5分でわかるトロイア戦争!神話?史実?トロイの木馬やおすすめ本を解説

更新:2021.11.22

ギリシア一の美女をめぐって約10年間も争ったといわれている「トロイア戦争」。単なる神話なのか、それとも史実なのか、いまだに論争が続いています。この記事では、戦争のきっかけや経緯、「トロイの木馬」、さらにはおすすめの本も紹介していきます。

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トロイア戦争のきっかけは?

 

「トロイア戦争」は、紀元前13世紀頃、現在のトルコ北西部にあたる小アジアに建国されていたトロイア王国と、ギリシアの都市国家ミケーネを中心とするアカイア人の遠征軍が、およそ10年にわたって戦った戦争です。

紀元前8世紀頃に活躍した詩人ホメロスの英雄叙事詩『イーリアス』や『オデュッセイア』をはじめ、作者不明の『キュプリア』、ミレトスのアルクティノスが書いたとされる『アイティオピス』『イーリオスの陥落』などに記述が見られます。

『キュプリア』の記述によると、ギリシア神話の主神である全知全能の神ゼウスが、人間が増えすぎたことを憂慮し、秩序を司る女神テミスとともに、人口を減らすために戦いを引き起こそうと考えたのが「トロイア戦争」のきっかけだそう。

この時、神々が集うオリンポスでは、人間の英雄ぺレウスと海の女神テティスの婚礼がおこなわれていました。しかし、すべての神が招待された宴席の場に、争いを司る女神エリスだけが招待されなかったのです。これに怒ったエリスは「もっとも美しい女神へ」と書かれた「ヘスペリデスの黄金の林檎」を宴席に投げ入れます。

林檎をめぐり、神々の女王ヘレネ、知恵と戦いの女神アテネ、愛と美と性の女神アフロディテが争いました。

ゼウスは大戦を引き起こすため、黄金の林檎を得るのに誰が相応しいのかを決める審判を、「人間のなかでもっとも美しい男性」とされるトロイアの王子パリスに委ねます。

3人の女神は、自分を選んでもらおうと、ヘレネは「アジアの君主の座」、アテネは「戦いにおける勝利」、アフロディテは「人間のなかでもっとも美しい女」を与えると申し出ました。

結果的にパリスが選んだのは、アフロディテ。アフロディテが約束した「人間の中でもっとも美しい女」とは、ゼウスとネメシスの娘であるヘレネーのことでしたが、この時ヘレネーはすでにスパルタ王メネラーオスの妃となっていました。しかしアフロディテの庇護を受けたパリスはヘレネーを奪い、連れ去ってしまうのです。

これに激怒したメネラーオスが、兄であるミケーネ王アガメムノンと、アテネの寵愛を受ける英雄オデュッセウスとともに、ヘレネーを奪還するために遠征軍を組織。「トロイア戦争」が始まります。

戦争では神々も両軍に分かれ、ヘレネー、アテネ、海と地震の神ポセイドンがギリシア側に、アフロディテ、芸能と芸術の神アポロン、狩猟と貞潔の女神アルテミス、戦いの神アレスがトロイア側に庇護を与えました。

人間の人口を減らしたいと考えたゼウスの目論見通りになったのです。

 

トロイア戦争の経緯を解説!「トロイの木馬」とは

 

ミケーネ王アガメムノンを総大将とする遠征軍は、総勢10万、1168隻の大艦隊でした。遠征軍はトロイア近郊の浜に上陸し、待ち構えていたトロイア軍を撃破します。トロイア軍は強固な城壁のある市街に籠城し、両軍はスカマンドロス河を挟んで対峙することになりました。

長期化する戦争のなかで、ギリシアの英雄アキレウスや、トロイアの勇将ヘクトールなど、双方に多くの犠牲が出ており、戦線は膠着状態。この状況を打開するために遠征軍のオデュッセウスが考案したのが、「トロイの木馬」です。

まずオデュッセウスは、トロイアの城門よりも大きな木馬を作らせました。木馬が完成すると、夜のうちにスパルタ王メネラーオスや発案者のオデュッセウスをはじめとする少数の精鋭が中に入ります。そして木馬とオデュッセウスの従兄弟であるシノーンを残して、遠征軍は一時撤退しました。

夜が明けて、トロイア人たちは遠征軍がいなくなっていることに気づきます。巨大な木馬の近くにいたシノーンを捕まえて話を聞いてみると、シノーンは「ギリシア人は逃げ去った。木馬はアテネの怒りを鎮めるために作ったものだ。巨大なのは、この木馬がトロイアの城内に入るとギリシア人が負けると予言者カルカースに予言されたため、中に運び込まれないよう城門よりも大きく作る必要があったためである」と答えるのです。

この話を信じたトロイア人たちは、城門を破壊して、木馬を城内に運び入れ、アテネの神殿に奉納。勝利を祝う宴会を開きました。

やがて人々が寝静まった頃、オデュッセウスたちは木馬の中から出てきて、松明で遠征軍に合図を送り、彼らを引き入れます。油断していたトロイア人たちは抵抗することもできず、次々に殺され、トロイア王国は滅亡することになるのです。

 

トロイア戦争は神話か、史実か?

