あなたは漫画の打ち切りに涙した経験がありますか?「ある」と答えたなら、望公太のライトノベル『小鳥遊ちゃんは打ち切り漫画を愛しすぎている』は必読。 本作はタイトル通り打ち切り漫画への愛が詰まった日常ラブコメで、休む間もなく繰り出される打ち切り漫画あるあるネタには、首がもげるほど頷いてしまうこと請け合いです。 今回はそんな古今東西の打ち切り漫画に捧ぐ挽歌、『小鳥遊ちゃんは打ち切り漫画を愛しすぎている』のあらすじ・登場人物・魅力を、ネタバレありでご紹介していきます。
主人公は高校三年生の月見里司(つきみ・さとし)。大人気少年漫画誌「週刊コメット」の新人賞最終選考に残り、その際運よく編集に声を掛けられたものの、デビューを目指して描いてるネームがなかなか通らず悩んでいる少年です。
今日もまた放課後の部室でネームの進捗に頭を悩ませていると、一年後輩の漫研部員・小鳥遊(ことり・ゆう)がやってきました。
古今東西の打ち切り漫画を愛してやまない小鳥遊ちゃんは毎日のように部室に入り浸っては、里司がコネで一週早く持参した週刊コメットを読み漁り、独断と偏見に満ちた感想を垂れ流していきます。何十万部も売れている人気漫画は眼中にありません。
幽霊部員の四月一日(しがつ・いちか)はコミュ力抜群のギャル。時折部室を訪れては打ち切り漫画には目もくれず、売れ筋の人気漫画だけを摘まみ読みし、小鳥遊ちゃんの神経を逆撫でします。
顧問の東海林(あずみ・りん)はうるさく干渉せず彼等を見守っていたものの、漫画家のブラックな内情を知ってからこちら、進路を考え直せと里司を説得してきます。
はたして里司は編集のGOサインをもらい、連載スタートに漕ぎ着けられるのでしょうか?
登場人物一覧
総合評価
- 著者
- ["望 公太", "桶乃 かもく"]
- 出版日
望公太『小鳥遊ちゃんは打ち切り漫画を愛しすぎている』(MF文庫J)は、プロ作家による短編コンテスト「第2回MF文庫J evo」において読者投票第1位に輝いた作品。
先輩&後輩コンビが放課後の部室でだらだらクソ漫画批評に興じるだけの本作は、潔いまでにネタに振り切った作風から「イロモノじゃね?」と突っ込まれたものの、蓋を開けてみれば圧倒的支持を得て書籍化を果たします。
作者の望公太は『異能バトルは日常のなかで。』を手掛けたヒットメーカー。同作は2015年にアニメ化され、異能バトルと日常を掛け合わせたコミカルな作風で人気を集めました。
電撃文庫刊行『娘じゃなくて私が好きなの⁉』、MF文庫J刊行『きみって私のこと好きなんでしょ?』も好評発売中。直近では桜井のりおの人気漫画『僕の心のヤバいやつ』のノベライズを執筆しました。
- 著者
- ["望 公太", "029"]
- 出版日
- 著者
- ["望 公太", "ぎうにう"]
- 出版日
- 著者
- ["望 公太", "日向あずり"]
- 出版日
- 著者
- ["望 公太", "桜井 のりお", "桜井 のりお", "sune"]
- 出版日
本作最大の魅力は愛あればこそ火力強めな打ち切り漫画へのダメ出し。
人気イラストレーター桶乃かもくの描き下ろし表紙をコミック風にするサービス精神は言わずもがな。中身はさらにぶっとんでおり、打ち切り漫画は何故打ち切られてしまうのか、敗因はどこにあったのか大真面目に検討しています。
自他共に認める打ち切り漫画愛好家の小鳥遊ちゃんが展開する持論は説得力MAX!毎度毎度芯を食った指摘に込められた、謎の熱量に圧倒されます。
漫画読みなら誰しもお気に入りの作品が打ち切られた苦い経験が一度や二度あるはず。打ち切り漫画愛好家の小鳥遊ちゃんの場合、その数は常人の比ではありません。
