森鴎外のおすすめ作品7選!青空文庫で無料で読める!

更新:2021.12.15

森鴎外は夏目漱石と並んで近代日本文学を代表する小説家です。昔の文学を普段あまり読まない方、難しく考えないでください。鴎外の作品はとてもドラマティック。現代でも楽しめるものがたくさんあります。 ところで、青空文庫についてご存知ですか?これは、著作権が消滅した作品のテキストを無料で公開しているインターネット上の電子図書館です。 今回は、青空文庫で読める森鴎外のおすすめ小説を集めてみました。味わい深い世界観をお楽しみください。

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エリート軍医にして、小説家。多彩すぎる男、森鴎外

森鴎外は1862年から1922年まで生きた小説家です。つまりまだ江戸時代のころに生まれているのです。実家は津和野藩で代々御典医(大名に召し抱えられた医師)をしていました。

明治に時代が移り変わっても、森鴎外は家業の医師を目指し、東京医学校に進みます。しばらく父の診療所を手伝ったのち、陸軍省に入り、軍医として活躍。その後ドイツに留学し、衛生学を学びました。

森鴎外は帰国後、陸軍省で医学教官を務める傍ら、医学方面でのジャーナリズム活動や、ヨーロッパ文学の膨大な翻訳、そして小説執筆と旺盛な文筆活動を展開します。さらにドイツ美学について論じたり、美術審査の仕事も行いました。

軍医として日露戦争にも出征し、のちに陸軍省医務局長に就任するという表のキャリアのほかに、文化方面でもあまりに多くの仕事を受け持ってきた森鴎外。文学者としても、歴史小説、私小説、現代小説、詩に短歌と広いジャンルを手掛けています。ここで紹介するのはそんな森鴎外の作品のほんの一部。彼のキャリアを知ると、とても難しそうな作品ばかりのような気がしてくるかもしれませんが、現代でも楽しめ、考えさせられるのが鴎外作品なのです。

森鴎外の代表作。人買いにさらわれた幼い姉弟の運命は……。『山椒大夫』

『山椒大夫』は森鴎外の代表作。山椒大夫というのは人買いの名前であり、実際の主人公は彼に買われた子ども、姉の安寿と弟の厨子王です。

舞台は平安時代。行方不明になった夫を探すため、旅を続けている女がありました。彼女には召使いと、幼い子供達、安寿と厨子王が連れ添っています。泊るところがなく、困っていた親子に話しかけてきたのは山岡太夫という船乗りでした。親切そうに一晩の宿を与え、旅路の相談にも乗ってくれたこの男。しかし母親と召使、子供たちを別々の船に乗せたところから様子が変わってきます。

実はこの山岡太夫は人買いでありました。こうして母親と子供たちは引き離されてしまいます。泣いてばかりでやせっぽちの安寿と厨子王はなかなか買い手が付きませんが、最終的に丹後の山椒大夫といわれる男の手に渡ります。互いに励ましあい、いつか父と母との再会を心に誓う二人。やがて安寿は自分の身を犠牲にして、厨子王を逃がそうとします。
 

著者
森鴎外
出版日
2014-02-27

「お母あさまとご一しょに岩代を出てから、わたしどもは恐ろしい人にばかり出逢ったが、人の運が開けるものなら、よい人に出逢わぬにも限りません。お前はこれから思いきって、この土地を逃げ延びて、どうぞ都へ登っておくれ。」(『山椒大夫』青空文庫より引用)

厨子王は姉の身を案じますが、安寿の強い意思は変わりません。後ろ髪を引かれる思いで都を目指す厨子王。彼は無事逃げ延び、母親と父親に再会できるのでしょうか?

