直木賞ノミネート作家・深緑野分『オーブランの少女』ネタバレ考察レビュー

更新:2023.4.19

『戦場のコックたち』が直木賞と本屋大賞にダブルノミネートされた新進気鋭の作家・深緑野分。直木賞と本屋大賞にダブルノミネートの快挙を遂げたことも記憶に新しいのではないでしょうか? 今回はそんな深緑野分のデビュー作、『オーブランの少女』のあらすじや魅力をネタバレレビューしていきます。

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『オーブランの少女』の簡単なあらすじと登場人物紹介(ネタバレあり)

第二次世界大戦後、ヨーロッパのある国。

作家の「私」が住む家の近所には、四季折々の花が咲き乱れる美しい庭園・オーブランがあった。庭園の管理人は上品な車椅子の老女とその妹。二人は大層仲睦まじく、互いを労わり合って暮らしていたものの、詳しい素姓は話したがらなかった。

ある時管理人の老女が浮浪者に惨殺され、その一か月後に妹が自殺する。センセーショナルな現場を目撃した「私」は、その後娘に託された老女の妹の日記を紐解いて、衝撃的な真実を知ることに。

日記は数十年前、第二次世界大戦中に書かれたもの。語り手はマルグリットと名乗る病弱な少女。

マルグリットは貧しい一般家庭の生まれであり、経済的に困窮した父親は、娘をオーブランに預ける決定を下す。

当時のオーブランには障害を持ち、難病を患った少女たちが暮らす寄宿舎が存在していたのだ。

外界から隔絶された秘密の花園めいた世界で、優しい教師たちに見守られ、幸せな日々を過ごす少女たち。それぞれが腕に色違いのリボンを巻き、本名とは別の花の名前で呼ばれ、定期健診を義務付けられている。

そんなささやかな不自由にさえ目を瞑れば、戦時下にもかかわらず衣食住が揃ったここは楽園といえた。

しかし異端の少女・ミオゾティスの登場がオーブランの日常を脅かし……

著者
深緑 野分
出版日

審査員各位絶賛!デビュー作とは思えない、深緑野分の魅力が凝縮された一冊

本作『オーブランの少女』にて、深緑野分は第七回ミステリーズ!新人賞佳作をとっています。2015年刊行の『戦場のコックたち』は直木賞ならびに本屋大賞の候補に選ばれるなど、プロ作家の審査員ならびに広範な読者から高い評価を得ました。

ちなみに深緑野分は桜庭一樹の大ファン。

憧れの作家に小説を読んでほしくて、ミステリーズ!新人賞に『オーブランの少女』を応募したと語っています。

『オーブランの少女』は短編集であり、他に時代や場所・キャラクターが異なる5本の短編が収録されています。

以下、収録作です。

  • 『オーブランの少女』
  • 『仮面』
  • 『大雨とトマト』
  • 『氷の皇国』

 

全作を繋ぐテーマはずばり「少女」。

主人公が少女と呼べる年齢である話はもちろん、語り手の視点から見た、少女の存在感が印象的な話を集めました。

『オーブランの少女』は新人のデビュー作とは思えない完成度を誇り、豊饒な語彙に支えられた文章は圧巻。

のちに『戦場のコックたち』や『ベルリンは晴れているか』を上梓した経歴が物語るように、深緑野分は欧州近代史に造詣が深く、デビュー時点ですでにその美質が開花しています。

著者
深緑 野分
出版日
2015-08-29
著者
深緑 野分
出版日
2018-09-26

表題作は箱庭的な耽美な世界とその崩壊によるカタルシスが余す事なく描かれ、一部の読者に強烈な支持を獲得しました。ルシール・アザリロヴィック監督のフランス映画、『エコール』との類似を指摘する声も多く、作者本人もツイートで認めています。

森の奥の謎めいた寄宿舎で暮らす少女たち、外の世界への憧れと断絶など、確かに共通点が多いですね。

また、この頃からミステリーの名手として頭角を表しており、どの作品にも倒叙トリックが仕掛けられ、信用ならざる語り手を信じきっていた読者を戦慄の結末に導きます。

歴史小説の醍醐味とファンタジーの幻想、ミステリーを読む快感が同時に味わえる贅沢な短編集です。

著者
深緑 野分
出版日
2016-03-22

偽りの箱庭の終焉と友情の行方。ロマンシス好き必見!

『オーブランの少女』の大部分を占めるのは、事件から遡ること数十年前、過去のオーブランで起きた出来事です。

マルグリットは本名にあらず、オーブランの教師に与えられた偽名。マルグリット=ヒナギク、ミオゾティス=ワスレナグサのフランス語呼びです。明言こそ避けられているものの、上記の情報からモデルの国がフランスであると察しが付きます。英語ではマーガレットですね。

寄宿舎で孤立しているミオゾティスと親しくなったマルグリット。二人は固い絆で結ばれますが、寄宿舎の生徒が一人また一人と謎の失踪を遂げ、不穏な雰囲気が蔓延していきます。

色とりどりの花々が咲き乱れる中、少女たちが遊び戯れるオーブランの様子が美しく描写されているからこそ、終盤暴かれる戦慄の真相には打ちのめされること確実。

信頼していた教師や医者の裏切りにより、絶望のどん底に突き落とされたマルグリットが唯一信じられたのは、自分と同じ境遇の生き残りにして共犯・ミオゾティスだけでした。

マルグリットとミオゾティスの友情は限りなく百合に近い疑似姉妹の絆と解釈でき、ロマンシス(女性同士の紐帯関係)を好む一部の読者には、極上の余韻をもたらす傑作に仕上がっています。

道具立ても細部に至るまでこだわっており、少女たちが腕に巻く色違いのリボンや花の名前の伏線も、終盤にきちんと回収されます。

構成上の整合性や時代背景を考えると些か矛盾点が生じるのは否めませんが、それを差し引いても抜群の面白さ!ホラーでありミステリーであり時代小説であり、究極の百合小説でもある『オーブランの少女』は、もっと世の中に知られてよいタイトルです。

浮浪者の正体は誰で、管理人の老女を殺した動機は何なのか?過去から現在に亘る恐ろしい因縁が暴かれた時は、やりきれないため息が胸を塞ぐこと必至です。

『オーブランの少女』を読んだ人におすすめの本

深緑野分『オーブランの少女』を読んだ人には、カズオ・イシグロの名作『わたしを離さないで』をおすすめします。

本作の舞台は1990年代末のイギリス。

主人公の介護人・キャシーは、「提供者」と呼ばれる人々を世話する仕事に就いています。キャシーが青春を過ごしたヘールシャムは外界と隔絶された全寮制の学校で、ある大きな秘密を抱えていました。

2016年に綾瀬はるか主演でドラマ化されたのも記憶に新しいですね。切なすぎる真実が静かな感動を呼ぶヒューマンドラマの傑作なので、ぜひ手に取ってください。

著者
カズオ イシグロ
出版日

宮木あや子『雨の塔』は訳ありの少女たちが集まる全寮制女子大の話です。

ある岬に佇む寄宿舎。そこは選ばれた少女しか入寮を許されない場所でした。

高校時代に同性と心中未遂を起こした矢咲、資産家の愛人の子である三島、母親に先立たれた都岡、母親に捨てられた小津。いずれ劣らぬ美しい少女たちは、やがて互いに惹かれ合い、避け得ぬ破滅へ向かって突き進んでいきます。

『オーブランの少女』の耽美な世界観が気に入った方は、『雨の塔』に閉じ込められた孤独な少女たちの、繊細な魂の震えに共感できるはず。

著者
宮木 あや子
出版日
2011-02-18
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