現代の悩みを小説形式で考える哲学シリーズ。 今回は、努力しても手応えを感じられない若手社会人の物語です。 通勤電車で英語を聴き続けて半年、成果は見えない。 「これ、いつ意味が出るんだろう」という問いが、日に日に重くなる。 努力とは、成果が出るまで「無意味な時間」なのだろうか。 その疑問を、デューイの哲学に重ねてみたい。 経験は断片ではなく、連続している——。 本記事では、ある若手社員のストーリーを通じて、努力と成果の関係を捉え直すヒントを探ります。

翔太はイヤホンを外し、スマートフォンの画面を閉じた。
英語のリスニング教材。通勤電車の往復40分、毎日欠かさず続けて半年になる。
けれど、手応えがない。
会社で英語を使う場面はまだない。TOEICのスコアは50点上がったが、目標にはほど遠い。海外案件を担当する先輩たちの会話を聞いても、自分がそこに加わる未来がうまく描けなかった。
帰宅後は単語帳を開く。週末はオンライン英会話を予約する。続けている。確かに続けている。
なのに、どこにも届いていない気がする。
「これ、いつ意味が出るんだろう」
声に出したわけではない。けれど、胸の中で何度も繰り返した問いが、最近は重くなっていた。
金曜日の夕方、翔太は村瀬に声をかけられた。
「来週の1on1、少し早めにやらないか。今日このあと、時間あるか」
村瀬は翔太の直属の上司で、入社8年目。落ち着いた話し方をする人で、部下の話を遮らずに聞くことで知られていた。
会議室に入ると、村瀬はコーヒーを差し出しながら言った。
「最近、どう。仕事以外のことでも何かあれば聞くけど」
翔太は少し迷ってから口を開いた。
「仕事は大丈夫です。ただ……自分で続けている勉強が、最近しんどくて」
「英語だっけ。続けてるって聞いたけど」
「はい。半年くらいになります。でも、正直、意味があるのか分からなくなってきて」
村瀬は頷いた。
「意味がない、というのは、どういう感覚?」
「成果が出ない、というか……。やってもやっても積み上がっている気がしないんです。いつ使えるようになるのか分からないまま続けていて、このままでいいのかなって」
翔太は自分でも驚くほど正直に話していた。普段は「頑張ってます」で済ませる場面だ。けれど村瀬の聞き方が、言葉を引き出していた。
「なるほど。『成果が出たら意味がある、出なければ意味がない』という感じかな」
「……そうだと思います」
「それはつらいな」
村瀬はそう言って、少し黙った。
「俺も似たようなことがあったよ」
村瀬は窓の外に目を向けながら言った。
「入社2年目のとき、プログラミングを独学で始めたんだ。当時の部署は営業寄りで、コードを書く機会なんてほぼなかった。でも、なんとなく将来役立つかもと思って、毎晩少しずつやっていた」
「どれくらい続けたんですか」
「2年くらいかな。でも、全然使わなかった。異動もなかったし、業務でプログラミングが必要になる場面もなかった。正直、何度もやめようと思った」
翔太は村瀬の横顔を見た。今の村瀬からは想像しにくい話だった。
「『こんなことして何になるんだろう』って、毎週のように思ってた。成果が出ないと、努力が空回りしているように感じるんだよな」
「……分かります」
「でも、あるとき気づいたことがあった」
村瀬は翔太の方を向いた。
「大学のとき、哲学を専攻していたんだけど、その頃に読んだ本を思い出したんだ。デューイという哲学者がいて、教育や経験について考えた人なんだけど」
「デューイは、経験というのは断片じゃなくて連続していると考えた」
村瀬はメモ用紙を一枚取り出し、ペンを手に取った。
「俺たちは普通、こう考える」
紙の左側に「努力」と書き、右側に「成果」と書いた。その間に矢印を引く。
「努力して、成果が出る。成果が出れば意味がある。出なければ意味がない」
翔太は頷いた。まさに自分が考えていたことだった。
「でも、デューイの見方は違う」
村瀬は紙の下半分に、別の図を描いた。
「今日の経験」「明日の経験」「その次の経験」と横に並べ、それぞれを矢印でつないでいく。
「経験は連続している。今日やったことは消えない。明日の自分に影響を与え、その次の自分にもつながっていく。成果が出るかどうかとは別の話として、経験は連続して積み重なっていく」
翔太は紙を見つめた。
上の図と下の図。同じ「努力」を、まったく別の構造で捉えていた。
翔太は反論した。
「でも、それって気休めじゃないですか。経験が連続してるって言われても、結局、成果が出なきゃ意味ないって思っちゃうんです」
村瀬は頷いた。
「そう思うよな。俺もそう思った」
「じゃあ、どうやって納得したんですか」
「納得したというか……あるとき、問いの立て方を変えたんだ」
村瀬はもう一度ペンを取り、紙の余白に書いた。
「今日やったことは、どこへ行く?」
「どういう意味ですか」
「『いつ成果が出るか』を問い続けると、出るまでの時間がぜんぶ『まだ意味がない時間』になる。でも、『今日やったことはどこへ行くか』を問うと、答えは変わる」
村瀬は自分で書いた問いを指さした。
「今日やったことは、消えるのか。それとも、残るのか。残るなら、どこに残るのか」
翔太は黙った。
「俺がプログラミングを続けていたとき、成果は出なかった。でも、コードを書く時間は残った。論理的に考える癖、エラーを一つずつ潰していく忍耐、そういうものが身についていた。それは『プログラミングができるようになった』という成果とは違うけど、消えてはいなかった」
「デューイは、成長には終点がないとも言っている」
村瀬は続けた。
