ショートヘアの20代女子が主人公の日常ショートショート漫画、タカノンノ『ショートショートさん』。 もともと作者のSNSにアップされていたもので、2017年にpixivに投稿され、KADOKAWAビームコミックスから単行本化が実現しました。 今回は承認欲求強め女子の迷走が面白い『ショートショートさん』のあらすじ、および噛めば噛むほど味がでるスルメな魅力をネタバレ解説していきます。
主人公は20代の社会人女性、五十嵐樹。大学を就職浪人したのち無事事務職に採用され、平凡な毎日を送っています。
大学の友人には「いっちゃん」、会社の同僚には「いっくん」の愛称で呼ばれています。長い間髪を伸ばし眼鏡を掛けていましたが、このたび美容院でスッキリ散髪し、コンタクトに替えてイメチェンしてみました。
そんな彼女の趣味は創作小説の執筆。学生時代は「+世界樹+」のペンネームで個人サイトを運営し、中二病全開のオリジナル小説を書いていた黒歴史の持ち主です。
現在はヒューマンドラマを手掛けており、「クールな物語や人物を書く為には自分自身がクールにならなければ」とイメチェンを断行しました。
承認欲求はちょっと(結構)強め。デキる女に憧れてクールぶってはいるものの、中身は意外とドジでちょろくメンタルは雑魚寄り。
東京のアパートでひとり暮らしをしていますが、夜毎聞こえてくるお隣さんのギシアンの声がうるさくて迷惑しています。
恋愛願望があり彼氏を欲しがっているものの、数年間色恋沙汰とは無縁。大学のサークル仲間と久しぶりに飲み会しても、殆どが彼氏彼女持ちな上カップルがまじっており、人目も憚らず惚気られるのでいたたまれません。
同じく東京でひとり暮らしをしている弟の渉とはたまに会って話す仲。曰く師匠と呼ばれる変人女性に振り回され、なかなか苦労しているようです。
友人の黒木花はハッキリした性格で、優柔不断な樹に毒舌を吐くこともしばしば。彼女の指摘は大抵当たっている為、モヤモヤしながらも言い返せないのが現状です。
同じく友人の佐久間は過密スケジュールをこなす教師。一部生徒には経験豊富と勘違いされているものの、実際は乙女ゲーやソシャゲのイケメンキャラにハマっているオタクで、リアルの恋愛とは無縁でした。
ある日のこと、自作を収録した小説同人誌の発行を思い立った樹。ド素人なせいで何をどうしたらいいかわからず、経験者の人脈を頼るのですが……。
登場人物紹介
評価基準
ストーリー性:★★★
キャラクター:★★★★
画力:★★
没入感:★★★
おすすめ度:★★★★
- 著者
- タカノンノ
- 出版日
タカノンノ『ショートショートさん』はSNS発の日常漫画。2020年にKADOKAWAビームコミックスから単行本化され、既刊3巻発売中です。
作者は現在くらげバンチにて『推し殺す』連載中。タイトル通り1話10ページ前後にまとまっていてサクサク読めるので、スキマ時間のお供に最適です。
- 著者
- タカノンノ
- 出版日
本作最大の魅力は大小の悩みを抱えながら逞しく生きるキャラたち。マッチングアプリで男漁りをする花、喪女でオタクな学校教師・佐久間など、我々の生活圏内にいそうな若い女性をユーモラスに描写しています。
各自の悩みは程度の差こそあれ重くなりすぎないのが美点。
保護者のクレームが怖くて教え子のオタク話にまざれない佐久間の葛藤や、樹がオシャレなイタリアンを食べに行き、マカロニ入りのスープパスタを前菜と早合点するエピソードは爆笑もの!