この話は説話「さんせう太夫」に題材をとっており、森鴎外のオリジナルではありませんが、説話の方に比べ残酷描写が少なく、兄弟や親子のきずなが美しく書かれている感動的な話になっています。

貧困、安楽死……現代にも通じる社会問題を扱った重厚な歴史短編『高瀬舟』

『高瀬舟』もまた森鴎外の代表作です。この罪人を運ぶ船に、ある日一人の男が乗ってきます。彼の名は喜助。弟を殺した罪で島送りになったのです。高瀬舟に乗せられる罪人は、当然ですが暗い顔をしているのが常。しかしこの喜助の表情は晴れやかでした。護送係の同心羽田庄兵衛は疑問に感じ、訳を尋ねます。

喜助の語る、弟との暮らしは貧困のどん底でした。稼いでも稼いでも借金の返済に消えていく賃金、やがて弟は病で働くこともままならなくなります。兄の足手まといになることを苦にした弟は刃物をのどに突き立てるのですが……。

著者
森 鴎外
出版日

「どうぞ堪忍してくれ。どうせなおりそうにもない病気だから、早く死んで少しでも兄きにらくがさせたいと思ったのだ。笛を切ったら、すぐ死ねるだろうと思ったが息がそこから漏れるだけで死ねない」(『高瀬舟』青空文庫より引用)

ぬけだせない貧困、家族を思いやっての自殺、そして身内の苦しみを見かねての殺人。これは時代小説ですが、現代を生きる私たちにも身近な社会問題を感じさせてくれる森鴎外の短編です。喜助の弟がのどを切るシーンの痛ましさは何度読んでも鳥肌が立ちます。
 

理不尽すぎる武士の世界。体面という病で滅びる一族を描いた傑作『阿部一族』

『阿部一族』は森鴎外の歴史小説です。肥後藩で実際に起きた事件を題材にしています。森鴎外の作品では史実にモデルを取った作品が多いですが、これもその一つです。

『阿部一族』は肥後藩の家臣、阿部家が滅亡する悲劇を描いた作品です。悲劇の発端は、肥後藩藩主細川忠利が重い病に罹ったことです。病気の進行を知った家臣は次々と殉死をし、忠義を示します。この作品の前半には多くの殉死者が死に至る場面が描かれます。特に忠利の愛した若年の家臣、内藤長十郎の死にざまは格調高く書かれており、哀れを誘います。

殉死を許可した忠利の胸の内には、信頼していた彼らの死を惜しむ気持ちもあれど、一方で殉死を遂行せねばかれらは不忠者とののしられるであろうという複雑な心境があったのです。さて、老臣の臣の阿部弥一右衛門もまた、忠利に殉死を申し出ますが、忠利はこれを却下します。

著者
森 鴎外
出版日

弥一右衛門は優秀ながらなんとなく忠利にとって「合わない」人間だったのです。たびたびの殉死の願いも退けられ、やがて忠利は亡くなります。すると殉死しない弥一右衛門に対し、周囲からは「命が惜しいのだ」という、陰口がたたかれるようになるのです。憤慨した弥一右衛門はある日、家族を集め、その場で切腹してみせるのでした。

「そこでその死なぬはずのおれが死んだら、お許しのなかったおれの子じゃというて、おぬしたちを侮あなどるものもあろう。おれの子に生まれたのは運じゃ。しょうことがない。」(『阿部一族』青空文庫より引用)

ところが、今度は亡き殿の言いつけに背いて殉死をしたということで普通の殉死者とは一段低い扱いを受けてしまうのです。侮辱を受けたと感じた阿部家の長男権兵衛は忠利の一周忌の場で髷を切り落とします。

ドミノ倒しのように阿部家へのバッシングが連なり、最終的にはある一家を滅亡させてしまう悲劇。殉死という忠義の塊のような行為の裏に展開される、人の醜さ愚かしさを暴いた傑作です。ちょうど明治天皇の崩御に際し乃木将軍が殉死した時代に書かれた話。実際の事件への問題提起を含んでいる森鴎外の作品です。

難しそうな内容と思いきや、内容に仰天!森鴎外の私小説『ヰタ・セクスアリス』

『ヰタ・セクスアリス』、タイトルはラテン語のvita sexualisをカタカナ表記したもの。なんだか難しそう……と感じますが、これ日本語に訳すると「性欲的生活」となります。つまり、性欲についてかかれた森鴎外の私小説なんです。

