【現代の悩みを哲学で解決】誰も見ていないに、姿勢を正してしまうのはなぜか? フーコーの『監獄の誕生』から考える

更新:2026.8.8

現代の悩みを小説形式で考える哲学シリーズ。 今回は、周囲の期待や視線を心の中に抱え込み、一人になっても「正解」を探し続けてしまう結衣の物語です。 誰も見ていないはずの部屋でスマートフォンを触りながら、なぜか背筋を伸ばし、リラックスすることに罪悪感を覚えてしまう。 誰も見ていないはずなのに、なぜ私たちは自分を監視し続けてしまうのか。 ミシェル・フーコーの『監獄の誕生』から考えてみたい。

大学院のときは、ハイデガーを少し。 その後、高校の社会科教員を10年ほど。 身長が高いので、あだ名は“巨人”。 今はライターとして色々と。
LINE

休むのが怖いのは、誰のせい?

夜十一時、照明を落とした職場のワンルームで、結衣はソファに浅く腰掛けていた。

手元のスマートフォンが発する光だけが、彼女の顔を青白く照らしている。画面には、担当している自社の公式SNSのタイムラインが流れていた。

リプライ、引用ポスト、トレンドのキーワード。

指先でスワイプしながら、炎上の火種がないかを確認する。

ようやく業務用の確認を終え、個人のアカウントに切り替えた。友人が旅行の写真を上げている。結衣は反射のように「いいね」を押し、そこでふっと手を止めた。画面を暗くする。

真っ暗になった画面に、無表情な自分の顔が映っている。部屋には誰一人いない。それなのに結衣は無意識のうちに姿勢を正し、脚をきれいに揃えていた。

「誰も見ていないのに」

小さく呟いて、クッションに深く背中を預けようとしたが、なぜか落ち着かない。「ダラダラしている自分」を、どこかの誰かに見咎められているような感覚が消えないのだ。

休日のカフェでも、コンビニへ行くときでさえ、結衣は「ちゃんとした私」を崩せない。

常に誰かの視線を背中に感じ、無意識に採点されている気がする。その見えない視線のせいで、つい肩の力を抜くタイミングを見失ってしまう。

スマートフォンを持ったまま、結衣はしばらく動かなかった。部屋には冷蔵庫の低い唸り音だけが残り、夜がその周りをゆっくりと深くしていった。

夜の美術館と見えない目

翌日の夜、結衣は気分転換のために、夜間に特別開館をしている駅前の小さな美術館を訪れた。

古い銀行の建物を改装したその空間は、重厚な石造りの柱と静寂に包まれていた。

展示室には数人の来場者がいたが、皆それぞれ絵の前で黙って立ち、誰も言葉を発していなかった。

絵の前に立つたびに、結衣は自分がどんな顔をしているかを気にしていた。

真剣そうに見えているだろうか。退屈していると思われていないだろうか。

絵よりも、絵を見る自分の姿ばかりが気になっていた。

順路の最後、吹き抜けになったロビーのベンチに座ってため息をついたとき、不意に声がした。

「お疲れのようですね」

振り向くと、紺色の制服を着た初老の夜間警備員が立っていた。手には懐中電灯と小さなバインダーを持っている。

「すみません、もう閉館時間ですか?」

「いえ、まだ10分ほどあります。ただ、ずっと背中を丸めずに座っていらしたので、息が詰まらないかと」

結衣はハッとして姿勢を少し崩した。見られていたのだと思うと、また背筋が伸びそうになる。

「職業柄でしょうか。誰かに見られていると思うと、きちんとしていないと不安になるんです」

自嘲気味に笑う結衣に、警備員は天井の隅を指さした。そこには、黒いドーム型の監視カメラがひっそりと光っている。

「あのカメラ、じつは動いていないんですよ」

「え?」

「古い型でしてね。録画機能はとっくに壊れているんです。ダミーのようなものです」

警備員は少し悪戯っぽく笑った。

「だけどお客さんは皆、あの下を通るときに少しだけ歩幅を小さくしたり、声を潜めたりする。カメラが動いているかどうかは関係ないんです。そこにあると知った時点で、人は自分自身を見張り始める」

監視者のいない牢獄

「人は、見られているかもしれないと思っただけで、自分の振る舞いを見直してしまうんですね」

警備員はそう言って、天井の隅にある黒いカメラを見上げた。

「私は夜の美術館を見回る仕事をしていますが、見張っているのは本当に私なのか、ときどき分からなくなるんです。カメラがあり、順路があり、静かにしてくださいという空気がある。それだけで、人は自分から声を小さくして、歩き方まで整えてしまう」

結衣は黙って聞いていた。

「そのことを考えるたびに、昔読んだ本を思い出すんです。フランスの哲学者、ミシェル・フーコーの本です」

「フーコー……」

「彼はパノプティコンという刑務所の構造に注目しました。中央に監視塔があって、その周りをぐるりと囚人の部屋が囲んでいる。塔の窓には覆いがあって、囚人からは監視員の姿が見えない」

警備員は懐中電灯の光を床に丸く落とした。

「囚人には、今自分が見られているのかどうか、絶対にわからないんです。だから罰せられないように、いつも『見られている』つもりで行動するようになる」

「見張りがサボっていても、関係ないんですね」

「その通りです。監視者が本当に塔の中にいるかどうかは、もう問題ではなくなる。囚人が自分の頭の中に監視塔を建てて、自分自身を見張り始めるからです」

結衣は、動いていない監視カメラを見上げた。

「でも……それは刑務所の話ですよね」

「フーコーは、そこが大事だと考えました。近代の社会は、人をただ殴ったり縛ったりして従わせるだけではない。学校や職場や病院のような場所で、人が自分から『正しく』振る舞うようにしてきたのだ、と」

