【現代の悩みを哲学で解決】なぜ他人と比較するのをやめられないのか? ルソーの『人間不平等起源論』から考える

更新:2026.8.21

現代の悩みを小説形式で考える哲学シリーズ。 今回は他人と比較せずにいられない澪の物語です。 深夜、同期の昇進や結婚の投稿をスクロールしては、いまの自分が上なのか下なのかを確かめてしまう。 この落ち着かない心は、どこから来たのか。 ルソーの『人間不平等起源論』から考えてみたい。

大学院のときは、ハイデガーを少し。 その後、高校の社会科教員を10年ほど。 身長が高いので、あだ名は“巨人”。 今はライターとして色々と。
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深夜のスクロール

金曜の夜、日付が変わっても、澪はスマホを置けなかった。

ベッドの中で画面をスクロールする。

大学の同期の花菜が、空港の写真とともに海外駐在の辞令を報告していた。ゼミ仲間だった亮は、結婚式の写真を何枚も載せている。

澪はどちらの投稿にも、祝福のハートを押した。

祝いたい気持ちは嘘ではない。ただハートを押すたび、胸の中では別の作業が始まった。

花菜は上。亮も、たぶん上。

さらに画面を送ると、以前の部署で仕事を教えた後輩が、外資系企業への転職を報告していた。

その瞬間、澪の指が止まった。

「負けた」

頭に浮かんだのは、その一言だった。何に負けたのかは分からない。それでも、確かにそう思った。後輩が転職したからといって、自分の仕事がうまくいかなくなったわけではない。それなのに、急に置いていかれたような気がした。

化粧品メーカーの営業になって6年。その日も得意先から新商品の追加発注を取った。上司から「助かった」と言われ、帰りの電車では悪くない一日だったと思っていた。

ところが画面を開くと、その一日が急に色褪せていった。

澪はスマホを伏せた。けれど数分も経たないうちに、また手を伸ばしていた。

公民館の高座

翌日、澪は商店街の化粧品店「ことぶき化粧品」にいた。

先代から50年続く小さな店で、担当になって3年目になる。注文の検品を終えると、店主の福田さんがレジの引き出しから紙切れを二枚出した。

「今日の夕方、公民館で落語の会があるのよ。一枚余っちゃって」

断る理由はすぐに思いついた。けれど、まっすぐ帰れば、また昨夜と同じようにベッドの中で画面を眺めるだけだ。

「行きます」

気がつくと、そう答えていた。

会場は公民館の和室だった。会議机を並べた上に緋毛氈を掛けただけの高座と、パイプ椅子が二十脚。客の平均年齢は、澪の倍はありそうだった。

高座に上がったのは、10年前に引退したという七十代の元噺家だった。

この公民館で月に一度、会を開いているという。福田さんは「師匠」と呼んでいた。

演目は「酢豆腐」。何でも知っているふりをしたい若旦那が、町内の若い者に担ぎ上げられ、腐った豆腐を「これは酢豆腐という乙なもの」と強がって食べる噺だ。

知らないと言えばいいだけの場面だが、プライドが邪魔をして若旦那はどうしても言えない。

澪は声を出して笑った。

会がはねると、客たちはまだ笑いながら、少しずつ和室を出ていった。

「悪いけど、椅子を畳むのだけ手伝ってもらえる?」

福田さんに頼まれ、澪はパイプ椅子を壁際へ運んだ。最後の客を見送る頃には、会場に残っているのは3人だけになっていた。

福田さんが給湯室から、湯呑みを載せた盆を持ってきた。

「せっかくだから、お茶だけでも飲んでいって」

師匠は羽織を脱ぎ、高座の脇のパイプ椅子に腰掛けていた。高座では大きく見えたが、降りてみると小柄な人だった。よく日に焼けた手で、福田さんから湯呑みを受け取った。

澪も向かいに座った。湯呑みを両手で包むと、さっきの若旦那の顔が浮かんだ。

「知らないって言えば済むのに、どうしても言えないんですね」

師匠は黙って頷いた。

「それなのに嫌な人には見えませんでした。落語の見栄っ張りって、どうしてああ憎めないんでしょうね」

比較の起源

「憎めないでしょうねえ」と師匠は笑った。

「あれは全部、あたしですから」

噺家の世界は順位の世界だった、と師匠は言った。

前座、二つ目、真打。楽屋では香盤と呼ばれる序列が重んじられ、自分がどの位置にいるのかを意識せずにはいられない。

客の入り、笑いの量、師匠連中の評判。

50年前、同じ年に入門した兄弟弟子が先に真打に抜擢された。

「その晩は、あいつを囲んで寿司を食いましてね。あたしが誰より大きな声で笑ってました。けど、一人になったら、先を越されたことより、素直に祝えなかった自分の方が嫌になった」

