SFものから学園もの、歴史ものまで幅広い世界を描き出す作者。その多彩な作品のなかで、今回は歴史スペクタクルものを5作ご紹介します。
1982年に『剣とマドモアゼル』でデビュー。その華麗な作品の数々は、大ファンだという宝塚の世界をほうふつとさせます。実際月組のポスターを描いたり、関連誌『宝塚GRAPH』で漫画を連載するなど、宝塚好きがこうじた仕事も数々あります。
彼女の作品の舞台は時代や国をまたいだ壮大なものも多く、スペクタクルロマンという名がふさわしい作家です。
その一方で、アニメ『少女革命ウテナ』ではTV版、劇場版のキャラクター原案や漫画化にも参加するなどジャンルを超えた意欲的な作品も多く手掛けています。
近年では国内外の小説の漫画化なども手掛けており、新たなファン層の広がりを見せています。
舞台は18世紀の花の都パリ。すべての享楽を味わい尽くし倦みただれたメルトイユ伯爵夫人は、昔自分を捨てた将軍の婚約者がまだ若干15歳の汚れなき少女・セシルと知ります。
そこで憂さ晴らしとかつての意趣返しを思いつき、自分の愛人であるヴァルモン子爵をそそのかしてセシルを誘惑させようと試みますが……。
- 著者
- さいとう ちほ
- 出版日
- 2010-09-10
原作はラクロの小説『危険な関係』。これまでに何度も舞台化や映画化され、子爵ヴァルモンも舞台を韓国や中国あるいは現代に置き換えながらぺ・ヨンジュンやチャン・ドンゴン、ライアン・フィリップなどによって演じられた人気作品です。
実際、さいとうちほの描く美しい男であるからこそ、はっきりいって嫌なヤツのヴァルモンの抗えない魅力、という描写が真実味を増すこの作品。イケメン無罪、の典型例といえるかも。そんな愛や恋を単なるゲーム、としかとらえていなかったヴァルモンの内面の変化が進むにつれ、表情やしぐさといったちょっとしたところに描き出されている点も原作にはない魅力です。
それぞれがそれぞれの愛にたどり着くラストは「愛が目覚める時、すべてが終わる」(映画『危険な関係』より引用)、というハリウッド版『危険な関係』のキャッチコピーが胸にすとんと落ちる名シーンの連続。フランス文学やラクロファンにもぜひ読んでほしい作品です。
ロマンス小説の女王バーバラ・カートランドの『バルターニャの王妃』の華麗な世界を、作者が漫画化した作品。
両親を亡くし、唯一の近親者である伯母の元でひっそり暮らしていたヒロインのピュティア。その伯母の娘である従姉妹のエリナに、政略結婚の話が持ち上がるのですが、その話を嫌ったエリナに身代わりになるように頼まれて……。
- 著者
- さいとうちほ
- 出版日
- 2013-12-10
育ててくれた伯母への義理もあって、従姉妹の身代わりとなって見知らぬ国であるバルターニャに嫁ぐことを決意するピュティア。
彼女にとって見も知らない男のところへ嫁ぐというのは悲壮な覚悟だったわけですが、受け入れる側の花婿のバルターニャ国王アレクシオスにとってもそれは同じこと。国の危機を救うため、大国イギリスの保護を受ける目的でもらう花嫁など、憂鬱の種でしかないのはよくわかりますよね。
マイナスのスタートから始まった2人の結婚ですが、だんだんお互いを知れば知るほど惹かれあっていく姿はもどかしかったり、微笑ましかったり。特に母国を守りたい気持ちとその重圧に苦しんでいたアレクシオスにとって、ピュティアの純粋さと優しさは抗いがたい魅力であっただろうな、と感じます。
しかし、ピュティアには従姉妹と入れ替わっての結婚、という打ち明けられない秘密があるせいか、なかなかアレクシオスに心の底からの愛を打ち明けられない事情が。さまざまなトラブルを乗り越えて、2人が真の愛にたどり着く結末まで、ハラハラドキドキ一気に読めてしまう作品です。
舞台はロマノフ王朝下のロシア宮廷。新進気鋭の詩人プーシキンは美少女ナターリアと出会い、惹かれあいます。困難を越えて結ばれた2人だったものの、やがてナターリアは亡命フランス人少尉ダンテスと禁断の恋に落ちてしまいます。
プーシキン、ナターリアとダンテス。この3人の愛憎の三角関係の結末は……。
- 著者
- さいとう ちほ
- 出版日
- 2011-01-15