「自分から、正しく……」

「たとえば学校です。子どもの頃、先生に言われませんでしたか。『背筋を伸ばしなさい』『手はお膝』と。それを毎日繰り返せば、誰が見ていなくても、椅子に座ると自然に背中が伸びるようになる」

結衣は思わず頷いた。

「職場も同じです。誰も『こうしなさい』とは命令しない。それでも気づけば、『できる社員』の顔をつくり、『できる社員』の声で電話に出ている」

「……命令されていないのに、自分から、ですよね」

「ええ。それが規律というものの上手いところでしてね。叩く必要も、縛る必要もない。人は自分で自分を整えていく。刑務所は、その仕組みがとてもはっきり見える場所だったのだと思います」

結衣は黙って、警備員の顔を見た。

「……ただ」

警備員は少し間を置いた。

「見張っているのが自分自身だとわかれば、たまには見て見ぬふりもできる。自分にだけは、少し甘い看守になっていいんじゃないかと、私は思うんですよ」

警備員はそう言って、小さく笑った。

「自分」という名の看守

帰り道を歩く結衣は、スマートフォンの中に無限に広がるタイムラインを思い浮かべた。

そこには明確な看守など存在しない。ただ「みんなの視線」という実体のない「監視塔」があるだけだ。ずっと私は自分自身を監視室に入れ、鍵をかけていたのだ。

SNSのフォロワーでも、会社の上司でもない。自分を一番厳しく採点し、息抜きさえ許さなかったのは、結衣自身の中にある視線だった。

帰り道、夜風が少しだけ冷たく頬を撫でた。

駅へ向かう人波の中で、結衣はショーウィンドウに映る自分の姿を見た。肩に力が入り、顎を引いた「正しい姿勢」の自分がそこにいる。

結衣は立ち止まり、ゆっくりと息を吐き出して、わざと少しだけ背中を丸めてみた。

明日もきっと、スマートフォンを睨み、見えない視線の重さを感じるのだろう。

それでも頭の中に建っている塔に気づいた今夜のことを、結衣はしばらく忘れないだろうと思った。

結衣は少しだけ歩幅を崩し、ゆっくりと歩き出した。

夜風が、さっきより少しだけ軽かった。

さらに問いを深めるためのおすすめ書籍

ミシェル・フーコー(田村俶 訳)『監獄の誕生〈新装版〉―監視と処罰―』新潮社

著者
["Foucault,Michel", "フーコー,ミシェル", "俶, 田村"]
出版日

警備員が語った「パノプティコン(一望監視施設)」の概念は、本書の第三部「規律・訓練」に登場します。

本書の出発点は、群衆の前で罪人の身体を罰した18世紀の公開処刑です。目に見える暴力が、いつしか目に見えない規律へと姿を変えていく。その流れを本書はたどっています。

フーコーはそこから、監視と規律の仕組みが刑務所だけでなく、学校や工場、軍隊にまで広がっていく過程を丁寧に説明しています。

教室に置かれた机の並びや、職場の評価制度といった見慣れた風景の中に、監視と規律の構造が透けて見えてくる一冊です。

結衣の感じた息苦しさの原因がきちんと言語化された一冊になっています。

ビョンチョル・ハン(横山陸 訳)『疲労社会』花伝社

著者
["ビョンチョル・ハン", "横山 陸"]
出版日

著者であるビョンチョル・ハンは、現代人が抱える疲労の正体を「他者から強いられる労働」ではなく、自分自身が自分に課す過剰な期待だと指摘します。

この命令する者がいないのに走り続けてしまう構造を、彼は「自己搾取」と名付けました。

フーコーが描いたのは「〜してはいけない」と禁じる権力ですが、ハンが見つめるのは「もっと、もっとできるはずだ」と永遠に囁き続ける権力の声です。

「禁止ではなく、無限の可能性こそが人を追い詰める」という、逆転の発想が本書の軸になっています。

150ページほどの小著ながら、結衣の抱えた息苦しさを、フーコーとは別の角度から照らし返してくれる一冊です。

ショシャナ・ズボフ(野中香方子 訳)『監視資本主義: 人類の未来を賭けた闘い』東洋経済新報社

著者
["ショシャナ・ズボフ", "野中 香方子"]
出版日

スマートフォンやSNSを通じて、私たちの行動データがいかに収集・予測・操作され、新たなビジネスの源泉になっているかを解き明かした大著です。

私たちがGoogleで検索をするたびに、クリックや滞在時間、位置情報といった行動の痕跡が、検索結果の裏側にひっそりと溜まっていきます。

かつては使い道のない副産物だったこうしたデータに、Googleは「行動余剰」と名前を付け「消費者が次に取る行動を予測する商品」として売り出しました。

これが監視資本主義の始まりであったとズボフは指摘します。Googleのような大企業が求めているのは、私たちの内側にまだ眠っている「未来の消費」なのです。

600ページを超える書籍になるため時間はかかりますが、それでも結衣の眠れない夜に立ち上がる「みんなの視線」の正体が、実際の企業名と数字によって具体的に理解できるはずです。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る