志村貴子は複数の著作がアニメ化を果たしている売れっ子漫画家です。思春期特有の葛藤や、性意識を根底として描かれる淡い作品の数々は、男女問わず人気を誇っています。
志村貴子は1997年に雑誌「コミックビーム」に掲載した『ぼくは、おんなのこ』でデビューした、神奈川県出身の漫画家です。2014年に放送されたアニメ『アルドノア・ゼロ』にはキャラクター原案として携わるなど、絵の評価も高い漫画家です。
実は97年以前から、「加藤マサイチ」「東京堂えるえる」といった別名義で漫画家活動は行っていたそうなのですが、残念ながら、当時描かれた作品は単行本に収録されておらず、また志村貴子本人もそれらを単行本として世に出すつもりは無いそうです。
『放浪息子』や『青い花』がアニメ化を果たしているなどヒットメイカーとしても有名な志村貴子の作品の一番の特徴は、その繊細さにあります。
細いタッチで描かれる絵柄からは触れたら壊れてしまいそうな危うさを感じさせ、それに加えて、作品で取り扱うテーマも思春期特有の葛藤や性意識という繊細なものが多い、全体的に淡い気配の漂う漫画家です。
また登場人物の何気ない目線や表情で話を進めていくことが多々あり、また作中の出来事をあえて端折ることで読者に行間を読ませたり考えさせたりする作品が多く、結末も皆が望むような作り話チックな大団円ではなく、淡々と続く日常の一部を切り取ったような、現実感に溢れるものが多いです。
そういったテーマを、BL、GL、こじれた男女の恋愛などを駆使しながらコミカルに、しかし嫌に現実感のある漫画として描く著者の作風は、幅広い層から人気を誇っています。ここではそんな志村貴子の、おすすめの漫画ベスト5をご紹介したいと思います。
志村貴子のデビュー作をはじめとする短編6作が収録された短編集です。ちなみに表題作『ぼくは、おんなのこ』は、後述する『放浪息子』においても劇中劇として名前があがったりしています。
表題作は、全人類の性別が逆転してしまった世界を舞台にしているのですが、だからといって何か大混乱が巻き起きたり、それを治すために大冒険が始まるわけでもありません。主人公たちはただ、それを受容して日常を歩んでいきます。
- 著者
- 志村 貴子
- 出版日
- 2003-12-25
世界的大問題が発生したという舞台設定においてもなお、志村貴子の描く作品は、淡々と思春期の少年少女たちの日常と悩みを描き、いかにしてその悩みに折り合いをつけていくのか、という部分に話の焦点があわされていきます。
初期の作品ということもあり、『青い花』や『放浪息子』と比べると確かに絵は粗い印象は拭えないのですが、淡々と描かれるありふれた日常、その中で成長していき自分の悩みに折り合いをつける思春期の主人公、という志村貴子の作品の根幹の部分は、この段階で出来上がっています。
初版は2002年ですが、2015年に新装版が発売しています。ゲイ、百合、近親相姦、更には幽霊との恋愛など、様々な人々の恋愛模様を淡々と描いた志村貴子の短編集です。
幽霊など非日常的なキャラクターが活躍する作品ですが、描かれるのはあくまでも、どこにでもあるありふれた日常と、それに揺らめく登場人物たちの心理描写だけです。
- 著者
- 志村 貴子
- 出版日
- 2015-04-14
志村貴子の本作もやはり、無駄なシーンが極力なくされていて、非常に行間を読ませる漫画です。それによって、淡々としながらも小気味の良い漫画に仕立て上げられていて、物語の後にも登場人物たちの日常は続いていくのだという当たり前のことを思い出させてくれる作品群です。
2011年にアニメ化もしている志村貴子の代表作の1つです。女の子になりたい男の子と、男の子になりたい女の子。二人のトランスジェンダーな少年少女の成長を描いた青春漫画です。
先ほど述べたように、『ぼくは、おんなのこ』が劇中劇として登場します。
トランスジェンダーという非常に重いテーマを取り扱った作品なのですが、志村貴子の細く柔らかい絵によって、また少ない台詞や表情で登場人物の心情を描き切るなど行間を読ませる展開で描いているためか、決して軽いわけではないテーマの割にはすらすらと読み切ることが出来ます。
- 著者
- 志村 貴子
- 出版日
身体の成長に戸惑うさまや、成長していく過程で自分の悩みにうまく折り合いをつけていくこの作品は、トランスジェンダーものであると同時に、なんの変哲もない思春期の日常を描いたものでもあるのです。
ですが、だからこそ性同一性に揺らぎを持っている主人公たちもただの少年少女として扱われているわけですし、誰しもが読みながら、思春期のもやもやとした気持ちを思い起こさせられる作品として仕上がっているのだと思います。
2位でおすすめしたいのが本作。こちらは女性同士の恋愛を描いた志村貴子の代表作『青い花』とは逆に、男性同士の恋愛(BL)を描いた作品です。
親の再婚で兄弟になった公崇と夏央。初めこそ仲が良かったものの、公崇がゲイだと知ってしまってから夏央は公崇のことが大嫌いに。でも公崇は夏央のことが性的な意味で大好きで……というのがあらすじ。
- 著者
- 志村 貴子
- 出版日
- 2015-05-23
(義理とはいえ)近親相姦、しかもBLで性描写も結構がっつり、というてんこ盛りっぷりに忘れそうになりますが、やはり志村貴子作品。散々罵倒しながらも公崇を思う夏央の気持ちの揺れ動くさまは、読み手の感情すら揺れ動かしてきます。
異常なまでに夏央に恋焦がれる公崇の気持ち悪さ、でもそれを過去の自身の行いもありなんとなく許容してしまう夏央。
この作品でも、義兄弟の恋愛という非日常的な作風の中にありながら現実的な登場人物の距離感や思考が、作品全体を妙に現実感のある漫画として成立させています。
ちなみにこの作品が志村貴子のBL作品としては唯一、単体で単行本が出されている漫画でもあります。
『放浪息子』と同じくアニメ化もされた、志村貴子の代表作といって良い作品でしょう。鎌倉の平凡な女子高に入学したふみちゃんは入学式の日に、同じ鎌倉にあるお嬢様学校に入学した幼馴染のあーちゃんと再会。そんな2人と、その周りの人たちの人間関係を描いた作品です。
鎌倉が舞台の、女性同士の恋愛(GL)を描いた漫画ですが、いわゆる百合漫画としては珍しく、この作品では男女間の恋愛も扱っています。志村貴子いわく「女の子同士の恋愛の話だけに特化すると、女の子同士の恋愛が結局フィクションになってしまいそうだから」(『ロッキング・オン・ジャパン』2009年6月号より引用)とのこと。
- 著者
- 志村 貴子
- 出版日
- 2005-12-15
その効果なのか、登場人物たちも、舞台となるお嬢様学校も、非日常感にあふれているにも関わらず作品全体としては非常にリアリティーのある重いお話に仕上がっています。
女性同士の恋愛がテーマではありますが、学生の時期に感じた年上に対する淡い憧れ、自身の心のよりどころを模索している心情や恋愛感情に迷う登場人物面々を見ていると、単なる百合漫画ではなく1つの青春作品を見せつけられているのだと実感します。
志村貴子の作品は、ただひたすら登場人物の日常を描き、そんなありふれた日常の中にあらわれる悩みや葛藤といったものと主人公たちがどのように折り合いをつけていくのか、を描いています。
自分の現在の悩みといかに折り合いをつけていくのか、を考えてみる機会になる志村貴子の繊細で少し痛みを感じる作品は、だからこそ様々な人に愛されているのではないでしょうか。