトリック解明までの展開は、まさにスピーディーで目が離せなくなってしまいます。ミステリーファンの方はもちろん、まだ読んだことが無いという方は日系ミステリーの傑作をぜひ1度読んで頂きたい作品です。
自称・何でもやってやろう屋の成瀬将虎は常日頃から魂が震えるような女性と巡り合いたいと夢見ていました。そんなある日、将虎は地下鉄の線路に投身自殺を図った麻宮さくらという女性を助けます。その後、麻宮さくらからの電話で何度かデートをするような仲へと発展していきます。
- 著者
- 歌野 晶午
- 出版日
同時期、将虎は後輩の芹澤清から想い人の久高愛子の相談に乗ってほしいと連絡を受けます。その相談というのは、先日事故で亡くなった祖父の死に不審な点があるというもの。その事故に詐欺集団・蓬莱倶楽部が関係し、祖父が保険金詐欺に巻き込まれていた証拠を手に入れて欲しいというものだったのですが……。
2007年文庫化した『葉桜の季節に君を想うということ』は、歌野晶午が手掛けた長編の推理恋愛小説です。初出が2003年の3月で2004年に日本推理作家協会賞受賞や本格ミステリー大賞受賞など、あらゆるミステリーの賞を総ナメした作品です。
読み始めは推理小説とは思えない描写なのですが、読み進めると裏に何か隠していそうな気になる人物が次々と登場し、テンポも速いため、物語にどんどんと引き込まれていきます。物語が展開する中で描かれる主人公・将虎の過去や価値観を知った時、冒頭で抱いた将虎の印象とは全く別物になってしまうでしょう。
綺麗なタイトルとは裏腹な過激な性描写があったりして、嫌悪感を覚える女性読者もいるかもしれませんが、物語が進行するにうちに見え隠れする詐欺集団の犯罪と過去の犯罪の繋がりなどは、そんなことも気にならないほど続きが気になってしまう要素です。さらに、将虎とさくらに対する想いと事件の真相に近づくほどに見えてくるさくらという女性の謎も小出しにタイミングよく挿入されているので、ページをめくる手が止められなくなってしまうのです。
叙述ミステリーと分かっていても、二段構えで待ち構えているラストのどんでん返しには思わずヤラれたと感じてしまう事間違いナシで読んで損はない作品に仕上がっています。さらに、読み終えた時にこの美しいタイトルの意味を理解して、最後には感動させられてしまうという、エンターテイメントな1冊です。
ケガを負って休職中だった刑事・本間俊介はある日、亡くなった妻の親戚・栗坂和也に婚約者を探して欲しいと頼みごとをされてしまいます。和也の話で、婚約者の関根彰子が過去に自己破産をしていた事が判明し、問い詰めた翌日に姿を消したことが分かったのです。
休職中の本間は警察手帳も使えない状態で、何とか調査を進めていきます。しかし、調査を進める中で、本間は自分の追っている彰子とは、別の彰子の存在に気が付きます。和也の婚約者である彰子は偽物なのではないかと思い始めるのですが……。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 1998-01-30
1998年に文庫化した宮部みゆきの『火車』は、カード破産やサラ金などの多重債務に陥って人生を翻弄される女性とその女性を追う刑事を題材にした内容で、映画化やTVドラマにもなった作品です。多重債務によって自分が自分でなくなっていく心理描写は秀逸。普通の人間が普通の幸せを求めた結果、罪を犯してしまうという苦しい胸の内を見事に描いているため、罪人と分かっていながらも憎む事が出来ません。
そんな心理描写も魅力的ですが、意外と知らなかったローンやクレジットカードの本当の怖さなど社会的な問題に切り込んだ内容にもハラハラさせられます。さらに、彰子という女性を追えば追うほど謎が生まれ、それらが解明されていく様子は予想以上のドキドキと、ぞくりとしながらも謎が解けた爽快感を感じます。
読みやすい文章で、情景を想像しながら読み進める事ができ、さらに読み進めていくと「社会の仕組み」というものの裏の顔を感じさせられます。そして、迎えるラストには最高の盛り上がりが用意されているので何とも言えない感情が沸き起こってくるのです。
警察ならピシッと手帳を掲げて「○○署の者だ、大人しく投降しろ!!」。探偵なら関係者の不安げな視線を集めながら「犯人は、お前だ!!」。こんなカッコイイシーンを演じてみたいと思った事はありませんか?しかし、映画やドラマならともかく、実際にはなかなか見かけないものです。
しかし、こんな夢を実現するべく無駄な努力をする警察や探偵を見つけてしまいました。それが烏賊川市警の志木・砂川コンビと探偵の鵜飼・戸村コンビです。志木刑事に到っては、わざわざパトカーの中で犯人連行の予行練習を何度も行っているような人です。しかし、いざその時になると駄目になってしまうのは世の常でしょうか。そんな彼らが活躍する作品をご紹介いたします。
- 著者
- 東川 篤哉
- 出版日
事の発端から既にコントのような展開なのですが、読者の皆さんの楽しみを奪わないように簡単に説明すると、烏賊川市警の志木刑事と砂川警部の失態により密造拳銃が何者かに持ち逃げされてしまいます。流石に焦る志木に対し警部は、拳銃の使い道なんてそう沢山ない、出来ればコンクリートに向かって使って欲しいなどとのんびり構えていましたが、殺人は起きてしまいます。
拳銃による被害者は名門・十乗寺家の屋敷で花婿候補にまで及びました。しかも、部屋に通じる通路には常に不特定多数の目がある衆人環視の密室!!刑事と探偵達も、時には真剣に事件解明に奔走します!!
