地獄のドラえもんの次は地獄のサザエさん!?『一ノ瀬家の大罪』ネタバレレビュー

更新:2023.4.19

ジャンプ+に掲載された『タコピーの原罪』が爆発的なヒットを記録し、一躍注目を浴びた新人漫画家・タイザン5。 そんなタイザン5が週刊少年ジャンプ本誌に活躍の舞台を移し、連載スタートした『一ノ瀬家の大罪』の第一巻単行本が、2023年3月3日に発売されます。 今回は『タコピーの原罪』の既読未読問わず、鬱と涙と笑いが詰まった『一ノ瀬家の大罪』の魅力を、ネタバレありで紹介していきます。

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『一ノ瀬家の大罪』の簡単なあらすじ・登場人物紹介(ネタバレあり)

家族旅行の最中に事故に遭い、病院で目覚めた中学生・一ノ瀬翼。記憶喪失になっている事態に動揺するものの、他の家族も同様に記憶を失っていることが発覚します。

一ノ瀬家は東京在住の六人家族。

父・一ノ瀬翔、母・一ノ瀬美奈子、長男・一ノ瀬翼、長女・一ノ瀬詩織、祖父・一ノ瀬耕三、祖母・一ノ瀬幸恵たちは自分たちを襲った突然のアクシデントに困惑しながらも、すぐに打ち解け合って仲良しになります。

しかし詩織だけは事故前の自分がどんな子か不安に思い、兄の翼にだけこっそり本音を打ち明けました。それを聞いた翼は妹を励まし、たとえどんな過去があろうと家族一緒なら大丈夫だろうと断言します。

そして退院当日、家族揃って帰宅した翼たちを待ち受けていたのは荒廃しきったゴミ屋敷でした。さらに各自の部屋には闇の深い痕跡が残っており、事故前の翼が不登校の引きこもりだった事実がほのめかされます。

それぞれが部屋で見た光景を秘密にし、ぎこちない食卓を囲む一ノ瀬家の面々。

後日学校に復帰した翼は、同級生たちに笑顔で迎えられ当初の心配は杞憂だったと安堵するものの、放課後に給食の残飯をぶちまけられ、やはりいじめられっ子だったと思い知らされます。

陰湿ないじめの主犯は翼の自称親友で同じ小学校出身の中嶋勇希。彼が翼を虐げるのには深い事情があるらしく……?

タイザン5とは?問題作『タコピーの原罪』他著作を紹介!

タイザン5は2020年9月22日、ウェブコミック投稿サイトジャンプルーキー!上にて、『讃歌』が編集部期待賞を受賞した漫画家。わずか三年で週刊少年ジャンプの連載枠を勝ち取った、今最も注目されている新人漫画家です。

現在までに発表されている漫画は以下六作です。

『讃歌』2020年9月22日公開

『同人政治』2020年10月15日公開

『ヒーローコンプレックス』2021年2月12日公開

『キスしたい男』2021年7月17日公開

『タコピーの原罪』2021年12月10日公開

『一ノ瀬家の大罪』2022年11月公開

このうち『ヒーローコンプレックス』『キスしたい男』はジャンプ+や作者のTwitterで公開されており、無料で読むことができます。

タイザン5作品の特徴は兄弟関係に焦点を当てていることと、回を重ねるごとに新たな地獄が更新されていく鬱展開の連続。 

タイザン5は兄(姉)と弟(妹)、どちらかがどちらかを救済する展開にこだわりがあるようで、『タコピーの原罪』では東兄弟がこれにあたります。

兄弟がいたら必ず片方が光属性で、闇堕ちした片方に手をさしのべるのがお約束。

毒親・虐待・若者の貧困をテーマにしているのも共通で、ホームドラマ・ヒューマンドラマに根差した作風に、ループなどのSF要素を盛り込んでいます。

『ヒーローコンプレックス』は人気漫画家の弟にコンプレックスを感じ、屈折してしまった兄が主人公。弟のヒーローだった過去と底辺を這いずる現在の落差がリアリティーたっぷりに描写され、読者の胸が痛くなります。

次作『キスしたい男』アンジェリーナ・ジョリーとキスしたい欲望に突き動かされる、15歳の少年が主人公。

冒頭こそギャグのような雰囲気ですが、話が進むほどにシリアス色が強くなり、何が何でもキスしたい主人公のリビドーの裏に隠された深刻な現実と真実に打ちのめされます。

そしてタイザン5の人気を確立したのが、ジャンプ+に連載されていた問題作『タコピーの原罪』

生活保護受給家庭で育ち、水商売の母にネグレクトされ、学校では女子のリーダー・まりなちゃんにいじめられている薄幸の小学生・しずかちゃん

そんな彼女が宇宙人・タコピーに出会い始まる本作は、第一話ラストに「タコピーが渡したハッピー道具・仲直りリボンでしずかちゃんが首を吊る」凶悪な引きを用意し、油断していた読者を阿鼻叫喚の渦に叩き込みました。

『タコピーの原罪』は一部で『ドラえもん』のアンチテーゼといわれています。

万能アイテムを呼び出すタコピー、主人公の名前がしずかちゃん、主要キャラにヘタレ気味の黒髪眼鏡男子がいる事から、作者が意識的に似せたのはまず間違いありません。以前に考察記事を書いたので、ぜひこちらをご覧ください。

