五十音・文庫の旅「カ行」開高健、北杜夫 etc.

五十音・文庫の旅「カ行」開高健、北杜夫 etc.

更新:2015.12.4 作成:2015.12.4

本を読みたいけど何を読んだらいいかわからない。なにより今、自分が何を読みたいのかわからない。なんて悩んでるあなたのための「五十音・文庫の旅」。己の直感・独断・偏見・本能でもって選んだア行からワ行までの作家さんの文庫本を読んでここへご紹介するという寸法だ。なぜ文庫なのかというと安く軽くて小さいからです。

小林要司プロフィール画像
バンド「Large House Satisfaction」Vo/Gt
小林要司
1987年7月20日、東京都大田区大森生まれ。AC/DCと時代劇をこよなく愛する少年時代を過ごした後、2005年頃、兄の賢司、兄の同級生だった田中秀作とともにLarge House Satisfactionを結成。結成当時はGtのみを担当していたが、諸事情でスタジオリハに来れなかったボーカルの代わりに歌ったところ、賢司・秀作がその才能に気づき、Voも兼任することに。年間100本近くのライブを行いつつも、酒と小説をこよなく愛する。2015年9月にミニアルバム『SHINE OR BUST』をリリースした。2016年10月からは、Large House Satisfaction × Yellow Studs × THE PINBALLS -SPLIT TOUR-【KERBEROS】を開催する。http://www.largehousesatisfaction.com/
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オーパ!

著者
開高 健
出版日
1981-03-20
「か」開高健先生。初めて読んだ自伝小説『耳の物語』で大ファンになった。

他にもたくさん読んだけれど、この紀行文の大名作とされる『オーパ!』を読んでいないことを地元のバーのマスター(開高健狂い)に馬鹿にされて腹が立ったので読んでみた。すみませんでした。馬鹿でした。めちゃくちゃ面白い。

ブラジルでは驚いたときに「オーパ」という。釣り狂いの開高先生が、大魚と「オーパ」を求めアマゾンを旅する。釣って釣って釣りまくる。広大で豊潤な大河・アマゾンを、躍動感のある筆致で描き切る。単なる紀行文たらしめないのはその第一級のセンス。その文章。文学との見事な融合を魅せる作品。

本書の三分の一ほどは、篠山紀信氏の門下であった高橋昇さんが撮影したアマゾンや周辺の人々の暮らしの写真などで占められているのだが、広告業界で名を馳せた開高先生しかできないキャッチコピー的な文章のリズム感と相まって、読む人を陶酔させる。羨望させる。アマゾンの水は甘いらしい。飲んだら確実に腹下すだろうけど。嗚呼。アマゾン行ってみたい。旅に出たいけど出れない方にオススメの一冊。

どくとるマンボウ航海記

著者
北 杜夫
出版日
1965-03-02
「き」北杜夫。
以前読んだ芥川賞受賞作『夜と霧の隅で』は、その文章の冷徹さ、類い稀な色気と不思議な脱力感などを感じて、SF的な印象までもあった作品だったが、この『どくとるマンボウ航海記』はまったく真逆の、同じ人が書いたのか?と思わせるくらい、軽快なユーモアが散りばめられた作品。とはいえ稀に『夜と~』で感じさせた色気や冷徹さを見つけることがあった。それもまた良いスパイスとなって、頁を捲る手が止まらなくなる。自然にクスリと笑わせられる。

「外国に行きたい」というだけで水産庁の義業調査船に船医として乗り込んだ著者。寄港した各国でぶつぶつ文句を言いながら足が棒になるまで歩き回ったり、航海中荒波に揉まれて船中がぐちゃぐちゃになったり、時に感動。時に憤慨。時に泥酔。と、なかなか忙しい航海記だが、出版するなりたちまちベストセラーになった名作。

日本人特有の海外コンプレックスのない自由な雰囲気の(一見してふざけてみえる)この紀行文は、上に紹介した開高健著『オーパ!』などの輩出にも重要な役割を果たしている。これまた旅に出たくなる一冊。

灘の男

著者
車谷 長吉
出版日
2011-02-10
「く」車谷長吉。
直木賞受賞作『赤目四十八瀧心中未遂』を読んで虜になった俺は「く」が来たら違う作品を読んでやろうというので、今回『灘の男』を選んだ。打ち抜かれた。

所謂聞き書き小説の短編集。「粋で、いなせで、権太くれ」な二人の男の逸話を本人、親類、知人から聞き、そのままの語り口、物語を、見事に文学として昇華してた表題作は、生々しい香りを放つ小説の新境地だ。昨今の過剰な偽善的人権擁護に一太刀入れたこの作品に、ただ単に聞いて書いただけだなんて口が裂けても言えない。

「最後の文士」といわれた車谷長吉。その血と鼓動を感じさせる文章のリズム感。「灘の男」の力強い息吹を間近に感じられる作品だった。カッコいいんだ、灘の男は。是非体験して欲しい一冊。ますますハマりそうだ。

アブラクサスの祭

著者
玄侑 宗久
出版日
2005-12-22
「け」玄侑宗久。これは友人に薦められて手に取った。不惑間近の僧・浄念は躁鬱に苦しめられながら酒と薬でなんとか毎日の法要をこなす。次第に蝕まれる精神の中で唯一の光は学生時代のめり込んでいたバンドへの情熱。ロックというものへの情熱。不思議な、独特の浮遊感のある作品。

全体が淡い光で包まれているような印象があった。終章に行われるライブにおいて湧き上がる、浄念の精神世界の描写が凄い。静寂と狂乱はあるが、決して恐怖はなく、あるのは真理の発見。

抽象的な流れの多い物語だが、しっかり読ませる高い文章力がある。 精神病患者の心の中を見るような作品だった。心の蓋を外した状態が正なのか負なのか、考えさせられた。実社会で受け入れられることが正しさの一端なのであれば、負なのかもしれないが、一人の人間として己の心の深淵を垣間見、理解しようと努めることが果たして負となりえるのか。一読の価値あり。

沈黙の人

著者
小池 真理子
出版日
2015-05-08
「こ」小池真理子。一回の更新につき一冊は読もうと決めた女流作家作品。書店にてぶらぶらしていると目についたのでなんとはなしに手に取った。

かつて自分と母を捨てた父が、パーキンソン病を患い亡くなった。家族というものに不信を持っていた衿子は亡くなる少し前からの父との交流を思い出しながら、引き取った遺品のワープロの中に眠る父の心の叫びと対峙する。

淡々と進む物語と整理整頓された薄口の文章が、ふいに心を揺さぶる。押しつけがましい、人の死を使った軽々しい感動はなく、死から始まり、生で終わる感動があった。整理整頓、という言葉を使ったが決して同じリズムが繰り返す単調なものではない。エピソードの配置が素晴らしく、四百近い頁数を感じさせない一冊だった。

言葉を失ったことによってなだらかに繋がっていく父と娘の心。人間の情熱や諦観を悲観だけで捉えず、迷いながらも真っ直ぐに見つめる。俺も実家に帰って親父の顔を真っ直ぐ見つめよう、かな。酒呑みながら。

というわけで、カ行の五冊。今回も名作にたくさん出会えてよかった。悲しいことがあっても、なんとかやってけるよ、本があれば。