カルト作家矢部崇の最高傑作と名高い『魔女の子供はやってこない』。本作はトラウマ級の衝撃を残す異端のジュブナイルホラーとして、読者の絶大な支持を獲得。『アンデッドガール・マーダーファルス』で有名なミステリー作家・青崎有吾が、タイザン5『タコピーの原罪』との類似性を指摘したことで新たに注目を集めました。 今回は各方面で話題沸騰の『魔女の子供はやってこない』のあらすじや闇深い魅力を、ネタバレありで解説していきたいと思います。最後までお付き合いください。

主人公はこれといって特徴のない平凡な小学生・安藤夏子。
ある日の下校中………暮れなずむ通学路をひとり歩いていた夏子は、児童公園の砂場に突き刺さった、ファンシーなステッキを拾います。そこにはマジックで『これを拾った方、自由町六の一三の二 六〇六号室まで届けてください。お礼します。魔女』と書いてありました。
届け先の住所は夏子も知っている丘の途中のげろマンションです。
その後夏子は小倉くん・餡子・うぐいすさん・ずん田くん・村雨くんら、仲良しグループ5人とげろマンションに向かいました。すると上階から下りてきた変なお婆さんに「呼び鈴を押して、何を訊かれても、地獄は来ないと答えるの。判った?」と言い含められます。
案の定606号室の住人に合言葉を聞かれた為、先ほどお婆さんに教わった通りに「地獄は歩いてこない」と返すとドアが開き、挙動不審な全裸男性が出てきました。
途端に部屋の廊下は電車の車両内に変化し、気付けばゴミが散らかった汚部屋に運ばれていました。部屋には魔女の老婆がおり、突然現れた小学生たちに驚いて、餡子を射殺してしまいます。
突然の惨劇にパニックを来たす夏子たち。
さすがに反省した魔女が「魔法で生き返らしてあげる」と持ち掛けた所、願いを叶えてもらえる権利を巡って争いが起こり、阿鼻叫喚のカタストロフを経て、夏子以外のメンバーが全滅。
死屍累々の惨状の中べリベリと老婆の皮を破って現れたのは、夏子と同年代とおぼしき金髪の可愛らしい少女でした。ぬりえと名乗る少女は人間界に修行に来ている魔女の子供だと正体を明かすのですが……。
登場人物
- 著者
- ["矢部 嵩", "小島 アジコ"]
- 出版日
本作は夏子とぬりえちゃんの大冒険を描いた連作短編集であり、全六話構成になっています。以下、簡単なあらすじです。
矢部崇は2006年に『紗央里ちゃんの家』で第13回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞し、角川ホラー文庫からデビュー。以来寡作でありながら根強い人気を誇るカルト作家として、個性的な作品を発表を続けています。最新作は2025年に刊行された短編集『未来図と蜘蛛の巣』。
- 著者
- 矢部 嵩
- 出版日
- 著者
- 矢部 嵩
- 出版日
装画は『となりの801ちゃん』で有名な漫画家の小島アジコが担当しました。
- 著者
- 小島 アジコ
- 出版日
- 2006-12-14
ミステリー作家の青崎有吾がXにて「タコピー大好きなお友だちのみんなには矢部嵩著『魔女の子供はやってこない』もおすすめだっピ! 魔法少女と女子小学生が稚気と善意ですべてをめちゃくちゃにしていく感動の物語だっピ!4話目「魔法少女粉と煙」は冗談抜きで世界一怖い短編小説だと思います」と、タイザン5『タコピーの原罪』と並べて語ったポストも記憶に新しいですね。
大事なのは対話?毒親問題はおはなしで解決できるのか『タコピーの原罪』から読み解く
2021年12月10日に連載がスタートするや、最新話が公開されるたびTwitterトレンド入りを果たすなど社会現象を巻き起こしたタイザン5の問題作『タコピーの原罪』。 『ジャンプ+』において初となる1日200万PVを叩き出した本作は、読者の心を容赦なく叩きのめす鬱展開と、いじめや虐待を扱った作風が注目されました。 今回は『タコピーの原罪』に見る、毒親の典型例を紹介していきます。
- 著者
- タイザン5
- 出版日
- 著者
- タイザン5
- 出版日
本作を一言で表現するなら矢部崇の最高傑作のジュブナイルホラー。ガールミーツガールから始まる最凶にゴアでキュート、スプラッタでグロテスクな魔法少女冒険譚として読者の脳を焼いてくれます。
文体はとびきり灰汁が強く噛み締める程にエグみが増し、斬新な比喩が多用されます。
レンズの端の汚れに気付いて、かけていた眼鏡を外すと町はかすんで、文字のない国にいるみたいでした。眼鏡を拭いてまたかけ直し、暗くなった通学路を私は再び歩き出しました。
空は薄く曇りで、バインダーぽい手触りでした。
どうです、曇り空の質感をバインダーにたとえる非凡な感性に痺れませんか?小学生の身近にある文房具を上手く使い、ノスタルジックな想像力を喚起する技巧はさすがですね。
