書評家の永田希が過去2ヶ月の新刊の中から気になった書籍を紹介していくシリーズ。今回は『共産主義黒書 アジア篇』です。
「マルクスが提唱した共産主義は、のちに世界中で被害者を出した。間接的な殺人という意味ではマルクスこそ人類最悪の殺人犯だ」という見解を、サラリーマンをしてるときに職場で隣に座っていた同僚から聞いたことがあります。
「それを言うとキリストもかなり…」とか言ってその場は会話を続けたのですが、2000年も遡るキリストはさておき、150年前に活躍したマルクスの「悪影響」は冷戦が終結して久しい現代でも未だに強いインパクトがあるのかも知れません。
持てる者が更に肥え太り、持たざる者が報われないような世の中を否定する「共産主義」は、その素晴らしい理想のもとに樹立された様々な国々が悲惨な失政で市民を苦しめてきたことが明らかになり、現代ではほぼ「叶わなかった夢」として語られるばかりになっているような印象があります。
- 著者
- ["ステファヌ クルトワ", "ジャン=ルイ マルゴラン"]
- 出版日
- 2017-01-10
『共産主義黒書』は、世界の共産主義国家がおかしてきた失政(抑圧やテロリズム)を豊富な資料で振り返る大著を分冊して翻訳したもの。この「アジア篇」は「ソ連篇」に続く第2弾です。第1弾の「ソ連篇」はロシア革命から連邦崩壊までを辿る一大叙事詩という感じでしたが、こちらの「アジア篇」は中国、北朝鮮、ベトナム、ラオス、カンボジアそれぞれの歴史を扱っています。(本書は1997年に刊行された日本語版「コミンテルン・アジア篇」から「アジア篇」を独立して文庫化したものです)
本書を読むと、アジアの共産主義の理想はほとんどの国で狂気へと転じ、革命の失敗を象徴しているソビエト連邦の悲劇を凌駕する犠牲者が生み出されてきたことがわかります。
本書を、「共産主義が必ず狂気へと転じ大量の被害者を生み出す」と読んで共産主義を唾棄するか、「狂気へと転じる失敗例の膨大な羅列」と読んで理想を鍛えるかは、読者の想像力に委ねられていると言えるでしょう。なお当時のスローガンがたびたび引用されるので、ディストピアもののフィクションがお好きな読者には悪趣味かも知れませんが「迫真のリアリティを伴った読み物」としてもオススメできます。ただし当然ながら、基本的にはすべて実話です(資料の信憑性は今後の検証を待たなければなりませんが)。
原書はフランスで出版されており、ヨーロッパの視点から共産主義を弾劾する傾向の強いものですが、非ヨーロッパの視点で「なぜアジアの人々が共産主義に希望を抱いたのか」を知りたいという読者は、アフリカやインドも含めた非欧米諸国の活動家たちの理想と挫折を追った『褐色の世界史』を併読してみてください。『褐色の世界史』がテーマにした「第三世界(資本主義陣営=第一世界、共産主義陣営=第二世界に次ぐ、元植民地を中心とする第三の陣営のこと)」については、原書第3部がそのまま「第三世界」と題されて扱われていますが、それは中南米とアフリカが中心になっているようなので、アジアを含む世界的な「第三世界」について『褐色の世界史』がやはり参考になると思います。