秋はなぜか「○○の秋」と、何かと関連づけられることが多い。そのなかでもよく言われるのが「芸術の秋」だろう。 秋に限らず、美術館では企画展が行われているが、この時期に美術館に行く人も多いはず。有名な絵画を見て、「これは教科書で見たことがあるぞ」とは思うものの、絵画の横に掲示してある解説を読んでもちんぷんかんぷんということも少なくないのではないだろうか。 そんなわけで、今回は美術素人が美術館に行く前に読んでおくと、美術館巡りが楽しめるような本を紹介したい。
1冊目は無難かもしれないが、原田マハさんの『楽園のカンヴァス』を紹介したい。
何を隠そう、私自身がこの本を読んで、絵画の魅力、そしてキュレーターなど美術に関わっている人へ興味をもつきっかけとなったからだ。
- 著者
- 原田 マハ
- 出版日
- 2014-06-27
著者の原田マハさんは元々は森美術館の設立に関わったり、キュレーターもされたりしていた方。 余談だが、公式HPにある「自伝的プロフィール」を読むと波瀾万丈というか、これまでの数々の「度胸と直感」に驚かされる。
本書以降も『ジヴェルニーの食卓』や『太陽の棘』など絵画・アートをテーマにした作品は多いが、この本はアートをテーマにした最初の作品。それだけに、彼女のこれまで培ってきた人生経験がフル動員されている。
ミステリーなだけに、あらすじはごく簡単なものにとどめたい。
舞台は2000年。主人公、早川織江は大原美術館の一介の監視員。そこに新聞社文化部長が、「日本で企画展をするならば彼女を」と指名するMoMAのキュレーターからの話をもってくる。そして、彼女の1983年のある7日間が回想される。
それはアンリ・ルソーが描いたとされるある絵の真贋を判定するというもの。当時日本人ルソー研究家であった早川は、MoMAのアシスタントキュレーターであるティム・ブラウンと競いながらその真贋を判定していくのだが・・・。
要するに、とある絵の真贋を資料をもとに判定する、というミステリーである。だが、フィクションであっても、絵画を研究する人やキュレーターの面白さ、そして絵画をみてあれこれ考える事の面白さが、登場人物の魅力と相まって伝わってくるのだ。そのリアリティこそが、 『楽園のカンヴァス』の魅力なのである。
これを読み終わると、MoMAと大原美術館に行きたくなるのは間違いない、とだけ最後に宣言しておこう。
- 著者
- 足澤 るり子
- 出版日
1冊目は絵画をテーマにした小説を紹介したわけだが、実際に展覧会の舞台裏に迫った作品が、次に紹介する足澤るり子著『展覧会をつくる』だ。
著者は長年パリに暮らし、東京都パリ事務所勤務を経て、フリーランスで展覧会などのコーディネーターをされている。
文中でも述べられているが、展覧会を開くというのはとても大変なこと。特に海外から作品を借りる場合、コンセプトを決め、作品のアポイントをし、交渉をして……と、なんと3年もかかるそうだ。そんな展覧会を開く準備に奔走している著者の日々が、『展覧会をつくる』には記されている。
タイトルからすると、アートに関わる仕事に憧れている人向けの概説書のように感じられるが、そうではない。内容は、著者が紆余曲折をへて翻訳の仕事からやがて展覧会の仕事に関わるようになり、コーディネーターとして送る日々を綴ったもの。
実際に絵画を借りるために交渉している様子や、フランスという異国の地で暮らす著者が仕事のなかで見いだしたさりげない教訓などを読み進めていくと、きっと、フランス人の魅力にも引きこまれること請け合いだ。
- 著者
- 山田五郎
- 出版日
- 2011-07-13
さて、これまで美術館に行ってみようと思ったものの、その画家の生きた時代や絵画の歴史的な位置づけなどが分からずに、解説や企画の趣旨がどうも分からなかったという人は多いと思う。
ざっくりと西洋美術の歴史をつかむのにおすすめなのが本書『知識ゼロからの西洋絵画史入門』。『知識ゼロからの西洋絵画入門』の姉妹編である。後者の本は、画家とその代表作に焦点を絞っているので、併せて読んでもおもしろいだろう。
時代ごとの特徴や代表的な画家とその作品をコンパクトに紹介している。特に、「無理やり美女にたとえると……」が秀逸。ルネサンスを「エロ神々しい理想の女性」と称したり、印象主義を「直感力で歴史を変える女性起業家」と称したり・・・。
著者はテレビ番組「出没! アドマチック天国」などでおなじみの山田五郎さん。
