学生はみんな、教科書を読んだり、課題をこなしたりの日々を過ごしています。でも知識を増やしたいなら、居心地のいい安全地帯を出て、ちょっとした冒険をしてみるのがおすすめです。手始めに、古代に書かれた古典も悪くないでしょう。
古典はきっと、読むべき本リストのどこか、ずっと下の方に押しやられています。たとえばたぶん、ゲリラ豪雨のせいで万が一インターネットが使えなくなったときの非常用として。だけど、そういう古典は、今を逃したら、きっとこの先も読むことはない――ヨーロッパで最初期に生まれた、最高傑作とも言えるフィクション、歴史、哲学、戯曲の数々なのに。
子どもの頃、不思議な気持ちにさせられたギリシア神話の裏に隠された言葉から、ひねくれた皇帝たちの内に秘められた思い、そして原(プロト)フェミニストによる政治批判まで、古代ローマとギリシアの古典にはすべてがあります。古代の古典は英文学の発展に重要な役割を果たしてきました。今回は、今の視点で読んで純粋に面白いと思えるものをセレクト。
ここに挙げた本はどれも、あなたの視野を楽しく広げてくれるはずです。大丈夫、苦痛の心配はないし、少なくとも、大学に向かうバスの中でしばらく目を留めたくなるくらいに興味深いことは、間違いなく書いてあります。
- 著者
- ホメロス
- 出版日
- 1994-09-16
ホメロスの作品といえば、オデュッセウスが故郷イタケに帰るこの物語よりも、『イリアス』のほうが有名で、それはたぶん、映画『トロイ』やトロイア戦争での諸々が知られているからでしょう。
でもじつは、これは同じような刺激的で血なまぐさい冒険談に留まらない。登場人物たちはキュプロクスの目を潰したり、豚にされたりするけれど、人間の動機付けとは何なのか、という壮大な問いを投げかけてくる詩的作品です。
古代ギリシアで成人になるとはどういうことなのか? オデュッセウスの息子テーレマコスの場合は? 成功談を語るオデュッセウスは、本当のことを言っているのか? 貞節を守る妻ペーネロペーに言い寄る男たちを皆殺しにした彼は、許されるのか?
答えは私たち次第。
- 著者
- エウリピデス
- 出版日
ギリシア悲劇『メディア』については、2500年間、見方が真っ二つに割れています。彼女はわが子を躊躇なく殺した冷血な母親なのか、それとも虐待を受け、そうする以外になかった妻なのか。
なんとも酷い状況であるし、そこに陥った彼女を正当化することもできない。邪悪な力が火花を飛び散らせてぶつかり合います。まねた作品は多いが、どれも肩を並べるに至っていません。
- 著者
- エウリーピデース
- 出版日
- 1959-06-05
女性嫌悪、罪、家族の絆を描いた、めったに上演されないギリシア悲劇。
(アンチ)ヒーロー、ヒッポリュトスは純潔な青年で、狩りの処女神アルテミスを心から信奉している。ところが、物語の冒頭、愛と美の女神アフロディーテの血も凍る言葉で明らかになるとおり、アフロディーテを拒絶したがゆえに、ヒッポリュトスはどん底へと突き落とされます。
誰もが悪く、誰も責められない。そんな道徳的グレーゾーンにおける人間の行動を深く掘り下げた傑作。
- 著者
- ソポクレス
- 出版日
- 1984-09-27
国家に楯突く家族を主人公にしたギリシア悲劇。アンティゴネは王の命令に背き、テーバイ国に対する反逆者として殺された兄を埋葬し、厳罰に処される。
市民的不服従、ジェンダー、家族の絆が深く掘り下げられています。誰も彼も、何もかも失いかねない。演劇としても優れているが、読み物としても最高。
2014年、ベイルートの難民キャンプでのシリア人女性らによる上演は、この戯曲に宿る時代を越えた力の証しでしょう。
- 著者
- アリストパネス
- 出版日
- 1975-06-16
紀元前5世紀のアテネが誇った喜劇作家による影響力絶大の喜劇。主人公の女性リューシストラテーがアテネの女たちを率い、スパルタとの平和が実現されるまで男とのセックスを拒むという抗議運動を起こす。
実際、これと同じようなことがこれまでに何度もくり返されているし、この作品はスパイク・リーの2015年作『Chi-Raq(シャイラク)』にまで影響を与えたとも言われます。もっとも、古代ギリシア喜劇に読んでもよくわからない部分があるのは確かです。
とはいえ、ほかに手はないわけで、政治に関する内輪受けの冗談は無視するしかありません(男性政治家の粗忽さ/女々しさを揶揄したものが大半)。物語のウィットそのものは強力。
- 著者
- プラトン
- 出版日
- 1994-10-17
メノンはソクラテスに“徳”は教えられるのかと問う。ここから2人の多岐にわたる対話が始まる。2人に生命を吹き込むプラトンの想像力とキャラ立てが卓抜。
ただ、おかしな点もいくつかはあります。たとえば、誘導尋問の後、幾何学の答えを直感できた奴隷の少年は実際、過去の人生におけるすべてを知っており、あとはそれを“想起”するだけでいい、という有名な件もその一つです。
キャラの立った2人が交わす、古き良き、理屈っぽい哲学話にはまってみたくて、ときどき出てくる怪しい論理にも楽しく反証できると思う人には、お勧めの一冊。誰もが認める大哲学者の手になる名対話集。
- 著者
- 出版日
- 1971-12-16
時系列に事実が並べられた明快な歴史書と思って読んだら、痛い目にあうでしょう。とはいえ、だからこそ面白い一冊。
ヘロドトスはこれを、紀元前5世紀前半、ギリシア/ペルシア間に起きた諍いの“調査”結果だと称する。噂に聞いたエチオピアのある部族の食生活から、指導的政治家の見かけまで、話題は多岐にわたります。
ざっくり言うと、“歴史の父”の手になる奇想天外だけど魅惑的な報告書。
- 著者
- ["アリストテレース", "ホラーティウス"]
- 出版日
- 2012-06-16
ギリシア屈指の博学者の手になる文芸批評入門。時代遅れの見方もあるけれど、今でも卓越したものがあります。
演劇論では、悲劇のどんでん返しや錯誤の説明に大部分を割いています。論旨が誤解されていることが多いから、原著も一読の価値あり。
- 著者
- ["オウィディウス", "Ovidius Naso,Publius", "善也, 中村"]
- 出版日
古代ローマの詩人が変身にまつわるエピソードを集めた楽しい一冊。子どもの頃に一度は読んだギリシア神話は、おそらくこれが元ネタです。
ルネッサンス期の画家たちにも大いに影響を与えたものだから、他の文化分野での有用性も高い。父親に惚れる娘や恋人を裏切る恋人の話など、暗い物語もあり。
- 著者
- ガイウス ペトロニウス
- 出版日
- 1991-07-16
ローマ社会の全階級を風刺したもので、最も有名な場面“トリマルキオの饗宴”では、新興富裕層であるトリマルキオが、いかにも垢抜けない趣味の悪さを容赦なく馬鹿にされます。
現代英国人の姿とも重なる、1世紀のローマにおける階級格差の実体を見せてくれる。
また、ローマ人が食べていた料理にも注目で、その量にも中身にも、胸がむかむかしてくるし、興味もそそられます。ひとことで言うと、『ホリブル・ヒストリーズ(Horrible Histories)』(註釈:ユーモアを交えて書かれた子ども向け歴史本シリーズ。TVシリーズもあり)の大人向け版。
Text:(C)The Independent / Zeta Image
Translation:Takatsugu Arai