2015年から2016年にかけ星海社 e-FICTIONSから全5巻刊行された一肇『フェノメノ』。 嘔吐癖持ちの電波少女とヘタレオカルトマニア学生のバディが心霊スポット探索の過程で怪異に巻き込まれる本作は、一肇の代表作といっても過言ではないエンタメ性と完成度を誇り、現在も根強いファンに愛されています。 今回は一肇『フェノメノ』のあらすじや魅力をネタバレありで徹底解説していきます、最後までお付き合いください。

主人公は静岡の田舎から上京してきた青年・山田凪人(ナギ)。現在は武蔵野市で一人暮らしをしながら皇鳴学園大学に通っているものの、まだ友人はできていません。
ある日のこと……オカルトサイト「異界ヶ淵」のオフ会に参加したナギは、古参メンバーたちと親睦を深める中で、あたかも都市伝説のように語られる存在・美鶴木夜石の噂を耳にします。
曰く「夜石に出逢った奴は七日後に死ぬ、夜石は生きた人間じゃない、夜石が参加したオフ会は恐ろしい結末を迎える」などなど……。
彼女を巡る不吉な憶測は尽きず、内心ヘタレビビリなナギは震え上がります。
オフ会を切り上げ店を後にしたナギは、ファミレスの窓に張り付いてじっと中を覗き込む、あからさまに不審な少女を目撃します。実は彼女こそが美鶴木夜石その人でした。
行きがかり上一緒に帰ることになったナギが今借りている家の家賃が異常に安いと話すと、夜石はそこが有名な事故物件「願いの叶う家」だと言い、半ば強引に住まいまで付いてきます。
すると夜石はいきなり嘔吐し、ナギの家に隠された恐るべき秘密をたちどころに看破。
以来夜石と腐れ縁ができてしまったナギは、怖いもの知らずな彼女の心霊スポット探索に付き合わされ、行く先々で想像を絶する怪異に襲われることに。
「異界ヶ淵」の管理人クリシュナこと栗本詩那、女性占い師の鴉、骨董商兼拝み屋の滝田佐居らも絡んで、ナギと夜石の真夜中の冒険が幕を開けるのでした。
登場人物紹介
総合評価(☆5満点)
- 著者
- ["一 肇", "安倍 吉俊"]
- 出版日
一肇『フェノメノ』は2015年から2016年にかけ、星海社 e-FICTIONSから全5巻刊行されました。イラストは『灰羽連盟』で有名な安倍吉俊の描き下ろし。女優の栗山千明が朗読を担当した第一章『願いの叶う家』も必聴。
さらにはビジュアルノベル版と題し、無料ゲームも公開されています。
タイトルの「フェノメノ」は「現象」「事象」「出来事」を意味するポルトガル語から。英語の「phenomenon」に由来し、「怪物」「超常現象」「驚異」「奇才」「逸材」などの意味も持ちます。
以下、特設サイトで閲覧できる全5巻の内容です。
- 著者
- ["一 肇", "栗山 千明", "安倍 吉俊"]
- 出版日
一肇は元「ニトロプラス」所属のシナリオライターで、他の著作に『幽式』(ガガガ文庫)『桜ish―推定魔法少女―』(角川スニーカー文庫)などがあります。『小説版 魔法少女まどか☆マギカ』(Nitroplus Books)や『僕だけがいない街 Another Record』(KADOKAWA)他、アニメ・漫画のノベライズも手掛けました。
本作『フェノメノ』はガガガ文庫から刊行された『幽式』と世界観を共有する姉妹編に当たり、「異界ヶ淵」の管理人クリシュナと鴉、篁亜矢名が双方に登場します。
- 著者
- 一 肇
- 出版日
- 2008-11-18
本作の最大の魅力はありとあらゆる怪異を詰め込んだ青春怪談小説(ホラー)のキャッチコピーに偽りなく、ナギと夜石の関係性を軸にした青春オカルトホラーであること。
