日本公演の舞台裏を明かす
2016年はビートルズ来日50周年。各社からあれこれたくさんの記念本が出るのは間違いない。というか、出す予定があるという話をすでに数社から聞いているし、自分でもすでに企画中の本がある。ビートルズの日本公演がらみ本は過去にももちろんたくさん出ているけれども、そんな中で最も印象深かったのが、ジャーナリスト・竹中労を中心に日本公演の文字通り舞台裏を緻密に探った『ビートルズ・レポート~東京を狂乱させた5日間~』。
来日公演後に出たオリジナル版は古本屋で見る機会もほとんどなく、最初に手にしたのは82年に白夜書房から出た、小ぶりな復刻版だった。あれだけ警備が厳重だったのは、70年安保改定を前に、要人護衛の大演習にビートルズを使って行なうためだったという視点が、まだ20代前半だった自分にとって、予期せぬ驚きだったのをよく覚えている。光があれば影もあるというか、「レイン」があれば「ヒア・カムズ・ザ・サン」もあるというか、脚光を浴びる人たちの裏には、それを実現させるための陰の存在があること。そしてビートルズをジャーナリスティックな視点でとらえることが可能だということをこの本で学んだ気がする。
「いつどこで何を録音したか」を網羅
これまでに読んだビートルズのすべての本の中で最も衝撃を受けたのがこれ。1988年、当時イギリスに滞在していた兄が出たばかりの本書を手にしてまもなく帰国したので、それはもう、貪るように読んだ。まだ日本語訳の出ていない英語の大書だったが、写真も含めてページをめくるのがもったいないような感覚に襲われたものだ。
ビートルズがいつ何時にどこでどの曲をどのくらい時間をかけて何テイク録音したのか。実際に立ち会ったプロデューサーやエンジニアはだれか。1962年から1970年まで、ビートルズがEMI(のちのアビイ・ロード)スタジオで録音した曲の詳細を、残されたセッション・テープを元に、ビートルズ研究の第一人者が実際に音も聴いてまとめた記録集だ。マニアックな話になるけれど、『ラバー・ソウル』収録の「ウェイト」がもともと『ヘルプ!』のアウトテイクだったことや、『アビイ・ロード』収録の「ハー・マジェスティ」が当初はB面のメドレーの途中に入っていたことなど、目玉が飛び出すほどの衝撃の数々が本書には詰め込まれていた。本書でも触れられていないが、1969年のポールとリンゴのセッション写真は、アルバム『アビイ・ロード』ではなく、メリー・ホプキンの「ケ・セラ・セラ」のレコーディングの時のもの。
ヨーコにクッキーを食べられて怒るジョージ
マーク・ルイソンの『ザ・ビートルズ レコーディング・セッション』を超えるレコーディング・データ本はないだろうと思っていたけれど、それに匹敵する本が出た。プロデューサーのジョージ・マーティンとともにアルバム『リボルバー』以降のビートルズを支えたエンジニア、ジェフ・エメリックの回想録だ。最近編集を手掛けた『ビートルズ音盤青春記』(音楽出版社)の著者・牧野良幸さんも、目にした情景や発言がそのまま絵や音として即座に記憶される特技(?)の持ち主だけれど、ジェフ・エメリックの記憶力もすごい。日記でもつけていたんじゃないかと思えるほどに。
この本でも、たとえば「イエロー・サブマリン」のブラスの音はスタジオの擬音を使ったものだという記載をはじめ、新事実があちこちに登場するが、中でもとくにおかしかったのが、『ザ・ビートルズ』のセッション中に、オノ・ヨーコに自分のクッキーを勝手に食べられて激怒するジョージのくだり。ビートルズ解散後もポールと組んで『バンド・オン・ザ・ラン』や『タッグ・オブ・ウォー』などの名盤を作ったエンジニアなので、当然のようにポール贔屓。ドキュメンタリー仕立ての回想録だからこその面白さがある。