無頼派文豪の作品を読む!おすすめ5作品を紹介!

更新:2021.12.16

文豪といえば夏目漱石や芥川龍之介などを思い浮かべるかと思いますが、無頼派をご存知ですか?有名な太宰治などが属する無頼派は、他の文豪とはまた違った魅力があります。おすすめ5作品を選びましたので、ぜひチャレンジしてみませんか?

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新しい文学を拓いた作家たち。無頼派とは

無頼派とは、第二次世界大戦終結後に今までの文学を批判し、同じ傾向を示した作家たちの総称です。象徴的な同人誌がなく、定義が曖昧なため範囲が難しい派閥でもあります。代表作家は坂口安吾や太宰治、織田作之助などです。

無頼派の潮流を生み出したのは「新戯作派」という言葉でした。それは『戯作者文学論』や織田作之助への追悼文『大阪の反逆 – 織田作之助の死 – 』などの坂口安吾の文に発見されます。

坂口安吾は江戸時代の俗的な作品群「戯作」に表れる精神性を重要視しました。当時は漢文学や和歌などが正統派とされていましたが、洒落や滑稽などの江戸っ子たちの身に近いものを文学としたのです。当時としては革新的だったこの考え方に、多くの作家が影響され、新たな文学の道を拓いていきました。

日本人の国花、桜の二面性を坂口安吾が描く

短編小説『桜の森の満開の下』は、幻想的な描写が印象に残る坂口安吾の代表作です。桜といえば華やかで、春の象徴として描かれることの多いものですが、坂口安吾はそういう楽しいだけの面ではなく、桜には恐ろしい一面があるのだといいます。

気に入るものは奪って自分のものにしていた盗賊は、ある日通りがかった美しい女を気に入り、その旦那を殺し女を自分の女房にしてしまいます。盗賊を全く恐れず、逆に指示をしてばかりの彼女はやがて、都を恋しがるようになりました。

盗賊は女の望みを聞いて渋々都に下ったのですが、女は更に都で首を並べて遊ぶ「首遊び」を所望します。らちがあかないと嫌気が差し、盗賊が峠へ帰りたがり、女も承諾。峠へ帰ることができることに嬉しさを隠せない盗賊は、最も嫌っていた満開の桜の下を帰路として選ぶのですが……。

著者
坂口 安吾
出版日
1989-04-03


「彼は女の顔の上の花びらをとってやろうとしました。彼の手が女の顔にとどこうとした時に、何か変ったことが起ったように思われました。すると、彼の手の下には降りつもった花びらばかりで、女の姿は掻き消えてただ幾つかの花びらになっていました。そして、その花びらを掻き分けようとした彼の手も彼の身体も延した時にはもはや消えていました。あとに花びらと、冷めたい虚空がはりつめているばかりでした。」
(『桜の森の満開の下』より引用)

残酷かと思えば女に付き従う盗賊。美しくわがままな女。登場人物の二面性は、坂口安吾が言いたかった桜というもののイメージの二面性に他ならないような気がします。

日本人は桜が大好きで、春になれば花見に心躍りますが、昔から桜の恐ろしさに言及した作品は多くあります。その中でも、坂口安吾の『桜の森の満開の下』は幻想的でありつつ、薄ら寒さも併せ持っており、桜のもつ気質を見事に表現した名作となっています。最後に花びらと虚空しか残らないという描写は物語を美しく収束しています。

言わずと知れた太宰治の代表作!

太宰治の代表作『人間失格』は純文学の中でも名高い名作です。夏目漱石の「こころ」と並んで今でも根強い人気があり、映画化もされました。

感情の度合いがわからず、人が怖いという大庭葉蔵の手記という設定の本作品。彼は幼少期からそういった性質を持っていたため、道化となって自分を偽って過ごしてきました。しかし友人のひとりに見破られそうになり恐怖し、酒とタバコに溺れる毎日を送ります。

著者
太宰 治
出版日
1990-11-20


成長し、進学のため上京した葉蔵は、なお破滅的な毎日を送っていました。いろいろな女性と関係を持っては離れていく葉蔵。そんな葉蔵にも結婚まで決意した女がいたのですが、彼女の身に起こった事件の絶望から、再びアルコール中毒となった彼は睡眠薬を使って自殺を図ります。薬として使ったモルヒネの中毒になり、送られたのは脳病院でした。自分はまともな人間ではないとのレッテルを貼られたことを悟った葉蔵は、こう言います。


「いまに、ここから出ても、自分はやっぱり狂人、いや、癈人(はいじん)という刻印を額に打たれる事でしょう。

人間、失格。

もはや、自分は、完全に、人間でなくなりました。」
(『人間失格』より引用)

葉蔵はどこで間違ってしまったのでしょうか。幾人もの女性と関係を持った葉蔵は、人をまっとうに信じることができない性質のため、彼女たちを愛していたわけではありません。それでもやはり葉蔵は人を愛し信じたいと願い、その欲望に責め立てられます。

しかしこの小説の最後で、実は葉蔵に関わった人々は葉蔵のことを信じ、愛していたことがわかります。彼はたくさんの愛を受けつつも、それを知ることなく人生を送っていくのです。人を信じることができず、自分を偽っている人たちは多くいることでしょう。人を愛したかったと切望する葉蔵は、実は太宰治自身の望みだったのかもしれません。