「印象派展」のように、時代やテーマで開かれる展覧会に行くときなどは、事前に読んでおくと本当に展覧会の「解説」が分かる。
- 著者
- フランソワーズ・バルブ・ガル
- 出版日
- 2010-06-09
美術館には来たものの、どうやって絵画を見れば良いのだろう。いや、見るんじゃない、考えるんじゃない、感じるんだ! そう。絵画を前に逡巡するのもよいのだが、「どうやって絵画を見ればよいの?」という疑問に答えてくれるのがこの『フランス流はじめての名画の見方』である。
元々はフランスで、子どもにどうやって絵画の見方を教えるかというテーマで書かれた本なので、私のような素人の素朴な疑問に答えてくれる。
「知らなくても大丈夫」のパートはそもそも「知らなくても大丈夫」という言葉で安心させられるし、「どうしてあんなものが展示されるの?」や「肖像画は何のためのもの?」、「ヌードのモデルになるのは誰?」「どうしてこんなに高価な絵があるの?」など素朴というか、タブーすれすれな疑問にも答えてくれる。
「絵画の見方」のパートではアンジェリコの「受胎告知」やボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」、ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」などの有名な作品について、疑問とその答えという形式で展開。
たとえば、「ヴィーナスの誕生」では、「女の人が丸裸だよ?」、「なぜ貝殻の上に立っているの?」、「なぜ、この絵には影がないの?」といった具合に、素朴な疑問から、モチーフに関すること、そして表現方法へと迫っていく。
そりゃあこういう風に絵の見方を教わればアートな感性が身につくよね、と納得。
ちなみに、より本格的に絵画の見方・読み方を知りたいという方は、創元社の『西洋名画の読み方』シリーズがおすすめだ。
- 著者
- 暮沢 剛巳
- 出版日
ニューヨークだとMoMA、パリだとルーブル、フィレンツェだとウフィッツィ……、とアートが盛んな都市にはたいてい代表的な美術館がある。 日本の東京もアートな街だとは言われているが、さて、日本の代表的な美術館は? と聞かれると、答えに窮してしまう。強いて言えば東京国立博物館? あれ、これは博物館か。じゃあ西洋美術館?
ってか、そもそも「ミュージアム」って美術館? 博物館?
そんな迷い込んでしまった迷路に道筋を与えてくれるのが、最後に紹介する暮沢剛巳著『美術館の政治学』だ。冒頭から国立新美術館について次のように述べていて手厳しい。
「欧米の有名アートミュージアムがしのぎを削るなか、率先してグローバル戦略を打ち出す立場にあるはずの国家が、巨額を投じて国際的な評価の低い公募団体のための貸し会場を建設することにははたしてどのような意味があるのか。」
元々雑誌に連載されていた文章をまとめたということもあり、議論が拡散している印象もあるが、日本のミュージアムの歴史や課題について、押さえることができる。
例えば、日本のミュージアムの歴史については、大阪万博を議論の出発点にして上野にある日本最古にして最大の施設である東京国立博物館の歴史的な変遷をたどる。
そして、西武美術館や森美術館など都市再開発との絡みで美術館の捉え直し、地方の美術館開館ラッシュのなかで21世紀美術館(金沢)や青森県立美術館など成功例についても考える。
現在のミュージアムにつきまとう独立行政法人化や指定管理制度など経営問題にも踏み込んでいく。
それにしても、図書館にしろ他の施設にも言えることだが、「公共施設」としての美術館・博物館はどうしても集客という目で評価されてしまう。なかなか難しい問題である。
今回は、キュレーターや展覧会そのものに興味をもってもらうための本を2冊、そして、西洋絵画史の本を1冊、絵画の見方について1冊、美術館を巡る動向についてと、まったく興味のなかった人が興味をもって、そして深みにはまっていけるような5冊の本を紹介した。
1冊目のところでも書いたが、私自身、美術鑑賞について素人だ。ただ、こんな本を読んでから美術館に行ったら楽しめるんじゃないか(実際私は楽しかった)ということで、主に私のような美術鑑賞素人のための本として考えて欲しいと思う。
特に、今回は西洋絵画に焦点を絞っている。日本の美術館には日本画のコレクションや展覧会も多いし、現代アートについては、範囲も広がることもあって省いている。 したがって、美術鑑賞が趣味だ! という人には少々物足りないラインナップだったかもしれない。ご容赦いただければ幸いである。