 

長い間、「トロイア戦争」は架空の出来事だと考えられてきました。

しかし、少なからず神話のもととなる史実があったのではないかと考える人物もいます。

その代表格といえるのが、19世紀後半に活躍したドイツの実業家ヨハン・ルートヴィヒ・ハインリヒ・ユリウス・シュリーマンです。彼は貿易業に従事し、1853年に「クリミア戦争」が勃発した際には、ロシアに武器を密輸して巨万の富を得ていました。

幼少期の頃、ホメロスの『イーリアス』に感動したシュリーマンは、「トロイア戦争」が実在したことを証明しようと、1870年からトロイア遺跡の発掘調査をおこないます。

発掘された遺跡は9層から成っていて、第2層、第6層、第7層に火災の跡が確認できました。シュリーマンは、このうちの第2層が「トロイア戦争」時代のものだと主張。出土品を、トロイアの王子パリスの父であるトロイア王プリアモスにちなんで「プリアモスの財宝」と名付け、伝説のトロイアを発見したと喧伝しました。

しかし実際には、第2層は「トロイア戦争」の時代より1000年以上も古い時代の地層であることが後の研究で明らかになっています。

またシュリーマンは、オスマン帝国の許可を得ずに出土品を持ち出してしまったため、国際問題に発展。そもそも発掘を始めた時点では、発掘の許可すら得ていませんでした。

その後、ドイツの建築家で、シュリーマンの助手も務めていたヴィルヘルム・デルプフェルトが、第6層にある火災や破壊の跡が「トロイア戦争」時代のものと推測したことを発表。しかし後の研究で、これらは地震によるものとわかり、現在では第7層が「トロイア戦争」時代の遺跡として有力だといわれています。

この第7層からは、胴体と頭部が切り離された人骨なども発掘されていて、戦争による破壊が実際に起こっていたことは有力。ただトロイア王国を破壊した戦争が10年も続く大戦争だったのか、破壊したのがギリシア人だったのかなどは明らかになっておらず、研究が続いています。

 

トロイア戦争を通史で読む

著者
松田 治
出版日

 

「トロイア戦争」は、古代ギリシア史においてたびたび取りあげられる一大テーマでありながら、その多くが戦争の一部分や、一部の英雄に焦点を当てた断片的なもので、10年におよぶ大戦争の全体像をまとめたものはほとんどありません。

それは、ホメロスの『イーリアス』をはじめとする「トロイア戦争」を描いた作品に、断片的にしか記されていないからでしょう。

本書では、さまざまな作品に載っている「トロイア戦争」に関する記述144話を集め、時系列に沿ってまとめなおし、戦いの始まりから終わりまでを描いています。この長い戦いを俯瞰して見たい時にも、気になる箇所だけ調べたい時にも役立つでしょう。詳細ながら簡潔な文章は読みやすく、おすすめです。

 

子どもでも楽しめるギリシア神話

著者
["石井 桃子", "富山 妙子", "石井 桃子"]
出版日

 

「プロメテウスの火」「パンドラ」「ペルセウス」「ミダス王」「アポロンとダフネ」「ナルキッソス」「ヘラクレスの十二の冒険」そして「トロイア戦争」など、ギリシア神話のなかでも特に有名なエピソードを紹介する作品です。

翻訳を手掛けたのは、数々の欧米児童文学の翻訳を手掛けてきた石井桃子。小学生が読んでも理解できるよう、やさしくまとめられています。

ギリシア神話は、ヨーロッパにおいてあらゆる芸術や文化に影響を与えてきました。日本でも「パンドラの箱を開ける」のように、日常会話に用いられています。純粋に物語として楽しめるだけでなく、大人が読めばその奥深さにおもわず魅了されてしまうでしょう。

 

トロイア戦争から始まるオデュッセウスの一大冒険

著者
ホメロス
出版日
1994-09-16

 

ギリシア最古の大英雄叙事詩ともいわれるホメロスの『オデュッセイア』。 主人公は、「トロイの木馬」を考案し、10年におよぶ「トロイア戦争」を終結させた英雄オデュッセウスです。

彼はトロイアから故郷イタケへ帰る途中、嵐に襲われて漂流し、10年間の冒険の旅へ。やっと帰国をすると、留守中に妻を苦しめていた男たちと対決することになります。

戦争、冒険、愛というテーマが詰まっていて物語として面白く、次々と襲い来る困難に立ち向かうオデュッセウスを応援したくなってしまうはず。古代ギリシアに興味をもったら読んでほしい一冊です。

 

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