渉に至っては美人師匠にオナホで逆レイプされており、笑っていいのか同情すればいいのか、想像の斜め上行くシュールな展開にページをめくる手が止まりません。
彼女たちのなんてことない日常や失敗談をテンポ良く見せることで、隣人のような親しみを持たせているのが本作の構成の巧さ。
読み進めるうちに樹たちの存在が身近に感じられ、大きな事件や特別なイベントが起こらなくても面白い、この世界に浸っていたくなります。
代表例が主人公の樹。
一見常識人を装っていますが、創作の肥やしにすべくイメチェンを実践し、クールキャラに憧れ失敗を繰り返す行動パターンは「普通」の枠組みから外れたもの。本人に自覚がないだけでじゅうぶん変人の範疇でした。
類は友を呼ぶのでしょうか、彼女の周りに集まる人々もそれぞれ平凡とは言い難い個性を持ち、ごく些細な出来事で悶々と悩んでは赤っ恥をかき、あたふた空回りしながら世間と折り合いを付けていました。
師匠のようなわかりやすい非常識キャラは少数派。故にこそ格好付けたいのに上手くいかずトホホと落ち込む、樹たちのままならない、それでいてありふれた日常に愛しさが募り、等身大のモノローグや飾らないセリフが心の隙間にするっと入ってきます。
たとえば樹が風邪をひいたエピソード。
この回では自分の面倒は自分で見るしかないひとり暮らしの心細さや、そんな状態でもSNSで誘い受けするのがやめられないジレンマが描かれ、回復後に出勤していく樹のモノローグで締めくくられました。
「さびしくても風邪は治る それにこのさびしさはちょっとクセになる。」
ひとり暮らし経験者は実に覚えのある感覚ですね。
余談ですが師匠が樹をロックオンしたり、彼氏と破局した黒木が自分をストレートに褒めてくれる樹にキュンとし、「もー付き合ってくれー」と甘えるエピソードがあるので、ソフト百合好きにもおすすめです。
- 著者
- タカノンノ
- 出版日
世の20代女性の大半が共感できること間違いなしの『ショートショートさん』。
中でもおすすめしたいのが創作活動をしている社会人。
思春期に個人サイトや同人イベントを通り、現在は社会に出て働いている人たちは、帰宅後や休日にネット小説を投稿し、アップ後はSNSの通知に一喜一憂を超えて挙動不審になる字書きの生態に共感性羞恥を刺激されるはず。
3巻には樹が同人誌作りと冬コミに初挑戦する話がまるまる収録されています。
「書いた小説をネットで読んでもらえるのは嬉しい 褒めてもらえるのも嬉しい でももっと もっと」
「本を出したい」
創作活動とは概して孤独なもの。作品を発表したところで必ずしも反応がもらえるとは限らず、黙殺されることは日常茶飯事。ましてやネットは読者の顔が見えません。
樹も自分の小説が面白いのか不安になり、直接読者と会って、対面で同人誌を配れるコミケに憧れを抱きました。
ネット小説執筆経験者ならば、字書きとしてほんのちょっぴり欲を出し、周囲を巻き込んでドタバタ奮闘する悲喜こもごもを他人事とは割り切れません。
無謀なチャレンジを笑い、反面教師とするもよし。
無敵に不敵な度胸と素敵な大胆さを買い、目標とするもよし。
既に同人誌を出した先輩は、初心者のやらかしがちな失敗談を生温かい目で見守るのも一興。
樹は殆ど知識のない状態からやる気だけで見切り発車し、ことあるごとに厳しい現実を突き付けられながら周囲の人々の後押しを受け、どうにか同人誌完成に漕ぎ着けました。
姉にSNSのフォロワー数を尋ねた渉は、「売れないよ?コミケでマンガでもラノベ系でもない 地味な創作小説が売れるワケないだろ」とばっさり駄目出し。
そこで樹は諦めず、毅然と顔を上げて想います。
「学生の頃はそれなりに売れた気がするけど でもマンガイラスト小説とかの合同誌だったし 身内にコミケ経験者とか(一応)プロとかいたし それと比べて今度は私ひとりだ」
「それってなんかカッコイイ。やってみたいんだからしょうがない」
3巻ではさらに「最低限これだけやっとけ」とサークル参加経験者が極意を伝授。イラストが上手い知人に表紙を頼む裏技のほか、コミケの申し方や印刷所への発注の仕方、およその部数やペース配分もわかるので、いずれ本を出したい字書きは参考にしてください。
- 著者
- タカノンノ
- 出版日
タカノンノ『ショートショートさん』を読んだ人にはheisoku『ご飯は私を裏切らない』をおすすめします。
本作はコミュ症で友人のいないアラサーのフリーターが、毎日のご飯だけを生き甲斐に鬱々した限界ライフを乗り切っていく、シュールでナンセンスなグルメ漫画。
主人公のネガティブ思考や独特のセリフ回しが面白く、登場する料理もお手軽に作れる時短レシピが多い為、『ショートショートさん』とは別ベクトルの共感を生んでいました。
- 著者
- heisoku
- 出版日
続いておすすめするのは施川ユウキ『バーナード嬢曰く。』。
読んでないのに読書家ぶりたい女子高生・町田さわ子と濃いめの活字オタク3人が、暇さえあれば学校の図書室に集い、ジャンルを超えた本の感想で盛り上がるギャグ漫画です。
『ショートショートさん』が書き手目線の話だとしたら、『バーナード嬢曰く。』は読み手目線の話。日常ベースにギャグとシリアスをフラットに織り交ぜたテンションが似てるので、両者を読み比べるのも楽しいですよ。
- 著者
- 施川 ユウキ
- 出版日
- 2013-04-19