大事なのは対話?毒親問題はおはなしで解決できるのか『タコピーの原罪』から読み解く

大事なのは対話?毒親問題はおはなしで解決できるのか『タコピーの原罪』から読み解く

2021年12月10日に連載がスタートするや、最新話が公開されるたびTwitterトレンド入りを果たすなど社会現象を巻き起こしたタイザン5の問題作『タコピーの原罪』。 『ジャンプ+』において初となる1日200万PVを叩き出した本作は、読者の心を容赦なく叩きのめす鬱展開と、いじめや虐待を扱った作風が注目されました。 今回は『タコピーの原罪』に見る、毒親の典型例を紹介していきます。

著者
タイザン5
出版日
著者
タイザン5
出版日

家族全員記憶喪失?まさかの「大罪」が意味するもの

『一ノ瀬家の大罪』最大の注目ポイントは家族全員が事故で記憶喪失になった点。

第一話冒頭で記憶がリセットされた翼たちは、いわば白紙の状態から「家族」をやり直し、久しぶりに帰宅した家で希望的観測を裏切る「真実」を突き付けられます。

翼の自室は壁一面を「死」の字が埋め尽くし、服やゴミが散らかる惨状を呈していました。他の家族もそれぞれの部屋で自分の過去と直面し、黙り込んで食卓に着きます。

翌日、中学に登校した翼を待ち受けていたのは親友・中嶋の裏切り

中嶋は執拗ないじめで翼を不登校に追い込んだ元凶であり、そのストレスが部屋の荒れ模様に反映されていたのです。

『一ノ瀬家の大罪』がただの鬱漫画で終わらないのは、中島が翼をいじめ始めた背景や、和解に至る経緯までガッツリ掘り下げられる点。

翼視点の描写だけで被害者・加害者に二極化できないのは、いじめられていた翼自身もまた、中島に対する大罪……中学に上がったらサッカー部でレギュラーを目指す約束を破り、「そんな昔のこと覚えてない、気持ち悪い」と切り捨てる罪を犯したせい。

なお翼がサッカーを辞めた理由は「家庭の事情」とのみ言及されており、現時点では明らかになっていません。一ノ瀬家の闇はまだまだ深そうですね。

長女・詩織の場合はファミレスで成人男性と密会するなど、パパ活疑惑が浮上。彼女の部屋は夥しいうさぎのぬいぐるみで埋め尽くされていました。

実はループもの!衝撃の展開が度肝を抜く

『タコピーの原罪』が地獄のドラえもんなら『一ノ瀬家の大罪』は地獄のサザエさん。翼→詩織ときて、家族6人リレー式で闇深い過去が掘り下げられていくのかと思いきや、10話で転機が訪れます。

なんと、『一ノ瀬家の大罪』はループものだったのです!

10話にて一ノ瀬家は再び事故に遭い、次に翼が目覚めると、目の前には父親・翔を名乗る謎のイケメンがいました。即ち、過去に戻っていたのです。

10話にて黒髪眼鏡の翔は、「翼くん、このままじゃだめなんだ」「また何もわからなかった。事故のことも」と言い、どうして中嶋や詩織ともっと対話しなかったのかと責めます。

この描写から察するに、一ノ瀬家の面々は何度も過去をやり直しており、中島を含む周囲の人物もデジャビュを覚えているようなのです。

『タコピーの原罪』はSF・ファンタジー要素を含み、写真を撮った瞬間に戻れるハッピーカメラでループしていました。

とはいえ鬱々しいホームドラマとして定着した頃合いにループが起きるのは完全に予想外。サラサラ髪のイケメン翔と黒髪眼鏡の翔はビジュアルが全く異なり、後者はむしろ翼の将来の姿を思わせます。

中嶋や詩織と真摯に向き合えと諭す元・翔が未来の翼で、過去の心残りを清算しようとしている可能性は否定できません。

ファンシーで可愛い絵柄に反し、登場人物のメンタルを「これでもか!」と袋叩きにすることで定評があるタイザン5。

『タコピーの原罪』で絶望と希望を味わった読者も未読の人も、これを機に『一ノ瀬家の大罪』を読んでください。

著者
タイザン5
出版日

『一ノ瀬家の大罪』を読んだ人におすすめの本

家族全員笑えない秘密持ちの『一ノ瀬家の大罪』が気に入った方は、2023年にアニメ化が決定している『マイホームヒーロー』山川直輝(原作)朝基まさし(作画))をおすすめします。

こちらの主人公はお淑やかな妻と可愛い大学生の娘を持った、平凡な中年サラリーマン・鳥栖哲雄。趣味は小説投稿サイトに自作ミステリーを公開すること。そんなごくごく普通のお父さんが、DV彼氏から娘を守ろうとして殺人を犯してしまい……。

鳥栖家もまた一ノ瀬家に負けず劣らず闇が深く、家族全員キャラが立っているので、先が読めない展開にドキドキハラハラが止まりません。

著者
朝基 まさし
出版日
2017-09-06

『一ノ瀬家の大罪』を地獄のサザエさんとして紹介するなら、本家『サザエさん』(長谷川町子)を推薦しないわけにはいきません。東京在住の磯野一家の日常を描いたホームドラマは、笑いあり涙ありで読者の心を癒してくれます。

著者
長谷川 町子
出版日
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