面倒な人付き合いにウンザリしているあなたへ。「つながり」を見直す5冊

面倒な人付き合いにウンザリしているあなたへ。「つながり」を見直す5冊

更新:2021.12.6

今回はひとり、身近な漫画を読みながら「社会ネットワーク」について考えてみるのはいかがでしょう。なかでも、今回は個人の関係に焦点を当てた「人間関係」を対象にしたいと思います。 漫画自体は前回に比べてメジャーすぎるピックアップになってしまいましたが、見慣れた漫画の主人公たちであっても、その行動様式や、描写のされ方をもう一度「関係」という観点から見てみると、また別の面白さがあります。また、ここで得た知見を持ち込んで他の漫画を検討すれば、あなたも少しだけ社会を分析する楽しさを感じられるかも……。

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富永京子です。もう秋ですね……。じつはこの原稿は10月に書いているのですが、きっと肌寒くなっているのだろうなと推測しています。寒くなると人恋しくなりますが、たまには独りで内省する時間も欲しいものです。

というわけで(?)、今回はひとり、身近な漫画を読みながら「社会ネットワーク」について考えてみるのはいかがでしょう。SNSなどで関係が容易に人の目に見えるようになったこともあり、「人間関係」や「ネットワーク」はより注目を集めるトピックとなりました。でも、一口に「人間関係」といっても、形成するのか維持するのか、友達なのか同僚なのか、仲良しなのかいがみ合っているのか、など、いろいろな様態があります。

社会ネットワークというと、個人間だけでなく、集団間や国家間など、その単位も様々なのですが、今回は個人の関係に焦点を当てた「人間関係」を対象にしたいと思います。漫画自体は前回に比べてメジャーすぎるピックアップになってしまいましたが、見慣れた漫画の主人公たちであっても、その行動様式や、描写のされ方をもう一度「関係」という観点から見てみると、また別の面白さがあります。また、ここで得た知見を持ち込んで他の漫画を検討すれば、あなたも少しだけ社会を分析する楽しさを感じられるかも……。

人間関係という資本が、新たな資本の呼び水になる

著者
雁屋 哲
出版日
今回紹介する漫画の一冊目は、言わずと知れた超有名長寿料理漫画です。多くの方がご存知だと思いますが、あらすじは、山岡士郎と栗田ゆう子というふたりの主人公が、東西新聞社の社運を賭け「究極のメニュー」を作り、父・海原雄山率いるプロジェクト「至高のメニュー」と対決する……というものです。グルメ漫画の金字塔とも言える作品ですが、実は多くのグルメ漫画とはやや異なる点があります。それは、士郎とゆう子がシェフや板前といった料理を生業にする人々ではなく、しかしまるっきり料理と関係のない仕事をしているわけでもない点です。

彼らは新聞記者として仕事をする中で、副総理から百貨店の社長、落語家や夢に出てきた仙人の弟子まで様々な業種の人と関係を構築し、その後のメニュー作りに活かしています。貴重なアイディアを得たり、食材や器をゲットしたりと、ふたりの「究極のメニュー」はこれまで得てきた人間関係によって成立している部分も大きいのです。例えば究極のメニューの作り手が『味いちもんめ』の伊橋や『クッキングパパ』の荒岩であったら、食材も器も調理法も全く異なるものになるでしょう。また、幅広い人間関係を持つ士郎とゆう子だからこそ、時に奇想天外とも考えられるような、広範なメニューを作ることができるのかもしれません。

ナン・リンによって提唱された「ソーシャル・キャピタル」という概念は、「社会関係資本」とも訳される通り、他者との関係性を蓄積・利用可能な「資本」として捉えようという考え方です。俗っぽい言い方をすれば、「人脈」や「コネ」といったものでしょう。もちろん、他者との関係が変化するとともに、社会関係資本も変化します。長期連載だけあって、これまでのストーリーを通じて雄山との関係をはじめ、士郎・ゆう子と周囲の人々とのやりとりの変化を追体験できるのも、改めてこの漫画を読む楽しみのひとつです。

