時代と対峙した民俗学、柳田国男の信念

更新:2021.4.5

柳田国男(1875~1963)といえば、民俗学の創始者。 岩手県遠野地方に伝わる伝承を集めた、かの有名な『遠野物語』を読んだときには、旧仮名遣いで記されていた物語に、私の知らない土地の知らない物語に、心躍った。

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元々、幼少期には児童向けの民話集をよく読んでいたこともあって、見知らぬ土地に時間旅行をするような、物語として楽しんでいた本の一つであった。だから、柳田国男について知っていることといえば、せいぜい教科書に書いてあった略歴程度。「昔の話をあつめた人」「民俗学の人」という、ちょっぴりほんわかしたイメージすら持っていた。

民俗学の創始者、柳田国男の実像

著者
川田 稔
出版日
2016-11-08

ある日、目的もなく書店をうろついていて、なんとなく手にとってみた本が、本書だ。そのときは特に、柳田国男に興味があったわけでもなかったのだが、「知と社会構想の全貌」という副題に惹かれた。社会構想? 昔の話を集めていた人だけではなくって? 新書だからと、軽い気持ちで読み始めてしまったが、その内容は、著者の40年余りの柳田研究をまとめたという、非常に濃密なもの。すっかり夢中になってしまって、しばらく、どこにでも持ち歩いていた。

第一高等学校を卒業し、東京帝国大学で農政学を学び、農商務省に入省。旧制高校から帝国大学、そして官僚へ。家庭環境は少々複雑ながらも、ここまでの経歴は、典型的なエリートそのもの。 

そこから更に、日本を代表する知識人になっていくわけであるが、活動は幅広い。農政学的見地からの農村研究。地方論、地方文化の再生。近代化による社会構造の変容。

当時の社会について 日本の生活文化の全体像を明らかにすることが、彼の研究課題であった。特に、当時、消え行く一方だった、近代化以前の伝統的な生活文化。当時は無視されていたという民間伝承などを、学問的資料として集めた。普通の人々の普通の、実生活とその歴史を、学問的には把握しようとしていたのだ。

「民俗学の創始者」という言葉でまとめれば簡単だが、彼の学問は、『遠野物語』からそのまま直線的に形成していったものではない、と本書は指摘している。民間伝承“のみ”を研究していたのではない、というのは意外だった。産業、文化、倫理、宗教、土地に根付く氏神信仰、その統合や、国家神道の成立について、その他諸々。その実績は、ここでは紹介しきれないので、まずは本書を読んでいただくとして……。

近代国家になることによって、失われたものはたくさんあった。国家も、社会も、人々の意識も変わっていくものであるから、変化とともに、何かを失うのは、歴史の必然であるであろう。

自然のままのもの、伝統的なものが、そのまま現実において価値を持つものではないと、柳田国男は考えていた。いかに学問として体系化し、文献にないものを、記していくか。為政者のつくる「物語」ではないものを、記していくか。彼の思想は、時代よっては反逆者になりうるものである。目に見えぬものを研究し続けた、彼の熱量に圧倒された。

伝承を下敷きにしたホラー・サスペンス小説

著者
名梁 和泉
出版日
2016-09-30

さてこちらは、よくよく考えると、冒頭「なんとなく手に取った」きっかけの一つであったであろう『マガイの子』。

「山には、『紛(まがい)』という魔物が住んでいる。里の子供を喰らい、自分の子供とすり替えてしまう。戻ってきた『紛』の子はみかけは人間だが、里に災いをもたらす」という昔話がある村。主人公は、「お山」での事件に巻き込まれたことで、迷信を信じる村の者に「マガイの子」扱いをされて育った。一緒にいた従兄は、獣のような何者かによって、殺害されていたのだ。

8年後、東京で美大生をしていた彼女は、「マガイ」の夢を見るようになる。あの迷信は、本当なのか。私は本当に「マガイ」の子なのか。

日常に少しずつ魔物が浸食していく、ホラー・サスペンスである。「取り替えっこ」の伝承は、世界各地に存在するが、本書における取り替えっこの真実は、残酷ながら希望の持てるもので、私は、「マガイ」が現実に存在すると、信じたくなってしまったほどだった。

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