5分で分かるケインズの哲学|格差是正と経済成長の両立は可能なのか?|元教員が解説

更新:2025.2.1

産業革命によって、人類はこれまでにないほどの生産力を手に入れました。 機械化された工場と果てしなく堆積する商品…。 資本主義経済に基づき実現した光景は、まさに人類の夢でした。 その一方、街の隅々に今もなお残る貧民街を見るとき、疑問が湧いてきます。 なぜこれほどの生産力を持ちながら、なお貧困は存在するのでしょうか。 こうした疑問を抱き、資本主義経済の矛盾に迫ったのがケインズでした。 今回の記事ではケインズの問題意識と、貧困を解明しようとした理論について解説したいと思います。

大学院のときは、ハイデガーを少し。 その後、高校の社会科教員を10年ほど。 身長が高いので、あだ名は“巨人”。 今はライターとして色々と。
泡の子

家計と企業

家計とは労働者として企業に労働力を提供し、消費者として商品やサービスを購入する存在です。その一方、企業は家計から労働力を調達して生産活動を行い、市場で商品を販売することで利益を生み出します。この二者の間で資金が循環することが、経済活動の基盤となります。

具体的な資金の流れを見てみましょう。

家計が企業に労働力を提供し、総額100の賃金を受け取ったとします。この労働力を活用して企業は商品を生産し、市場で販売することで100の売上を獲得します。

次に家計は受け取った賃金100を消費に回し、企業が生産した商品を購入します。この過程によって企業は再び100の資金を得て、次の生産サイクルに向けた賃金の支払いが可能になるのです。

この循環プロセスが持続することで、経済は活性化されます。重要なのは「消費が次の生産を促す」という連鎖反応です。

家計が積極的に消費すれば企業の売上が増え、それが新たな賃金や雇用につながります。逆に家計が消費を控えると企業の売上が減少し、賃金カットや生産縮小を招くという負のスパイラルが発生します。

ケインズが注目したのは、上記のような循環から生じる「需要の重要性」です。

お金の移動だけではなく「消費意欲や投資意欲といった心理的要因が経済規模を左右する」とケインズは指摘しました。

たとえな家計が将来への不安から貯蓄を増やせば「企業の売上減少→賃金低下→さらに消費減退」という悪循環が生まれます。そのため政府が需要を創出する政策の必要性が導き出されるのです。

ケインズの革新性は、経済を取引の集合体だけではなく「生きた循環システム」として捉えた点にあります。

企業と家計の相互作用が雇用・生産・消費を連動させ、それがさらに新たな経済活動を生み出すという動的なプロセスを解明したのです。

現代におけるマクロ経済政策の多くが、上記の循環モデルを基盤にしている理由でもあります。

不況の原因とは?

ケインズが考えた不況の仕組みを「お小遣い」に例えてみましょう。

毎月100円のお小遣いをもらっている小学生を想像してください。ケインズの理論では「この100円を全部使えば、周りのお店は絶対に困らない」というシンプルな理屈から始まります。たとえば文房具屋でノートを買い、駄菓子屋でおやつを購入し、ゲームセンターで遊べば、すべてのお店が笑顔になります。

ただし現実の子どもたちは別の行動を取るかもしれません。

100円のうち80円はすぐに使い、20円を貯金箱にしまいます。この選択が思わぬ結果を招きます。

貯めた20円分に関しては、駄菓子屋のポテトチップスが売れ残り、文房具屋の消しゴムが棚に並んだままになります。お店従業員は「在庫が余っているから、次からは少なめに仕入れよう」と考えます。すると商品を作る工場のアルバイトさんが必要なくなり、配達のバイク便の仕事も減っていくのです。

そしてケインズが提案する解決策が「貯金の使い道(投資)」です。

貯蓄に回った20円を工場の新設や技術開発に活用すれば、消費80円と投資20円を合わせて100円が経済に注入されます。

たとえば食品メーカーが新たな生産ラインに20円を投資すれば、設備業者が仕事を得て、新しい雇用が生まれます。投資によって生み出された所得が再び消費に向かうことで、経済の歯車が再び動き始めるのです。

問題は投資が不足する場合です。貯蓄20円に対して投資が10円しか行われないと、市場に出回るお金は合計90円に留まります。

そして10円の不足が経済に影を落とすのです。

小売店では商品が売れ残り、卸売業者は発注量を減らし、メーカーは生産調整を余儀なくされます。

結果として、本来必要だった労働力が削減され、働きたい人が仕事に就けない「不完全雇用均衡」という状態が定着してしまいます。

お金はあるのに貯金(投資)が有効活用されず、働きたい人が仕事にありつけない奇妙な現象が起きるのです。

ケインズが伝えたかったメッセージは以下のようになるでしょう。

「節約は美徳だが、みんなが貯金に走ると経済が窒息する。だからこそ、政府が代わりに公園を作ったり道路を整備したりして、眠っているお金を動かす必要がある」

こうした考え方が現代の不況対策で用いられる「公共投資(事業)」の原点なのです。

ケインズ経済学の骨格とは?