士郎とゆう子の生活を見てもわかるとおり、人間関係という資本は、競争に勝ったり、豊かに生きたりするために必要な、他の資本の呼び水となってくれることが分かります。では、どのような質を持つ社会関係資本があれば、高い利益を得られるのでしょうか? その答えのひとつが、次の本の紹介にあります。

「弱いつながり」の有用性を示すサラリーマン漫画の金字塔

著者
弘兼 憲史
出版日
2008-05-16
「人脈」がモノを言う漫画というと、『サラリーマン金太郎』や『総務部総務課 山口六平太』といったサラリーマン漫画を想像する人が多いのではないでしょうか。金太郎や六平太といった主人公たちが、社内外で八面六臂の大活躍を行うさまを見ていると、いかに「人望」が組織で生きていく上で大事なのかとつくづく感じます。

人脈命のサラリーマン漫画、その代表格が「島耕作」シリーズでしょう。ただ、この漫画が他のサラリーマン漫画と少し異なるところは、女性の登場割合が非常に高いこと。しかもこの女性たち、美貌や輝かしい経歴があるのはもちろんのこと、ビジネスにおいて大変重要な情報を握っていることが多いのです。彼女たちは社外で活躍していて、男とは異なるコミュニケーション回路を持っているからこそ、初芝で働く「男たち」の持っていない情報を持つことができる。また、彼女たちに好かれる島は、他の男たちが持っていない情報を独占し、活用することができるのです。

社会学者でもあり経済学者でもあったグラノベッターは1980年代に「弱い紐帯の強さ」という論文を発表しました。どのような内容かというと、同質性の高い人脈を頼りにする人々よりも、異質性の高い人脈を頼りにする人々のほうがキャリアアップにあたって有益な情報を得られる、というものです。特に序盤のストーリーだけを読むと、女たらしで運がいいだけのように見える島さんですが、案外合理的な行動をしているのかもしれません。

限られた時間と場で生じた出会いが、その後の人生を変えることもある

著者
木尾 士目
出版日
2002-12-18
アニメ化もされたため、知っている方も多いと思いますが、『げんしけん』は東京郊外にある架空の大学・椎応大学のサークル「現代視覚文化研究会」で活動するオタク大学生たちのゆるーい人間ドラマです。漫画『五年生』などで大学生同士の比較的狭い人間関係描写に定評のあった木尾士目ですが、『げんしけん』では広い範囲の人間関係も描かれています。徹頭徹尾オタク活動しかしていない彼らの人間関係は、どこが「広い」のでしょうか?

サークルの部室で完結しがちなげんしけんメンバーにも外部との社交の機会があります。それが「コミケ」です。主人公・笹原にとっては同人誌の編集と販売を通じて、売り手としての交流を経験したり、自分の進路を考える機会になりました。ヒロイン・荻上にとっては昔の友人との再会の場となり、辛い黒歴史と向き合う契機でもありました。ここで重要なのは、コミケ自体は彼らの日常生活と比べて非常に短い期間であるにもかかわらず、そこでの出会いが彼らの普段体験し得ない経験を提供している、という点でしょう。

これは、先ほど説明した「弱い紐帯」の応用編です。弱い紐帯の議論は、異質性の高い人々との出会いによって新たな情報を入手し、キャリアの変化に活かすことができるというものでした。コミケやフェス、学会のように、人びとが一堂に会する機会は、新たな情報を持つ人々との出会いからなる「弱い紐帯の集積地点」といえます。こうしたイベントは「一時的集合」と呼ばれており、一時的集合が人々のキャリアや産業全体に及ぼす影響は、産業地理学などで注目されています。

ちなみに、げんしけん随一の愛されハーレムキャラ・班目と、彼をとりまくキャラクターたちの恋愛模様も、コミケを通じて目まぐるしく変わっていました。一時的集合は、ビジネスとプライベートを問わず、その人の生き方を変える可能性がある、重要な出会いの場となっているのでしょう。

