【現代の悩みを哲学で解決】会社の理不尽にどう向き合えばいいのか? カミュの『ペスト』から考える

更新:2026.8.27

現代の悩みを小説形式で考える哲学シリーズ。 今回の物語は、異動を命じられた男と、それを伝える若手人事の物語です。 「なぜ、私なんですか」 20年働いた部署から、理由も分からないまま異動を告げられる。 尋ねても、会社から返ってくるのは「総合的な判断」という短い言葉だけ。 理由が分からなければ、納得も反論もできない。それでも異動の日だけは近付いてくる。 答えをくれない世界でどう生きるかを描いた、カミュの『ペスト』から考えたいと思います。

大学院のときは、ハイデガーを少し。 その後、高校の社会科教員を10年ほど。 身長が高いので、あだ名は“巨人”。 今はライターとして色々と。
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総合的な判断(誠治の視点)

部長室で内示を受けたのは、9月最初の月曜だった。

「10月1日付で、品質保証部に移ってもらう」

誠治は一瞬、聞き間違いかと思った。

技術営業一筋で20年。主力製品の立ち上げから関わり、担当先の生産ラインなら図面を見なくても頭に浮かぶ。その自分が、畑違いの品質保証へ。

「理由を、伺ってもいいですか」

「まあ、いろいろ含めての判断だ。細かいことは人事に聞いてくれ」

部長は視線を書類に戻した。それが退室の合図だった。

翌々日、手続きのための面談が組まれた。場所は本社3階の第二面談室。

人事部の担当者は、名刺によれば入社2年目の遥という若手だった。赴任日、引き継ぎ期限、社内システムの手続き。説明は要領よく進んだ。

一通り聞き終えてから、誠治は尋ねた。

「一つだけ。なぜ、私なんでしょうか」

遥の手が書類の上で止まった。

「人事としましては……総合的な判断、としか申し上げられず」

総合的。その意味を確かめるように、誠治はその言葉を頭の中で繰り返した。

営業成績、年次、給与、社内の力学。事情はいくつもあるのだろう。だが何が異動を決めたのかは分からない。すべてを一つの言葉に押し込めた途端、理由はかえって見えにくくなる。

部屋の隅には観葉植物の鉢が置いてあった。パキラ。よく見ると、葉の艶が不自然なほど均一だった。作り物だ。

誰も水をやらないのに、永遠に緑を保っている。

 理由の在庫(誠治の視点)

それからの一週間、誠治は理由を探して社内を歩いた。

役員会議の資料に触れる立場の同期に、それとなく尋ねてみた。返ってきたのは「深い意味はないみたいだよ」という答えだった。

深い意味はない。その一言が、いちばんこたえた。

罰なら罰で、まだ筋が通る。

三年前の大型案件の失注が尾を引いているとか、若手に道を譲れという意味だとか、そういう話なら、悔しくても飲み込みようがある。だが、「深い意味はない」という答えには、受け入れるための手がかりさえなかった。

夜、風呂上がりにスマホのメモを開くと、いつの間にか理由の候補が箇条書きで並んでいた。

失注、年齢、給与水準、会議での発言。書いては消し、消しては書いている自分に気づいて、誠治はメモを閉じた。

妻には「考えすぎ」と言われた。そうかもしれない。

ただ、20年働いてきた自分が、なぜここを離れるのか。その理由が分からないままでは、これからの日々をどう受け止めればいいのかも見えなかった。

会社は自分に品質を見る目を養わせ、数年後に営業へ戻すつもりなのではないか。

そんな都合のよい説明を思いつき、30分ほど本気で信じかけた。

だけど、誰から聞いたわけでもない。信じたところで、戻る日が来なければ、落胆をもう一度味わうだけだ。

伝える側の椅子(遥の視点)

