中国文学は、文化大革命以前の古典文学と、以降の近・現代文学の2つに分けることができます。この記事では、中国近代文学の黎明を告げた魯迅の作品から、「ヒューゴー賞」を獲得した超ベストセラーまで、特におすすめしたい中国文学作品を紹介しましょう。
表題作2篇のほか、国語の教科書でもおなじみの「故郷」、学問に励んだ乞食の物語「孔乙己」など、中国近代文学の礎を築いた魯迅の代表作全14篇を堪能できる作品集になっています。
1921年に書かれた「阿Q正伝」の舞台は、清朝末期の農村です。
- 著者
- 魯 迅
- 出版日
名前も住まいも定かでない阿Qは、日雇い労働で糊口を凌ぐ、最底辺にいる男です。たとえ喧嘩に負けたとしても頭のなかで勝ったことにしてしまう「精神勝利」を身につけ、自分をごまかしながら生きていました。己の弱さを認めず、愚かな自尊心にすがりつき、身分違いの女に手を出してしまいます。
村を追われ、盗みをしながらその日暮らしをしているうちに、訳もわからず革命に参加することに。そして革命派に加担した容疑で逮捕され、銃殺されてしまうのです。
魯迅は日露戦争の記録映画を見た際、スパイ容疑でつかまった中国人が銃殺されるのを同じ中国人が喜ぶ姿に衝撃を受けたそう。無知ゆえに権力のある者に抵抗せず、思考をしないことこそが、当時の中国社会の病巣だと見出したのです。
プライドだけは高く、権威に飲み込まれてしまう人間はいつの世にもいるもの。普遍的な問題を内包した小説になっています。
纏足の風習が残る清朝末期、作者ユン・チアンの祖母はわずか15歳で軍閥将軍の妾となります。満州国の成立直前に生を受けた母は、新たな支配者となった日本の侵略政策に苦しみながら育ち、やがて共産党員になりました。そしてユン・チアン本人も、文化大革命のさなかわずか14歳で学生運動「紅衛兵」を経験するのです……。
本作は、祖母、母、作者の3代にわたる波瀾万丈の人生と、その背景となる中国近代史を綴った自伝的ノンフィクションです。
- 著者
- ユン・チアン
- 出版日
- 2017-11-22
1991年に発表されたユン・チアンの作品。日本では1993年に刊行されました。当事者でなければ知り得ないありのままの中国の姿は世界にも衝撃を与え、40ヶ国で翻訳され1000万部を超えるベストセラーとなっています。
清朝末期から鄧小平の時代まで、独裁と破壊がくり返される中国。想像をはるかに超えた狂気と残酷さに満ちています。支配者が変わるたびに翻弄されるのは、国民だということが嫌というほどわかるでしょう。
歴史の授業などでは表層的な出来事しか知ることができませんが、当時の人々がどのように国を見て、何を考えていたのかを知ることができる貴重な内容になっています。
1970年初頭の中国。18歳の「僕」と親友の羅は、反革命分子の子どもであるという理由から、再教育という名目で山岳地帯の農村で厳しい肉体労働を課せられることになりました。
学ぶことが許されない場所で、2人は禁書であるバルザックやロマン・ロラン、フローベルなどのヨーロッパ文学を手に入れ、その世界に没頭していきます。
- 著者
- ダイ・シージエ
- 出版日
- 2007-03-08
2000年に刊行された、ダイ・シージエのデビュー作。彼は文化大革命の思想政策によって、徴農された経験があります。本作は、四川省の農村で肉体労働に従事した自身の経験にもとづいて執筆したそうで、2002年には自らが監督となり映画化もされました。
自由のない世界で、自由になれる物語に夢中になった2人。仕立屋の美しいお針子に恋をし、自らが読んだ物語を語ってその喜びを伝え、どんどん親密になっていきます。実はお針子だけでなく、村長や村人も彼らの話を楽しみに待っている様子をみると、物語が人に与える力の大きさを実感するでしょう。
たとえ体制に抑圧されても屈することなく、若々しいパワーで本を読むことや表現することの自由を求める2人。その姿はみずみずしく、青春小説としても読むことができます。
物語の舞台は、辛亥革命後から日中戦争までの中国の農村。どこまでも広がる高粱畑は、農民たちにとって大地であり、太陽であり、血でもありました。
孫の「わたし」が語り手となり、抗日軍リーダーだった祖父が幼い父とともに日本軍と戦う姿や、権謀術数に長けた美貌の祖母が嫁ぎ先の高粱酒の蔵元を乗っ取る様子などが描かれています。
- 著者
- 莫言
- 出版日
- 2003-12-17
2012年に「ノーベル文学賞」を受賞した莫言の作品。1988年には映画化されたことでも話題になりました。莫言は、山東省の貧困と飢えに苦しむ農村で生まれ育ちました。幼少期に文化大革命が起き、成長してからは人民解放軍に入隊しています。
タイトルにある「高粱」とは、中国で多く栽培されるモロコシの一種のこと。高粱が育つ大地を舞台に、父の子ども時代と祖父の青年時代が交互に語られる構成です。
本作が秀逸なのは、鮮やかな色彩描写と、土や血のにおいが立ち上るような情景描写の豊かさ。抗日戦が背景にあるため凄惨なシーンが多いのですが、ぐいぐいと読み進めてしまうでしょう。
香港警察で「名探偵」と呼ばれるほど卓越した捜査能力をもっていたクワン。しかし現在は末期がんに侵されています。
イエス・ノーの意志だけは伝えることができるような状態ですが、そんななか、とある殺人事件の謎の解明に挑もうとしていました。
- 著者
- 陳 浩基
- 出版日
- 2017-09-30
2014年に刊行された、香港ミステリー界のホープ陳浩基の作品。作者は、中国語で書かれた長編ミステリーを対象にした「島田荘司推理小説賞」を受賞してデビューしています。
本作は、2013年から1967年まで時代を遡りながら、6つの事件を描く連作形式のミステリー小説。香港という土地の変化と、クワンの警察人生を同時に振り返っていきます。中国化政策、イギリス統治時代の終了、天安門事件、文化大革命、六・七暴動……すべて読み終えると香港の歴史を体感できる構成です。
予想できないトリックとどんでん返し、そして最後の物語を読むともう1度最初から読み直したくなる構成はお見事。ミステリーと社会派の両方の要素を楽しめる小説になっています。
優秀な科学者の葉文潔。文化大革命で物理学者だった父を殺されたショックから、立ち直ることができずにいました。そんな彼女に、極秘の軍事プロジェクトへの誘いがかかります。巨大なパラボラアンテナがついた施設に行ってみると……。
それから数十年後。ナノテク素材の研究をしている汪森は、軍の関係者から、世界的な科学者たちが次々と自殺をしているという不可思議な事実を告げられました。自殺した科学者たちは、研究そっちのけでVRゲーム「三体」に夢中になっていたそうなのですが……。
- 著者
- 劉 慈欣
- 出版日
- 2019-07-04
2008年に刊行された劉慈欣の作品。もっとも優れたSF・ファンタジー作品に贈られる「ヒューゴー賞」をアジア人作家で初めて受賞しました。
VRゲーム「三体」は3つの太陽をもつ異星を舞台にしたもので、科学フロンティアという謎の学術団体が関わっているといいます。潜入ミッションを命じられた汪森ですが、科学的にありえない現象が彼を襲うのです。「三体」に隠された秘密は何なのでしょうか。
文化大革命時代の物理学者と、現代の科学者が絡みあう壮大なスケール。オバマ元大統領やマーク・ザッカーバーグも絶賛したという本格SF小説です。