実在のロシアを代表する詩人プーシキンとその妻ナターリア、さらにナターリアを巡って決闘をすることになるフランス人ダンテスをモデルにしたのがこの『ブロンズの天使』。
ヒロインのナターリアは、没落貴族である一家の期待を一身に背負って社交界にデビューした美貌の少女。もちろん目指すのは一家の困窮を救ってくれる金持ちとの玉の輿です。
でも、人の心と運命はままならないもの。ふとしたことから知り合った、のちのロシアを代表する貧乏詩人プーシキンと結婚することになってしまいます。このあたりまでのナターリアは従来のさいとうちほ作品のヒロインとは違い、なんだか自分の意志の弱さを感じてしまいます。
でもそれもある意味ナターリアが恋を知らないまま、ただプーシキンの熱烈な求愛のもと結婚したということを考え合わせれば無理のないことなのかも。結局ナターリアは実姉エカテリーナの恋の相手であるダンテスと恋におちてしまい、やがて妻の秘められた恋はプーシキンの知るところとなり、決闘騒ぎを引き起こすことに。
ひたすら妻を盲愛するプーシキンも愛と情の狭間で揺れるナターリアも、エカテリーナとナターリアのどちらとも切れることのできないダンテスも自分の愛を守ることに必死で周囲が見えていないという悲劇。このあたり、人間の弱さがもたらすカタストロフィを余すことなく描き切ったさいとうちほの真骨頂というべき作品となっています。
銭形のとっつあんと年中追っかけっこをしている方ではない、怪盗アルセーヌ・ルパン。誰もが知るこの有名な怪盗をさいとうちほが描いたのが『VSルパン』です。
- 著者
- さいとう ちほ
- 出版日
- 2014-04-10
怪盗アルセーヌ・ルパンの生みの親であるモーリス・ルブランの原作を、さいとうちほが漫画化した作品『VSルパン』。ルパン作品における絶対的ヒロインであるクラリスと、ルパンの宿敵であるカリオストロ伯爵夫人の三角関係と、のちのルパンがどう誕生したのかを華麗なタッチで描いています。
ルパンが怪盗ルパンとなる序章ともいうべきこの作品では、登場してくるのは後の完璧なルパンではなく、令嬢クラリスと妖しい魅力にあふれるカリオストロ伯爵夫人との間で煩悶するただの男。ある意味でルパンのファム・ファタールというべきこの2人との愛憎相半ばする関係は原作を凌駕するほどスリリングです。
美形のピカレスクヒーローであるルパン。その誕生秘話を堪能したい人にはぜひおススメの一冊です。
平安時代に書かれた『とりかえばや物語』を原作として、新解釈と演出を加えて紡ぎだされた作品『とりかえ・ばや』。これまでにも氷室冴子によるコバルト文庫化作品『ざ・ちぇんじ!』や、山内直実により漫画化されてきた古典の名作のさいとうちほワールドにひたれる作品です。
- 著者
- さいとう ちほ
- 出版日
- 2013-03-08
顔、姿ともにそっくりの美貌の異母姉弟である沙羅双樹こと藤原涼子と、睡蓮こと藤原月光。互いの本来の性であるはずの生き方にまったくなじめなかった2人は、それぞれ相手になり変わって宮中に出仕することに。
ジェンダーの問題やそれぞれが持つ個人の資質と役割の問題など、舞台や原作がはるか昔の平安時代に書かれたものであるということを読み進むうちに忘れてしまいそうになる、矢継ぎ早のストーリー展開。
さらに運命に翻弄されているようにみえてその実、要所要所では周囲の助けを受けながらも自分たちで道を切り開いていく双樹と水連からは、単なる受け身だけの美男美女にはない魅力があふれています。
また、脇役として登場する人物たちも個性的な面々が多く、その人物相関のさまだけでも楽しめるほど。人が自分らしく生きる、というシンプルでいて実は大きな問題を華麗な王朝絵巻を舞台に描き出してくれる意欲作です。
『とりかえ・ばや』については<『とりかえ・ばや』の性別入れ替え物語がドキドキ!魅力を13巻までネタバレ>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
いかがでしたか。時代や国、史実に基づくものやまったくの創造物といった違いはあっても稀代のスペクタクルロマン漫画家さいとうちほの手が加わることで、どの作品も読むうちにどんどん引き込まれていくものばかり。どっぷりと作品世界に浸りたい、という時にぜひおすすめの5作です。