師匠は湯呑みの縁を指でなぞった。

「帰り道、古本屋の店先で『人間不平等起源論』という題が目に留まりましてね。なぜあいつが先で、自分が後なのか。そんな答えが書いてある気がしたんです。題名が喧嘩腰でしょう。不平等の起源、教えてもらおうじゃないかって、レジに持ってったんです」

200年以上前のフランスの哲学者は、人間がまだ森でばらばらに暮らしていた時代を想像するところから始めていた、と師匠は言った。

師匠によれば、ルソーはまだ社会が生まれる前の人間を想像した。

人はまず自分の命を守ろうとする。腹が減れば食べ、疲れれば休む。そこには、自分と誰かを並べて、上か下かを決める必要がなかった。

比較が始まったのは、人が集まって暮らすようになってからだ。

大きな木の下に人々が集まり、歌ったり踊ったりする場面をルソーは描いている。

歌のうまい人、美しい人、力の強い人に視線が集まる。

すると人間は他人を見るだけでなく、自分がどう見られているかも気にするようになった。そこにルソーは不平等の始まりを見た。

「順番が逆なんですよ。最初から人間は上に立ちたかったんじゃない。他人の視点によって自分の値打ちを測るようになったから、『上か、下か』が気になり始めたんです」

澪は膝の上のかばんを見た。底に沈めたスマホが、急に重くなったような気がした。

自分の命を守ろうとする素朴な感情を「自己愛」、他人との比較から生まれる感情を「自尊心」。このようにルソーは切り分けた。

まさに自尊心とは、人々が一緒に暮らすようになったことで生まれたものだ。

「木の下の歌くらべが、今では画面の中の『いいね』に変わっただけです。一度でも他人と比べることを覚えたら、その前には戻れない。あなたも、あたしもね」

見栄の笑い方

「一度覚えてしまって戻れないなら、どうすればいいんですか」

澪が聞くと、師匠は困ったように眉を下げた。

「それをあたしに聞かれても困ります。哲学者じゃない、ただの隠居ですから」

引退して10年になるのに、昔の仲間がテレビに出ていると、今でもチャンネルを変えるのだという。

「76になっても、これです。比べる心なんて、治りゃしません」

師匠はそう言って、冷めかけた茶をひと口飲んだ。

「だけど治らなくても、そいつに振り回されている自分を、少し離れて眺めることはできる。落語は、その稽古にはなりました」

「そいつ?」

「見栄の虫です。さっきの若旦那だって、知らないと言えば済むのに、それが言えない。物知りに見られたいばかりに、腐った豆腐まで食べちまう」

澪の口元が緩んだ。若旦那が顔をしかめながら、酢豆腐を褒めていた姿が浮かんだ。

「お客は若旦那だけを笑ってるんじゃありません。自分の中にも同じ虫がいると知ってるから笑えるんです。見栄を笑えるのは、見栄を知ってる者だけでね」

師匠は空になった湯呑みを置いた。

「噺家だって比べられて決まる商売です。香盤も、客の入りも、笑いの量も、みんな順位になる。けれどお客が笑ってるあの何秒かだけは、自分が上か下かなんて、誰も考えていない。あたしは、あの何秒かのために50年やったようなもんです」

澪は若旦那が酢豆腐を口に入れた瞬間を思い出した。福田さんが吹き出し、つられて自分も笑った。あの40分、スマホはかばんの底にあった。花菜の投稿も、亮の結婚式も、思い出しもしなかった。

