「DJカルチャー」の多角的な側面を展開した書籍たち

「DJカルチャー」の多角的な側面を展開した書籍たち

更新:2021.12.3

クラブの現場が成立するまでに、DJはさまざまな文化的背景を背負う。レコードをプレイすることで場が盛り上がる、その音楽性以外の側面を理解するため、言語化に挑戦した書籍が多数出版された。その一部を紹介する。

ブックカルテ リンク

日本初のDJ入門書

著者
いとう せいこう (編集), ULTIMATE CREW (編集)
出版日
約30年前の1988年に発刊された、当時は数少ないDJに関する書籍。いとうせいこう監修。

DJの様式が確立される過程の中で編纂された書籍ゆえに、熱狂させる未知の文化を読み解こうとする熱量が高い。紹介されるジャンルは、当時の日本で盛んだったヒップホップ、ハウス、ディスコ、レアグルーヴ、ダンスホールレゲエなどが中心。DJのインタビュー、テクニック講座、全国160店舗にも及ぶクラブガイド、ディスクガイドを掲載。しかし30年経った現在、DJや店舗の大半は現在見かけないという水商売ならではの儚さも伺える。

当時はDJという存在が日本で普及する以前。現在のようにDJになりたくてDJをしているのではなく、夜遊びの延長線上でなんとなく始めたという話が多い。溜まり場があって、そこでBGMの選曲をするのがDJという認識で、ここから徐々にディスコからクラブにDJが移行し、個々のアーティスト性が生まれてきた。

そしてDJのインタビューでは「先輩のDJに殴られ、蹴られても続けていく根性だけはあったからね」という意見や、ハウスの紹介では「ハウスのDJ達は、自分の伝えたいメッセージの入ったアカペラやボーカルものの曲をミックスして、ダンスしている人達に自分の意思や気持ちを伝えることができます」など、今では見かけることの少なくなった美学が記載されていて、現在のDJ文化との楽しみ方の違いが新鮮である。

1990年代のシーンから

著者
安斎 直宗
出版日
1998-12-10
日本だけでなく世界でも通用する5人のDJと、DJシーンの仕掛人にインタビュー。当時のDJカルチャーの中心に迫った一冊。

1990年代に至ってもDJが何者なのかが、まだまだ理解されていない状況。ターンテーブル、ミキサーを使ったDJプレイの入門や、シーケンサー、シンセサイザーを使った楽曲の作り方を簡単に紹介。それだけでなく、クラブミュージックのジャンルの年表、レコードショップとクラブのリスト、用語解説などが掲載。書名に“全知識”と謳っているだけあって、1990年代のDJ文化を多角的に紹介。

まず冒頭は西麻布Yellowを手掛けた村田大蔵のシーンを俯瞰したインタビューから始まり、各ジャンルごとに名を馳せたDJたち、田中フミヤ(テクノ)、KO KIMURA(ハウス)、DJKRUSH(ヒップホップ)、朝本浩文(ジャングル)、竹村延和(電子音楽)のインタビュー。ここでのDJは、遊び人というより作家性を帯びたアーティストとして扱われ、1980年代から変化していることが理解できる。当時10代だった自分がこの書籍を買っていれば、いろいろと遠回りせずに済んだだろうと思える内容。

レコードコレクションに埋もれた自室たち

著者
出版日
プロから個人、43人のDJの自室を撮影したムック本。

DJ文化が定着し始めてプロ以外の個人の部屋にも、ターンテーブルとミキサー、そして大量のレコードが置かれるようになった。部屋の一角を占めることになる機材を、どうやって生活様式の中に取り入れるのかの参考となる写真を数多く掲載。

音楽評論家の大貫憲章から焼き鳥屋の店員の部屋まで紹介され、当時の生活感を堪能できるのも楽しい。個人宅の室内を撮りだめて話題となった都築響一による写真集『TOKYO STYLE』のDJのみのバージョンと説明すればわかりやすいかもしれない。

のちに『GROOVE presents DJの部屋』という類書も2012年に出版され、他人のプライベートはいつの時代も知りたいものということがわかる。DJがプレイするメディアがレコードのみの1990年代と、CDJやPCDJが普及した2010年代とで比較してみると面白いだろう。