これまでの話をまとめましょう。

ケインズの考えでは、不況が起きる主な理由は、投資が貯蓄よりも少ないからだと言えます。

では、なぜ投資が足りないのでしょうか?

民間企業が将来の景気に対して不安を感じているためです。そのため企業は投資を控えるようになります。

民間企業の投資が足りないとき、ケインズは政府が投資をすべきと考えました。

民間企業の投資が10円だけで景気や雇用の回復には不十分な場合、たとえば政府は公共事業(投資)を行い、新しい道路や橋を建設することが考えられます。公共事業によって、需要の不足は補われ、景気も上向きになることが期待できます。

もし政府の投資が10円だとしたら、国全体の需要は「個人消費80円+民間の投資10円+政府の投資10円」となり、合計で100円となります。

「需要が増えることに伴い、生産も増え、雇用の状況も改善する」とケインズは考えたのです。

投資の社会化について

ケインズは「投資の増減が経済成長を左右する」と述べ、投資が低下すると不況に陥り、投資が上昇すれば景気が好転するという見解を示しました。

しかし民間企業のみが投資を担う場合、投資の変動が激しくなる傾向があります。好況期には無理な設備投資が行われ、結果として企業破綻が相次ぐケースも少なくありません。

そのためケインズは国が投資を管理する「投資の社会化」を提唱しました。具体的には景気拡大期に企業の設備投資を抑制し、景気後退期に公共事業を積極的に実施することで、経済変動を緩和しようとする考えです。

ただし課題もあります。公共事業で生み出された財やサービスを販売する必要があるにもかかわらず、その需要を喚起するのは容易ではありません。このジレンマを回避するため、ケインズは「穴掘り埋め戻し」と呼ばれる事業を提案しました。

「穴掘り埋め戻し」とは、実質的に生産性のない無駄な公共事業を意味します。具体的には政府が失業者を雇い、土地に大きな穴を掘らせた後、別の失業者を雇ってその穴を埋め戻させるという作業です。こうした作業(意味のない労働)に対して賃金が支払われる仕組みとなります。

このような提案を行った背景には、政府主導の公共事業で創出された成果を販売する際、需要をどのように生み出すかというジレンマがあったためです。「穴掘り埋め戻し」ならば生産性がゼロであるため、需要の創出問題を回避できると考えられました。

ただし莫大なコストがかかる無駄な事業である点は否定できず、大きな課題として指摘されています。

所得の再分配について

またケインズは税制などを利用した「所得の再分配」という政策を提案しています。

政策の目的は所得の差を縮め、消費を増やして経済全体を元気にすることです。

一般的にお金持ちは収入の多くを貯金に回す傾向がありますが、低所得の人はほとんどの収入をすぐに使う傾向があります。そのため金持ちから低所得の人へお金を移すと、全体の消費が増え、需要が拡大します。

需要の拡大よって企業の売上や生産活動が刺激され、雇用が生まれ、経済成長につながると考えられます。

たとえば税制を使った所得再分配が行われると、低所得層の購買力が高まります。結果として日常の消費が増え、企業が商品やサービスをたくさん売るようになり、新しい工場の建設や設備投資が促進されるでしょう。お金が社会の中で活発に動くと、国全体に良い影響が及びます。

ただし注意すべき点もあります。

ある金持ちの貯金が企業の設備投資に使われ、実際に雇用や生産の拡大に貢献している場合、所得再分配でその貯金を取り崩すと、かえって経済活動が落ち込む可能性があります。

たとえば金持ちが100億円の貯金を持ち、そのお金が企業の新工場建設に投資されているとします。この場合は再分配でその資金が移ってしまうと、企業の投資が減少し、雇用や生産の拡大が鈍ってしまうという意見もあります。

さらに近年では「ベーシックインカム」など、所得保障を通じた再分配の新しい方法についても議論されていますが、実際の経済効果や財政負担とのバランスを十分に考える必要があるため、今後も議論は続いていくでしょう。