主人公のナギは無類のオカルトマニアであるものの、実際の心霊現象には全く耐性のないヘタレビビリ。対するヒロインの夜石は猪突猛進の電波少女で、夜毎の心霊スポット探索にナギを連れ回します。
一見対照的なコンビですが、ナギが夜石の暴走を制し、夜石がナギの霊障解決を手伝っていることを考えると、案外相性は良いのかもしれません。
肝試しなんて不謹慎な、いたずらに霊を刺激するなと思われる方もいるでしょうが、これにはちゃんと理由があるのでご安心を。
大前提として、二人は興味本位で心スポ巡りをしているわけではありません。
ナギたちが怪異の探求に情熱を注ぐ理由はそれぞれの生い立ちや人格形成の核に根差しており、無謀な行動に説得力を持たせる、シリアスな動機付けがなされています。
言ってしまえば本作は、ナギと夜石が様々な恐怖体験を通じて肉親と死に別れた過去と向き合い、その喪失感や葛藤を乗り越え、アイデンティティーを確立していく物語。
二人の不器用な距離の縮め方、じれったくもどかしい仲の進展にも注目。
お人好しで情に脆いナギは、夜石の生活能力のなさと言動の危なっかしさを心配し、3巻からアパートのロフトに居候させます。
さりとて風呂嫌いで体が臭く、所構わず吐きまくる夜石が相手では一線を越えるどころか甘い雰囲気になるはずもなく、腐れ縁以上相方未満の微妙な距離感を同居中も行ったり来たり。
ずぼらで無気力な夜石を世話するナギの苦労はひとしおで、彼が目隠しして夜石をお風呂に入れるエピソードは、微笑ましいやら面白いやらどんな顔をして見ればいいかわかりません。
ナギの面倒見の良さは彼の最大の長所にして短所。初対面の相談者に親身に接し、時に怪異でさえも労わらずにいられない優しさは、ともすれば悪霊に付け入る隙を与えてしまいかねません。
その一方で人の悪意に拒絶反応を起こす夜石の心を徐々に溶かし、遂には「初めての友達」と彼女が認めた上で信頼を寄せるまで、確かな絆が深まっていきました。
ナギと夜石以外にも個性的なキャラクターが揃っています。
国内最大級のオカルトサイト「異界ヶ淵」管理人・クリシュナは全力で二人をサポートし、オフ会皆勤賞の酒豪の占い師・鴉はナギの心が折れそうになるたび発破をかけ、胡散臭い見た目に狡猾な本性を秘めて立ち回る佐居も、折にふれ知恵を貸してくれました。
複数の事件に跨り暗躍する亜矢名の思惑、夜石の乗っ取りを企むラスボスの胎動も見逃せません。
時系列をずらし読者を欺くミスリードの巧みさ、二転三転するどんでん返しの見事さ、細部まで考え抜かれた構成の素晴らしさは圧巻の一言。
些かマイナーな知名度を鑑みても、不当に評価が低い名作であると断言します。
洒落怖的怪異への現代的アプローチや、古今東西のホラーに対する作者の熱量が込められている所も大きな加点ポイント。
怪異の発生ロジックを洗練されたフォーマットに落とし込んだストーリーは、因果の辻褄を合わせる思考実験の楽しみを併せ持ち、考察が捗りました。
作中に張り巡らされた伏線と登場人物を絡め取った因縁がドラスティックに錯綜し、怒涛のクライマックスを経て収束するラストのカタルシスは、ぜひあなた自身の身をもって体験してください。
- 著者
- ["一 肇", "安倍 吉俊"]
- 出版日
本作を支えているのは異色ヒロイン・美鶴木夜石の型破りな魅力。
人の悪意に拒絶反応を起こす体質故に所構わず嘔吐する癖を持ち、学校では孤立気味の電波少女。「異界ヶ淵」メンバー間では「夜石に出逢った奴は七日後に死ぬ、夜石は生きた人間じゃない、夜石が参加したオフ会は恐ろしい結末を迎える」と囁かれ、一種の都市伝説化しています。