公民館を出ると、商店街のシャッターはほとんど降りていた。

歩き始めてすぐ、かばんの中でスマホが震えた。画面には花菜の名前が出ていた。澪は通知を開き、胸の奥にいつものざわつきが戻ってくるのを感じた。

それでもスマホをしまってから、師匠が話した木の下の人々を思い浮かべた。

初めて誰かの視線を集めた人は、うれしかったのだろうか。それとも少し怖かったのだろうか。

かばんの中で、スマホがもう一度震えた。

木戸銭

深夜のスクロールは、まだやめられていない。花菜の新しい投稿を見れば、胸の奥にいつものざわつきが戻ってくる。

それから三週間後の土曜日、澪はもう一度、公民館に来ていた。

一週間前、「ことぶき化粧品」を訪ねたとき、福田さんから次の落語会の受付を頼まれたのだ。

少し迷ってから「私でよければ」と答えた。

公民館の入口に長机を出し、木戸銭の300円を受け取る。常連らしい老夫婦が、福田さんに挨拶したあと、澪を見た。

「あら、新しい人」

澪は会釈をして、二人分の木戸銭を受け取った。

開演5分前、和室の方から、開口一番の甲高い声が聞こえてきた。

遅れて来た客に、釣り銭の100円玉を二枚渡す。澪は次の客に備えて、残った硬貨を机の端に並べた。

襖の向こうで、最初の笑い声が上がった。

さらに問いを深めるためのおすすめ書籍

ルソー(日本語訳 2008年)『人間不平等起源論』(中山元 訳)光文社古典新訳文庫

著者
["ジャン=ジャック ルソー", "Rousseau,Jean‐Jacques", "元, 中山"]
出版日
2008-08-07

今回の物語の軸となった一冊です。

ルソーは人間がどのように他人の目を意識し、互いを比べるようになったのかを、社会が形成されていく過程から考えています。

師匠が「木の下の歌くらべ」と呼んだ場面は、本書の第二部に登場します。人々が大きな木のまわりに集まり、歌ったり踊ったりするうちに、誰が上手か、誰が美しいかが比べられるようになる。

優れた人には視線と評価が集まり、次第に人間は他人を見るだけでなく、自分がどう見られているかも気にし始めます。澪が画面の中の「いいね」を眺めながら、自分の位置を確かめていた姿にもつながる場面です。

中山元先生の訳は読みやすく、訳注や解説も充実しています。本編に登場した「自己愛」と「自尊心」の違いも丁寧に整理されているため、ルソーの議論を初めて読む人にも手に取りやすい一冊です。

ルソー(日本語訳 2012年)『孤独な散歩者の夢想』(永田千奈 訳)光文社古典新訳文庫

著者
["ジャン=ジャック ルソー", "Rousseau,Jean‐Jacques", "千奈, 永田"]
出版日

『孤独な散歩者の夢想』は、晩年のルソーが、自らの過去と孤独を見つめながら綴った十篇の文章です。それぞれに「第一の散歩」「第二の散歩」という名が付けられています。

当時のルソーはかつて親しくしていた人々からも、世間からも拒まれたと感じていました。そんな彼が一人で道を歩き、植物を眺める時間のなかで目を向けたのは、他人にどう見られるかではなく、自分がいま何を感じているかということでした。

その感覚がもっともよく表現されているのが「第五の散歩」です。ルソーは、スイスのビール湖に浮かぶサン・ピエール島で過ごした日々を振り返っています。

小舟に乗りながら水の音を聞いていると、過去への後悔も未来への不安も遠のき、ただ自分が存在しているという感覚だけが残ったと記しています。

その時間には誰かに認められようとする必要も、他人との優劣を確かめる必要もありません。師匠が語った「お客が笑っている何秒かだけは、誰も自分の順位を考えていない」という時間にも通じています。

『人間不平等起源論』が他人のまなざしの中で比較が生まれる過程をたどる本なら、『孤独な散歩者の夢想』はそのまなざしから離れ、ただ自分が存在していると感じる時間を綴った本になります。

澪が落語を聞いていた40分も、同じような時間だったはずです。

三木清(1954年)『人生論ノート』新潮文庫

著者
三木 清
出版日

三木清が、「死について」「幸福について」「虚栄について」「嫉妬について」「成功について」など、人の生活に関係する23の問題を考えた一冊です。

今回と強く響き合うのは、「嫉妬について」と「成功について」です。嫉妬が自分とかけ離れた相手よりも、境遇や経歴が近く、自分と比べやすい相手に向かうと三木は考えました。澪が強く反応したのも、同じ大学に通った友人や、同じ職場で働いた後輩でした。相手と自分を比べやすいからこそ、その成功が「自分は遅れている」という感覚につながったのです。

「成功について」では、成功は他人と比べて量で測ることができる一方、幸福は一人ひとりに固有のものだと考えられています。成功を順位表に載せることはできても、幸福まで同じ基準で測ることはできません。

比べる心は治らないと認めながら、その心を少し離れて眺めようとする師匠の姿にもつながります。短い章ごとに読めるため、まず「嫉妬について」を読み、続けて「成功について」「幸福について」と進むと、今回の問いを別の角度からたどることができはずです。

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