同じ9月を、遥は面談予定表とともに過ごしていた。

異動シーズン。彼女の受け持ちは14人。つまり「総合的な判断」と14回繰り返す仕事だった。

決定の現場なら、配置検討会議の末席で見たことがある。

ホワイトボードに部署の枠が書かれ、名前のマグネットが並ぶ。

品質保証の欠員が議題に上がり「ベテランを入れたい」と誰かが提案し、別の誰かが「戸田さん、どうかな」と発言し「いいんじゃない」で終わった。

時間にして十数分。誰が決めたのかも分からないまま、誠治は20年続けた技術営業を離れることになった。

議事録係は遥だった。理由の欄に書ける言葉は、探しても一つしかなかった。

配置最適化のため。

一年目のとき、課長に尋ねたことがある。

「一人ひとりの理由は、どこかに残っているものなのですか」

課長は少し考えてから言った。

「人事異動に、一人ひとりに説明できる理由があるわけじゃない。全体の帳尻が合えば、それでいいんだよ」

悪い人ではない。言っていることも、組織の運用としてはたぶん正しい。ただ、その正しさだけでは、面談室で目の前にいる相手に答えられない。

戸田誠治に「なぜ、私なんでしょうか」と聞かれたとき、遥の頭に浮かんだ正直な答えは「私も知りません」だった。

だが、口から出たのは規定の7文字だった。その瞬間、自分の声が駅の自動音声のように聞こえた。

そのとき遥の目に入ったのが、部屋の隅のパキラだった。去年、あれを本物の鉢植えに替えようと、総務に申請を出した。

第二面談室は、内示や注意や退職勧奨など、悪い知らせを伝える部屋になりがちだ。せめて生きているものを一つ置きたかった。

回答は不可。理由は「枯死した場合の美観維持責任の所在が不明確なため」。

生きているものは枯れるから駄目で、作り物は枯れないから置いてよい。

返ってきた申請書を二つ折りにしながら、遥は少しのあいだ笑うしかなかった。

前任者の付箋(遥の視点)

遥のデスクの足元には、段ボール箱が一つ置いたままになっている。三年目で辞めた前任者の引き継ぎ箱だ。前任者がなぜ辞めたのか、遥は聞かされていない。

マニュアル類の間に、文庫本が一冊挟まっていた。

カミュの『ペスト』。

付箋が数枚と、鉛筆の線。表紙の裏には小さな字で「不条理=世界は人間の「なぜ」に答えない」とだけ書いてあった。

14人分の面談が終わった週、遥は昼休みにその文庫を開いた。

封鎖された街の話だった。アルジェリアの港町にペストが発生し、街は外界から切り離される。

病は人を選ばない。善人も悪人も、備えのある者もない者も、等しく倒れていく。

なぜ自分なのかと誰が叫んでも、街はその問いに一度も答えない。

読みながら、遥の耳には別の声が重なった。面談室で目を見て聞かれた、なぜ、私なんでしょうか。

町の医師リウーもまた、その「なぜ」に答えを与えようとはしなかった。人間の罪に対する天罰だと説く聖職者にもくみしない。かといって、何をしても無駄だという諦めにも逃げなかった。

リウーの日々の仕事は、治せない病を診断し、患者を家族から引き離し、隔離を告げることだった。なぜうちの人なのかと泣き叫ぶ家族に、彼は意味を返せない。それでも翌日も、同じ家を回る。

ではあなたは何を頼りに闘うのかと問われて、口にするのは誠実さという素朴な言葉だった。自分にとっての誠実さとは、自分の職務を果たすことだ、と。

前任者の線はその場面に引かれていた。線の横に、鉛筆の走り書きが一つ。

「答えはない。それでも、明日も仕事はある。」

遥はページを開いたまま、しばらく動けなかった。

私の職務は何だろう。決定を変える力はない。理由を作る権限もない。それなら、ただ決定を伝えるだけの自分にとって、誠実であるとは何だろう。

少なくとも一つ、できることがある。

自分にも分からないことを、知っているかのような言葉でごまかさないことだ。

その日の夕方、遥は戸田誠治あての手続き完了メールを開いた。定型文の末尾に、二文を足した。

「面談でご質問いただいた異動理由について、私に確認できる範囲は限られていますが、もう一度調べます。分かったことは改めてお伝えします」

送信ボタンを押すまでに、遥はその二文を3度読み返した。

小さな鉢植え(誠治の視点)

