この間偶然実家のそばまで行く機会があったからついでに寄ったら、忘れてた昔のことを思い出した。
思い出さなくてもよかった話。
小学校低学年だった頃、私はこれと言って特色のない子供だった。
地味というのとも違う、良く言えば品行方正で、大人が子供を従わせる為に提示するルールを全て飲み込む子供だった。
母は私の、そのあまりの聞き分けの良さに私自身の本質を見失い、あなたはずっとどこか透明みたいで、心配だった、と話した。
今となってはその対極に居るような私だが、でも当時の私はそんな子供だったのだ。
その頃の自分が何を思っていたのか、今の私にはよく分からない。
その時期、学校で少し問題になった出来事があった。
子供たちの帰りが遅い。
小学校の頃の話だから、門限のある家では17時から19時ごろには帰路につく事が一般的だったと思うが、日付が変わる前後まで家に戻らない子供が増えた。もちろん塾や習い事に通っている子供は別として。それ以外で帰りが遅くなった子供が、その頃一学年に2〜3人居たかどうか。しかも彼ら彼女らの帰りが遅くなるのはその日限りで、翌日からは何事もなく門限通りの時間に帰宅していた。それでもその際に警察に通報が及んだケースが何件かあり、学校側は子供たちに注意喚起をおこなった。
子供たちは他の友達と遊んでいて帰りが遅れたわけではなく、それぞれが一人でどこかの場所でその時間を過ごしていたらしい。しかし親が問いただそうとしても、誰もその間の出来事について説明できる子供は居なかった。学校が集めた情報によると、子供たちがその内情を伏せているわけではなく、本人たちにもよくわかっていない様子だったという。
私は家でも母から気をつける様にと念を押され、自我の希薄だった私はその言葉にももちろん黙って頷いた。
でもそれから数日後、私の帰宅が遅れた日があった。
帰宅したのは23時ごろ。これまで規則からはみ出した事のない私だった為に、母は不安に駆られて近所を探し回ったが、一度家に戻ってみたタイミングで、私も帰ってきた。
帰宅時の私に変わった様子はなく、平然と玄関から家に上がったが、その時の私はなぜか「ただいま」ではなく、「もどれた」と口にしたらしい。
「戻れたって、どこから?」と母は聞いたが、私は自分が今何を話したかを忘れてしまったみたいに首をかしげ、「何が?」と聞き返したそうだ。
母はそれからも何度か、あの日に私がどこで何をしていて帰りが遅くなったのかを聞いていたらしいが、私はそれどころか自分の帰りが遅れた事すらもうすでに忘れてしまっている様子だった。
学校全体に及んだそのちょっとした騒動も、時間が経つにつれて、静かに収束していった。
一体私は、どこに行っていたのだろう。
「もどれた」という事は、「もどれない」可能性もあったという事か。
どの道私にはその時の記憶すらすっぽり抜けてしまっている。し、その頃の私は今の私と全く違っていて、その事からしてあやふやなんだから、知る由もない。
「もどれて」よかった。
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