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徳川家康は影武者だった?彼の生涯についてもっと知るための小説5冊

更新:2020.11.30 作成:2017.7.17

栃木県日光市にある日光東照宮。徳川家康を祀った墓所として有名です。死後、神仏化されるほど敬われた彼は、誰もが聞いたことがある戦国武将ですが知られざる顔もあったのです。今回は、彼の新たな顔を知ることができる本を紹介します。

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戦国の世を終わらせた苦労人、徳川家康

徳川家康は260年あまり続いた江戸幕府の初代将軍です。三河(現在の愛知県東部)の松平家嫡男として生まれ、幼少時は織田家、今川家への人質として不遇の生活を送りました。織田信長による桶狭間の戦いで今川義元が討たれると、今川家から独立し織田信長と同盟。織田家の盟友として各地を転戦します。

信長が本能寺の変で亡くなると、豊臣秀吉の旗下として北条家を滅ぼし、北条家の治めていた関東八州に拠点を移しました。その後秀吉が亡くなると五大老筆頭として勢力を拡大。敵対する石田三成などを関ヶ原の戦いで破り天下を掌握することになります。

ついには征夷大将軍に任ぜられ江戸に幕府を開設。将軍職は息子・秀忠に譲り、自分は駿府で大御所として政務の実権を握ります。そのうえで豊臣秀頼を大阪の陣で葬り、ついには長く続いた戦国時代の終焉を迎えたのです。

死後、孫の三代将軍家光により東照大権現として日光に祀られます。以後、江戸幕府の守り神として崇められることになるのです。その卓越した戦略と政治力、忍耐力は、勝者の哲学として今の時代に至るまで語られます。

徳川家康にまつわる逸話7選

1.小さい時から洞察力に優れていた

まだ彼が10歳の頃、河原で子供たちの石合戦を見物していたとき、150人と300人の対決であったその戦いを見て、彼は「人数が少ない方が勝つ。」と予想しました。

それを聞いた従者は「そんなはずはありません。」といい、2人は言い争いになりましたが、合戦が始まると150人の軍勢の方に新手の味方が多数加わり、そちらの軍勢が勝利します。そして、「それみたことか。」と従者の頭を叩きながら喜んだと伝わっています。

2.武勇に優れていた

彼は1573年の三方ヶ原の戦いにおいて武田信玄に敗北を喫し、退却する途中で道を塞いだ武田軍の兵士を騎射で倒して突破したり、浜松城にいた頃には約100m先の櫓の上にいた鶴を鉄砲で打ち落としたり、鳶を連続で打ち落としたり、家臣が打っても当たらなかった的の中央に弾を当てたという記録が残っています。

3.常に用心深かった

彼は大坪流という馬術の流派を学んでおり、馬の扱いにも長けていましたが、こんな逸話が残っています。

小田原征伐に参陣した家康が細い橋を渡る際、馬を使って渡るのかと周りにいる者たちは注目しましたが、騎乗していた馬を兵士に預けると、自らは家臣に背負われて渡りました。豊臣方の兵はそれを見て笑いますが、諸将は「馬術に長けている者は危険を冒さない。あれこそ馬術の極意だ。」と感心したといいます。

4.倹約家だった

質素な生活を送っており、麦飯をよく食べていましたが、ある時家臣が白米の上に麦を乗せたところ、農民ばかりに苦労させて自分だけ豪華なものを食べるわけにはいかない、と叱責したといいます。

またある時は厩舎が壊れてしまったことがありましたが、壊れていた方が丈夫な馬が育ちやすいといって厩舎をそのままにしていたそうです。

5.医学にも長けていた

家康は自ら薬を調合して服用するほど、医学に関心が高く、当時の名医を呼んで研究に勤しんでおり、その知識も並大抵のものではなかったと伝わっています。彼は戦に臨む際に自らが調剤した「御陣薬」を持参しており、この薬を重臣や家来にも服用させています。

6.子だくさんだった

幕府を開いて将軍に就任した頃、彼はすでに還暦をむかえていましたが、奥方の数は20人を超えており、その生涯のなかで残した子宝は11男5女の計16人でした。かなりの子だくさんだったといえます。

7.割と短期だった

「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」の歌のように我慢強い性格だと思われがちですが、実際は短期だったようです。

戦の最中にいらいらすると爪を噛む癖があり、なにか不満があると馬の鞍を殴って八つ当たりをしていたという記録が残っています。

親子で読めるおすすめ小説。偉人伝『徳川家康―江戸幕府をひらく』

本書は『砂の器』や『点と線』で知られる社会派推理小説家で芥川賞受賞作家の松本清張が、児童向けに書いた伝記です。大人が読んでも、さすが文学界の巨匠が書いた作品と思わせる読み応えのある作品です。
著者
松本 清張
出版日
1982-09-30
「よわいものは苦労に負けてしまう。すぐに,めそめそないたり,かなしんで人をうらんだりして,じぶんからつまらない人間になってしまう。はだをさすようなつめたい冬,畑のむぎはふまれればふまれるほど,春になるとのびるではないか。竹千代(家康の幼名)が,そのむぎであった」(『徳川家康―江戸幕府をひらく』より引用)

不遇の幼少期から我慢に我慢を重ね成長していく彼の姿には心を打たれます。ですます調の現代語で書かれているため、子どもから大人まで楽しめる伝記となっています。親子で読むには最適な作品ですし、歴史物に興味を持つ最初の作品としても面白いでしょう。何でも物が手に入る今の時代にこそ必要な本かもしれません。