ここで振るい落とされる読者が一定数いるのは想定内。
読み辛さを我慢して先へ進むに連れ、マンションの廊下が電車の車両に変わり、魔女が毒入りジュースで子供たちをもてなす、最高にキッチュで捻じれた世界観に引き込まれていきます。
たとえるなら些か俗っぽい『不思議の国のアリス』といった所でしょうか。臓物や吐瀉物をぶち撒ける描写は言わずもがな、極限の痒みに耐えかねて皮膚を搔き壊すなど壊生理的嫌悪をかきたてるシーンがてんこ盛りな為、グロ耐性がないとトラウマになりかねません。
夏子はぬりえちゃんの魔法でご近所トラブルを解決しようと張り切るもことごとく空回りし、さらなる惨劇を引き起こす結果に終わります。されどぬりえちゃんのせいばかりとは言い切れぬ証拠に、第二話で「M子ちゃんのお父さんを生き返らせてほしい」とごねる夏子に対し、彼女は淡々とこう言いました。
「事故で死んだんだねMさんのお父さん。ただの事故ならよかったけれど。例えばそれが自殺だったら、ただ生き返してもまた死んじゃうかもしれないね。死にたくなった理由も消してあげなきゃ。仕事なら探してあげて、喧嘩なら仲直りさせて、愛されないなら長所をあげて、病気で死んだなら治してあげるの。原因が一つでなきゃ全部直しといてあげるの。車が原因なら新車買ってあげなきゃ。疲れ溜まって事故ったのなら毎日マッサージしてあげなきゃ。恋人死んで後追った人を生き返らせようとしたら、本人も恋人も生き返らせるのかな。恋人の病気も治して。お父さんもお母さんも、お爺さんでもお婆さんでも?ただ巻き戻せばただ繰り返すよね。やり直せば今度はうまくいくのかな。死んだ家族とまた暮らすの。お殿様みたいに。またおいそれと死なないように」
詰まるところ作中最大の戦犯は夏子であり、第二話第三話を除く収録作がバッドエンドを迎えたのは、借り物の魔法で身の丈に合わぬ人助けを試みた、彼女の幼稚な善意と慢心が招いた必然です。
それが特に顕著なのが第四話『魔法少女粉と煙』、第五話『魔法少女帰れない家』で、夏子が人助けと信じた行動はとことん裏目に出ます。「まほうなんかでなおってたまるもんですか」に集約されるタヒチさんの狂った信念、夏子とぬりえちゃんをだましアリバイ作りに利用した奥さんの計画には、ド天然のぬりえちゃんが可愛く見えるレベルでドン引き。両者とも確信犯であるぶんタチが悪く、吐き気を催す邪悪と言わざるを得ません。
因果応報は第一話で死んだ友達にも言えること。
勘違いで餡子と小倉くんを殺してしまった老婆(=ぬりえちゃん)が「魔法で生き返らせてあげる」と申し出るや、ずん田くんは「願いで人が生き返るならそこの二人より生きてて欲しい人がおれには居るんだ」と抗っていじめっ子の村雨くんを撃ち殺し、うぐいすさんも「死んだばかり過ぎて囚われてたけど、やっぱり人より自分のことかなって」といけしゃあしゃあ開き直り、魔法で十億円を出してほしいと要求しました。
魔女の子供は最初のきっかけを作っただけ、あとは何もしていません。
勝手に殺し合って自滅したのです。
夏子が全てを思い出すのは第六話『私の育った落書きだらけの町』。このエピソードでぬりえちゃんと夏子は決別し、修行を終えたぬりえちゃんは魔法の国へ帰ってしまいました。誰しも避けて通れぬ幼年期の終わりが、夏子にもやってきたのです。
ならば本作のキャッチコピー、「地獄は歩いてこない」は何を意味するのでしょうか?
- 著者
- ["矢部 嵩", "小島 アジコ"]
- 出版日
作中にて、ぬりえちゃんは何度も「地獄は歩いてこない」と言います。これは魔女の家の合言葉にもなっており、夏子の運命を変えてしまった、決定的な一言でもありました。
幼かった夏子はそれが人助けだと信じ、ぬりえちゃんと共に様々な罪を犯しました。
第一話では大事な友人を見殺しにした上に存在そのものを忘れ、第三話ではM子ちゃんのお父さんの遺体を損壊し、第四話ではビルマくんを欺いて四肢切断の手術を受けさせ、第五話では奥さんの殺人計画にそうとは知らず加担してしまいます。
極め付けは第六話『私の育った落書きだらけの町』。ある女の子の飼い猫探しを手伝っていた夏子はその最中に重大なミスを犯し、彼女もろとも変質者に誘拐されます。ぬりえちゃんの魔法のおかげでギリギリ命拾いしたものの、怖い思いをした女の子は心身に深い傷を負い、夏子は残り一生罪悪感に苦しむことになりました。
「私、地獄行きなんです。取り返せないくらい悪いことして、だから死んだら地獄なんです。なんか」
誘拐未遂に遭った女の子だけではありません。M子ちゃん、ビルマくん、奥さん……夏子とぬりえちゃんが魔法でめちゃくちゃにした人たちは、あの後どうなったのでしょうか?