緊密すぎる関係性の「呪い」を超えて

著者
日本橋 ヨヲコ
出版日
2006-07-21
では、誰とでも仲がよく、関係がうまくいっていれば幸せになれるのでしょうか? そうはいかないということを教えてくれるのが日本橋ヨヲコの作品群です。力強いネームが印象的な日本橋ヨヲコ作品は、主要な登場人物に血縁関係や幼馴染の人々が多く含まれているのも特徴でしょう。特に主人公格のキャラクターは、ほぼ全員が偉大な人物の血縁にあったり、強い影響を受けられる環境にいます。偉大なのでお金や名声もあり、何か(本作であればバレー)をするにあたっての環境も整備されています。人間関係によってなにかと特をしている点では、前に挙げた二作の主人公と変わらないわけです。

しかし、『少女ファイト』のキャラクターは、誰しも順風満帆で幸福なようにはとても見えません。むしろ、他者とあまりに距離が近すぎるために苦しんでいるように見えます。彼女たちは、誰かへの強い愛情にもとづく執着や依存に狂い、それゆえにバレーを続けます。主人公たちは、あまりに強すぎる関係ゆえに「呪い」に縛られている状態からスタートし、バレーを続ける中で「嫌われる強さ」や他者と距離を置く重要さを学び、それを超えたところにある信頼や親愛、「人と溶け合える」素晴らしさを知っていくのです。

ポルテスという研究者は、他者との緊密すぎる関係が、時として社会的なドロップアウトを引き起こすという、人間関係の負の側面に注目した論者の一人です。他者と容易に仲良くなりすぎてしまう現在において、関係は「呪い」にもなりえます。その呪いをいかに振り切ることができるか、耐えず成長を続ける黒曜谷ストレイドッグスのメンバーを見守りながら考えるのもいいかもしれません。

網の目のように張り巡らされた関係、その交差点に存在する誰かの人生

著者
いくえみ 綾
出版日
2004-11-25
これまでは上述した四作品を通じて、ネットワークが個人にもたらす利益と不利益の話をしましたが、最後はネットワークの見方・描き方について紹介していきます。多くの漫画は主人公を配置し、彼らの人間関係をめぐるドラマを描いていきますが、『潔く柔く』は主人公の「友達」、あるいは「友達の友達」、ときには一見無関係な人々の人間ドラマを描きます。網の目のように広がる関係が収束する「中心」として、主人公のドラマへと帰着するようにストーリーを紡いでいくのです。

ある集団や社会に属する個体のネットワークを描く見方を「ソシオセントリック・ネットワーク」と呼ぶのに対して、ある一つの個体をとりまくネットワークのみを描くやり方を「エゴセントリック・ネットワーク」と呼ぶことがあります。この漫画のひとつひとつのエピソードは時系列もばらばら、登場人物の世代や職業もばらばらなのですが、単なる恋愛オムニバス・ストーリーではなく、ある主人公の人生に対して、より厚みをもった見せ方を行うことに成功しています。

ドラマ紹介の「相関図」を各登場人物の視点から描くようなこの手法は、社会ネットワーク分析とも重なるところであり、筆者が各キャラクターの関係性を緻密に計算していなければ展開できないものだと言えるでしょう。筆者の「得意技」でもあるのでしょうが、誰かと誰かのコミュニケーション――それも、目が合う、微笑む、沈黙するといった微細なやりとり――が、その遥か遠くにいるはずの主人公の存在までも浮かび上がらせている点は、感嘆するほかありません。そして、私たちのどんなわずかなコミュニケーションも、今そこにいない人々に何らかの影響を与えていると感じずにはいられません。

今回のおすすめは以上の5冊です。人間関係は私たちの人生でも、漫画のストーリーを展開させる上でも不可欠な要素である分、すこし距離を置いて検討すると色々な要素が見えてきます。今回紹介した概念があなたの読書や生活を豊かなものにする手助けになるなら、とても嬉しいです。次回も新しい視点を提供しようと考えていますので、楽しみにお待ちください!

この記事が含まれる特集

  • マンガ社会学

    立命館大学産業社会学部准教授富永京子先生による連載。社会学のさまざまなテーマからマンガを見てみると、どのような読み方ができるのか。知っているマンガも、新しいもののように見えてきます。インタビューも。

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