五十音・文庫の旅「サ行」坂口安吾、志賀直哉 etc.

五十音・文庫の旅「サ行」坂口安吾、志賀直哉 etc.

更新:2021.12.6

本を読みたいみたいけど何を読んだらいいかわからない。なにより今自分が何を読みたいのかわからない。なんて悩んでるあなたのための「五十音・文庫の旅」。己の直感・独断・偏見・本能でもって選んだア行からワ行までの作家さんの作品を、己の直感・独断・偏見・本能でもってここへご紹介するという寸法だ。今回は「サ行」。なぜ文庫なのかというと、安くて軽くて小さいからです。

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「白痴」

著者
坂口 安吾
出版日
1949-01-03
「さ」坂口安吾。
迷うことなく選んだ一冊。表題作他六編からなる短編集。収録作品すべてが、とにかく濃厚。息苦しくなるくらいの強風に向かっていくような読み応え。しかし決してそれは不愉快な感覚ではなく、背徳さの強い快感が直接的に全身に沁み渡るようで、作品すべてに見られる退廃の香りを纏った独白的文章に、歯向かえないほどの力強さで組み伏せられた。

表題作「白痴」には、読み進めていくうちに、己の心の中の確信的な部分があやふやになっていき、真っ白い心が不眠の白目のように充血していくような、薄気味悪さがあった。

背景が戦後の混乱期というのももちろん作用しているが、「戦争と一人の女」「青鬼の褌を洗う女」の主人公である女性達の喚きには、人間の哀愁なんてなく、ただ「ナマ」が在るだけだった。

他人と己の精神世界の隔たり、決して覆らないその隔たりを冷徹にかつ感傷的に書き切った作品群に圧倒されるばかり。でも、やっぱりロマンチックなんだよな、全部が。ドキドキするんだよ、本当に。理由はきっと、読めばみんな分かるはず。

「暗夜行路」

著者
志賀 直哉
出版日
2004-05-18
「し」志賀直哉。
今更読んでませんなんて言えない一冊。恥ずかしながら読んでませんな俺は恥ずかしがりながら手に取った。辛い小説だった。主人公・謙作は母と実の祖父との間に生まれ、それを知らずに幼い頃から両親に冷たい扱いを受け、常に心に孤独を持ちながら育つ。

母亡き後、祖父に引き取られた謙作は祖父の妾であったお栄と二人暮らしを始める。その後も娶った妻に留守居をいいことに不義を働かれるなど、いくつもの困難が彼の人生を阻む。

精緻な心理描写に身を削られる思いだった。特に謙作が母と祖父の子だと知らされた時の描写には思わず目をつむりたくなった。そして物語の最後、真っ直ぐな感動が心を突く。「呪われた運命」を背負い、時に自暴自棄になっても、それでも、力強く己の人生を歩む謙作に心が震えた。

巨大な作品だ。時間のある時にどっしり腰を据えて読むのをお薦めする。

「ロックンロールミシン」

著者
鈴木 清剛
出版日
「す」鈴木清剛。
ジャケ買いならぬタイトル買い。とはいえ、三島由紀夫賞を受賞した作品。期待大で手に取った一冊。驚いたのはこのページ数で強烈なストーリーを描いていること。本当に、アッという間に読み終わってしまった。まるで映画だった。

最初は針のむしろを歩くような気持ちで読んでいたけれど、気づけば惹きつけられていた。物語的カタルシスはシッカリあるけれど、何か異質なモノがある作品だった。

毎日が順調なはずなのに鬱屈した気持ちを持つサラリーマンの賢司は、同級生の凌一が旗揚げしたインディーズブランドに、否定の気持ちがありながら惹かれていき、いつのまにか本気で関わっていく……。

なんというか、普通なんだけれど、普通の境界線を現実的に、精緻に捉えている作品だと思った。だから無闇に惹きつけられるのだろうか。それと、物語のサイズ感がとてもよい。他の作品も読んでみたくなった。

「卵の緒」

著者
瀬尾 まいこ
出版日
2007-06-28
「せ」瀬尾まいこ。
臍の緒ならぬ卵の緒、というユニークなタイトルが気になって手に取った。小学四年生の育夫は日頃、自分は捨て子ではないかと疑っていて、ヘソの緒を見せてくれと母に頼む。すると母は代わりに卵の殻を見せて「あなたは卵で産んだのよ」などと言う。

なんともテンポ良く進んでいく物語。スルスルと読めてしまう。最後には、血が繋がらなくとも家族として確かな絆があるという、小気味の良い感動が待っている。

物語の背景に沿ったキャラクター設定ではあるのだけれど、母と子の会話も洒落が効きすぎていて、読んでいて少し気になるところもある。とはいえ、「卵の緒」という発想は面白く、読み物としては一級品だと思うので、何を読むか迷った時に読んでみてもいいのではないかな。と思う。

「観月観世 或る世紀末の物語」

著者
曽野 綾子
出版日
2011-12-15
「そ」曽根綾子。
二本連続女流作家なんて自分でも珍しい。なんとはなしに手に取って、背表紙を見て、ちょっと面白そうだなと思って読んでみた。これが当たりだった。

主人公・宇佐美暁照は毎月一度、満月の夜、照っても雨でも曇りでも観月観世の会を開き、その時その時に来れる人々を招いて酒を呑みながら他愛もない話をする。メンバーは世代も職業も違う様々な人々がいて、それぞれ気の向くまま、思い出話しや最近あった出来事などを喋るだけ。

その一つひとつがこう、大袈裟に感動したり悲しんだりするような話ではなく、なんとも奇妙な色合いをもった物語なのだ。バーで酒を呑みながら見ず知らずの客の話に耳を傾けていたら、気づくとのめり込んで聞いてしまっているような、そんな錯覚に陥って面白い。作品全体に洒脱な空気が漂っていて、心地が良い。そして登場人物一人ひとりのキャラクターが嫌味のないバランスで成り立っており、読みやすい透明感のある文章と相まって、観月会の雰囲気を盛り上げている。

品のある重さを感じる作品だった。眠れない夜などに読んでみるのもいいだろう。かなりお薦めの一冊。

というわけで、「サ行」の五冊。今回もたくさんの名作と出会えてよかった。

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