そもそも夏子が魔法のステッキを拾わなければ、ぬりえちゃんちに皆で行くきっかけを作りさえしなければ、大好きな小倉くんや親友の餡子、ずん田くんうぐいすさん村雨くんは死なずにすんだのです。
ぬりえちゃんとお別れしたあとも夏子の人生は続きます。完膚なきまでに魔法が解けてしまったあとも、人生は続くのです。
大人になってしまった以上、無知で無邪気で無責任な子供のままでいることは許されません。故に夏子は耐え難い罪の意識と共にぬりえちゃん不在の現実を生きていかねばならず、人殺しとも人殺しの手伝いとも関わりのない普通の人のふりをしながら、予定調和の地獄にゆっくり歩いていきます。
就職・結婚・出産・育児・家族との死別……様々な出来事を経てすっかり年老い、認知症で朦朧としている事が多くなった夏子の前に、嘗てと同じ姿をした魔女の子供がホウキに乗って現れ、元気に手をさしのべて言いました。
「地獄は来ないよ。歩いて行くの。あなたがあなたを許せないなら、地獄へだって歩いていいんだよ!」
物語のラスト。
ぬりえに導かれ過去の世界へ戻った夏子は、ステッキを届けにやって来た子供時代の自分と会い、「呼び鈴を押して、何を訊かれても、地獄は来ないと答えるの。判った?」と助言しました。
小3の自分を追い返しやり直すこともできたのにそうはせず、自分の罪を罪として受け止め、地獄へ続く道を踏み固めたのです。
罪の受容プロセスは5段階に分かれており、「1. 否認 · 2. 怒り · 3. 取り引き · 4. 抑鬱 · 5.受容」となっています。その最終段階に至った夏子が自分の人生と不可分なものとして罪と罰を受け入れ、最後の最後で愚行権を行使するのも、清濁併せ呑む人間らしさの一端。
地獄への道は善意で舗装されていると言います。
ならば夏子が歩く道は、ぬりえちゃんとの友情で舗装されているのではないでしょうか?
これから犯す罪とぬりえちゃんに会えない人生を天秤にかけ、夏子は友達を選びました。
夏子たちが暮らす町の名前が自由町=自由帳なのも意味深。してみるとぬりえちゃんは真っ白な夏子のページを野放図に彩った存在であり、時間遡行によるエンドレスループが夏子の妄想だろうと現実の出来事だろうと、何かを願って描き直すことは畢竟自由なのです。
第六話のタイトル『私の育った落書きだらけの町』を鑑みても町の至る所にぬりえちゃんと過ごした痕跡が残っているはず。それを消したり上書きせず、ぐちゃぐちゃの落書きをそのままに自由帳を閉じるのが、夏子の選んだ終わり方でした。
夏子が全てを無に帰すご都合主義なハッピーエンドを拒絶し、ぬりえちゃんと手を取り合って地獄へ歩いて行くラストのエモさは、『魔女の子供はやってこない』の読後感を唯一無二のものにしています。
- 著者
- ["矢部 嵩", "小島 アジコ"]
- 出版日
- 著者
- ["矢部 嵩", "小島 アジコ"]
- 出版日
矢部崇『魔女の子供はやってこない』を読んだ人には『〔少女庭国〕』をおすすめします。
本作は2014年にハヤカワ文庫JAから刊行された作品。
卒業式当日に謎の立方体の部屋に転移した女子中学生たち。謎の張り紙曰く、脱出できるのは1人だけ……そこで生き残りを賭けたデスゲームに発展すると思いきや、一から文明を築き上げていきます。
矢部崇の奇想が詰まった異端の建国小説、ぜひ読んでください。壮大なスケールの思考実験が楽しめます。
- 著者
- ["矢部 嵩", "焦茶"]
- 出版日
続いておすすめするのは一肇『フェノメノ』。『魔女の子供はやってこない』が小学生を主人公にしたジュブナイルホラーなら、本作はヘタレ学生×電波JKの活躍を描いた青春オカルトホラー。
オカルトマニアのナギと暴走ヒロインの夜石のコンビが、曰く付きの心霊スポットを探索しながら怪異の謎を解き明かしていくストーリーは、『魔女の子供はやってこない』に負けず劣らずエキサイティングでした。
青春オカルトホラーの隠れた名作 一肇『フェノメノ』ネタバレ徹底解説
2015年から2016年にかけ星海社 e-FICTIONSから全5巻刊行された一肇『フェノメノ』。 嘔吐癖持ちの電波少女とヘタレオカルトマニア学生のバディが心霊スポット探索の過程で怪異に巻き込まれる本作は、一肇の代表作といっても過言ではないエンタメ性と完成度を誇り、現在も根強いファンに愛されています。 今回は一肇『フェノメノ』のあらすじや魅力をネタバレありで徹底解説していきます、最後までお付き合いください。
- 著者
- ["一 肇", "安倍 吉俊"]
- 出版日