里司と小鳥遊ちゃんのハイテンションな会話、ノンストップのボケツッコミは爆笑必至。
先輩と後輩が部室でだらだら過ごすだけなのに異常なテンポの良さでサクサク読める上、天然辛口な小鳥遊ちゃんの暴走ぶりが小気味良く、「いいぞもっとやれ!」「ロケットで突き抜けろ!」と煽り散らしたくなります。
さらなる評価点は電子書籍・漫画アプリ・ウェブトゥーン・作家のSNS運用・コンプラ違反による炎上案件など、出版業界の流行りや現在進行形の問題と密にリンクし、そのメリット・デメリットをズバッと斬っていく痛快さ。
誌面で打ち切られた作品が漫画アプリ送りになる現象を左遷にたとえる身も蓋もなさは序の口。
紙書籍の売り上げが伸びず続刊が電子のみだったり、そもそも作品公式アカウントが更新停止状態だったり、もとより品薄な最終巻を求めて難民が発生したり……。
ただでさえ二ッチな漫画を好む層が被るままならなさ、書店を何軒もハシゴしてお目当てを探す歯痒さには共感の嵐でした。
なればこそ棚差しの残り一冊をゲットした喜びと感動はひとしお、水面下の争奪戦を制す達成感は格別。
第二章にて里司と小鳥遊ちゃんは打ち切り漫画の完結巻ゲットの為、休日デート……もとい書店巡りを敢行。スマホ閲覧に適した漫画アプリと従来の紙書籍、双方の強みを語り合います。
里司はスクロールの語源が「巻物」であると言及し、スマホの普及によりページを区切らずテキストが読めるようになったことが、『巻物文化の復活』と呼ばれていると指摘。
右から左に読む紙書籍と上から下へ読むウェブトゥーンの演出の違いをクリエイター目線で分析しており、普段意識せず行っている動作に仕掛けられたプラットフォームの意図に唸らされました。
以下、筆者が感銘を受けた小鳥遊ちゃんの名(迷)言録です。
「人気漫画なんて私が読まなくても読む人いっぱいいるじゃないですか。だから私は、こんなもの私ぐらいしか愛さないだろうなあ、ってものを本気で愛して愛でるんです」
「出ました、ウェブトゥーン。漫画の概念を覆す、新たな刺客ですね。まさか横ではなく縦スクロールで漫画を読む時代が来ようとは」
「だいぶ話は逸れましたけど、私がなにが言いたいかと言うとーー打ち切り作品が後になって復活したところで、それは別物ってことですよ」
「メジャー漫画を素直に賞賛するわけでもなく、かと言ってマイナー漫画だけど面白い漫画を発掘して布教活動するわけでもない。メジャー誌の中で繰り広げられる打ち切りレースの中で、漫画家も出版社も求めてないような意地の悪い楽しみ方をする存在……。メジャー側なのかマイナー側なのかもわかわらない、どっちつかずの意味不明な突然変異……そんなウンコみたいな存在が、私なのです」
「しかし、だからと言ってーー叩かれることを恐れて手が縮こまってしまったら、本末転倒ではないでしょうか。叩かれないように叩かれないように、配慮して配慮して、気を遣って気を遣って、キャラも台詞回しもどんどん丸くなり、尖った部分はほとんどない。少しでもネットで叩かれそうな台詞や展開があったら、言い訳するみたいにフォローが入ってくる。まるでーーSNSやコメ欄での批難を先回りして潰すみたいに」
打ち切り漫画を全力で愛する小鳥遊ちゃんの忌憚ない意見は、未来の売れっ子を目指す漫画志望者にも刺さりまくるのでした。
- 著者
- ["望 公太", "桶乃 かもく"]
- 出版日
『小鳥遊ちゃんは打ち切り漫画を愛しすぎている』が打ち切り漫画コラムとして秀逸なのは疑うよしありませんが、ジャンル区分が日常ラブコメになっていることを忘れてはいけません。
本作は従来のテンプレラブコメへのアンチテーゼとして、路線変更の延命措置を図る打ち切り漫画よろしく、大胆なテコ入れを図っているのです。
