内田百閒 第一阿房列車
「う」内田百閒先生。かつて友人が勧めてくれて読みたいと思っていた一冊。大阪滞在中に購入しようと思って探したがなかなか見つからず、六店舗目でやっと発見した。読んでみた。なぜ、こんな名著を置いていない本屋があるのかいらいらする。まったく世の中腹の立つことばかりだ。
「用事がなければどこへも行ってもいけないと云うわけではない」と曰って百閒先生は弟子の「ヒマラヤ山系」を連れ、なんにも用事がないのに汽車で色々なところへ旅をする。しかもわざわざ借金して。どこへ行っても偏屈な文句ばかりたれてどこへ行っても鯨飲する百閒先生。弟子のヒマラヤ山系は「どぶ鼠」と蔑まれながら飄々として我侭な百閒先生の世話をやく。
随所に爆笑どこ
ろがあって、百閒先生の独自の偏屈理論が展開される。偏屈だけど痛快。そんな旅のなかでさっくりとした情景描写が映え、ただの珍道中記たらしめない。まさに名著・名エッセイだ。これは是非「体験」していただきたい一冊。大オススメ。
江國香織 泳ぐのに、安全でも適切でもありません
「え」江國香織さん。はっきり言って俺は女性作家は苦手だ。ごてごてした装飾と甘ったるい言葉の連続で、大抵目眩がする。とはいえ食わず嫌いの気がないでもない。自ら己の世界を狭めるのも面白くないし、せっかくこういった場所で文章を書かしてもらっているので、久しぶりに思い切って読んでみた。
安全でも適切でもない人生のなかで愛にだけは躊躇わない、あるいは躊躇わなかった女性たちの物語。うおー。これはちょっと臭うぞ。なんて思って読んだ表題作「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」は、俺が常日頃抱いている感情剥き出しで感性が一方的な女性作家の作品とは少し違っていて、静かな情熱の漂うとにかく端正な作品だった。化粧っ気があまりなく、読了後に不思議な小さな爽快感があった。
この短編集、一つひとつのお話のサイズ感がとても良い。かなり好みなサイズ感。これはちょっと臭うな……と思うような作品もあったけれど、俺が持っている偏見の一角が崩れたような気がした。いやー。でもまだ苦手だなあ……。とはいえこれからもいろいろ読んでみようと思う。俺のような偏見がない人にはなかなかオススメの本。
織田作之助 夫婦善哉
「お」織田作之助さん。ずっと読みたかったので読んでみた。衝撃。どうしようもないグルメなクズ男と、そのクズ男が好きで仕方がない女の話。単純じゃないんだよな、人間ていうのは。
物語としてめちゃ面白いのはドラマになったくらいだからみんな知ってるかもしれないが、この小説、凄いのは会話文がほとんどないのに、登場人物たちの人間性が色濃く伝わってくるところだ。訥々と語られる文章の中にあるざっくばらな人物描写が凄い。簡単に書いてそうに見えてこれはセンスの塊だ。
文章のリズム感が違う。ドライブ感が違う。気づくと頁を捲る手が止まらない。短編という数十頁の中で展開される物語の濃度とは考えられない。通俗であり文学。活字のドラマが展開される。天才なんだろうな。悔しい。一読をオススメします。ハマるぜ。