織田作之助がリアルな夫婦事情を切り取った日常小説

織田作之助の代表作『夫婦善哉』は、ダメ亭主の若旦那の柳吉と、彼に尽くす芸者の女房、蝶子の物語です。柳吉は妻も子供もいたのに蝶子と一緒になったため、実家から勘当されてしまいます。柳吉は転々と商売を変え、挙げ句の果てには蝶子の貯金まで娼婦に使い込むことに。

別れてしまえばうまくいくのに、ふたりの間には愛や同情などのさまざまな感情がありますから簡単には離れられません。離れたり、くっついたり、喧嘩しながらも彼らは夫婦として過ごしていきます。この蝶子と柳吉のモデルは、織田作之助の姉千代とその夫山市乕次です。作者が身近で見てきた人物がモデルだからこそ愛を持って書かれているのかもしれません。

著者
織田 作之助
出版日
2016-08-27


物語は印象的なシーンで終わりを迎えます。父親の葬式に行ったっきり行方をくらまし、ひょっこり帰ってきた柳吉は、何かうまいものでも食べに行こうと蝶子を誘います。法善寺境内の「めおとぜんざい」でぜんざいを食べるふたり。この店のぜんざいは、めおとの意味で二つに分けて配膳されます。

柳吉がごまかすように「この店がぜんざいを二杯持ってくるのは多く見せるため」と言いますが、蝶子は「何事もめおとがいいということでしょう」と柳吉の肩を叩きます。このころの蝶子はすっかり肥えて、座布団が隠れるくらいでした。そして締めくくりはこうです。

「蝶子と柳吉はやがて浄瑠璃に凝り出した。二ツ井戸天牛書店の二階広間で開かれた素義大会で、柳吉は蝶子の三味線で「太十」を語り、二等賞を貰った。景品の大きな座蒲団は蝶子が毎日使った。」
(『夫婦善哉』より引用)


古き良き下町の人情と言いましょうか、紆余曲折あったふたりのリアリティあるラストではないでしょうか。言葉はなくとも相手を思いやる気持ちが見えて来るような気さえします。これからも柳吉と蝶子は喧嘩をしながら過ごしていくのでしょうが、大きな座布団を使う蝶子、それを送った柳吉に全てが詰まっています。憧れさえ感じる夫婦のかたちです。

絡み合う人間模様を伊藤整の描写力で読み解く

伊藤整が書いたこの『氾濫』は、戦後の日本が舞台の小説です。復興目覚ましい時代の日本。そこで出会う男女のエゴイズムが鋭く描かれた名作です。

実業家の真田佐平、俗物学者の久我象吉とその家族を巡って物語は繰り広げられていきます。真田は自身が発表した接着剤の論文が非常に高い評価を受け、そのことで企業の取り締まりになり、業界でも地位を確立しています。そんな真田のもとに、昔関係があった幸子という女性が訪ねてきます。夫が戦死し、成功した真田に目をつけ子供をつれてやってきたのです。 

氾濫(新潮文庫)

伊藤整
新潮社


もうひとりの主要人物、久我象吉は真田の友人です。教授として彼も地位を確立しており、結婚もしているのですが、妻の保子とはあまりうまくいっていません。

名誉や嘘、地位、男女の関係が絡み合ってもつれていく様を描いた本作品。人間の欲望をこれでもかと抉り出し、心理的な描写が優れた小説として名高いものとなっています。筋だけ追うと救いようのないストーリーですが、心理描写はさすがというべき。身体的なことの描写だけで心情まで映し出すのはさすが伊藤整とも言うべき、描写力を感じます。

描く美しくも狂気を感じさせる、石川淳の奇怪小説

『紫苑物語』は平安時代を舞台にした小説です。歌詠みの家に生まれた宗頼は、才能があるにも関わらず、家を捨てて弓の道に傾倒します。辺境の土地で国守をするようになった宗頼は、隠れ里を見つけ、人を憎む狐の化身である美女と出会い……。

著者
石川 淳
出版日
1989-05-05


この作品の魅力は石川淳の紡ぐ言葉がとにかく描写が美しいことではないでしょうか。日本語の美しさを再確認することができます。たとえば、冒頭のこの一文。

「国の守は狩を好んだ。小鷹狩、大鷹狩、鹿狩、猪狩、日の吉凶をえらばず、ひたすら鳥けものの影に憑かれて、あまねく山野を駆けめぐり、生きものと見ればこれをあさりつくしたが、しかし小鳩にも小兎にも、この守の手ずからはなった矢さきにかかる獲物はついぞ一度もなかった。」
(『紫苑物語』より引用)

古文のような、それでいて意味がすんなりと理解できるこの文章は、石川淳の日本語を選ぶセンスが光ります。純文学とも歴史小説とも判別しがたいこの作品は、まさに石川淳にしか生み出せなかったものではないでしょうか。

余談ですが、作家の三浦しをんの「しをん」はこの『紫苑物語』から取ったものなのだとか。のちの作家にも影響を残した名作です。

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