ミステリ小説に堅苦しいイメージをお持ちの方には、是非とも読んで頂きたい作品です。
ミステリを探していると、ついつい館や城といった単語が入ったタイトルに惹かれてしまうと、よく聞きます。何故ならミステリの舞台においてこの2つはそれほどに魅力的なのです。
そして今回ご紹介する作品ですが、アリス・ミラー城とくれば、もう本を開く前からワクワクしてしまいます。そして期待を裏切らないのがこの城です。鏡の国のアリスの舞台のように、合わせ鏡の部屋・チェス盤をイメージしたタイル・小さなアリス・ドアの部屋……。もし実在するのなら、是非一度は行ってみたい所ですね!!
- 著者
- 北山 猛邦
- 出版日
- 2008-10-15
そんな夢のような城に集められたのは8人の探偵達です。城の持ち主でもあるルディの依頼はただ1つ。城の何処かにあるアリス・ミラーを探し出す事ですが、しかしそれを手に入れられるのは最後に残った者のみという不吉なルールがありました。
そして集められた次の日、不吉な言葉を証明するように、アリス・ドアと呼ばれる高さ30cm幅15cmほどの小さなドアの部屋で探偵の1人が殺害されてしまいます。それをきっかけに次々と、まるでチェスの駒を捨てるように殺される中、今度は城に潜むアリスの影が浮かびあがります。
全ては城を奪われたアリスの怨念による仕業なのか?そんな疑問を打ち消すべく繰り広げられる、腕自慢の探偵たちによる推理の数々。謎を解くのはどの探偵か、そしてアリスの正体を是非ご自身の目で確かめてみて下さい。
皆さんはミステリを読んでいる時に、どんな事を考えますか?こいつは怪しいぞとか、きっと犯人はこういうトリックを使ったんだなど、ついつい探偵達と一緒になって考えてしまう方も多いでしょう。
この作品は何と読者参加のミステリなのです!!今回の探偵役である牟礼田は、婚約者の奈々村に「先生みたい」と言われるほど、様々な問題や知識を読者に提供してくれます。さぁ、本の中の先生に会いに行きましょう!!
- 著者
- 中井 英夫
- 出版日
舞台となったのは牟礼田の遠縁である氷沼家で起きた事件です。家の風呂場にて氷沼家の弟の紅司が死亡、その後も次々と謎の死が続いていきます。これらは全て殺人なのか、それとも自殺か事故か。様々な見解を繰り広げる奈々村達ですが、特に牟礼田は事件に関わりながらも、誕生石の色や国内外ミステリなどの薀蓄も大いに披露してくれます。
それらは一体、事件とどう関係するのでしょうか?実はそれを考えるのは事件の関係者だけではないのです。そう、先ほども言ったように、読者である我々も参加して考えるようになっているのです。そして誰もが意表を突かれる驚愕の事実を知った時、あなたは三大奇書のひとつ『虚無への供物』の魅力を知る事になります!!
この作品で活躍するのは、何とまだ15歳の少年たちです。もう子供扱いはして欲しく無いけど大人になりきれない、難しい年齢ともいえます。しかし、考えてみれば一番真っ直ぐに人生を生きているのはこの頃ではないでしょうか。
今回、事件を追及する烏兎も獅子丸も、自分の信念に対し真っ直ぐに生きています。だからこそ、友の為に奔走する姿には感動し、作品を読み進めながら、心の中で応援してしまいます。
- 著者
- 麻耶 雄嵩
- 出版日
- 2014-06-25
今は廃墟となった塔に訪れたのは卯月烏兎と友人の獅子丸、そして祐今の3人です。そこはかつて祐今の母が殺された場所でした。しかし、同じ場所で今度は容疑者だった父が殺されていたのです。両親の無念と父の冤罪を照明するべく祐今は事件解明に乗り出しますが、とても大事にしてくれていた祖父まで殺されてしまい、失意の果てに寝込んでしまいます。
そんな友人を救うべく立ち上がる烏兎と獅子丸でしたが、何と通っている学校の生徒会でも機密漏洩事件の捜査を任されてしまいます。2つの事件と向き合いながらも、友の為に決して諦めない彼らの友情からは目が離せない、青春ミステリです!!
