2021年12月10日に連載がスタートするや、最新話が公開されるたびTwitterトレンド入りを果たすなど社会現象を巻き起こしたタイザン5の問題作『タコピーの原罪』。 『ジャンプ+』において初となる1日200万PVを叩き出した本作は、読者の心を容赦なく叩きのめす鬱展開と、いじめや虐待を扱った作風が注目されました。 今回は『タコピーの原罪』に見る、毒親の典型例を紹介していきます。
『タコピーの原罪』の主要キャラはしずか・まりな・東の3人。彼女たちは各家庭において、三者三様の虐待を受けていました。
しずかの場合は貧困母子家庭の育児放棄。
第1話にて、帰宅したしずかが「ママはお客さんと同伴だからいない」とタコピーに説明するシーンに注目してください。これはキャバ嬢が客とデートした後直接店に行く「同伴出勤」をさし、彼女の母親が水商売であることがうかがえます。
最終回直前の第15話にて、しずかは「ママはもう私のこと好きじゃないじゃん」とタコピーに本音を吐き出しました。
裏を返せば「ママがしずかを好きだった頃」の記憶が存在するわけで、それは「パパがしずかだけのパパだった頃」と直結します。
注目してほしいのはしずかの母親の描写。作中にて、彼女の顔はあえて描かれていません。
単行本上巻のおまけ漫画では普通に登場するので、これは意図的に描写を避けていると考えるのが妥当です。
結論から述べると、しずかの母親は母親であるより女であることを選ぶタイプ。育児よりも恋愛に、娘より愛人に夢中の自己本位な人物といえます。
チャッピーが保健所に捕獲された際のしずかへの無関心な態度からも、興味の比重がほかに移っているのは明らか。
「私を見てくれないママなんて、私も見ない」。
保護者の顔を意図的に描写しない演出は、コミュニケーション不全の親子関係を隠喩しているのかもしれません。
しずかを執拗にいじめるまりな。彼女もまた情緒不安定な母親から心理的・身体的虐待を受けていました。
最初から最後まで存在感の薄いしずかの母親と対照的に、まりなの母親はわかりやすい毒親として描かれており、作中では母と娘の息詰まる共依存が描かれました。
まりなの母親が精神を病んだのは夫の不倫が原因であり、それ以前は平凡な主婦でした。
彼女は娘を束縛し、唯一の味方として依存しています。
虐待されているまりなの方も決して母親を恨まず、「全部しずかとしずかの母親のせいだ」と憎んでいます。
毒親の支配下におかれた子どもが毒親の縮小再生産となる悪循環は多く、まりなもこれにあてはまります。
まりな親子の関係を複雑にしているのは、まりなの母親が虐待加害者であると同時に夫のモラハラ不倫の被害者であり、娘との間に被害者同士の絆……シンパシーが芽生えている点。
まりなの顔に一生消えない傷を付けるなど、彼女の行為は到底許されるものではありません。
しかしタコピーがまりなに変身した際は、気付いていたとしても、気付いていなかったとしても、狂気的な愛情でもって「まりなじゃない」と看破し「娘を返してください」と縋っています。
マザー・テレサは「愛情の反対は無関心」と発言しました。
しずかが母親に対しそっけなかったのは、その愛情の矢印が自分に向いてないと悟っていたから。
かたやまりなは歪んだ形でも愛し愛されていればこそ、母親を切り捨てられないジレンマに苦しんだのです。
しずかのクラスの学級委員の東は、長男を溺愛するエリート女医の母親に教育虐待を受けていました。
教育虐待とはテストで目標の点数をとれなければ罰を与える、食事を抜くなどといった種類の虐待で、東の場合は母親が手作りしたパンケーキを毎回「お預け」にされています。
人によっては「それだけ?」と拍子抜けするかもしれませんが、これは子どもにとって大変なプレッシャーとなります。
さらに東には優秀な兄がいます。
ことあるごとに兄と出来を比較され蔑まれることで、彼は劣等感のかたまりともいえる人格の形成に至りました。
母親は次男の名前を呼びません。東に対しては常に「きみ」呼ばわりです。
東の母はエリート女医なので、心理学の知識があるなら子どもを名前で呼ぶことが人格形成に繋がる知識を持っているはず。
