「目のつけどころ」を変えてしまう占星術の良書(後編)

更新:2021.12.12

私はここで、手っ取り早く「星占い業者」になるための本は紹介しません。占星術の専門知識をいくら覚えこんで、頭の働きをよくしたからと言って、殆どなにも変わらないからです。占星術で何かが変わるとすれば、それは目の付け所や視線の巡りでしょう。つまり生の現実と直に対面し、そこからハッと我に返る際に感じられる驚きや当惑を通じて、あらぬ方向へと乱反射が起きていく。何かを変えるには、まずそういう体験ができるかどうか否かが分かれ道となります。今回はそんなプリズムのような占星術本をご紹介していきたいと思います。

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自らの想いや立場をフレームを通して自覚する

著者
鏡 リュウジ 岡本 翔子
出版日

人と星との関わりの歴史を知り、その長い時の流れの中で生じてきたその様々な立場や想いに触れていくことで、「自分らしい星との関わり方って?」と少し具体的に考え始めたら、『魂の占星術への招待』を開きましょう。そこで、そもそも自分はどんな風に世界を捉えて捕えているのか、という点について、一度立ち止まって足元を掘り下げてみるのです。

この本は前半の鏡リュウジさんによる講演録と、後半の岡本翔子さんとの対談録の二部構成で、いたる所でユング派心理学と占星術の統合を図る「心理占星術」的な発想の精髄がアクチュアルに語られています。それが今読み返してもとても面白いのですが(出版は1998年)、ここで特に注目したいのはp37に掲載されている、占星術のいろいろなアプローチがまとめられている一枚の図です。

この図のオリジナルは、イギリス占星術協会の元会長で非常に有能なネットワーカーでもあられたチャールズ・ハーヴェイ(1940-2000)さんがエレメント(四大元素)という古代ギリシャ以来の考え方にもとづいて、占星術へのアプローチを4つの領域に分類し、それを図示したものです。チャールズさんは、派閥争いや誹謗中傷が絶えなかった当時の占星術師業界に対して、相手の立場や自分の立場との相関関係を理解し自分の立場との相関関係を認識していくことで無意味な争いを少しでも減らそうと考え、この図をつくりました。

もちろんこの図は絶対的なものではなく、あくまで整理のための一参考例ですが、少なくとも初めてこの図をみた時、私はとても感動しました。コピーをとって机の前に飾って眺めたり、ノートに貼ってしばらく毎日学校へ持っていったくらい、とにかくなんだか嬉しかったんです。

衝撃を受けた最大の理由は、占星術のなかなか言語化しにくい魅力をパッと一枚の図で表現してくれていたからでした。そこには、占星術をただいたずらに人を杓子定規にタイプ分けするための道具として使うのではなく、「ふだん自分はどんな視点で物事を見ているのか?」というメタ的認知を深めるためにも使ってほしい、というチャールズさんの想いが宿っているように思います。

この点に関して、鏡さんは次のようにも語っています。「占星術に対する接近法には、僕たちが占星術をどう見ているか、それから強いて言えば世界をどう見ているかということが如実にあらわれるんですね。ですから、自分たちがどういう形で占星術に接近しているのかということを、占星術を学ぶ最初にまず振り返ってみておく。」

つまり占星術は自分を映す鏡でもあり、接近するほどに、自分がそこに何を期待しているのか、自分がどんな人間であるのかを正確に反映してくる、と。そう考えると、少し怖い気もします。

著者
リズ・グリーン
出版日
2013-08-22

そう、自分を知ること、その内側に目を向け、そこに立ち入っていくということは、元来とてもおっかない行為です。だからこそ、「自分の闇の面に目をつぶること――そしてそれを他人に投影すること――は、信じられないほどごく普通のことで、それから免れている人はほとんどいない」のです。

こう述べているのは、ユング派の分析家でもあり、占星術家でもあるリズ・グリーン女史。彼女はその登場以来、つねに「心理占星術」という一潮流を牽引し、その圧倒的な見識の深さと奥ゆきによって世界中の占星術家に多大な影響を与えてきた人物です。

本書『占星学』の訳者あとがきにも書かれているように、先の『魂の占星術での招待』で対談している岡本翔子、鏡リュウジの両氏は、それぞれ別ルートで占星術の世界に関わるようになったものの、占星術との本格的な邂逅の出発点は両者ともに原書で読んだこの本であり、そうした経緯から共訳にいたったのだとか。

『占星学』の原題は『Relating』です。ここには「関係すること」、「物語ること」、「折り合い」など、複数の意味が重層的に込められているように思われますが、いずれにせよ人間関係における「うまくいくコツや成功の方程式」を扱った通常の占い本ではありません。カップルや親子など、幾つか実際の人物の事例をホロスコープとともに取り上げていますが、そこで際立っているのはグリーンさんの語り口につきまとう一貫した「暗さ」です。

それは、無意識の圧倒的な力の前で、意識が荒海にただよう小舟のように翻弄され、途方に暮れる姿を、ごまかしなく丹念に追っていこうとする上で避けられない事態なのかも知れません。しかしグリーンさんはそれと同時に、こうした意識ないし個人が感じる「怯え(自己縮小の感覚)」と食い違うように増大する宇宙的気配のようなものを掴んで、控えめだけれど丁寧に言語化しようとしています。

現代人の内面にうごめく「怯え」と「宇宙的気配」、その両者のrelatingには、どこか人類の祖先であるホモサピエンスが荒涼とした大地において、ギリギリの実存的緊張の最中、またたく星々を見上げた際に感じていたであろう、畏怖の念へ通ずるものがあるのではないか。本書を読んでいると、ふとそんな想いにも駆られてしまいます。

ただかなり硬派な本ですから、バカ真面目に最初から最後まで読み通していくには骨が折れるかも知れません。本書はむしろどこか一章、一事例だけでもじっくり精読して、何度も読み込んでいくことで確実に何かが得られる本です。

最後に、本書の結論部のラストにおいて、20世紀のギリシャ人作家ニコス・カザンザキスの小説『石の庭』から引用されている一節を又引きします。グリーンさんが占星術やユング派心理学を通じて、人間や人生の中に見出そうとしているものの一端が感じとれるかと思います。

「仮面しか見ることのない人間に災いあれ。背後に隠れているものだけをみる人間に災いあれ。真のビジョンをもつ人間だけが、たった一瞬の間に美しい仮面とその背後の恐ろしい顔を同時に見る。その額の背後にこの仮面と顔を、自然にはいまだ知られぬかたちで統合するものは幸いである。そんな人間だけが生と死の二重の笛を威厳をもって吹くことができるのである。」

そんなわけで、前篇で紹介した本と併せて計5冊、すべてお薦めです。占星術を学ぼうとするものに幸いあれ!

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