なぜ?『蝿の王』がプレゼントに最適な理由

更新:2017.1.30

1954年出版の名著『蝿の王』に描かれている世界は、現実世界に酷似しているのでしょうか? 

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「分断」を煽る時代背景

それは、民主主義が部族主義および専制主義へと陥る、ある社会の物語。法治主義を奉じ、互いを敵視し、非力な、阻害された存在を犠牲にする者たちが築いた、ある文明の物語。それは、品性や良識という脆弱な表層のすぐ下に潜む人間の野蛮性を思い出させます。

どこかで聞いたことがある? そのとおり。これは飛行機事故死を免れ、南海の孤島に閉じ込められたイギリスの少年たちを描いた小説、『蝿の王』の筋書きです。協調の時は間もなく過ぎ、ラーフとジャックというリーダー2人による権力争いから仲間割れが生じる。勝つのはジャック。彼が取った戦略は、ジャングルに棲むという恐ろしい幽霊「獣」という共通の敵を狩り、殺すと公約すること。それは恐怖を煽り、分離を掲げる選挙運動の常道です。

『蝿の王』が世に出たのは1954年。背景にはナチズムの台頭と第二次大戦への恐怖があった。にもかかわらずこれは、多くの点で、2017年の世界にそのまま語りかけてくる。耐乏、難民危機、ブレグジット、そしてドナルド・トランプの登場が国粋主義者の気炎を上げ、社会的分断を煽り立てる今の世の中に。

もっとも、この小説には部族の残忍性を強調する人種差別的表現が多く使われており、その点はもちろん、現代の読者にはなじみません。そこには、著者であるウィリアム・ゴールディングが根深いヨーロッパ中心主義および植民地主義的思考に縛られていた事実がはっきりと現れているからです。だがそれでも、根底にあるメッセージは変わらない――「残忍性」は人間の普遍的なテーマの一つです。民族性や国民性によるものではありません。そしてそれは私たちを促します。欧米全土において、極右の過激思想が主流派の政治界に再び忍び入っていった様子を思い出しなさい、と。

極右は国民的忠誠から合法的差別主義まで、大衆向けの言葉を巧みに利用する。アメリカのいわゆるオルタナ右翼、フランスの国民戦線、イギリス独立党、そして外国人を毛嫌いするイギリスのEU離脱派は皆、不満を糧にします。こうした集団にとって、複雑な経済および政治的現実に対する解決策は、「獣」を狩れば済むのと同じくらい単純明快です。ジャックはトランプの、ル・ペンの、ファラージの中に生きています。

進歩と理性の対立

仲間を声高に煽動するジャックの対極的存在として、『蝿の王』にはピギーとサイモンが登場します。前者は科学的進歩を固く信じていますが、「僕らがもしも人を恐れてしまったら」人類の進歩がその足を止めてしまうであろうことにも気づいています。ピギーは眼鏡――彼にとっての先見と明晰の手段――を仲間に奪われ、弱体化します。少年たちはそれで火をおこすが、間もなく炎は手に負えなくなり、彼らの新たな住まいである島の一部を焼く。火を起こすことは和合文明の最初の行動ではなく、仲間を分断する亀裂の象徴であり、これがついにはジャック一派の手によるピギー殺害へと至るのです。

ピギーが“進歩”なら、サイモンは“理性”だ。サイモンは「獣」が存在しないことを、そして少年たち自身の恐怖の産物であることを知っている――「“獣”についてどう考えてみても、サイモンの心の目に映るのは、勇敢かつ病んだ人間の姿だけだった」。だがこの洞察にもかかわらず、サイモンは弱虫と見なされ、孤立してしまいます。

ひとり探索に出たサイモンは、「獣」はパイロットの死体でしかないことを突き止めます。それははるか遠くで起きている苛烈な戦争の犠牲者であり、パラシュートとともに島まで運ばれてきたのでした。サイモンはその報せを持って皆のもとに戻る。だが、少年たちの想像力は血を求めて止まない圧倒的欲望を目覚めさせます。彼らの目にはもはや、サイモンは同じ人間ではなく、自らの社会に対する脅威にしか見えません。少年たちの「歯と爪で引き裂く」攻撃により、サイモンの叫びはかき消されてしまいます。

小さな希望の光を見出す

1962年、全米の大学を巡って行なった講演の中で、ゴールディングは『蝿の王』を書いた理由について語りました。「私の本はこう言いたかったのです――いまや第二次大戦は終わり、邪悪なものは破壊された、これでもう安心だ、人間は生来、優しく良識のあるものなのだから、と君は思っているでしょう。しかし私は知っています、あれがなぜドイツに登場したのか、そしてあれがどの国でも起きうることを」

今のところ、見通しは極めて暗いでしょう。それでも、ゴールディングは偏見に傾倒する人間の性を描く一方、小さな希望の光も書いていkます。ジャックの命令による人狩りを逃れたラーフは、焦土と化した島から立ち上る煙を目にして船で上陸した制服姿の海軍士官に出くわす。ラーフが「無垢の終わり」を嘆いて泣きじゃくるなか、士官はふり返り、遠くに停泊中の軍艦を見つめます。この最後のシーンは内省の瞬間だ。少年たちの原始的文明が残酷な、そして環境面でも悲劇的結末を迎えるなか、大人の世界は自らの愚行の象徴的光景をまざまざと見せつけられるのです。

『蝿の王』はたんに、野蛮性に国境はないと諭すだけの小説ではありません。皆が共有する人類愛に身を尽くすことで、野蛮性の蔓延は防げるとも訴えています。「もしも人類が1億年、この星で生きながらえるとするなら」と、ゴールディングは1962年の講演で語りました。「その長い長い年月を、国家的自己満足や愛国主義的愚行の渦の中で費やすことは、到底考えられません」

この小説は心温まる物語ではないかもしれません、でも、恐怖に駆られた社会の姿を僕らにありありと見せてくれます。現代の読者にとっては、緊急警告であり祈りなのです。

The Conversation紙より転用(www.conversation.com)
マシュー・ホウィットル:リーズ大学英語学部(Contemporary and Postcolonial専攻)の教育助手

Photo:(C)WENN / Zeta Image
Text:(C)The Independent / Zeta Image
Translation:Takatsugu Arai

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