密室が大好きで、そのせいでエリート街道を大きく外されてしまった黒星警部。そんな彼が、町で起こる密室殺人の解明に挑む、折原一の短編集です。体育館では横綱が発見され、書斎では大富豪が発見され……他にも屋敷の離れや核シェルターの中など、実に多くの密室が存在するものと感心してしまいます。
これら全てを解明すれば、また出世街道に戻れそうな気もしますが、そう上手くいかないのが黒星警部という人なのです。彼は密室は大好きですが、その推理は的外れな事が多く、結局は別の角度からの指摘や証言からやっと解決してしまうのですから。
- 著者
- 折原 一
- 出版日
- 2013-03-09
ところで、皆さんは密室トリックと言っても実は様々なパターンがあるのをご存知でしょうか?簡単に紹介すると、何も密室全てが犯人による施錠では無い、という事です。犯人だって、鍵を掛ける暇があるなら早く逃げた方がいいですものね。
この作品は七つの密室において全てタイプが異なっているので、密室を軽く楽しみたいという方や密室初心者の方におすすめの作品です。
人気シリーズ自選短編集の第1作目です。他作品で漫画化を担当している麻々原絵里依がイラストを担当しており、主役二人が素敵に表紙を飾っている様は、ずっと有栖川有栖を読んできたファンからすると少し気恥ずかしくも感じます。
- 著者
- 有栖川 有栖
- 出版日
- 2013-10-31
6編からなる自選短編集で、タイトル通り、密室での事件に限定されています。ここでは「人喰いの滝」をご紹介します。
飛び込み自殺が絶えない”人喰いの滝”と呼ばれる滝に、映画の撮影スタッフのひとりである加西好美が転落して亡くなります。その翌年、8人から7人になった撮影スタッフは再度、人喰いの滝を訪れます。すると去年と同じように男性が転落死するのです。その男性は、加西好美が転落した時の、目撃者の妻で……。
一体誰が、何のために、どうやって犯行を行ったのでしょうか。雪という密室の中で、滝を利用したトリックは、密室と言えば建物の中というイメージを大きく変えます。
そのほかの作品も、様々な密室ミステリーが短い時間で楽しめるので、時間のあまりない方にもおすすめの作品です。
本格ミステリ大賞を受賞したこちらの作品も、一風変わったミステリーです。なんと主人公である名探偵襟音ママエは、真実を映し出す鏡を持っているのです。
つまり依頼人が何かを話す前に、真相がわかってしまうのです!ところがママエは推理が大の苦手。ということで、助手である小人のグランピーに助けられながら、真相から推理を導くという、あべこべミステリーなのです。
- 著者
- 森川 智喜
- 出版日
小人のグランピーでお察しの通り、白雪姫になぞらえたキャラクターや物語になっていて、ママエの命を狙う人物も登場します。
第一部は3話のいわゆる謎解きとなっているのに対し、「リンゴをどうぞ」と題された第二部では、ママエの身にに魔の手が忍び寄ります。そんな窮地を救うべく集まった小人の兄弟が、7人揃ったことで力強さが倍増するところも見ものです。果たしてママエは自分の身を守れるのでしょうか。
「本格ミステリ」大賞?と思うような軽いタッチの文に、トンデモな設定。しかし実はそれだけで終わらないのが受賞の所以です。読んで見なくてはわからないその秘密、ぜひお手に取ってみてください。
両親からも顔を背けられて育った鈴木誠は、あるきっかけで美しいモデル美縞絵里と出会います。女性と無縁だった誠は、心惹かれるあまり、絵里のストーカーとなります。やがて絵里の周辺で殺人事件が起きるようになり……。
ハンディキャップを背負って生きてきた誠のゆがんだ愛情は、読んでいても、絵里が感じている恐怖を同じように感じるほどです。非常に分厚い作品ですが、意外にもさらりと読めてしまう方が多いのではないでしょうか。
- 著者
- 井上 夢人
- 出版日
- 2014-06-13
そして、最後の方まで、真実にたどり着ける方は少ないと思います。各登場人物の視点でストーリーが進むため、見事に騙されてしまうでしょう。
ここではミステリーとしてピックアップしましたが、恋愛小説としても非常に優れている作品といえるでしょう。誠の想いに対する印象が変わります。ストーリーも見事。