まず注目してほしいのは登場人物の名前。『小鳥遊ちゃんは打ち切り漫画を愛しすぎてる』は一巻完結、登場人物も4人とごく少数。その4人が全員珍しい苗字なのは偶然に非ず、作為を感じます。
主人公の月見里、ヒロインの小鳥遊、小悪魔系ギャルの四月一日、顧問の東海林……。
これらは漫画・ラノベに頻出する難読人名であり、それぞれ月見里(やまなし)、小鳥遊(たかなし)、四月一日(わたぬき)、東海林(しょうじ)と読みます。リアルでお目にかかることは滅多になく、フィクションでとりわけ好まれる苗字と言えますね。
……が、『小鳥遊ちゃん~』では皆当たり前の読み方をします。ヒロインはたかなしではなくことりゆうですし、他キャラの名前も中二病にかぶれてはいません。
即ち「フィクションを語るラノベキャラの名前からフィクショナリティーを剥がし、メタフィクションのリアリティーを強化する」作戦です。ひねくれすぎ。
テンプレ外しと言えば一日の設定にも注目。ハーレム要員と見せかけ実はれっきとした彼氏持ちで、ヒロインレースには参加せず、最初から最後まで小鳥遊ちゃんの背中を押すキューピッドとして立ち回りました。オタク(女)に優しいギャル、尊い。
どんでん返しの仕掛けは他にもあり、終盤でジャンルが変わります。もしあなたがラスト数ページに衝撃を求め、作者にしてやられた感を存分に味わいたいなら、本作は自信を持っておすすめできます。
ヒントになるのは第二章で描写される、小鳥遊ちゃんと里司の何気ない会話。
「テセウスの船みたいな話ですね」
「おー、よく知ってるな」
「前に先輩から聞きましたよ」
「言ったっけか?」
ーー中略ーー
「言うなれば、スワンプマンみたいな話ですね」
「よく知ってるな」
「前に先輩から聞きましたよ」
「言ったっけか?」
何の疑問も持たず聞き流してしまいそうな、たったこれだけのやりとりが伏線になっているとは……!
アンケートのふるわない打ち切り漫画がギャグからバトルものへギアチェンジするのはありがち。『小鳥遊ちゃん~』の憎い所は、日常ラブコメとしても十分面白いにもかかわらず、あえてひと捻り加えた遊び心。衝撃の真相が判明した後に読み返すと、単なるネタやボケだと思っていた言動が腑に落ち、タイトルの味わい深さが増します。
- 著者
- ["望 公太", "桶乃 かもく"]
- 出版日
読者の反応
望公太『小鳥遊ちゃんは打ち切り漫画を愛しすぎている』を読んだ人には綾里けいし『魍魎探偵今宵も騙らず』をおすすめします。
こちらはプロ作家による短編コンテスト「第1回MF文庫J evo」大賞作品。地獄で事変が起きて現世と幽世が混ざり合った架空の日本を舞台に、騙りを得意とする魍魎探偵・皆崎トヲルとべらんめえな化け狐・ユミの、奇々怪々な珍道中を描きます。
明治大正のレトロな雰囲気と一風変わったミステリーを楽しみたい方は必読。時代がかった講談調の言い回しも癖になります。
- 著者
- ["綾里 けいし", "モンブラン"]
- 出版日
お次に紹介するのは平坂読『妹さえいればいい。』。『僕は友達が少ない』シリーズの作者が満を持して送り出した、血の繋がらない妹がヒロインのお仕事ラブコメです。
『小鳥遊ちゃんは打ち切り漫画を愛しすぎてる』では打ち切り漫画に纏わる読者・作者の悲喜こもごもが語られましたが、こちらで描かれるのはテンプレ脱却の課題に苦しむ妹萌え作家の日常。
ラノベと漫画で媒体は違えどもエンタメに徹するクリエイター論は共通点が多く、世間のトレンドと自らの信念の板挟みになりながら、より良い作品を作ろうともがく姿を応援したくなりました。
- 著者
- 平坂 読
- 出版日
- 2015-03-18