井上ひさしと優しさ
あけましておめでとうございます。藍坊主のベース藤森真一です。去年はリバイバルツアーに始まり、楽曲制作、そして自主レーベルLunoRecordsからのアルバムリリース、レコ発ツアーと、バンド史上最高に充実した年になりました。今年も僕らの活動にどうかお付き合いください。宜しくお願い致します。
さて、新しい挑戦にあけくれた2016年の中で『例えば、あの曲の話〜hozzy藤森の弾き語りライブ〜』というイベントの定期開催、ホンシェルジュでのコラム連載、この2つが2017年の活動にジワジワ影響してくると予想しています。
弾き語りイベント『例えば〜』とホンシェルジュのコラボ企画もありましたね。お陰で自分のバックボーンを再認識することが出来ました。例えば、「テールランプ」という楽曲は『やさしいライオン』という絵本に影響されており、保育士でピアノが得意な母親と、同じく保育士で絵を描くことが好きな父親から受け継いだDNAに関係があり、もっと言えば父親が育った岩手の環境や東北人特有のおおらかさなどから出来上がっていると自己分析できたし。例えば、ボーカルのhozzyとお互いの作品を解説した回では、「伝言」という曲をhozzyが「優しさと力強さの融合」と分析してくれました。
甲本ヒロトが「パンクロックは優しいから好きだ」と歌っているように、僕も優しさに感動を感じ、優しさを表現することに喜びを覚える人種なんだなと、改めて思ったわけです。
今回は、そんな僕の琴線にふれた、優しさ溢れる本を3冊選びました。選んだ本がすべて同じ作家さんになってしまいましたが、何度読み返しても優しさという意味でこの人の右に出る人はいません。
作家としてはもちろん、作詞家としても尊敬しているこの方。『ひょっこりひょうたん島』の詞は何度見ても涙腺に響きます。ということで、今回のテーマは「冬にぴったり!心温まる井上ひさしのおすすめ小説」です!
おもちゃ箱をひっくり返したかのような怪笑小説
- 著者
- 井上 ひさし
- 出版日
まず紹介するのは、井上ひさしさんの処女作『ブンとフン』。貧乏な小説家フン先生の作品に登場する大泥棒ブンが、小説の中から抜け出し世界中のものを盗むというお話。大泥棒ブンは四次元の住人で、彼(彼女?)が三次元の世界に飛び出したのだからもうハチャメチャ。空間も時間も変身だって自由自在。1冊通しておもちゃ箱をひっくり返したかのようなユーモアさで、歯に衣を着せずに言えば、馬鹿馬鹿しい作品です。だからこそ心が温まる作品に感じます。それは処女作なのに「自分と自分の作品を必要以上に良く見せたい」という見栄や欲がまったく感じられないから。
おじいちゃんおばあちゃんに優しくされると理由もなく涙が溢れそうになる幼少期のあの感じ。父親の実家がある岩手県に行って感じたものを東北出身の著者に感じるのは偶然じゃないと思います。家の外は雪。気温は寒いからこそ心だけは温かくしようとしていたのかな。
強い信念が感じられるのが、四次元の大泥棒ブンがモノではなく心の一部を盗むようになるシーン。高級ホテルのグリルラウンジにて、語尾に「ざんす」を付けて喋るご婦人がたが注文したのは「イギリス王室風キドニーパイ」。ところが「焼き芋」が食べたくなって台所へ走り出してしまうのです。この時ブンが盗んだのは、ご婦人方の見栄や気取り、人間の虚栄心。
バカにされてもいいから沢山の人に笑顔になってもらいたい、という描き方が井上ひさしワールドの真骨頂だと思います。本当に大好きな作品。ぜひ読んで欲しいです。
花石を舞台に描かれる、人と関わることの素晴らしさ
- 著者
- 井上 ひさし
- 出版日
- 2011-09-02
人間とは不思議なもので、対人関係によって自分の存在価値が決まってしまうものだと思います。良くも悪くも。虐められ続ければ「自分は生きている価値はない」と自らの命を絶ち、優しくされれば「こんな自分でも生きていて良いのだ」と思い、その人の期待へ応えることで自分の存在価値を高めていく。
2冊目に紹介するのは、同じく井上ひさしさんの『花石物語』です。舞台モチーフは岩手県の釜石市で、劣等感が自尊心に変わる経過を描いた作品だと思っています。幼少期の岩手の思い出が強烈な僕にとって、運命的なものを感じた作品です。心のど真ん中を温めてくれます。
ざっとあらすじを書きますと、東大へのコンプレックスや都会の生活で吃音症を煩った主人公の夏夫が、夏休みを使い、母親の住む花石で生活を始めます。製鉄所で栄え賑わう町で、個性豊かな人と出会い、その人を守ることを決意。東京へは帰らず、覚悟を持った新しい生活が始まるまでを描いています。冒頭でオドオドしていた夏夫も、最後には「知り合いだろうが、知らない人だろうが、何人でもかかってこい、及ばずながらこの僕が徹底的に世話をしてやるぞ、と叫びたくなるのを一生懸命におさえながら」と思うまでになります。あらすじを書いていて改めて思うけど、ストーリー云々ではなく、人間の描写が本当に素晴らしい作品です。
自分の存在価値を認めてくれる人がいて、その人を守りたいが為に、さらに強くなろうとする青春の光。こういう出会いがどれだけできるかが、倖せになる鍵。人と人の間に「人間」がいる。クサイですが、本当にそうだなと思います。