主人公は金井湛(しずか)という哲学を勉強している青年で、森鴎外自身を投影していると思われます。夏目金之助(夏目漱石の本名)の『吾輩は猫である』に触発され、自分も何か書いてみようと思った結果、自分の性欲の発展過程について少年期から現在までを書き表すことにしたのです。

この小説、出版当時はタイトルからしても、いかがわしい本だと思われ、発禁処分になったそうです。実際は直接的な性描写はなく、性というものの周辺について淡々と書かれているんですけどね。

著者
森 鴎外
出版日

しかし、その淡々とした文章表現が実に面白いんです。エッチな本を見ていた近所のおばさん、父親の部屋で見つけた性器の部分だけ拡大されたイガガワしい本、男子寮で男に迫られ、危うく手籠めにされそうになった話、吉原での初体験の末、病気が怖くて震えていた話などなど、普通に考えればむちゃくちゃ下世話に聞こえる話題を鴎外はまるで涼しい顔をして書くのですから、逆に滑稽なのです。

「じいさんがそんな事を言ったのは、子供の心にも、profanation である、褻涜(せつとく)であるというように感ずる。お社の御簾の中へ土足で踏み込めといわれたと同じように感ずる。」
(『ヰタ・セクスアリス』青空文庫より引用)

こんな風に、ところどころ英語やらドイツ語やらが混じった難解に見える文章ですが、内容は面白いのでぜひ読んでみてほしいものです。

夜眠れなくなりそう……森鴎外が書く灰色の怪談『鼠坂』

『鼠坂』は森鴎外の傑作怪談です。戦争が盛んにおこなわれていた時代の生臭い恐怖を感じさせてくれます。

鼠坂とは鼠以外は上り下りができないといわれる、窮屈な坂のこと。冒頭、逃げ場のないこの坂の描写が、すでに息苦しさを読者に与えてきます。舞台はこの鼠坂に建てられた成金の家です。満州での戦争で、いろいろあくどいことをして財を成した主人。さて、この家で開かれた建築祝いの席に、一人の新聞記者がいました。酒の席で盛り上がった主人はこの新聞記者が満州で行ったある悪行について語ります。

それは奉天攻撃の前に、住民がことごとく逃げ出した村でのこと。新聞記者の男は、この村に宿をとっていたのですが、夜中に便所に起きたとき、空き家だと思われていた隣の家から物音がすることにが付きます。訝しんで、音の先を確かめると、そこにいたのは大変うつくしい娘でした。器量の良さから兵隊に襲われることを危ぶんで家のものが隠したと思われます。新聞記者はたまらなくなり、彼女を手籠めにします。しかし顔を見られたことが怖くなった彼は、娘を口封じのために始末してしまうのです。

新聞記者にとっては思い出したくない忌まわしい記憶。寝室に案内された彼が見たものとは……。

著者
森鴎外
出版日
2016-07-31

「あの裂けた紅唐紙の切れのぶら下っている下は、一面の粟稈(あわがら)だ。その上に長い髪をうねらせて、浅葱色(あさぎいろ)の着物の前が開いて、鼠色によごれた肌着が皺くちゃになって、あいつが仰向けに寝ていやがる。」(『鼠坂』より引用)

短いながらも、不気味な灰色の雰囲気を持つ森鴎外の怪作です。

語り口の巧妙さが恐怖感を引き立てる!短編小説のお手本のような作品『心中』

『心中』は森鴎外が「お金(きん)」という女性から聞いた本当の話という設定で書かれた作品です。

川桝(かわます)という料理屋でおこった事件の話です。当時店に奉公していた女中は店の2階で寝泊まりしていました。ある雪の晩、お金の同僚のお松とお花が便所に立ちます。