このようにケインズの所得再分配政策は、消費を増やして経済を活性化する効果が期待できる一方、すでに投資に使われている資金とのバランスを見極めることが重要です。

具体的な政策を進める際には、各所得層の消費傾向や、貯金と投資の現状をしっかりと考える必要があります。

修正資本主義と社会主義

「所得の再分配」などの主張を見ると、ケインズの中に社会主義的な要素を垣間見ることができます。

しかしソ連のような社会主義体制には賛成していませんでした。

たしかに資本主義に基づく自由主義経済では、失業問題が解決できないことは明らかであり、ある程度の国家による介入は必要不可欠だと考えていました。

ただしボリシェヴィキのような独裁国家は、自由と効率性を過度に犠牲にしてしまう弊害があるとしたのです。

そこでケインズが提示したのが、民間企業をベースとしつつ、国家が適度に経済活動を補完する「修正資本主義」でした。効率性を保ちつつ、所得再分配などで福祉を充実させることで、失業という資本主義の「病気」を治癒しようとする試みです。

この構想が戦後における福祉国家の理論的基盤となり、現代社会に影響を与えることになったのです。

ラッセルの慧眼

1920年、穏健な社会主義者でもあったバートランド・ラッセルは、1ヶ月にわたってソ連を訪問しました。

レーニンやトロツキーとも面会を果たしています。帰国後、ラッセルはソ連の共産主義体制には未来がないと断言する『ロシアの共産主義』を発表しました。

ラッセルによると、ボリシェヴィキ(マルクス主義)の大きな問題点は経済学ではなく、その根底に潜んでいる哲学にあります。

世界が抱える問題や苦しみを全て解決できるような万能薬など存在しません。人間を無理やり「完全な共産主義者」に変えようとする試み自体が、理想主義的な幻想であり、危険な思想であると警鐘を鳴らしました。

残念ながら、ラッセルの予言は的中したと言えるでしょう。

ケインズを理解するためのオススメ書籍

伊藤 宣広(2023)『ケインズ − 危機の時代の実践家』岩波書店

投資家でもあったケインズは、金本位制下では投機が活発化し、不安定な金融市場を冷静に洞察していました。対独賠償問題から大恐慌までの「難問」に直面しながらも「合成の誤謬」を打ち破り、「節約のパラドックス」を克服しました。そこから「有効需要の原理」も生まれます。

利上げによる金融安定第一主義の結果、不況と失業が広がります。ケインズの関心はいつも金融と貨幣にあり、国際決済構想もその一つです。「失業の原因は人々の貨幣愛」と断じたケインズが示唆したのは、財政出動による貨幣の財・サービスへの投入であり、これが『一般理論』の真骨頂です。

時代の状況に闘いながら、思想を完成させたケインズの群像が、著者ならではの視点で浮かび上がってきます。私たち「危機の時代」に生きる者にとって、そのメッセージは小さくありません。

根井 雅弘(2022)『今こそ読みたいケインズ』集英社

ケインズ革命の本質とは資本主義の擁護に他ならない。自由放任を否定しつつ自由主義の再生を目指したケインズが示したのは、国家による経済管理で資本主義を安定化させる方法だ。有効需要の拡大→供給面の刷新→更なる需要拡大の好循環を構想したことが注目すべきポイントである。

ケインズが提唱したのは、単なる一時的な不況対策ではありません。産業育成政策と連動した中長期的な総需要の拡大政策こそが、ケインズ経済学の真の目的でした。

具体的には、公共投資の拡大や低金利政策によって民間設備投資を誘導する「投資の社会化」を通じて、新技術開発と産業高度化を促進しようとしました。これによって経済成長を加速させ、結果としてより高度な資本主義社会の実現を目指したわけです。

したがってケインズの考え方は、単純なマクロ経済学の枠組みを超えており、自由と多様性に満ちた資本主義の再生を構想していたと言えます。

好きなことをやり続けたケインズが資本主義と自由を愛したはずです。危機にある資本主義を前に、今こそケインズから学ぶべき多くのことがあるのではないでしょうか。

永濱利廣(2020)『MMTとケインズ経済学』ビジネス教育出版社

本書を通じて、MMTと呼ばれる「現代貨幣理論」が120分でよく理解できます。MMTとは自国通貨発行国には財政の極端な赤字化を恐れる必要がないとする斬新な理論体系です。 完全雇用を実現する責任は常に財政政策にあり、金融政策は従属的な位置づけに過ぎないとします。

この理論はケインズから続く主流派とは真っ向から対立する見解です。MMTのロジックを「流動性の罠」「政府の予算制約」など、経済学的概念と照らし合わせながら平易に解き明かそうとする本書。新自由主義への有効な批判理論を学びたい読者に、ぜひおすすめの1冊になります。

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