文学はレトリックだよとその人は言った。そうですかねえと僕。学生の頃のことだ。「俺の友達に物凄い読書家がいるんだよ。その彼が言うに、結局文学はレトリックだってさ」「そうかなあ。芸術は表現の上手い下手じゃなくて、何を言いたいかが一番大事なんじゃないかなあ」「それでもレトリックなんだよ」。議論にもならない話だったが、なぜだか今でも印象に残っている。
谷崎の作品を簡単に変態小説といってしまってはいけない気がする。一線をなかなか越えられない悶々とした気持ち、あるいはそこに至る過程を濃密に描くから、文学になるのである。新潮文庫『刺青・秘密』収録の「少年」は、子供たちの背徳的遊びがやがて白熱して、終いには女の子に蝋燭を垂らされたりオシッコを飲まされたりする話。それを、けっして下品には落ちず、感情に流されない文章で描く。
- 著者
- 谷崎 潤一郎
- 出版日
- 2012-09-20
太宰は本当に文章が上手い。晦渋(かいじゅう)にならず、読者の心にスッと入って来る。時々、どうです、僕って文章が上手いでしょう、と作者の顔が見え隠れしないでもないが、それにしても上手い。太宰はどうもという人は、おそらくこの見え隠れが不快なんじゃないかと思う。安岡章太郎が小説を書き始めた頃、嫌々ながら太宰の文体を真似たという逸話があるが、そのぐらい当代きっての上手い作家であった。
- 著者
- 太宰 治
- 出版日
- 1950-12-22
文学の鬼、宇野浩二もまた文章が大変に上手い。江戸川乱歩や横溝正史が愛読者だったというのもうなずける。どちらもその文体に倣い、どちらにもオマージュと思しき題名の作品がある。
- 著者
- 宇野 浩二
- 出版日
- 1951-06-25
新戯作派とでもいうのだろうか。とにかく石川淳のセンテンスは饒舌で長い。「焼跡のイエス」の書き出しにしてから、
- 著者
- 石川 淳
- 出版日
- 2006-11-11
いわゆるプロの作品ではない。学徒動員で戦地に赴いた学生たちの、死を目前にした魂の声だ。何という純な、何と真剣で悲しい声だろうか。死の覚悟はかくも人を純粋に、尊厳と優しさに満ちたものにするのであろうか。そしてこれらはまだ二十歳そこそこの若者が書いたものだ。もちろん彼らは一部のインテリではあるが、戦前の日本人の知的水準の高さに驚く。
- 著者
- 出版日
- 2003-12-16
本と音楽
バンドマンやソロ・アーティスト、民族楽器奏者や音楽雑誌編集者など音楽に関連するひとびとが、本好きのコンシェルジュとして、おすすめの本を紹介します。小説に漫画、写真集にビジネス書、自然科学書やスピリチュアル本も。幅広い本と出会えます。インタビューも。