海堂尊『チーム・バチスタの栄光』中山七里『さよならドビュッシー』、降田天『女王はかえらない』小西マサテル『名探偵のままでいて』など、数々の話題作を世に送り出してきた『このミステリーがすごい!』大賞。 その第22回隠し玉に選ばれた上田春雨『呪詛を受信しました』は、北海道の雪深い地方都市を舞台に、女子高生の閉鎖的な人間関係を描いたミステリー。ミスリードなタイトルを裏切る怒涛の展開で、読者を翻弄してくれます。 今回はそんな『呪詛を受信しました』のあらすじと魅力をネタバレありでご紹介していこうと思います。
主人公の伊勢湊は北海道根釧市に住む女子高生。実母は父親の不倫が原因で自殺し、現在は折り合いの悪い後妻の継母と息詰まる二人暮らし。彼女からネグレクトなどの虐待を受けており、早く親元から自立する為、パパ活でお金を貯めています。
家庭環境のせいか、徹底したリアリストに育った湊には四人の友人がいました。白山飛鳥はサバサバしたタイプの美人で普通クラスの人気者。津島美保は陽気なギャル。乃木春日は美保に心酔している真面目な優等生。荒船沙貴は美保たちによるいじめがきっかけでひきこもってしまったオカルトマニアの少女で、湊とだけは交流を持っていました。
妻子持ちの警察官・香取やヤクザの赤城相手に売春しながら、昼は普通の女子高生として町唯一の公立校に通っていた湊の日常は、ある日突然壊れます。美保が石油ファンヒーターの切り忘れによる一酸化炭素中毒で命を落としてしまったのです。
後日残りのメンバーのスマホに、死んだはずの美保から「死ね」と書いたメールが届きました。
生前美保と男子を取り合っていた飛鳥は、彼女の葬儀の場で故人の遺影を「不細工」と嘲る不謹慎なメールを同級生に回したことで顰蹙を買い、美保を殺した犯人ではないかと疑われ孤立。美保を強く慕っていた春日も飛鳥に憎悪を向け、湊の周囲に不穏な気配が漂い始めます。
学校で悪評を立てられた飛鳥は湊をカラオケボックスに呼び出し、「最後まで裏切らないで」とお金を払って懇願。それを湊は承諾し、香取を介して事件の情報を集め始めました。
数日後、神社の境内で事故が発生。庇から滑落した雪に押し潰されて飛鳥が圧死し……。
登場人物紹介
上田春雨(うえだ・はるさめ)『呪詛を受信しました』は2024年度第22回このミステリーがすごい!大賞の隠し玉に選ばれました。女優の鈴木絢音が帯で絶賛したことでも注目を浴びています。カバーイラストは人気イラストレーターの100年が担当しました。
なお大賞受賞作は古代エジプトが舞台の密室ミステリー、白川尚史『ファラオの密室』。文庫グランプリは遠藤かたる『推しの殺人』です。
作者の上田春雨は1986年北海道帯広市生まれ、生粋の道産子。帯広柏葉高校から筑波大学社会学類に進み、現在は新聞社勤務の記者として働く傍ら、2人の子供を育てています。余談ですが本作の舞台となる根釧市は北海道東部に位置する設定の架空の都市で、現実には存在しません。
本作の特徴はこのミス大賞審査員兼あとがきの大森望曰く、「孤高のダークヒロインが主人公のイヤミス系ハードボイルド」であること。
主人公の伊勢湊は徹底した現実主義者で、目的の為なら他人を利用して憚りません。中学時代は自分がパパ活をしている事実を掴み、「どうせ小遣い稼ぎでしょ」と脅してきた沙貴を友人たちがいじめるように仕向け、彼女を不登校に追い込んでいます。
このいじめの内容が陰湿の極み。旭川の事件の想起を避け難い胸糞ぶりで、拒絶反応を示す読者は一定数います。
目的達成の為とあらば平気で友人を罠に嵌め、売り、破滅させることすら厭わない利己と打算が伊勢湊の本性。それは湊たちのグループ全員に共通する思想でもありました。
事件の発端は死んだ美保のアカウントから湊たちのグループに回されたメール。そこには「死ね」と呪詛が書かれていました。美保と確執があった飛鳥が雪の下敷きになり死亡したことで呪いの連鎖が疑われ、次の標的は自分じゃないかと不安に陥る面々。
死者を騙って呪詛メールをばら撒いた犯人は?