「何かができるようになったらゴール、じゃない。成長はずっと続くプロセスで、今この瞬間もその中にいる。だから、『いつ意味が出るか』じゃなくて、『今、自分はプロセスの中にいる』という捉え方になる」
翔太は村瀬が描いた二つの図を見比べた。
上の図は、矢印が「成果」で止まっている。
下の図は、矢印がずっと続いている。
「成果が出るかどうかは、分からない。出るかもしれないし、出ないかもしれない。でも、経験が連続しているという事実は変わらない。やったことは消えずに、次につながっていく」
村瀬はコーヒーを一口飲んだ。
「と、まあ、偉そうに言ってるけど、俺も完全に納得してるわけじゃないよ。今でも『これ意味あるのかな』って思うことはある。ただ、問いの立て方を変えたことで、少し楽になった」
村瀬が「完全には納得していない」と言ったことに、翔太は不思議と安心した。
翔太は帰り道、村瀬さんが書いた紙を思い出していた。
「今日やったことは、どこへ行く?」
正直、すぐに納得できたわけではない。「成果が出なければ意味がない」という感覚は、まだ体のどこかに残っている。
けれど、一つだけ気づいたことがあった。
自分は「いつ意味が出るか」ばかりを問い続けていた。その問いの立て方自体が、努力を苦しくしていたのかもしれない。
駅の階段を降りながら、翔太はふと考えた。
村瀬さんは、プログラミングを通じて「論理的に考える癖」や「エラーを潰す忍耐」が身についたと言っていた。成果とは別の場所に、何かが残っていたと。
自分はどうだろう。
毎朝、通勤電車の40分をリスニングに充てるようになってから、時間の使い方が変わった気がする。昼休みの10分、帰宅後の30分、週末の隙間。以前は何となく過ぎていた時間に、輪郭が生まれた。
仕事でも、締め切りから逆算してタスクを割り振る癖がついていた。限られた時間で英語学習を続ける中で、業務の優先順位を意識するようになったからだ。
英語力が上がったかどうかとは別に、時間を配分する感覚が身についている。それは「成果」とは呼べないかもしれないが、消えてはいない。
村瀬さんの言葉が、少しだけ実感を持った。
週明け、翔太はいつも通りイヤホンをつけて電車に乗った。リスニング教材の再生ボタンを押す。
聞き取れる単語がある。聞き取れない単語もある。
半年前と比べれば、聞き取れる割合は増えている。それは事実だった。
「これは消えない」
翔太は小さく呟いた。今聞いているこの音声、今拾っている単語、それは経験として連続していく。成果とは別の場所に、確かに残っていく。
努力の意味を「将来」に預けるのをやめ、「今ここ」に置き直す。
それだけで、イヤホンの重さが少し変わった気がした。
三か月後、翔太のTOEICスコアは少し上がった。目標にはまだ届いていない。
海外案件を担当する機会も、まだ来ていない。
けれど、翔太は勉強を続けていた。
以前と変わったのは、「いつ意味が出るか」と問わなくなったことだった。
リスニングの時間は、将来のための我慢ではなくなっていた。今日聞いた音声、今日覚えた表現、それ自体が経験であり、明日に連続していく。
努力の意味は、未来に届いたときに発生するのではない。やっている今、すでにプロセスの中にいる。
翔太はイヤホンをつけ、再生ボタンを押した。
成果が出るかは分からない。でも、今日やったことは消えない。
その確かさが、翔太の足を動かしていた。
ジョン・デューイ(2004)『経験と教育』(市村尚久 訳)講談社
- 著者
- ["ジョン・デューイ", "市村 尚久"]
- 出版日
記事の中心となった「経験の連続性」の概念が凝縮された一冊です。デューイは本書を通じて、経験には「連続性の原理」があると説きました。今日の経験は昨日の経験を受け継ぎ、明日の経験へとつながっていく。この視点に立てば、成果が出るかどうかとは別に、経験そのものが意味を持つことになります。本文で上司の村瀬が翔太に語った内容は、まさにこの原理に基づいています。原著でありながら200ページに満たない分量で、デューイの教育哲学を最も端的に示す代表作といえます。「努力しているのに手応えがない」という感覚を抱えている方にとって、問いの立て方を変えるヒントが見つかるかもしれません。
上野正道(2022)『ジョン・デューイ 民主主義と教育の哲学』岩波書店
- 著者
- 上野 正道
- 出版日
2022年刊行の新しい入門書です。デューイの生涯をたどりながら、彼の思想がどのように形成され、展開していったかを一冊で概観できます。本書では「経験の連続性」や「成長」といった概念が、デューイの思想全体の中でどのような位置を占めるのかが丁寧に解説されています。記事を読んで「経験の連続性」という考え方に興味を持った方が、その背景や広がりを知るための次の一歩として適しています。デューイは教育思想家として知られますが、本書を読むと彼の関心が教育にとどまらず、民主主義や社会のあり方にまで及んでいたことが分かるはずです。
伊藤邦武(2016)『プラグマティズム入門』筑摩書房
- 著者
- 伊藤 邦武
- 出版日
デューイを含むプラグマティズム全体の見取り図を示す入門書です。プラグマティズムとは、19世紀後半のアメリカで生まれた哲学の潮流で、「真理とは何か」を抽象的に問うのではなく、「それは実際に役立つか」という観点から考える立場を意味します。本書では、創始者パースから、ジェイムズ、デューイ、そして現代の展開までを網羅しています。デューイの「経験の連続性」という発想も、このプラグマティズムの文脈の中で生まれました。記事で紹介した考え方を哲学史の中に位置づけて理解したい読者に適した一冊です。