独特な画風、世界観でコアなファンを持つ松本大洋。一度読めばその世界に惹き込まれること間違いなし!そんな松本大洋のおすすめ5作品をご紹介します。
松本大洋は1987年に『月刊アフタヌーン』増刊号で漫画家としてメジャーデビューをしました。しかし、決して順調なスタートとは言えず、初の連載は2巻で打ち切りとなり、その後1年間、作品が掲載されることはありませんでした。
後に、小学館『ビッグコミックスピリッツ』に移籍すると、徐々に注目が集まるようになります。『鉄筋コンクリート』、『ピンポン』を始めとした代表作を次々と生み出し、2002年には『ピンポン』が実写映画化されました。
これにより、松本大洋の名が一般的に広まるようになりましたが、彼の作品は、進化が止まることはありません。時代や流行に捉われず、あくまで松本大洋独自の世界を貫く作品を発表し続けます。
彼の作品は抽象的な表現によって、難解に感じてしまう部分もあるかもしれません。しかし、実はいたってシンプルなことを、松本大洋流に表現しているに過ぎないのです。そんな独特なタッチと表現によって、まるで映画を見ているかのような流れを感じさせる作品群が、続々と映像化されるのは、必然なのかもしれません。
ありきたりの物語や、表現方法では満足できないという方こそ是非、お手に取ってみることをお勧めします。
ある変化がきっかけで、それまで見えなかった、見ようとしなかった自分の一面を垣間見てしまうことがあります。本作も、ヤクザの仁義でまわる町、「宝町」を舞台に不穏な変化が訪れるところから、物語が始まります。
主人公はまるで兄弟のように、もしくは兄弟以上に、お互いに無い部分を補うようにして、一緒に過ごすクロとシロ。彼らは「ネコ」と呼ばれ、決して治安がいいとは言えない物騒な町の空を「飛び」回ります。
- 著者
- 松本 大洋
- 出版日
彼らを取り巻くヤクザやチンピラ、刑事や浮浪者などは皆、宝町に変化が訪れたことによって変わります。追い詰められ、迷い、悩む中で、それまで考えられなかった行動をし、決断を下します。クロとシロを中心とした、宝町の住人の群像劇となっています。
それまで一心同体だったクロとシロですが、ある事件がきっかけとなり、クロはシロと離れることを選びます。シロのために、という想いのもとで。しかし、その後、クロもシロも、次第にそれまでの自分を失っていくのです。
かつて、2人の親代わりのような存在の源六こと、じっちゃんに、「お前はこの町そのものだよ。」(『鉄コン筋クリート』より引用)と言われたクロ。その言葉の通り、宝町の荒廃が進むにつれ、我を失っていくクロは、伝説の餓鬼と呼ばれるイタチと戦う中で、真の自分の姿を突きつけられるのです。
もともとクロとは異なり、純粋さゆえに一風変わった性質を持つシロは、ある時こう言います。
「だから、シロいっぱいネジないの。心のネジ…それでね、クロね、クロもね、いっぱいネジ無いの。心のネジ」
「でもクロの無いところのネジ、シロが持ってた。シロがみんな、持ってた。」(『鉄コン筋クリート』から引用)
クロが一方的にシロを守っていたのではなく、実は、お互いに守り合っていたことを象徴する、印象的な台詞です。
イタチと戦う中で、クロはどう対峙していくのか、シロはクロを守ることができるのか?
それまでの、登場人物たちの様々なエピソードと絡み合い、物語はクライマックスを迎えます。
ファンタジー要素も盛り込みながら、個性あふれる、そして人間味あふれるキャラクターたちが、これでもかというほど「本来の自分とは?」と、問いかけてくるような本作は、これぞエンターテイメント!と呼ぶに相応しい作品となっています。
本作は、松本大洋自身が、施設に居た経験を元に描かれた作品です。しかし、本作品はその状況を作品の中にお涙頂戴のためのスパイスとして取り入れているといったものではありません。実際に施設で生活する子供たちや、その周囲の大人の心理を、ありのままに、淡々と描いています。
- 著者
- 松本 大洋
- 出版日
- 2011-08-30
舞台となる星の子学園は、事情があって親と暮らすことのできない子供たちが生活する、児童養護施設です。当の親たちは、生活に困窮していたり、ギャンブルに溺れていたりと、事情は様々ですが、星の子学園にいる自分の子供と一緒に暮らしたいという意思を、はっきりと示すことはありません。
しかし、当然のことながら、親を待たない子供はいないのです。物語の軸となる春男は、お母さんの匂いのするニベアを、いつもポケットに入れています。それを知ったお母さんは、薬局のニベアを買い占め春男に渡すのですが、そんなときでも、一緒に暮らそうという言葉が発せられることはありません。
このように、さりげなく現実の悲しさを感じさせるエピソードが、一話完結型で描かれていて、徐々に、それぞれのキャラクターや彼らを取り巻く事情が読者に伝わる構成となっています。
ある時、算数の時間に学校の先生がミカンは一人幾つ貰えますか?」という質問をします。その問いに、園の1番の問題児・春男は涙を流しながら、「みんなが同じ数だけ貰えるのが大事なんや」(『SUNNY』から引用)と言います。
シンプルなエピソードの中で、ふとした瞬間に感情をさらけ出したり、時に押し殺す姿は、かつて、自分が子供の時に感じていたものを思い出させます。絶対的な親という存在に対して感じていた、強い感情が溢れてくる、子供達の人間ドラマを描いた作品です。