美保と飛鳥は単なる事故死なのか?
この世に「呪い」は存在するのか?
SNSによる誹謗中傷と疑心暗鬼の泥沼で思春期の少女たちを取り巻く人間関係は破綻し、保身から生じた嘘と欺瞞に塗り固められた日常は崩壊していきます。
作者が北海道出身だけあり、曇天から分厚い雪が降り積もる地方都市の閉塞感が、出口の見えない重苦しい心理描写にオーバーラップするのも見所。
女同士の陰湿な駆け引きや狡猾な立ち回り、ルッキズムや学力に依存する厭らしいスクールカースト描写は、『みんな蛍を殺したかった』の木爾チレンを思い起こさせます。同じこのミス大賞受賞作の中では降田天『女王はかえらない』が一番近いでしょうか。
赤城や香取に見られるアングラな人物造形には、『果てしなき渇き』で第3回このミステリーがすごい!大賞をとった、深町秋生の息吹を感じました。
全編にドス黒い悪意が蔓延する本作において、湊の人生哲学は最後までブレません。彼女の目的は呪いに殺されずサバイバルすること。故に呪詛を送信した犯人探しに奔走し、身近に潜む黒幕を突き止めます。
正直な所ミステリーとして評価するなら真相は呆気なく、物足りなさを感じるのは否めません。黒幕は消去法でわかってしまいます。にもかかわらず『呪詛を受信しました』が面白いのは、湊を中心とする5人のJKのキャラが立っているから。
彼女たち5人の微妙なパワーバランスは薄氷の上を渡るような危うい緊張を孕み、各々隠し持った嘘や秘密が緊密に作用し合って、スリリングなエンタメ性を高めています。
学校裏サイトやLINEグループの描写もリアリティーたっぷり。カースト下剋上を果たした春日が湊にやりこめられボロを出すシーンは、LINEの更新状況と模擬裁判が同時進行し、手に汗握るライブ感を盛り上げていました。
湊の要請を受け、水面下で暗躍する赤城と香取の動向にも注目。ラストの大惨事は彼等の介入が引き起こしたと言っても過言ではなく、湊の誤算が招いた文字通りの炎上劇に、もろとも灰燼に帰す虚無感と爽快感を覚えました。
本作の評価は賛否両論分かれます。
登場人物は全員好感が持てず、健全な共感を阻まれます。代わりに抱くのは反感と嫌悪。主人公の湊がいじめ加害者なのは言うに及ばず、いじめ被害者の春日も同情しかねる自己本位なキャラとして描かれ、因果応報の末路を擁護できません。
筆者は「心が軽くなるよ?」といじめられっ子への謝罪を勧める、自分のことしか考えていない春日のエゴイズムが不愉快でした。
ですが小説は共感が全てではありません。読者の理解や共感を拒むキャラの暴走を見守り、モラルを足蹴にするその生き様を見届けることで得られるカタルシスも、確かに存在するのです。
徹頭徹尾ドライなリアリストの湊の最大の弱点が母親というのも、ギャップがあって素敵でした。
胸糞悪い展開の連続なのに読後感が妙に爽やかなのも長所。終盤の湊が一緒に逃げていた沙貴にある物を貸すシーンは、「許してもらおうとは思わない」と達観する彼女の無言の代償行為ともとれ、静かな感動が胸を打ちました。
上田春雨『呪詛を受信しました』を読んだ人には深町秋生『果てしなき渇き』をおすすめします。本作は第3回このミステリーがすごい!大賞受賞作。行方不明の娘を捜し求めて暴走する悪徳刑事の末路を描く、バイオレンスでスリリングなノワール小説です。
ハードボイルドを貫く湊の人物造形が気に入った人は、本作のキーパーソン・加奈子の破滅的な言動に惹かれるはず。中島哲也監督が映画化した『渇き。』もおすすめです。
続いておすすめするのは木爾チレン『みんな蛍を殺したかった』。
舞台はある私立女子高。痛いオタクの巣窟と化した生物部に入った転校生が、コンプレックスに雁字搦めの部員たちを操作し自滅へ導いていく、サークルクラッシャーもののイヤミスです。
ルッキズムやミソジニー、スクールカーストに焦点を当てた内容は実に胸糞。オタク蔑視に凝り固まった美少女・蛍の逆恨みによる復讐の顛末には、理不尽極まる後味の悪さを覚えました。