いわゆる謎解きはありませんが、ミステリーとして衝撃的な結末が待っています。誠が唯一社会と接点を持っていたのはビートルズ評論を書くという仕事でした。ストーリー全体を通して、誠の周りにはビートルズが流れています。ビートルズ好きにも堪らない作品です。ぜひビートルズのアルバム「ラバーソウル」をBGMに聞きながら、お楽しみいただきたい作品です。
1977年に探偵小説専門誌『幻影城』に発表された竹本健治のデビュー作です。小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』や夢野久作の『ドグラ・マグラ』、中井英夫の『虚無への供物』の「日本三大奇書」の強い影響のもとに作られた世界観が魅力の推理小説。この作品は1979年に、日本推理作家協会賞(長編部門)の候補作になりました。
ミステリーマニアの大学生の仲間たちが推理小説のような殺され方をするたびに、周囲の人間たちが華麗なる推理合戦を繰り広げます。果たして犯人は誰なのか。そして探偵は誰なのか。証人は誰なのか。ミステリー小説の新しい時代の幕開けを飾った作品です。
- 著者
- 竹本 健治
- 出版日
- 2015-12-15
個の推理小説はアンチ・ミステリー小説の形をとりながら、オカルト的設定や推理小説の仕掛けを用意し、推理小説における「密室」とは何かを問う一冊です。
この小説は前述の「日本三大奇書」をつけ加えて「日本四大奇書」とも言われています。その後に生まれた新本格ムーブメントの先駆け的作品として、多大な影響力を持っているのです。
また、新本格の代表作家である綾辻行人の小説世界との違いは、綾辻の小説がエドガー・アラン・ポーのようなゴシックな世界観を基礎にしているのに対して、竹本健治の小説世界は、キャラクターの共感性に重きが置かれています。歴史的一冊を、ぜひともお読みください。
元日本人の英国人ケン・ベニングは、イギリスで新進気鋭の舞台演出家。ある日、日本の劇団から『ハムレット』の演出依頼が届きます。そこに書かれた出演者には、母を捨てた歌舞伎役者の名前がありました。ケンは稽古期間中に、歌舞伎役者を殺そうと計画し……。
- 著者
- 服部 まゆみ
- 出版日
1997年に発表された『ハムレット狂詩曲』。物語は『ハムレット』の舞台演出を主軸として、展開されます。犯罪計画を遂行するケンと、ハムレット役となった雪雄の二人の思惑が絡み合います。全体としては明るい雰囲気で、青春小説の様相があります。
本作の魅力は、『ハムレット』へのオマージュでしょう。ケンと雪雄、二人の関係性が『ハムレット』をなぞらえられています。『ハムレット』を知っている方は、より楽しめる作品になるはずです。ただ冒頭に『ハムレット』の簡単な要約がありますので、同作を知らなくても十分に楽しめますよ!
人間性を描き出した、貴志祐介の本格ミステリです。介護関係を手がける会社社長が、社長室で倒れているのを、ビルの窓拭き清掃員の青年に発見されます。現場はビル12階で、部屋の前に設置された監視カメラからは誰の侵入もなく……!?
現代的な密室に挑む青砥順子弁護士は、自分1人の力では解明出来ないと、あるユニークな助っ人を呼びます。それは防犯ショップ経営者であり、周りから防犯探偵と呼ばれている榎本怪ですが、裏の顔は泥棒なのです。正に防犯のプロですね。
- 著者
- 貴志 祐介
- 出版日
ところで、皆さんはミステリの犯人について深く考えた事はありますか?愛情や憎悪や復習、そして欲望……。犯人たちはそれぞれに強い感情に囚われ殺人を行います。しかし、人間はそんな簡単に感情に身を任せてしまうでしょうか。人を憎んだ経験が無い人はそうそういませんが、だからと言って簡単に殺人に踏み切る人もいません。
この作品の犯人も、決して一時の激情だけで行動したのでは無いのです。作品の後半においては、犯人の人生から犯行動機に到るまでのその心情が痛切に描かれていて、憎むべきはずのその人物に対し、同情の念と共に、他に方法は無かったのだろうかと考えずにはいられません。
一様にミステリーと言っても様々な細かいジャンル分けが存在しますが、どこに重点を置いた作品が好きなのかは人ぞれぞれです。そんな中で、自分のお気に入りを見つけた時の喜びは感動に近いモノがあります。ぜひ、自分にあったお気に入りの1冊を探してみて下さい。