本作は、松本大洋が初期に発表した全7編からなる短編集となります。タイトル通り青春がテーマとなっていますが、スポーツや恋愛に打ち込む姿や、そのような中で芽生える友情といった、明るく健全な青春とは少し異なります。
- 著者
- 松本 大洋
- 出版日
- 2012-01-14
どちらかというと、青春時代に感じていた鬱屈感、閉塞感が感じられる、不良少年達の「日常」を描いた作品となっています。
今回は、準決勝で敗れ、甲子園に出ることができなかった野球部員たちが部室で麻雀に興じる「夏でポン!」をご紹介します。まるで甲子園の試合とダブらせるかのように、試合の場面と、麻雀をする部員たちの姿が、同時進行で描かれます。
他の生徒が、「よっぽどこたえたんだな。準決勝」「甲子園終わるまでやる気だぜ」(『夏でポン!』より引用)と噂するほど、部室にこもって麻雀を続ける部員たちですが、そこには明らかな悔しさや悲しみの言葉はありません。
むしろ、「麻雀ばっか強くってもな、野球で負けてちゃ仕方ねぇ」(『夏でポン!』から引用)などと、自虐的な言葉を発しています。自分たちを茶化しながらも、やり場のない喪失感が感じられます。
栄光も無ければ達成感も無い、ある日常の一コマが描かれます。妙にリアリティを感じさせるのは、青春時代に感じていた、生々しい感情をそのまま切り取った作品となっているからでしょう。
本作については、じっくりと腰を据えて読むことをお勧めします。ファンの間でも、難解な作品であるといった声を多く見かけるほどの作品なのです。ストーリーの流れや、キャラクターの発するセリフから、読み手は感性を駆使して、秘められた意図を受け取らなければならない作品といえるでしょう。
- 著者
- 松本 大洋
- 出版日
舞台は遠い未来。崩壊した世界を救うため、特殊な能力を持つメンバーで構成された「虹組」を頂点として「国際平和隊」が結成されました。世界に平和を取り戻すかと思われていましたが、メンバーの一人、No.吾(ナンバーファイブ)が逃走します。マトリョーシカという名の少女を連れ立って。
他の虹組のメンバーは、彼を追跡し、裏切り者を始末すべく動きます。吾(ナンバーファイブ)の目的とは?世界は一体どうなるのでしょうか?
あらすじに簡単に触れてみましたが、これだけで、これまで紹介した松本作品とは、若干毛色が異なることが理解いただけるでしょう。しかし、ただの戦闘や謎解きに留まらないのが松本大洋の作品です。
まず、主人公を始めとするキャラクターがどれも丁寧に、緻密に描かれています。ファンタジーの世界でも、やはり生々しいほどに、人間が描かれているのです。
虹組メンバーのそれぞれのバックグラウンドや性格もさることながら、虹組リーダーであり、吾の最大の敵とも言えるポジションに居る、No.王(ナンバーワン)ですら、確固たる目的を持ち貫き続ける姿に一概に「敵」として片づけることのできない魅力があります。
週刊誌の増刊号である第一号目から、目玉作品として掲載されていたことからも、松本大洋らしさを十二分に発揮しながらも、新境地として読者に衝撃を与えた本作は、見事な完成度と言えるでしょう。
また、ファンタジーという非現実的な設定の中で、非常に淡々と生死について描かれているという点が、本作品に重みを与えているのではないでしょうか。
持つ者、持たざる者。それぞれの苦悩と葛藤を、圧倒的なスピード感と人物描写で描いた本作は、松本大洋の作品を語るうえで欠かせない代表作となっています。
クラスに一人はいるようなお調子者・ペコと、何を考えているかわからない暗い感じの男の子・スマイル。この二人が物語の中心となります。
- 著者
- 松本 大洋
- 出版日
一見すると、共通点の無い二人。この二人を繋ぐものが、卓球です。もともと才能に恵まれたペコと、それに魅入られたスマイル。いつしか、ペコは努力を怠り、自分より格下だと思っていたスマイルや、同じ卓球道場に通っていた幼なじみ・アクマとの差を目の当たりにすることになります。
卓球選手として立場が逆転しても、スマイルは決して安易な言葉でペコに努力を強いることはしません。淡々と、「嫌ならやめたらいい。無理して続ける事はないよ。」(『ピンポン!』から引用)と言います。
しかし、スマイルにとってのペコは、絶対無敵のヒーローなのです。いつだってピンチの時に現れ、自信満々で相手を吹っ飛ばすヒーローを、スマイルは待っているのです。
では、そんな期待を一身に受けたヒーローは、一体何を思うのでしょうか。勝って当たり前、できて当たり前……常人には計り知れない、ヒーローとしての苦悩。
スマイルにとってのペコ然り、インターハイ常勝校の主将である、風間然り。彼らのヒーロー(勝者)に対する概念が、対極であることもまた、二人の試合のシーンを楽しむ醍醐味と言えるかもしれません。
また、ライバル校の選手であり、ペコとスマイルの幼なじみである佐久間ことアクマも、苦悩し、挫折を味わった末に、卓球から離れたペコに対してこう投げかけます。
「血反吐吐くまで走りこめ、血便出るまで素振りしろ、でなきゃ、お前に憧れたスマイルや俺が報われねぇ」(『ピンポン!』から引用)。
才能とは全てを凌駕するのか。才能の無い者は、その世界を去ることしかできないのか?答えは是非、作品の中で見つけて欲しいと思います。
いかがでしたでしょうか。今回は代表的な5作品を紹介いたしましたが、設定が現実であれ、非現実であれ、松本大洋は常に、ありのままの「人間」を描いていることが、お判りいただけたのではないでしょうか。そんな松本作品を、ぜひ一度手に取ってみて下さい。