にもかかわらず「きみ」と呼ぶなら、親と子の欲目をぬきに客観的な評価ができる自分に酔っている、と理解して良いでしょう。
現に母親にダメな子扱いされ続けた東は屈折し、しずかの犯罪に加担してしまいました。
どんなに努力しようと認められず、常にダメ出しされ続ける家庭に居場所がなかった東は、自分を必要としてくれるしずかに救いを求めたのです。
第15話にて、タコピーは自分の身を犠牲にして最後のタイムリープを行います。
しずかやまりな、東は記憶をリセットされますが、心の片隅で漠然とタコピーのことを覚えていました。
しずかが描いたらくがきのタコピーは、「おはなしがハッピーを生むんだっピ」と子ども達を諭します。
母親に強くさわられてきた(=暴力を振るわれてきた)まりなは、しずかを強くさわることでストレスを発散していました。
まりなに強くさわられ続けてきしずかもまた、タコピーのハッピー道具を悪用し、異母妹たちや保健所の職員を消す暴挙にでます。
最終回でしずかとまりなは「おはなし」をし、ただのいじめっ子といじめられっ子から踏み込んだ関係に深化しました。
しかしここまできても、しずか達と毒親の対話は避けられているのです。
しずか達は終始大人の身勝手に振り回された被害者であり、『タコピーの原罪』で示唆されたのは被害者同士の対話における浄化作用……自己肯定感を高めるカウンセリングの重要性とも解釈できます。
「おはなしがハッピーを生む」のがタコピーの答えなら、不幸の原因の親たちと直接対話しないのは欺瞞である、ということもできてしまいます。
本作で描かれたのは親子間の徹底したディスコミュニケーション、一方通行の断絶。
しずかとまりなが本音を吐き出し合って仲良くなっても家庭環境はまるで改善されていません。
おはなしはハッピーを生む、されどおはなしだけではハッピーエンドに至れない皮肉な現実を突き付けたのが、タコピーの功罪でしょう 。
- 著者
- タイザン5
- 出版日
- 著者
- タイザン5
- 出版日
『タコピーの原罪』好きな読者にまずおすすめなのが、桜庭一樹の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』。
本作の主人公は港町の貧困母子家庭の中学生・山田渚。彼女はひきこもりの兄を養うため、中学を卒業したら自衛隊に志願しようと決めています。
そんな藻屑のクラスに都会からの美少女・海野藻屑が転校してくることから始まる本作もまた、毒親と虐待の連鎖を取り上げた重苦しい話でした。
「愛って絶望だよね」
これは父親に虐待されている藻屑のセリフで、暴力的な父親を恐れられながらも離れられない、ストックホルム症候群にも近い共依存を表しています。
どうしようもない親を見限れない子どもの苦悩と悲哀が凝縮された一言は、『タコピーの原罪』とも世界観を共有しています。
桜庭一樹のおすすめ小説12選!『私の男』作者が描く、少女たち
様々な少女の姿を描く女性作家・桜庭一樹。2014年には映画化された『私の男』は、直木賞を受賞します。彼女の描く少女たちは、まだ大人になりきれていません。それでも大人が思うよりずっと多くのことを知り、考える姿は魅力的です。
- 著者
- ["桜庭 一樹", "杉基 イクラ"]
- 出版日
- 著者
- ["桜庭 一樹", "杉基 イクラ"]
- 出版日
- 著者
- 桜庭 一樹
- 出版日
- 2009-02-25
毒親の実態や虐待に走る心理を知りたいなら、スーザン・フォワード『毒になる親 一生苦しむ子供』を手引きにしてください。
こちらは 20年以上にわたり数千人の患者を診てきた精神科医が、毒親をタイプ別に徹底分類しその実態を解剖した、まさしく毒親研究の草分け的存在の本。
子供が隷従しないと罰を与える神様のような親、「あなたの為」と暗示をかけ子どもを束縛する親など、本書を読むと『タコピーの原罪』に登場する毒親がいかにパターン化しているかがわかります。
毒親の支配から逃れて立ち直る為の、具体的なアドバイスも得られます。
- 著者
- ["スーザン・フォワード", "玉置 悟"]
- 出版日