何かを摂取したり、行ったりすることによって、その人の「おいしい・楽しい・気持ち良い」という感情をピンポイントで刺激する嗜好品。今回は嗜好品という視点から歴史を紐解く5冊の本を紹介します。
嗜好品という言葉を最初に使ったのは森鴎外だといわれています。1912年に彼が自身の小説の中でこの言葉を使ったことにより、世に広まったのが始まりだそうです。
嗜好品とは、口に入れると美味しいと感じたり、体に取り込むと気持ち良いと感じる食べ物や飲み物などのこと。具体的にはコーヒー、お茶、お菓子、炭酸飲料、煙草などが挙げられます。オートバイやカメラなど趣味を指すことも。
また、嗜好品文化研究会の高田公理氏のエッセイによると、「食への嗜好」は生理的嗜好、文化的嗜好、そして情報的嗜好の3種類に分類されるそうです。生理的嗜好は、お腹が空いた、といった欲求によって食べられる嗜好品。文化的嗜好は、戦後景気が回復して甘いものが流行って国民の砂糖の摂取量が増えた出来事など。そして情報的嗜好は、メディアの情報によって人気が出て摂取される嗜好品のことを指すようです。
嗜好品は、栄養があるから、それを食べると長生きできるから、という理由で人々に摂取されているものではありません。ただ純粋に、美味しいを追求した結果、人々から求められているのです。
必要必需品ではないけれど、人々を惹きつけてやまない嗜好品は、人々の生活に密接に溶け込んで、ときに歴史まで動かしてしまいます。ここからは、砂糖、お茶、チョコレートなどの嗜好品が、それぞれどのように歴史を動かしてきたのか「嗜好品と歴史」の関係を紹介いたします。
みなさんは、砂糖がかつて薬として用いられていたことをご存知ですか? 中世から近代にかけてヨーロッパでは、砂糖は消化促進に効果があるとして、今よりも勢力をふるっていたキリスト教会にもその存在が認められ、高価な薬として世に知られていたのです。そんな砂糖についての歴史を記した本書『砂糖の世界史』は、川北稔というイギリス近代史を専門とする歴史学者によって書かれました。
- 著者
- 川北 稔
- 出版日
- 1996-07-22
普段、とびきりの甘さで人々を癒す砂糖ですが、実は甘くない歴史があったことがこの本を読むとわかります。今では当たり前のように紅茶に入れている砂糖。実はこの当たり前の習慣は、アフリカからイギリスへ運ばれてきた数十万人の奴隷たちの犠牲の上に成り立っていたのです。
奴隷たちがイギリスで生産した砂糖はその甘美さから高級品とされ、同じく高級品とされた紅茶に砂糖を入れるという行為は、当時のイギリスの富裕階級の人々から絶大な人気を集めました。砂糖にはこんな知られざる秘密が隠されていたのですね。
歴史に精通した川北稔が、シンプルで分かりやすい文章で砂糖の歴史を紐解く本書。塩と砂糖を一緒に食べると砂糖の甘さが引き立つように、この本を読めば、砂糖が辿ってきた甘いだけではない歴史が、私たちの身近にある砂糖の美味しさを引き立ててくれることでしょう。
「緑茶はアジア、紅茶はヨーロッパ」というイメージが強く、実はどちらも元々16世紀にアジアから輸出されたものだということを知っている方は少ないのではないでしょうか。このように、緑茶や紅茶について、私たちが知らない知識や歴史をわかりやすくまとめて教えてくれるのが、角山栄による『茶の世界史』です。まるで茶というパズルのピースを1つずつはめ込んでいくかのように、物語は進んでいきます。
- 著者
- 角山 栄
- 出版日
緑茶は主に日本、紅茶は主に中国やインド、と同じアジア出身でありながら、緑茶は徐々に衰退していく一方で、紅茶は世界的に広まっていきました。その背景には、精神世界を重んじる日本のセールスの仕方と、物質的世界を重んじる中国やインドのセールスの違いが、重要な鍵を握っていたのです。
お茶が世界各地でどのようなイメージを持たれ、どのように受け入れられてきたのかという壮大なテーマが、私たちの生活の中に身近に存在する緑茶、ミルクティー、レモンティーなどに落とし込まれていきます。本書には、現在とはまったく異なる世界に思える何百年も前の外国の歴史が、今の私たちの生活にしっかり息づいている事実を確認する楽しさもあります。
学生の頃は世界史の授業があまり得意でなかったけれど、 もう一度世界史の流れを確認してみたい人におすすめしたい1冊です。一読に値する本ですよ。
