うまく言葉にできないようなもの。とっても地味だったり話の筋が無茶苦茶だったり、なんとも言えないような不気味な物語が、自分でも気づかぬうちに鉛のように心に残ってしまうことってよくあります。
そして、そういったものは時としてどんな感動よりも深く心に刻まれることがあるんです。
ねむり
「眠れなくなって十七日目」に突入してしまった不眠症の女性が主人公のお話です。
優しく真面目な夫がいる、育ちざかりの素直で可愛い息子がいる、経済的にも恵まれたステキな専業主婦ライフ。
そんな彼女の生活は、「不眠」によって突然狂い始めてしまいます。
とにかく、この話は主人公が不気味です。
だって17日も眠らずに生きることのできる人間なんかいる訳ないからです。
それなのに彼女は「不眠」になってからというもの具合が悪くなるどころか以前よりも生き生きとし始め、美しくなり、眠らなくなった時間を使ってチョコレートを食べたり、深夜のドライブに出かけたりと自分の時間を楽しみ始めます。
そんな彼女の姿がまた何とも不気味です。
この理解不能な不眠症が結局一体何を指しているのか、何かのメタファーなのか、わたしにはよく分かりませんでした。
でも、この異常な状態の彼女を通して、作者が何かを強く伝えたがっているのだけは、ひしひしと感じました。
読んでいて、辛くなるほどでした。
それは、人間の逃れようのない孤独とか、そういうものなんだろうとわたしは感じました。
離さない
ご近所付き合いのあった「エノモトさん」が人魚を連れて帰って来て以来、どうも様子がおかしい。不審に思った主人公は、エノモトさんと人魚を引き離そうと画策するうちに自分自身も人魚のトリコになってしまう。まるでミイラ取りがミイラになっちゃうような恐ろしいお話です。
ひとたび人魚をそばに置いてしまうと誰もがその魅力に取り憑かれ、次第に人魚のことしか考えられなくなり、最後は人魚に完全に依存してしまいます。
この世にたぶん人魚なんて、いません。
でも人間って淋しい時や辛い時は、何かに依存してしまうことって、ありますよね。
それは悪いことばかりではないかもしれません。
いや。やっぱり悪いことかもしれません。
心の隅で、「もしかして、わたし依存してる? やばいかも?」と思った時は、この小説を読み直し、客観的に自分をみつめなおせたら良いな、と思っています。
そんなこと、なるべくないといいなあ。