鶏を育て、絞め、食べる——そこには知らなかった日常がありました。元TVプロデューサー・藤原 努による連載20回目となる今回は、新潮ドキュメント賞受賞作『鶏まみれ』を起点に、柄谷行人回想録『私の謎』とあわせて「日常の記録と知性の半生記」を考察。鳥刺しで倒れた医師のニュースにも触れながら、ならではの視点で表現の真髄に迫ります。

去る8月7日の朝日新聞朝刊に掲載された特集記事に僕はかなり動揺しました。
それは都内在住の60代の整形外科医院を営む男性が、鳥刺しを食べてギラン・バレー症候群になり、半身不随になって医師を続けることができなくなったばかりか、食事や排泄までも人の手を借りないとできなくなってしまった、と言うものでした。
カンピロバクター食中毒というもので、鶏の刺身などを食べるとごくまれにギラン・バレー症候群を発症することがあるらしいのです。
鶏肉に目がなく、焼き鳥も唐揚げも刺身もずっと食べ続けていられる僕にとっては衝撃だし、この生活を見直さないと突然予期しない半身不随に襲われることだってあるのか、と言う恐怖に暗澹たる気持ちになりました。
そんな時、ふと目にしたニュースが、『鶏まみれ』と言う本が新潮ドキュメント賞を受賞したと言うものでした。
何となくその内容を検索すると養鶏を営むようになった著者が、鶏を育て潰して食べる日々をどこまでも赤裸々に綴ったものであるらしい。こんな本を読んでしまったら、大好きな鶏をもしかしたら食べられない人になってしまうかもしれない、と思いました。そうなんです。鶏だけじゃなくて僕は豚も牛も肉が大好きなのですが、そのもとである動物を屠る場面をあまり見たくないと言う、きわめて身勝手な現代人の一人なのです。
でも鶏肉への若干の疑念が生じてしまった今、自身の今後の生活を占う意味でもこの本を避けては通れないなと感じました。
しかしここで先に一言断っておくと、僕は2007年に当時イラストルポライターという肩書きで『世界屠畜紀行』という本を書いた内澤旬子さんをテーマにした『情熱大陸』を企画し、個人的には相当頑張ってその回を制作したことがあります。
内澤さんはその後、小豆島に移住され、ヤギを飼育しながら文筆活動も続けられており、僕自身現在もたまに連絡を取り合う関係でもあります。
内澤さんのスタンスにどこか脱力的ユーモアが漂うところが、彼女に惹かれる由縁であったりもするのですが、今回読んだ繁延あづささんの『鶏まみれ』はそうした空気とは無縁でした。
- 著者
- 繁延 あづさ
- 出版日
- 2026-04-03
- 著者
- 内澤 旬子
- 出版日
- 2011-05-22
著者は、カメラマンで文章なども書きながら夫と息子2人、娘1人の5人家族で長崎に暮らしている女性です。その夫がリストラされ、急に養鶏を始めようと言い出すところから、彼女の新しい人生が回り始めます。
中学生の長男が何羽か鶏を飼って育てることを趣味の一つとしてやり始め、それを見ていた父親が触発されるように養鶏を言い出すのですが、ほぼそれについて素人と言っていいこの家族の中で、彼女は夫のある種思いつきのようにさえ思える夢を支えるために、自ら一人で食鳥処理場で働く選択をするのです。そこで3年働いた実績がないと鶏を処理して肉にする許可が得られないらしく、やり始めるのですが、もうその時点で彼女のモチベーションの意味が僕などには理解が及びそうにありません。
彼女はその処理場で、一連の仕事内容を把握するためにも、鶏の「首切り」から、鶏をしめるために次々に逆さ吊りにしていく「鳥掛け」、内臓を取り出して砂肝などと食べられない部分を仕分けていく「中抜き」など全ての行程を経験していくのですが、こういう表現を彼女は一度も使わないけどそのグロテスクさは察してあまりあるものがあります。実際、臭いなどもすごいみたいだし、まだ生きている鶏の糞尿が飛び散ったり、内臓から突然出てくる有害な物質が顔にかかったりしてメガネをしているおかげで助かったり、いろんなことがあるわけです。
これをカメラマンの仕事と調整をつけながら、彼女は3年以上勤めていくことになるのですが、読んでいて僕が思ったのは、もしかしたら彼女はこの本(『鶏まみれ』)をいつか書くために、あえてそうしたきつい場所に身を置いて経験しているということなのかもしれないなということでした。
実際セルフドキュメントを書いたり撮影したりする人は、出しどころを想定しているから辛く厳しいことも乗り越えられる、と言う側面はありそうですし。