徳川家康と選ばれし職人達の物語『家康、江戸を建てる』

直木賞候補作になったことで話題になった本書は、北条討伐後に関東八州に転封された家康が、荒れ地同然だった江戸の地をいかに大都市に作り変えていったのか、彼に命を請けた技術職人たちの活躍を題材にした作品です。
著者
門井慶喜
出版日
2016-02-09
家康は天下人豊臣秀吉の命により先祖代々の地を召し上げられ関東の地に赴きます。表向き北条討伐の褒美としてですが、その実、有力大名の徳川家を遠ざけ弱体化させる意味合いで、敵対勢力も今尚残る未開の地へ追いやられたのです。当然猛反対する家臣たちを抑え、「関東には未来がある」と当時無名の小城「江戸城」に入ります。

家康は関東を確固たる基盤にするため江戸の地を大阪にも匹敵する大都市に変貌させたいと考えます。その誰もが乱心したかと思うような大仕事を、無名なれど秀でた才能を持つ者どもを抜擢し采配させたのです。合戦などの軍記ものが多い中、内政に着目した本作は家康の政治家としての能力を垣間見られる異色の作品といえるでしょう。

関ヶ原で家康は死んでいた!?おすすめ歴史小説『影武者徳川家康』

本作は関ヶ原の戦いで本物の家康は死んでいて、以後は影武者世良田二郎三郎だったという、歴史の「もしも~」に史実を織り交ぜた歴史スペクタルとして書かれた傑作小説です。
著者
隆 慶一郎
出版日
1993-08-31
影武者世良田二郎三郎は10年以上も家康の傍でその軍略を目のあたりにして、容姿はもちろん考え方まで主君と同等にまでなっていました。関ヶ原の戦いの最中に家康は討たれ、その死を隠すために影武者なれど本物として振る舞います。大戦後も徳川幕府を盤石にするため家康になり代わり政務をこなす運命となるのです。

戦乱の世を終わらせ、和平の世を作るため尽力する家康の影武者世良田二郎三郎、実権を手中に治めたい2代将軍秀忠を中心として、忍びを使った情報戦や死闘を繰り広げながらストーリーが展開されていきます。

「家康が死んでいた」というフィクションですが、膨大な資料から史実を丁寧に掘り下げて検証された作品で、「もしかしたら本当に……」とさえ思ってしまうことでしょう。謎多き徳川家康の行動を影武者だったという結論で解いていく、センセーショナルな物語をぜひお楽しみください。

天下分け目の合戦はこうして幕を開けた『関ヶ原』

『関ヶ原』は歴史小説の第一人者・司馬遼太郎が関ヶ原の戦いを詳細に描いた作品です。西軍石田三成と東軍徳川家康の人物像を軸に描かれていますが、上杉景勝とその家老の直江兼続、大谷吉継や島左近など他の登場人物も丁寧に描かれており、関ヶ原に臨む心理描写は読むものを惹きつけます。
著者
司馬 遼太郎
出版日
1974-06-24
上中下巻の三部からなり、上巻では石田三成が豊臣秀吉に見いだされ文官として出世していき、秀吉亡き後の豊臣を如何に守ろうとしたか。対して徳川家康の天下を奪おうとする策謀の数々が描かれます。中巻は関が原に挑む三成、家康のほか、どちらに味方するかを苦悩する諸将の思惑が興味深く書かれ、下巻の関ヶ原の戦いの顛末にと突き進んでいきます。

歴史に名高い関ヶ原の戦いは話題に事欠かないほど物語が多く、小早川秀秋の裏切りや大谷吉継と宇喜田秀家の奮闘、島津義弘の勇敢な撤退などが有名です。今作はその戦のみならず、各武将の心情が掘り下げられ、よりその行動の理由がわかることで関ヶ原の戦いを深く知ることができます。

おすすめ超大作!平和な時代を築き上げた最後の武将『徳川家康』

著者の山岡荘八が1950年から17年の歳月をかけて執筆した、文庫本にして全26巻に及ぶ超大作です。世界的にも「もっとも長い小説」として一時ギネスブックに認定さえされたほど。徳川家康を知りたいならばぜひ読破してほしい作品です。
著者
山岡 荘八
出版日
1987-10-01
徳川家康の一生を生誕から最後まで書かれていますが、その時代毎に関わる登場人物も実に魅力的に書かれています。織田信長、豊臣秀吉、武田信玄、上杉謙信、伊達政宗など様々な武将たちの検証資料にも使われているほどです。

信長から秀吉へ、そして家康へと引き継がれていく平和への思いが主題として描かれている本作。戦国の世を終結させて戦のない江戸幕府260年あまりの歴史を作った家康の業績を称える作風になっています。

「兎に角「平和」にひとつの祈りを込めて書き継いできた…
枚数にして四百字詰一万七千四百枚。単行本にして二十六巻。
諸霊よ、私はあなたがたに、「後を頼む!」と云われた言葉を忘れてはいない。しかし微力な文学の徒であった私には、こうした方法の供養しか出来なかったことを、笑って許してくれるであろうか」(『徳川家康』26巻より引用)

家康になぞって戦後日本の平和を思う心が描かれた本作は、日本の小説史上に残る傑作です。

徳川家康を題材にした作品は限りなく存在します。その作者により表現の違いや主観などで様々な顔を見せます。戦国時代を終わらせ平和な時代を築き上げた偉人の本当の顔は未だ謎に包まれたままです。400年以上経った今も悟りきれない彼の英知にふれてみてはいかがでしょう。