目が覚めてしまったお金はふと、お松とお花以外にも布団が空になっていることに気が付きました。それはちょっとわけありの女中お蝶の布団でした。お蝶は婿がありながら、それが嫌で逃げて川桝にたどりついた娘でした。お蝶には書生の佐野さんという思い人があったのです。

しかし婿はお蝶の実家の商売にとって大切な人物であったようで、何度も親元から帰ってくるよう人が来ているのでした。

一方お松とお花は暗い廊下をこわごわ便所に向かっていました。その中で、彼女たちは不思議な音を聞きます。何の音だろうかといぶかしむ二人ですが、いまいち聞き覚えのない音で正体がつかめません。

「二人は又歩き出した。一足歩くごとに、ひゅうひゅうと云う音が心持近くなるようである。障子の穴に当たる風の音だろうとは、二人共思っているが、なんとなく変な音だと云う感じが底にあって、それがいつまでも消えない。」(『心中』青空文庫より引用)

著者
森鴎外
出版日
2016-07-31

この話は怪談めいていますが、幽霊や怪奇現象は起こりません。話にでてくる登場人物からおおよその筋は読めてしまいます。それなのに、最後まで読み手を引き付ける筆力。なによりすばらしいのが、この『心中』全体に作用している、「ひゅうひゅう」という擬音です。

読者はこの「ひゅうひゅう」という擬音に導かれながら、話を読み進めることでしょう。音の正体があかされそうでなかなかあかされない、読者をじらす後半の語り口は実に見事です。

ちなみにこの「ひゅうひゅう」という擬音は『高瀬舟』にも登場しています。医者であった森鴎外ですから、実際医療の現場でこういう音を聞いていたのかもしれませんね。
 

森鷗外の抽斎愛を感じる『渋江抽斎』

森鷗外は、渋江抽斎という人物像にこの上ない興味を惹きつけられ、ありとあらゆる方法ですべての情報をかき集め調べあげました。抽斎に対して、親愛、畏敬、敬慕などの根深い気持ちがあり、この最高傑作の史伝を仕上げたのです。

抽斎は、医学を伊沢蘭軒、儒教を狩谷エキ斎らに学び、弘前藩医を経て、幕府医学館蠐寿館の講師となり、「医心方」の校訂にあたりました

また考証学に通じ、森立之(りっし)らと『経籍訪古志』(全8巻。日本に伝わる漢籍の所蔵・伝来・体裁等を記したもので、江戸期における書誌学最高の業績ともいえる書)を表し、他に種痘治療法を記述した『護痘要法』などの作品があります。

約30年、よどみなく書き連ねて来た『経籍訪古志』。「経籍」とは漢籍のこと、「志」は現在であれば「誌」とか「目録」とも言います。

抽斎は医者であり、官史であり、経書や諸子のような哲学書も読み、詩文集のような文芸書も読み、多種多様なキャリアを身につけていました。

名前は全善、幼名は恒吉、字は道純、または子良、通称を道純と言います。また、抽斎というのは号であり(今で言うペンネーム)、他にもいくつかの号を使用していた模様です。

生涯で4人の妻を持ち、1人は離縁し、2人は死別し、そして最後の妻である五百は抽斎没後の渋江家を守り、1884年に息を引き取りました。数々の武勇伝を残し、抽斎の手となり足となり誠心誠意支えました。

著者
森 鴎外
出版日
1999-05-17

この史伝は、全部で119節からなり、抽斎という像を明らかにしようとする鷗外のひたむきな奮闘努力が滲み出ています。森鷗外は抽斎家系の墓まで調べ、谷中の感応寺まで足を運びます。

そして抽斎に対して羨望と自立の尊厳を感じ、達成しがたい人間の暖かさ、生きることのぬくもりを痛感したようです。

非常に様々な文筆活動を行った森鴎外。青空文庫では翻訳物を含む彼の100を超える作品が公開されています。ここで紹介したのは比較的読みやすい森鴎外の作品ですが、鴎外って難しくない、おもしろいと思われた方は他の作品も発掘してみてください。

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