9月の末、誠治のもとに遥から2通目のメールが届いた。

「確認いたしましたが、個別の理由にあたる記録は残っておりませんでした。お力になれず申し訳ありません」

それだけだった。誠治はその短い文面を、何度か読み返した。

「総合的な判断」よりも「残っておりませんでした」のほうが、少しだけ楽になった気がした。ないものを、ないと言ってもらえたからだろう。

納得したわけではない。十月を迎えても、その先も、この異動に納得する日は来ないだろう。

「それでもいい」と誠治は決めた。答えがないなら無理に作る必要はない。それでも、仕事は続く。

異動初日、誠治は品質保証部の机で、分厚い規格書を一ページずつめくった。分からない用語に付箋を貼り、ノートに書き出す。新人のころ以来の作業だった。

帰りにホームセンターへ寄り、手のひらに載るほどのパキラの鉢を買った。水をやらなければ枯れる本物のやつだ。

翌朝、それを新しい机の隅に置くと、隣の席の若手が言った。

「ここ、空調きついですよ。枯れちゃいますって」

「枯れたら、また買いますよ」

誠治は葉に霧吹きで水をひと吹きし、規格書の続きを開いた。

さらに問いを深めるためのおすすめ書籍

アルベール・カミュ(2021年)『ペスト』(中条省平 訳)光文社

著者
["カミュ", "中条省平"]
出版日
2021-09-14

この物語の出発点になった一冊です。

突如ペストに襲われ、封鎖された港町オラン。災厄は人を選ぶ理由を示さず、住民たちの「なぜ」に一度も答えないまま猛威を振るいます。その中で医師リウーは、災厄に大げさな意味を与えることも、諦めることもせず、目の前の患者を診るという自分の職務を淡々と続けていきます。

遥の前任者が線を引いたのは、リウーが「誠実さとは、自分の職務を果たすことだ」と語る場面でした。世界が答えをくれなくても、目の前の患者を診続ける。『ペスト』が描くのは答えのない世界で、それでも自分の仕事を果たそうとする人間の姿です。

コロナ禍で世界的に読み直された作品でもあります。新訳は文章が平明で、500ページ近い長編でも読み進めやすくなっています。

アルベール・カミュ(1969年)『シーシュポスの神話』(清水徹 訳)新潮社

著者
["カミュ", "徹, 清水"]
出版日

『ペスト』が物語篇なら、こちらはカミュの不条理を正面から論じた理論篇です。

カミュにとって不条理とは、世界だけに備わった性質ではなく、答えを求める人間と、答えない世界の衝突から生まれるものです。明晰な答えを求める人間と、その呼びかけに沈黙する世界。両者が向き合うところに、不条理は生まれます。

誠治の「なぜ私なのか」に、会社は「総合的な判断」としか答えない。二者の間にあったのも、この不条理でした。

カミュは答えのない現実から目をそらすことも、その空白を都合のよい物語で埋めることも退けます。世界が沈黙したままでも、目の前の生を引き受ける。誠治が「分からないものを、分かったことにはしない」と決め、それでも規格書を開いた姿はその考えと重なり合います。

哲学エッセイなので、読むには少し歯ごたえがあります。ただ表題作「シーシュポスの神話」は短く、そこから読めばカミュが持つ思想の本質がつかめるはずです。

菊澤研宗(2017)『組織の不条理――日本軍の失敗に学ぶ』中公文庫

著者
菊澤 研宗
出版日
2017-03-22

カミュが「世界の側」の不条理を見つめたのに対して、こちらは「組織の側」の側から解剖する一冊です。

著者の菊澤研宗は、旧日本軍の失敗を経済学の理論から分析します。

本書が明らかにするのは、一人ひとりがそれぞれの立場で合理的な判断を重ねても、それが組織全体にとって望ましい結果につながるとは限らないということです。むしろその判断が積み重なることで、誰も望まない結論へ進み、やがて誰にも止められなくなることがあります。

遥が末席で見ていた会議も、その一例でした。わずか十数分の話し合いで、誠治は二十年勤めた部署を離れることになったのです。

「ちゃんとした理由」がないのは、担当者の不誠実さだけが原因とは限りません。組織の仕組み自体が、説明できない決定を生むこともある。そのことが分かれば、目の前の誰かを恨み続けることから、少し距離を取れます。

題材は戦史ですが、そこに描かれた組織の姿は自分の職場とあまり変わらないかもしれません。

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