仕事を続けていく中で、彼女はこの処理場で働く人の大半が高齢者もしくは知的障害のある人だということを知り、さらには、こんな大変な仕事をしている人たちが最低の賃金しか得ていないことに疑問を持ち始めます。
で友人にそのことを話すと「後期高齢者にもなって、そんなところで働かなくてはならない生き方をしてきたってことよね」と言われ、すごく落ち込んだりもします。
ここからある程度想像はつく流れかとは思いますが、本は少しずつ社会的弱者の告発めいた空気を帯び始めます。
それはこういうテーマの本が語っていくものとして決して間違っているとは思わないのですが、『鶏まみれ』というタイトルにある種のエンタメ的怖いもの見たさを期待した僕のような人間からするとちょっとげんなりしてしまうところがあるのも事実です。それは僕の意識が低過ぎるということでもあるのはよくわかっていますが、内澤旬子さんの『世界屠畜紀行』が終始クスッと笑えたりグッときたりしながら読めていたのとはかなり違う読書体験でした。
それにしても言い出しっぺは夫のほうなのに、支える側である彼女だけが、カメラマンという仕事もやるかたわら、処理場で働くのはなぜなのか?夫のほうは、養鶏場を建てるための場所探しやさまざまな行政側などとのやり取りなどオーナーとしてやっていくためのことはいろいろやっている様子ではありますが、いざと言うところで踏ん切りがつかなくて仕事を進めていくのも妻のほうだし、実際、夫に対してイラッとしたんだろうなと言うのを感じる箇所もあります。そんな中、彼女を支えているのは、愛する子どもたち3人の成長過程を見つめることであるのも伝わってきます。
結果、本を読了して一番に僕が思ったのは、この著者の夫の立場にだけは立ちたくないな、と言うものでした。養鶏場をやりたいと言い出したのは自分であるとしても、その仕事の現場の繊細な部分とかはすべて妻にしかわからない、と言うのは、今後この仕事がさらに軌道に乗っていくことがあるにしても、達成感の自意識などについても妻には及ぶべくもない。
僕にはこの先、著者が夫不在の中で、子どもたちと4人で強く楽しくやっていく未来が見えるような気さえしました。
ちょっと穿ち過ぎでしょうか。
でもこう言う告発的側面をはらんだノンフィクションを読んだり見たりすると、その先にある未来を想像してみてクールダウンせずにはいられない自分の気質はどうやら変えることができないようです。
とそんな読後感想が一番になったためか、僕の鶏肉への疑念などはほとんど払拭されたようです。と言うかもっと食べたくなってきました。
結果的にこのような構成の本だったからよかったと言うことかもしれません。
しかしそうしたある意味地に足のついた日常の記録を読んだ後は、ゆり戻し的に、観念やそれにまつわる思考の相剋のようなものに明け暮れるインテリの人生物語を読んでみたいと言う気持ちになりました。
そして手に取ったのが、『私の謎 柄谷行人回想録』。
- 著者
- ["柄谷 行人", "滝沢 文那"]
- 出版日
- 2026-04-23
柄谷行人という哲学者の存在は、自分が大学生だった1980年代から知ってはいました。バブル世代=ポストモダン世代と捉えるならば、その名前ぐらいは知ってないと恥ずかしい、と思えてしまう、僕ら世代のインテリ志向者が抱きがちな若気のいたり、知ったかぶりの象徴と言える名前の一つかもしれません。
しかし実際のところ、柄谷が書くものをカッコつけて読んでみたところ、全く歯が立たず投げ出した人も数多いことでしょう。かく言う僕も全く同じです。これ、柄谷が、自分より一世代下ながら強い信頼を抱いていた浅田彰の『構造と力』があの時代ベストセラーになった時、序章を読んだだけで全部読んだような気持ちになりあとは放ってしまった人が多かったのと似た現象かと思います。
これもまた僕自身がそうでした。
それで現在85歳の柄谷行人ですが、もう60を越えた僕が今さらチャレンジすることもないだろうとつい数年前までは思っていました。しかし2023年に朝日新聞でこの本の元になる連載が始まって、たまに読むと何だか面白いエピソード語りが頻発しているのを発見したのです。
でそれがこの4月単行本として出版されました。
知識人と言われる人たちの書く物は、古今東西、曲がりくねった独自の文体であることが多く、一般の読書人には理解しながら読み進むことが難を極めがちです。これがいわゆる「難解」というやつです。