「salt」という言葉には実は、塩という意味だけでなく「食い扶持を稼ぐ」という意味もあります。そして同じ「sal」というスペルを持つ言葉には「salary(給料)」も。つまり「塩」と「給料」には深い関係があるのです……!そんな塩の深遠な歴史を分かりやすく解いてくれるのが、本書『塩の世界史 - 歴史を動かした小さな粒』。作者は元シェフの経歴を持つアメリカ人、ノンフィクション作家のマーク・カーランスキー。歴史や食物、海洋などに関する作品を手がけており、世界25カ国で翻訳されています。
- 著者
- マーク・カーランスキー
- 出版日
- 2014-05-23
人間の生命維持に欠かせない物質である塩は、太古から人々の生活の中で重要なポジションを占めていました。ある時は人々の非常食に役立つものとして、またある時は戦争中の戦略物資として、塩は常に人間の歴史に深く関わってきたのです。
本書の魅力は、塩という物質を多方面から眺め、なぜ塩がここまで人間の歴史を動かして来たのかを私たちに伝えてくれるところです。毎日何気なく使っている塩、その小さな小さな粒に込められた塩の壮大な物語を、ぜひ手にとってお楽しみください。
「カカオ豆とコーヒー豆の違いは何だろう?」「ココアは良く飲むけれど、ホットチョコレートとは何が違うの?」といった疑問をお持ちの方に、ぜひおすすめしたい『チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石』。本書では、カカオ豆が持つ独特な特徴や、チョコレートの製造方法、チョコレート飲料とコーヒーの違いなどがテンポよく述べらています。
- 著者
- 武田 尚子
- 出版日
かつてカカオは中米で暮らしていたマヤ人やアステカ人の間では薬品として扱われており、その重要性から貨幣として使用されていたこともありました。のちにそれらの土地がスペインの植民地となり、爆発的に各地へ広まっていったのです。その際にヨーロッパにもチョコレート飲料が伝わったのですが、ヨーロッパ人の口には甘くないチョコレート飲料は合わなかったようで、砂糖を入れたのが現在に伝わるチョコレート飲料の始まりなのだとか。
私たちの生活に当たり前にあるチョコレート。しかし、少し視点を変えて見つめてみると、様々な激動の歴史を潜り抜けたチョコレートの別の一面が見えてくるでしょう。甘いチョコレートに奥深いエッセンスを加えてくれる本書。チョコレートを軸に近代ヨーロッパの歴史を辿ってみたい方におすすめしたい1冊です。
「皆さんは、甘いものがお好きでしょうか?」(『お菓子でたどるフランス史』より引用)
以上のような言葉から始まる『お菓子でたどるフランス史』。池上俊一によって書かれた本書は、「はい」と答えた人にも「いいえ」と答えた人にも楽しめる本になっています。なぜなら、この本はフランス菓子の紹介だけでなく、フランス菓子を通してフランスの歴史を辿っていくものだからです。
- 著者
- 池上 俊一
- 出版日
- 2013-11-21
作者曰く、塩や水は生きるために不可欠であるため、政治的、経済的な力と結ばれやすく、支配や奴隷という関係が生まれることが多いそうです。それに対してお菓子は生きるために不可欠ではないけれど、社会や文化の潤滑油となります。つまりお菓子は「遊びのように単調な生活に張りを与え、生きる喜びをもたらすもの」ということになるのだとか。
本書に登場する生きる喜びのお菓子の数々は、冒頭ページに色あざやかなイラストで名前と共に紹介されています。優しい色合いで描かれたお菓子からは、鼻腔をくすぐる甘い香り、舌を軽やかに刺激する甘酸っぱい味、目の前の空気をゆっくりまろやかに染めるカフェラテやココアの湯気などが今にも迫ってくる様です。
普段何気なく食べているお菓子についての興味深い知識も多く掲載されています。実は、チョコレートは1615年にブルボン朝のルイ13世に嫁いだスペインのアンナ女王が伝えたものなのだとか。ではアイスクリームは……?
続きは本書でお楽しみください。お菓子とフランスの深い関係が分かりやすく解説されている良書です。
いかがでしたか?嗜好品が、歴史をも動かす力を発揮する面白さが伝わる本ばかりです。奥深い嗜好品の世界、あなたも少し覗いてみませんか?