美術文脈からハウスを読み解く

著者
椹木 野衣
出版日
シミュレーショニズムからハウスを読み解き評論した、批評家・椹木野衣の初期の代表作。

美術と音楽の解釈に共通する点がある故に、まずはカンディンスキー、ウォーホールなどをサンプリングした作品、小説家ウィリアム・バロウズのカットアップ作品、マイケル・ヤングのリミックスした作品など、美術作品の紹介から本書は始まる。

熟読すべきは、ハウス・ミュージックを現代美術の文脈から紹介する章。サンプリング、カットアップ、リミックスなどの用語は、ハウスと密接に関係して使われるようになり、現在では一般的になった。その普及以前に、どのようなものなのかを解析した書籍。ハウスミュージックは「スキゾフレニックな最終消費文化」と紹介していて当時の熱狂を感じる。現在はEDMがその枠組に当てはまるのだろう。

現代思想の視点からDJ文化を読み解いた訳書では、『DJカルチャー―ポップカルチャーの思想史』という書籍もある。アンダーグラウンドでDJが活動することがカウンターカルチャーとして機能するという内容であるが、10年以上たった現在ではそういった思想的な指針を熱く打ち出す人は減ってしまった。

次に何を再生するのか……?

著者
沖野 修也
出版日
2005-10-26
クラブジャズDJ、沖野修也によるDJのための選曲“術”についての本。

DJが曲を繋ぐことによって得られる高揚感など意識の変化は、なぜ起こりうるのか? クリエイティヴな選曲のために行うべきこととは? クラブジャズユニット、キョートジャズマッシヴのDJでありクリエイティヴ・ディレクター沖野修也による、断片的に語り継がれていた選曲のための知識をまとめた今までにない書籍。

この本のメインコンテンツは、「スターDJの選曲メソッド」と章立てた、過去にリリースされた有名DJたちがリリースしたミックスCD、12枚の解説。ミックスCDに収録された曲を順に紹介して、選曲された理由を読み解いて解析していく。でシルクレビューでは得られない知的興奮がある。ちなみに1枚目は、名盤中の名盤、Larry Levan『Live at the Paradise Garage』。どう解析しているかが気になる方は手に取ってほしい。

DJ文化に馴染みのない方から「DJはレコードを繋いでいるだけでは?」という意見はよく耳にする。しかし、プロの知見からの選曲への考察に触れることで、今までの楽曲の捉え方が変わるだろう。

レコードディガーを深掘り

著者
["D.L", "katchin'", "Illicit Tsuboi", "MACKA-CHIN", "MURO", "RYUHEI THE MAN", "家永 直樹", "尾川雄介", "クボタタケシ", "黒田 大介", "小西 康陽", "鈴木 雅尭", "須永 辰緒", "永井 博", "馬場 正道"]
出版日
2016-09-23
レコード屋通いがやめられない……。レア盤文化を1冊。

国内屈指のレコードディガーとして名高い、2014年に他界したラップグループ・ブッダブランドのMCであり、トラックメイカーのデブラージを巻頭に、レコードの魅力に取り憑かれてしまった人達を紹介。雑誌『GROOVE』のアーカイヴと新たに撮り下ろした記事も含めた1冊。

レコードからサンプリングしてトラックメイクするゆえにレコードディグ=ヒップホップの印象が大きいが、それだけの枠に留まらずにクボタタケシ、小西康陽、須永辰緒などにも話を聞いている。ジャンルや立場は違えど、レコード好きとしてお互いにリスペクトしあっていることが美しい。

同じ盤を何枚も買うことや、海外への買い付けはもちろんのこと、それよりも深い個人的な趣向を持った収集癖の話などに触れられるのが本書の醍醐味だ。現在はレコードを買う事自体が高価な趣味になってしまったが、今後も新譜がプレスされ続け、絶えることはないだろう。

この記事が含まれる特集

  • 本と音楽

    バンドマンやソロ・アーティスト、民族楽器奏者や音楽雑誌編集者など音楽に関連するひとびとが、本好きのコンシェルジュとして、おすすめの本を紹介します。小説に漫画、写真集にビジネス書、自然科学書やスピリチュアル本も。幅広い本と出会えます。インタビューも。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る