でも、これが知識人どうしの対談、あるいは、インタビューという形になると、勢い当の本人もその場にいる具体的な相手とのクロストークを咀嚼しながら進んでいくため、だいぶ読み易くなるのです。
場合によっては、その人が一人で書くだけでは出てこないであろう砕けた物言いやエピソードも頻発し、何だかとても面白い本になっていることがあります。
で、この『私の謎』は、その典型でした。
いやあ、想像以上に面白かった。
柄谷に対する聞き手となった朝日新聞記者の滝沢文那という人の当意即妙な問いかけや受けが、“知の巨人”柄谷行人の心や話し方をどんどん柔らかく溶かしていったのだろうということが読み取れます。
そもそもこの本のタイトルを「私の謎」にしたのは、この記者らしいのですが、だいぶセンスいいと思います滝沢さん。
作家・中上健次との出会いや、お互いがそれぞれをどのように捉えていたか、とか。強面で野武士のようなイメージもある中上だが、柄谷の記憶を紐解いていくと、かわいい感じさえ抱くような一面が見えてくる。
それにしても1968年群像新人賞に柄谷と中上がそれぞれ評論部門と小説部門で落選した時、二人とも選考委員の遠藤周作に呼び出され、新宿紀伊國屋ビルの編集室に赴いたところそこで出会ったなんて、もうそれだけでちょっとしたドラマの一場面のように思えてきます。
5歳年上の柄谷が中上にフォークナーを薦めて、次に会った時には中上が柄谷に「俺は日本のフォークナーになる」と宣言したなんて、もはやできすぎなぐらい。中上が生きていたらこれを聞いてもしかしたら柄谷は嘘をついてるんだと言うかもしれない、とか思って、インテリどうしの架空の物語さえ想像したい気持ちになります。
あるいは大江健三郎と対談した時の話。大江は息子から「柄谷さんは偉いんだね」と言われたことを紹介する。大江の書棚には柄谷の著作がかなり並んでいたらしいのですが、柄谷は一度も大江に自分の本を献本したことがなく、“世界の大江”に自費で何冊も自分の著作を買わせる柄谷は偉い、と言うもしかしたらイヤ味のようなことを息子が言ったこととして柄谷に伝えたようでもある。大江の何とも歪んだ心根が伝わってくるようで、これだけで大江健三郎の人となりの断片が垣間見える気さえします。
さらには、柄谷本人が1998年頃に書いた『トランスクリティーク』と言う評論文を、このインタビューのために久々に読み返したら、難しい本で辟易した、誰がこんな文章を本気で読むんだ、なんて言ったりする。
あるいは、80代も中盤まで来れば、鋭すぎる知性の持ち主もだいぶ好々爺然とした心持ちになってくる、と言うことかもしれない。
ちなみに柄谷行人は、若い頃、見た目もなかなかカッコよくてだいぶモテたらしいです。
今人気のインテリもだいぶシュッとした感じの人が多いけど、柄谷はそう言うところも含めてカリスマ的知識人に思われるところがあったんじゃないかなどと言う気持ちになってきます。見た目があるいは中上健次のような人だったら、また少し受けとめ方が変わってきそうな気さえしますし。
ちなみに、柄谷が一番最近になって唱えている<交換様式D>と言う、素人には何のこっちゃな概念があるのですが、この本を読み進むうちに、何となくその建て付けと言うか、入口ぐらいは理解できたような気がするから不思議です。
僕は作家やアーティスト、政治家など著名人にまつわるエピソードや事件が好きで、高校の頃、現代国語の教科書の副読本になっていた<文学史>の本だけは熱心に読んでいたりした人間なのですが、そういうエピソードを知りながら、その人が書いた本や描いた物、やった政策を捉えた方がよりその理解が進む、と言うような思いがあって、これからもこう言う本を見つけたら積極的に読んでいこう、と思っています。
僕自身も個人的エピソードをたくさん持っているほうが、誰かとお話しする時にコミュニケーションが円滑になるな、との思いがあり、若い頃から公私問わずかなり立ち直りの難しそうな失敗を何度も経験したことも、いつか誰かに楽しくこのことを話すんだ、と思うことで脱却してきました。
『鶏まみれ』の著者もそのために食鳥処理場で働き切れたのだとしたら、ある意味その気質は、僕も似ていると言うことかもしれません。
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