キラキラ光るゲロを撒き散らし、冷たい無表情に輪をかけて冷たい闇色の瞳で危険に突っ込んでいく……。
そんな自殺行為に等しい夜石の奇行こそ、『フェノメノ』を青春怪談小説の最高傑作足らしめる尖った個性。
実は美鶴木夜石は彼女の本名ではありません。親に貰った本当の名前は彌子。数年前に起きた一家惨殺事件の唯一の生き残りにして、最凶の悪霊・常夜石をその身に宿す依代でした。
常夜石は人から人へ憑き渡り、計算し尽くされた純粋な悪意によって、宿主の負の感情を増幅する怪物。少年時代の佐居に憑依し、彼の両親を無理心中に追いやった元凶でもあります。
佐居が夜石を監視していた目的は常夜石への復讐……両親の仇を消滅させることが彼の悲願でした。
不幸にも常夜石の新たな器に選ばれてしまった彌子は、両親と姉を失ったショックで恐怖心が麻痺して以降、生きている実感を得られぬままひたすらに怪異を追い求めてきました。
それは悪霊に取り殺されることで家族の後を追いたいと望む、彼女なりの贖罪だったのかもしれません。
最終巻にて常夜石と対峙したナギは、夜石を殺して世界を救うか、夜石を救って世界を滅ぼすか、究極の決断を迫られます。
その前段で普通に笑えていた彌子の過去を目の当たりにし、一家惨殺に至る事件の真相を知ってしまったナギには、あまりに辛い選択です。
霊は己の存在が幽かであるからこそ意味を求める。
自他の認識の乖離が人の本質を歪めるように、此岸と彼岸の認識のズレは霊の在り方に影響を与え、生前確かにあった幸せな記憶や喜びの感情まで、強烈な負の思念で上書きしてしまいます。
愛する家族と本当の名前を奪われた夜石もまた、自分が生まれてきた意味と、今生きていることが許される理由を求め続けていました。
はたしてナギは常夜石の邪悪な計画に打ち克ち、夜石をこちら側の世界に引き戻せるのでしょうか?
- 著者
- ["一 肇", "安倍 吉俊"]
- 出版日
- 著者
- ["一 肇", "安倍 吉俊"]
- 出版日
- 著者
- ["一 肇", "安倍 吉俊"]
- 出版日
- 著者
- ["一 肇", "安倍 吉俊"]
- 出版日
- 著者
- ["一 肇", "安倍 吉俊"]
- 出版日
- 著者
- ["一 肇", "安倍 吉俊"]
- 出版日
一肇『フェノメノ』を読んだ人には同作者の姉妹編『幽式』をおすすめします。
本作は2009年にガガガ文庫から刊行されたホラー小説。『フェノメノ』のプロトタイプに位置付けられ、一部登場人物と世界観を共通しているものの、よりストレートで疾走感のある青春ものに仕上がっています。
オカルトマニアの少年と転校生の電波美少女は、地元で噂の首吊り鉄塔や赤い部屋の謎を解き明かせるのでしょうか?
- 著者
- 一 肇
- 出版日
- 2008-11-18
続いておすすめするのは黒史郎『怪談撲滅委員会 幽霊の正体見たり枯尾花』。
2014年に角川ホラー文庫より刊行された学園ホラー小説で、同作者が手掛けた『幽霊詐欺師ミチヲ』のスピンオフに当たります。
超ド級の怖がりである大神澪は、七不思議改め二十一の怪談が語り継がれる白首第四高校に入学以来、恐怖を感じると異常な速さで髪が伸びる特殊体質をひた隠し、人目を避けて過ごしてきました。
にもかかわらず俺様ドS全開な不良の雲英に脅され、「怪談撲滅委員会」と称する怪しさ爆発の課外活動に引っ張り込まれてしまい……!?
続編の『怪談撲滅委員会 死人に口無し』と合わせてお楽しみください。
- 著者
- 黒 史郎
- 出版日
- 著者
- 黒 史郎
- 出版日